【電子書籍化】悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした
作者: 蔵崎とら
本文
あのモブ、転生者だなぁ。
そう気付いた時には遅かった。
自分の婚約者に擦り寄っている女がいるという噂を聞いて、それからしばらくして前世を思い出した。確か頭を打った時だった。
前世を思い出し、自分の婚約者に擦り寄る女っていうのはきっとヒロインか。と思ったのだが、よく考えたらおかしい。どう考えてもヒロインではない。
なぜならヒロインがこの学園に転入してくるのは来年だったから。
それに気が付いてから学園内をよく観察してみると、ヒロインではない女がやりたい放題好き放題状態だったのだ。
転生者だと気が付いたのは、あからさまに攻略対象キャラクターに声を掛けて回っていたから。
誰だあれ!? とは思ったものの、私はどうすることも出来なかった。
だってあれ、モブはモブだけど、公爵令嬢なんだもの。名もなきモブのくせに身分だけはやたら高い。
ヒロインは伯爵家に拾われた美少女で、悪役令嬢こと私は侯爵令嬢である。
ヒロインは私よりも格下だからヒロインに対しては強く出ても問題はないが、公爵令嬢には手も足も出ない。手や足を出そうものなら首を失ってしまう。
首と引き換えに手や足を出そうとも思わない。出せてぐうの音までだろうなぁ。
「最近、何か変わったことはないか?」
「いえ、特には」
「そうか」
変わったことがあったのはそちらでは? と思わなくもないが、私は特に表情を変えずに受け答えをする。
そんな私は現在、婚約者とティータイムを楽しんでいる。……まぁ楽しむというよりも、定期連絡会の意味合いが強いのだけれど。
「そろそろ定期テストの時期だな」
「そうですね」
「君さえ良ければ、一緒に勉強をしないか?」
「ええ、ぜひ」
私はにこやかな笑顔を作って頷いて見せる。私の婚約者は王子殿下なので、モブよりも格上なのである。だからこちらにももちろん手も足も出ない。手や足を出そうものなら私と私の家族一同の首がなくなりかねない。首どころか一族ごと根絶やしにされる可能性だってある。
「君も分かっているだろうが、このテストはクラス分けのテストでもある」
「はい」
「君はSクラスに入れそうか?」
「そう……ですね」
そういえば、悪役令嬢はSクラスには入れない。
Sクラスというのは学年で最も優れた生徒が入るクラスで、あの物語でSクラスに入れるのは王子殿下とヒロインと、あと数名の攻略対象キャラクターだったはずだから。
悪役令嬢は王子殿下と同じクラスに入れなかったものだからSクラス入りしたヒロインを妬んで僻んでの大暴れだった。
そもそもSクラスに転入するという事が異例な上に自分の婚約者といちゃいちゃされるんだもの。そりゃ妬み嫉み僻みで大忙しだったことだろう。
「歯切れの悪い返事だな」
「あ、いえ、えっと」
「一緒に勉強をしないか? と言ったが撤回する。一緒に勉強をするぞ。これは強制だ」
「え、えぇ……」
物語の都合上私はどんなに頑張ってもSクラスには入れないのだけれど。しかし私にお断りするなんて選択肢はない。だって相手は王子殿下だもの。これだから絶対王政ってやつは。
それから数日後、王子殿下と私の勉強会が開かれた。
「なんだ、あんなに歯切れの悪い返事をしておいて、賢いじゃないか」
「……えへへ」
勉強会は、まず私が王子殿下が作って来たという模擬テストを受けるところから始まった。模擬テストはこの国の歴史。それと算術。
そしてそれらを王子殿下に採点をしてもらったところ、どちらも満点だった。
なぜ満点を取ることが出来たのか。それは私がこの物語を熟知しているからである。
何度も繰り返し繰り返し読み込みやり込み、それだけでは飽き足らず、語り考察し……この物語のことばかりを考えて生きていた時の記憶があるからこそ、この世界の歴史についてはなんでも答えられてしまう。
算術のほうは小学生で習うレベルの算数だったから解けた。中学生レベルだったら危なかった。
「なんだ、俺の気を引くために勉強が出来ないふりでもしたのか?」
王子殿下はくすくすと笑う。
返答に困って口籠る私を見て、王子殿下がこちらに手を伸ばしてきた。
「そんなことをしなくても、君は可愛い」
「ぷぇ」
何をされるのかと思えば、鼻を摘ままれた。
くすくすと笑っていた王子殿下は、次第にけらけらと笑いだしていた。こちらとしては笑い事ではない。恥ずかしい。
……恥ずかしいし、好きになりたくない。この先、彼と二人で生きていく未来などないのだから。
「ところで、君は……公爵令嬢とは親しかっただろうか?」
公爵令嬢っていうと、おそらくあのモブのことだろうな。
「いいえ、まったく」
「まぁ……そうだろうな」
「公爵令嬢が、なにか?」
