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「信頼回復に努めます」

作者: 無生物

本文

王太子の婚約者――アリーチェ。

傲慢で無礼な彼女は王太子に近付く女性を尽く排除し続け、とうとう国にとって大切な存在で在る聖女へ危害を加えてしまった。聖女へ歪んだ崇拝を向ける兄から殺害される、絵に描いたような『悪役令嬢』。

――“彼女”の人生が大きく動いたのは、この世に生を受けた翌日のことだった。

「この子の父親の、髪と目の色は」

「ど、ちらも……あか……です」

「……私の曽祖父の色だな。――良いだろう。私も、赤子が必要だった。お前の子は私達の子として育てる」

「ぁ、りが……ぃ、ます……こうしゃ、さ……」

「もう喋れぬか」

よくある事。子供の父親に逃げられた女が、出産により命を落とす。遺された子はそのまま衰弱死か、孤児院へ放られる。

しかしこの赤子は運良く貴族に引き取られることに。

昨日――死産した公爵家の第二子の代わりとして。運良く“女の子”だったから。この赤子の母親の顔立ちが、貴族として通用する程度には整っていたから。

傍らの赤子を抱き上げた『公爵様』と呼ばれた男。護衛に目配せすれば、護衛はこの件の“情報”を上げて来たこの病院の院長に口止め料を渡す。

直ぐに金貨を数え出した院長に一瞥すらも向けず、病院の前に停めていた馬車に乗り込んだ。

「処理しろ」

「手配しております」

同乗する護衛の返答に満足する公爵は、進み出した馬車に揺られ邸へと帰って行った。

深夜――火の不始末による病院の火災。犠牲者数は、明日の大衆新聞を見なくとも知っている。

「やーーーっ!! アリスもおにぃさまと行くのーーーっ!!」

耳を劈くような大音量。落ち着きの無い我儘な猿――基。天真爛漫に育ったな……と執務室で頭を抱える公爵は、しかし己の妻がアリーチェを猫可愛がりしているため下手に処分することはしない。

あの日――

死産した娘を抱き締め呆然とする妻。腕の中の“娘”が悪臭を放ち始めている事実――それすら認識出来ていない彼女へ「娘が生き返ったよ」と赤子を見せれば、抱き締めていた“腐敗し始めた肉”を投げ捨て『 他人の子(むすめ) 』を抱き締めた。

立派に跡取りを産んだ妻はどうしても女の子が欲しかったらしく、魔道具で性別が判明してから毎日幸せそうにベビー用品を買い揃えていた。そんな妻の心を守る為に“代用品”を調達したが、どうやら 現状(・・) では正しい選択だったらしい。

愛おしいと。安堵の表情で赤子へ話し掛ける妻。

その様子に公爵も安堵したのは、彼が妻を深く愛しているから。

『アリーチェ』と名付けたその赤子はすくすくと成長していき……

――6才となった現在。懸念していた外見は、全て公爵家の直系に現れる特徴。それにより漸く肩の荷を下ろした公爵だったのだが……

「やはり『血』の違いか」

「そう仰らずに。家庭教師の報告によると、アリーチェ様は勉学や礼儀作法には真面目に取り組んでいらっしゃると聞きます」

「それでも公爵家の令嬢としては拙いだろう」

「まだ子供ですよ。比較対象のジェラルド様が、ご年齢よりも優秀過ぎるのです」

「ジェラルドか……あいつも、アリーチェの半分でも感情を表に出せば可愛げがあるのだがな」

「次期公爵としては正しいお姿かと」

次期公爵――ジェラルド。今、アリーチェからしがみつかれている張本人。父親で在る公爵の言葉通り、アリーチェと2歳しか違わないのに子供らしい感情を出さない嫡男。

確かに公爵家を継ぐ者としてはその姿勢は正しく、8才にして無慈悲な取捨選択も厭わない。子供達のお茶会では他家の子供達と話が合わず、既に保護者達と舌戦を繰り広げている。

人としては欠陥があるのだろうが、公爵家の跡取りとしてはこれ程に素晴らしい者はいない。

だからこそ感情豊かで天真爛漫なアリーチェは、公爵夫人や使用人の心を掴んで しまった(・・・・) のだろう。我儘に育ってしまった程に。

『子供の無邪気』が欠落していた、この公爵家だからこそ。

「あ"ーーーっおにぃさま! ばいばい、して!! ばいばいっ!!」

どうやら諦めたらしい。

いつもなら公爵側が諦め、ジェラルドに世話を頼みアリーチェも同行させていた。しかし今日のお茶会は、令息のみの集まり。王太子となる第一王子の側近候補を見極める為の。

そんな場に『アリーチェ』を連れて行ける筈がない。あのような猿……天真爛漫さを披露されては、公爵家の威信が揺らぐ。

そろそろ本格的に、より厳しい淑女教育を施すべきかと。それには先ず妻の説得をしなければと痛む頭を押さえる公爵は、今――

頬をぱんぱんに膨らませるアリーチェと、必死にご機嫌取りをしているだろう妻と使用人達。

――彼等のことは思考から追いやった。

「幸いなのは、アリーチェがジェラルドを怖がらない事だけ……か」

「ジェラルド様は無表情で冷徹ですからね。他家の子供達が泣き出す程に。アリーチェ様は、豪胆な淑女に育ちましょう」

「潔く『蛮族』と言え」

「ご心労は絶えませんね」

「まったくだ」

例えば。この先、アリーチェが社交界で修復不可能な酷い失態を演じた時。その時の為の保険は妻にも内緒で既に用意してある。

それまでは……『公爵家』の権力を使い、 人ひとり(アリーチェ) の人生を歪めた贖罪を続けようと。

頭を抱える割に“排除”はしないのだから。この騒がしい日常を、公爵自身も心のどこかでは気に入っているのかもしれない。

アリーチェ10才。ジェラルド12才。

ジェラルドは再来年には『社交の練習』として、貴族が通う学園への入学が決まっている。既に公爵と共に公爵家の仕事をしているジェラルドは、入学せずとも一切の問題は無いのだが。

しかしこの制度はこの国では伝統。学園生活の4年間は『社交界の練習』としてその恐ろしさを学び、新たな繋がりを得る場でもある。得た知識と繋がりを卒業後――成人するまでの1年で更に深め、社交界での己の立ち位置を確立させていく。

学園には国中の令息・令嬢が集うため寮もあり、メイドやフットマンの同行も可能。それでも王都にタウンハウスを持つ家門は入寮しない者が大半。毎日の馬車での登下校は少し面倒だが、不便な寮生活より慣れたタウンハウスの方が精神的にも楽なので当然か。