何を言われるのかが分からないからか、ちょっとだけ緊張して口の中が渇いてきた気がする。私はお茶を一口口に含んだ。
「先日声を掛けられたんだが、なぜか誰にも言っていない話を知っていた」
「誰にも言っていないお話、ですか」
そりゃあデータとして知っていたのだろう。
「それが、俺と君しか知らない話だったから、君が話したのかと思ってな。俺は話していないし」
「殿下と私しか知らない話?」
「……俺の部屋にあるテディベア」
「あぁ、殿下の相棒の」
「そうだ。今も君に貰ったマフラーを大切に巻いている」
「ありがとうございます。もう少しでケープが出来上がります」
「ありがたい」
殿下が幼い頃、乳母に貰ったという高さ50センチほどのテディベアの話だ。
確かにヒロインとの会話の中に出てきた気がする。
ちなみに私は昨年殿下から「俺の相棒だ」と紹介を受けた。そして裁縫が好きな私はその殿下の相棒にマフラーを編んだのだ。
「……こんな恥ずかしい話、君にしか話していない」
そんなに恥ずかしい話だったんだ。
「それを……どこから聞いたのか、あの公爵令嬢は知っていた。気味が悪い」
あのモブ、キモがられてる。
「それとあの公爵令嬢、いろんな男に妙な飴玉を配り歩いていた」
ああ、好感度を上げるアイテムか。
「……え、全員に?」
「いや、全員ではない。数人の男だ」
あ、私が言う全員は攻略対象キャラクター全員という意味だったのだが、殿下には学園の全員という意味に聞こえてしまったらしい。
そんな全員に飴ちゃん配り歩く大阪のおばちゃん過ぎる公爵令嬢とか嫌だわ。
「殿下はその飴を」
「貰った。しかし毒見もなしに食べるわけもないし、そもそも気味が悪いし、そっと蟻に差し入れをしておいた」
それはほぼ捨てたって言ってるのと一緒なんよ。
……じゃああのモブ、蟻からの好感度爆上がりしたのかな。ちょっと興味あるな。
「まぁとにかく、そういうわけだから公爵令嬢には近付かないように」
「分かりました」
「あと最近その飴玉を貰った男たちが妙にギスギスしているから、それにも不用意に近付かないように」
「はい」
王子殿下からの忠告に、私は素直に頷いた。
それにしても、全員に好感度上げる系のアイテムを配ってるってことは、逆ハーでも狙っているのだろうか? モブなのに。
いやそもそもヒロインが来たらどうなるんだろう? 私が知ったこっちゃないけれども。知ったこっちゃないけれども不安ではある。
そして、そんな私の不安は、見事的中することとなる。
「お互い満点でSクラス入りだったようだな」
「ええ、殿下が私の勉強に付き合ってくださったおかげです」
「そうかそうか」
新しい学年になり、Sクラスに入れず妬み嫉み僻みのオンパレード系悪役令嬢だったはずの私が、Sクラスに入っていた。
ヒロインは無事Sクラスに転入してきたが、勝手に攻略対象キャラクターときゃっきゃうふふしていた公爵令嬢はいない。いないけれど、おそらく今も絶好調で誰かときゃっきゃうふふしている。
王子殿下はここにいるからきゃっきゃうふふしてないけど。なんだか嬉しそうに私の鼻を摘まもうとしてるもの。
私の不安が的中するのは、この平和な日からほんの数日後のこと。
「ちょっとなにしてんのよアンタ!」
という怒声が廊下に、いやもしかしたら学園中に響いたのではないだろうか。
この怒声の発生源はヒロインだ。そして怒声の矛先は公爵令嬢である。
「なにしてんのよって、別に」
「っていうかアンタ誰よ!?」
名もなきモブだよね。ヒロインも私と同じ気持ちなんだろうな。
「なんでアンタが全攻略対象キャラとの出会いイベント全部終わらせてるの!?」
激ギレだぁ。
「私がやることなくなってるじゃない! 最低! モブのくせに!」
激ギレのとこ悪いんだけど、それモブだけど公爵令嬢だよ! モブだけど! そう思っているけれど、口出ししたら巻き添えを食らいかねないので黙っていることしかできない。好き放題やってたモブに言いたいことがないわけでもないが、巻き込まれたくはない。
「返してよ! 皆のこと、私の人生、全部全部返してよ!!」
ちょっとヒロインが可哀想だな。折角知識を持った状態でヒロインに転生したのに、気付けば攻略対象キャラクターが全員篭絡済みだったなんて。
しかも相当数の飴を配ったようで、もう皆モブにめろめろだ。常に侍らせている状態だもの。王子殿下だけは……今私の隣でドン引きしてるけれども。
……これはまさか私も原作改変したとかでキレられる流れでは!? 私は何もしていないのに!?
あ、いやでもヒロインがモブの胸倉掴んでる! ヒロインってばもしかして王子殿下の存在忘れてる? 忘れてるっていうかそれどころじゃない?
「おい、手を離せ!」
あああモブに侍っている攻略対象キャラクターたちがモブからヒロインを引き離そうとしている……!