ジェラルドも邸から通学出来るが、鬱陶しいアリーチェから逃げる為に入寮するのだろう。

「邸から通います」

そう思っていた公爵は、ジェラルドのその言葉に目を瞬いた。

「良いのか? 寮ならば、静かに過ごせるのだぞ」

「特に問題ありません」

無表情。無感動。

腹の内が一切読めない息子が、一体何を考えているのか……我が息子ながら、相変わらず理解が出来ないなと息を吐く。

しかし本人がそう言うのなら好きにさせようと。

「わかった。――茶会はどうだった」

「王太子殿下とは実のある論争が出来ました」

「他の者は」

「愚か。としか」

「お前と殿下が優秀過ぎるだけだ」

「ありがとうございます」

「……アリーチェは、大人しくはしていなかっただろう」

「王太子殿下に食って掛かりました」

「詳しく頼む」

「『私のお兄様を独り占めする殿下なんか嫌い。お兄様は私と遊ぶことが一番楽しいの』――と」

「……殿下、は」

「『私に取られたくないのなら、少しはジェラルドと実のある話をしてみろ』――と。揶揄っておいででした」

「殿下の寛大さに感謝しなければならないな」

「いつも通り、遊んでおられるだけです。アリーチェを気に入っているのでしょう」

「あの娘は嫁には出せん」

「そうですか」

確認は終わったのだろうと礼を示し出て行くジェラルドは、これから夕食まで勉強の時間。アリーチェからの「遊ぼう」攻撃で邪魔されながらの。

その環境でこれ程の優秀さを発揮しているのだから、そもそも脳の造りが常人とは異なるのだろう。剣も、魔法の腕すらも。

「目に余るな」

呟きを溢した公爵に眉を下げる護衛。公爵以外に『あの日の真実』を知る、唯一の存在。

今回のアリーチェの発言は、王太子に対して到底許される言動ではない。護衛としても完全に同意なので擁護の言葉は口にしない。

「寝る前に、アリーチェを私の部屋に。誰にも気付かれるな」

「畏まりました」

これまで『子供だから』『公爵令嬢だから』と目を瞑って来た王家や他家も、このままでは“良くない感情”を抱いてしまう。いずれ王と成る王太子への『嫌い』発言は、それ程に危ういもの。

いい加減、 贖罪(・・) で許せるラインを越え始めている。

面倒にも泣き喚くだろうな……と肩を落とす公爵は、今夜のアリーチェへの説教の時間を作る為に手を動かすのだった。

夜。メイドの様子で公爵夫人が寝たことを確認した護衛は、アリーチェを連れ公爵の部屋に。

後は寝るだけなので寝衣でソファーに座る公爵の、向かい。夜は冷えるため寝衣に室内用のコートを羽織ったアリーチェは、促されるままに腰を下ろし……

「アリーチェ。今日の茶会で、お前が王太子殿下へ無礼を働いたと聞いた。公爵家の品位を落とすつもりか」

早速の本題。

鋭い目で。心の内を悟らせない表情で。威圧して。貴族の頂点で在る『公爵』として。

公爵令嬢でも子供で在るアリーチェは泣き出しても不思議ではない。

……のに。

「“王太子の婚約者”に選ばれない為ですよ。 公爵様(・・・) 」

さも当然に。己の胸元に手を置いたアリーチェの声は落ち着いており、正しく『公爵令嬢』の姿。

思わずと目を瞠る公爵と、護衛。今――この目の前に在るアリーチェは本当に『アリーチェ』なのかと、自分達でもよく分からないことを考えてしまう程の衝撃。

いや、それよりも。そんなことよりも。

「お前、まさか……」

「憶えています。私が公爵夫妻と血の繋がりの無い、庶民の子だと云う事実も。公爵夫人の精神を安定させる為に用意された、死産された公爵令嬢の“代用品”だと云う真実も」

ばっと護衛を見上げる公爵は、護衛が驚愕の表情でアリーチェを凝視している様子を確認。漏洩した訳ではない。それを察し、安堵。

改めて。

アリーチェを見る公爵は口を開くが、その前にアリーチェが言葉を紡ぎ始めた。

「公爵夫人の精神がきちんと安定した時。本当の娘を投げ捨ててしまった事実を認識され、罪悪感に嘆いておられました。私が――4才の頃だったかと。私にも謝罪を繰り返していたので、既に夫人には説明しております」

「……『説明』?」

「荒唐無稽な話となりますが……私には“未来の記憶”があるのです。来年に現れる聖女――『魅了魔法』を悪用しこの国に混沌を生み出す、伯爵家の庶子。彼女により王太子殿下を始め様々な令息が狂い、中でもジェラルド様は彼女へ歪んだ崇拝を向け……王太子殿下の婚約者で在る私を殺害する未来。私は『真実の愛を邪魔する悪役令嬢』として、ジェラルド様から原型を留めない遺体とされるのです」

「な、にを……言って……魅了魔法だと? 王族は常に、魅了魔法を防ぐ魔道具を身に着けている。一介の庶子如きに――なるほど。『聖女』……聖魔法で効力を上げたのか」

「流石です。しかし――その混沌も長くは続きません。私が殺害された半年後には、この大陸の外から齎された魔道具により魅了魔法が解かれ皆正気に戻ります。ただ……ジェラルド様は“実の妹”をその手で殺害した事実に心を病み、聖女に連なる一族郎党を殺害した後に自死されるのです」

「ジェラルドが……あの冷徹な息子がか? それこそ荒唐無稽だ」

「ジェラルド様は感情を表現する事がとても苦手なのです。その証拠に、どんなに私が纏わり付いても決して振り払いません。『離れろ』とも、蔑む言葉も口にしません。先程の勉学のお時間にも『入寮せず 邸(ここ) から通学する』と仰っていました。あの御方は、本当はとても感情が豊かなのです。未来で――公爵様から『アリーチェは血の繋がらない養子だ』と伝えられて尚。『アリーチェ』の肖像画へ謝罪の言葉を繰り返しながら首を掻き斬り、己の罪をその血で清算しようとする程に」

「!――……そうか。お前は、書類上は『養子』だと。初めから知っていたのだな」

「良い判断です。例えば私が取り返しのつかない失態を演じても、公爵家としては『貴族の善行に救われた養子が傲慢になった』――そう、切り捨てられますから」

全て理解している。そう言うように微笑むアリーチェは、確かに『貴族』。不要なものは切り捨て、体裁を整える無慈悲さ。

たとえ 不要なもの(それ) が己だとしても。

「……その荒唐無稽が事実として。遠くない内に魅了が解けるのなら、お前ならば上手く誘導出来たのではないか?」

「不可能です。聖女の目的は『王妃と成り豪遊する』こと。必ず、王太子殿下の婚約者を亡き者とします」

「愚物か」

「ん――ふふっ。『王妃』のなんたるかを知らないようですので、恐らく」

「……それで。お前は、これからも『天真爛漫』を続けるのか? 己の評価を落とし続けては、年寄りの後妻となる未来しか無いのだぞ」

「構いません。私の命を救って下さった公爵様と、沢山の愛情で育んで下さったこの公爵家。皆さんへ恩返しを出来るのなら。それに――所詮は“男”。若く甘え上手な妻からの おねだり(・・・・) を無下には出来ず、いつの間にか家門を掌握されるだけです」

「――そうか。ならばお前は、今何を望む」

「公爵様にはご体調を崩し療養して頂こうかと」

「……なるほど。ジェラルドを『当主代理』として働かせ、学園には籍だけ置き通学を阻止すると。私がお前の思惑を知らず体調を崩さなかったら、どうしていたのだ」

「既に公爵夫人へ協力を取り付けています。妻を深く愛する公爵様ならば、療養に同行すると信じていましたから」

「は――……っはは! 良いだろう! もしも来年、聖女が現れたら。私はジェラルドの入学前に体調を崩し療養に入ってやる。だが邸は離れんぞ。お前を見定める必要が出て来た」

「つまりこれまで通りと云う事ですね」

くすくすっ――

可笑しいと笑うアリーチェは、公爵がずっと見定めていた事すらも察し理解している。そうでなければ『公爵』として在れる筈がないと。

「お前は王妃に成ろうとは思わぬのか」

「元庶民には過分な地位です。後妻にも行けなければ修道院か、国外へ放逐して構いません。素晴らしい教育を受けさせて頂いたので、どこででも生きて行けます」

「お前は本当に愉快な『令嬢』だな。――わかった。聖女が現れたら、全て信じてやろう」

「ありがとうございます。良い夜を」

「あぁ。子供は子供らしく、早く寝るのだぞ――『アリーチェ』」

「はい。お休みなさい――『お父様』」

完璧なカーテシー。それを披露したアリーチェが部屋を出て、ドアが閉まり……護衛が廊下を確認して人が居ない事を確認。

再度ドアが閉まった後。

「アレが庶民の子とは。それこそ荒唐無稽だろう」

愉快だと。口角を上げた公爵は、同じく愉快そうに笑う護衛が注ぐワインを口へ運んだ。

今日は酒が美味しい夜だ、と。

衝撃的な夜。鮮明に、強烈に記憶に刻まれた『アリーチェ』の本性。

本当にアリーチェの言った通りとなった、この――数年間。

流石に『王家の威信』に関わるからと、対策を立てる為にアリーチェの許可を得て王家にも説明。その際に「あのアリーチェの言うことでは……」と難色は示されたので、改めてアリーチェを伴い謁見。『完璧な公爵令嬢』としての振る舞いに揃って目を点にしていて少し面白かった。