自分と仲良くなるはずだったイケメンたちがモブと仲良くなっているうえにそのせいでイケメンたちから怪訝そうな顔で見られるなんてあまりにも可哀想だ……。
「あ」
と思った次の瞬間、ヒロインがモブの顔面をぶん殴っていた。うわぁ、あれは終わった……!
事情を知っている……というか理解している私がどうにかしたほうがいいのだろうかと思い、ほんの少し足が動いたのだけど隣にいた王子殿下からぎゅっと手を握られて身動きが取れなくなった。ビックリして。
もしや私が巻き込まれに行きそうだと気が付いたのか、と思って王子殿下の顔を見たところ「もう無理」と呟きながらめちゃくちゃ怪訝そうな顔をしていた。さっきからドン引きしっぱなしだったしそろそろ限界を迎えそうなのかもしれない。
結局何をどうするのが正解なのか、と考えているうちに教師たちがやってきてヒロインをどこかへ連れて行ってしまった。それにより、強制的にこの騒ぎは終わったのだった。
「結局お互いが一生顔を合わせないという約束を交わしただけでお咎めはないらしい」
「そうなのですか? 公爵令嬢がぶん殴られたのに……?」
例の騒動から一週間が経った頃。今日も今日とて王子殿下と一緒に定期連絡会の意味合いが強いお茶会中。
王子殿下が例の騒動の結末を教えてくれた。
「ぶん殴られたって、どこでそんな言葉を覚えて来たんだ」
「あら、失礼いたしました。公爵令嬢が伯爵家の養女に叩かれたのに、お咎めなしなのですね」
「そうらしい。公爵令嬢の慈悲だそうだ」
「……そうですか」
傍から見れば慈悲に見えるのかもしれないが、ヒロインの居ぬ間にヒロインから全てを奪った公爵令嬢も悪くない? と、私は思ってしまう。
結果的にはアイテムでドーピングまでしてノリノリで男たちを侍らせていたわけだし。
「ただ公爵令嬢とその周りにいた男たちの評判は地に落ちたようだがな」
「あー……」
「あの騒動のせいで噂は膨れ上がり、学園外にまで響き渡ることになったからな。公爵令嬢は男好きの節操なしだと言われているらしい。さらに男たちの中には婚約者がいた者も何人かいたそうだが、全員女性側から逃げられたそうだ」
「あらら」
「婚約を白紙に戻しておいたほうが身のためだと判断されたんだろう。男好きの節操なしと間接的にでも関わりたくないだとか、もし公爵令嬢の腹に子でもいたら面倒ごとに巻き込まれるだとか、散々な言われっぷりだったそうだ」
「分からなくもないですけれど」
これがヒロインだったらそんなことにはならなかったかもしれないけれど、モブには厳しい世界なのかもしれない。可哀想に。身から出た錆だと言ってしまえばそれまでだが。
「まぁこの話はいいとして、君は何色が好きだろうか?」
「色ですか? そうですね、藤色でしょうか」
「藤色か、分かった」
「え、何かの確認だったのですか?」
「いや……、君と結婚するにあたって、俺の相棒にも相手を作ろうかと思ってな」
殿下の相棒ということは、私の好きな色のテディベアを作ってもらえるということか!
「嬉しいです。きっと殿下の相棒も喜んでくれますね」
「だといいな」
照れ照れの殿下が可愛い。
「では白地に金糸銀糸で刺繡を施したお揃いのケープを作りましょうか」
「それはありがたいな」
殿下はそう言って、少し頬を染めながら微笑んでくれたのだった。
それから約一年後、殿下と私が結婚してからしばらく経って、送り主のない手紙が届いた。
不審な手紙だったけれど、そっと開いてみると、そこにはこの国の言葉で「読めなかったら捨ててください」と書かれたメモと日本語で書かれた手紙が入っていた。
『結婚おめでとうございます。あなたがこれを読めているということは、あなたも転生者なんですよね。私は悪役令嬢×王子のカプ推しだったので二人があのクソモブ女に邪魔されず結婚出来ていてとても嬉しいです』
あの人、王子と悪役令嬢のカプ推してたんだ。
『私は結局修道院送りとなりましたが、あのクソモブ女が手を付けていなかった隠しキャラを見付けたので、今はその人と幸せに暮らしています』
隠しキャラとかいたんだ!?
『どうしても気になっていることがあるのですが、王子はなぜあのクソモブ女に捕まらなかったのですか? やっぱり悪役令嬢役のあなたがクソモブ女から守ったのですか? ……と、疑問符は付けましたが、返事はなくても大丈夫です。お幸せに』
返事はなくても大丈夫だと書かれているけれど、彼女の小さな疑問に答えたくなったので、私は紙とペンを手に取った。
『私は特に何もしていません。王子殿下が言うには、あのモブの言動が最初から気持ち悪かったそうです。気持ち悪いとか気味が悪いとか、最終的にはもう無理だって言ってました。ちょっと可哀想でした。でもおかげさまで私は今とても幸せです。あなたもどうかお幸せに』