それだけで信憑性があると判断された辺り、普段のアリーチェの問題行動による悪い印象は察するに余りある。円滑に物事を進められたので、良しとしたが。

しかし、魔道具で防げない『聖魔法で強化された魅了魔法』への対策なんて無いに等しい。アリーチェの“未来の記憶”でも、魅了を解く魔道具はまだ開発されていないとのこと。

頭を悩ませる彼等へ口を開いたのはアリーチェで……

――「ジェラルド様と同様に籍だけ置き、在学の4年間は南部一帯を管理して頂くのは如何です? 南部は温暖な気候で過ごし易く、しかし雨季には洪水被害が報告されている地区があります。その対策に河川の堤防工事の責任者としての滞在ならば、不自然ではないかと。被害縮小の記録や改善も必要なので……早くとも4年は掛かるでしょう。王太子殿下が態々着手することに疑問を持たれた際には、『有能な王太子が円滑に即位する為の更なる箔付け』で充分かと」――

その提案に全員が「それだ!」と。満場一致。

その際に王家から『有能な公爵令嬢』へ婚約の打診があったが、アリーチェは出自を盾にその場で断りの返事を。一応のダメ押しとして「私は『お兄様を独り占めする王太子殿下は嫌い』と公言しておりますので」と笑顔で付け加えてみたら、王太子が愉快だと笑い上げていた。

やはり寛大である。

実際に……複数の令息が『聖女』の毒牙に掛かったが、王太子は無事に回避出来た。情報源が“未来の記憶”なので無闇に話を広げることが出来なかった王家としては、心苦しいがそれだけで充分。

件の聖女は魅了魔法を封じる魔道具を装着させられた上で教会に監禁され、国の豊穣を生涯祈ることを言い付けられている。監視は女性騎士により徹底され、女性騎士も念の為にこの大陸の外から齎された魔道具を身に着けている。なので、彼女達が聖女の利になることは無いだろう。

魅了魔法の被害者達も正気に戻っている。今は“再教育”と称したメンタルケアを受けながら、家族と婚約者一家と今後の話し合いをしている真っ最中。魅了魔法によりほぼ洗脳状態だったので、婚約者一家も「我々から信頼を勝ち取りなさい」と寛大な対応が大半だそうな。

そんな数年間の出来事を思い返す公爵の前には――

「アリーチェを身籠らせました。結婚の許しを下さい」

――無表情でとんでもない事を宣う息子。ジェラルド。

あまりの衝撃。珍しく思考回路が働かず呆然とするしかない公爵の聴覚が認識したのは、深く愛する妻の声だった。

「まあっこれでアリーチェは私の本当の娘になるのね! ジェラルド、よくやってくれました。母想いの息子で嬉しいわ」

「ありがとうございます」

淡々と。言葉を返すジェラルドは、こちらも呆然とするアリーチェの腰を抱いてぴったりと寄り添っている。逃がさないように、本当にぴったりと。

アリーチェの様子で彼女自身にも寝耳に水の出来事なのだと察した公爵は、ジェラルドが魔法で“なにか”をしていたのだと。それも同様に察してしまった。

実の息子で次期公爵が犯した罪を明確化したくないので、詳しく問い質すことはしないが。

一度。盛大に頭を抱えてから。

「お前は……いや、アリーチェは……」

「聞いていました」

「、――なに?」

「お父様が、夜にアリーチェを部屋に呼んだ時。全てを聞いていました。アリーチェが実の妹ではなく血の繋がりの無い養子ならば、問題はありませんよね。養子と結婚することは、貴族ではありふれていますから」

「それは……子供が姉妹しかおらず、男を養子に取った場合の話だ」

「だとしても。アリーチェは既に私の子を宿しています」

「未成年なのだぞっ!!」

「それも貴族では珍しくありません。お父様が 療養中(・・・) なので、尚更に」

確かに療養中の当主を安心させる為に『当主代理』が早い段階で跡取りをもうけることは、家を存続させる貴族としては間違ってはいない。相手が未成年だとしても、明確な理由があるこの場合は『家の存続』が優先される。

不測の事態に備え『王家の血』を保存する貴族筆頭の公爵家ならば、尚更に。

貴族故の正論。暗黙のルール。

それでもアリーチェは、出自が不明瞭の庶民。『公爵家』としては受け入れられない……のは、どうやら公爵とその護衛だけらしい。公爵夫人はきゃっきゃとはしゃぎ、使用人達は既にパーティーの準備に勤しんでいる。

なぜ、それ程に簡単に受け入れるのか。いや、その前に。そもそも……

「ジェラルド……お前はいつから、アリーチェを そういう目(・・・・・) で見ていた」

「憶えていません。気付いた時には好きになっており、子供ながらに悍ましい感情だと苦しみました。――アリーチェが養子だと知った瞬間に、愛せるのだと。愛しても良いのだと。なので、愛しました」

「……なぜ、今なのだ。あと2年待てなかったのか?」

「来年には私の婚約者――既に元婚約者です。彼女が成人してしまうのでその前に白紙とし、既成事実を作りました。それに――王家から、アリーチェへ婚約の打診が続いていますよね。私が知らないと思っていたのですか?」

「極端過ぎる。お前の婚約者の、」

「『元婚約者』です」

「……元婚約者の家へは、どう説明したのだ」

「彼女は私を『冷徹』と毛嫌いしていたので、相手方には長年抗議を続けて来ました。破棄ではなく“白紙”とすれば、彼等は娘の名誉を守る為に受け入れるしかありません。公爵家から睨まれたくはないでしょうから」

「……アリーチェは、なんと言っている」

「愛して貰えるように努力します」

「……あいじ、」

「アリーチェ以外と結婚する気はありません」

「……ハァ……もういい。わかった。子を宿したのなら仕方ない。王家への説明と、“アリーチェの生家”はお前が用意しろ」

「はい。結婚のお許し、ありがとうございます」

やはり淡々と。しかし……漠然と、どことなく声が弾んでいるような印象。

感情を表現することが苦手……か。

だからと言って魔法を駆使しての既成事実は違うだろう。

治まらない頭痛に本当に体調を崩しそうだと頭を抱える公爵は、この事態は使用人達も協力した末の結果だったのだと確信してしまう。シーツに“証拠”が残るのだから、協力していない筈がない。

ならば『あの日の真実』は既に使用人達へ共有されている、と云うこと。

感情を表に出すことが苦手。それ故に、どうやら恋愛のセオリーも礼儀も苦手……疎いのだと。確信。

「お前には恋愛の教師も付けるべきだったか」

「私自身、そう思います。ですがもう過ぎたこと。これから信頼回復に努めます」

「先ずは謝罪からだ」

「なるほど。わかりました」

それすらも理解していなかったとは……本当に、人としては欠陥品だな。この息子は。

しかし貴族筆頭の『血を繋ぐ公爵家』としては、完全に間違いではない事が……話を更にややこしくさせている訳で。

流石の公爵も、これからのアリーチェの苦労に同情してしまう。完全に息子の不始末。なので、全力でアリーチェの味方になるつもりではいるらしい。

血の繋がりは無くとも『家族』には変わりない。ずっと、アリーチェの本性を知ったあの夜から。

優秀な義娘を得た。

その事実と真実があるので、これ以降――公爵が反対の言葉を口にすることはなかった。