軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78.塔での一幕

「シャイナさん、お昼にしましょうね」

お昼時、城からの食事が配達された気配にシャイナが二階の客間から降りていくと、既に食卓を整えつつあったカロリーナが笑顔で言った。

ここはドーソンが籠る塔の一階の食堂だ。以前にシャイナがドーソンと恋バナをして、それぞれで盛り上がった場所でもある。

この塔は四階建てで一階に台所と食堂、二階にカロリーナの部屋とシャイナの使用する客間、三階にドーソンの部屋と作業場があり、四階は使用されていない。

シャイナは昨日からこちらで寝泊まりしている。

ハン国からの独立を目論む一味に狙われ、一度拐われてしまったので城での保護が強行されたのだ。

「安全が確認出来るまでは、こちらでお過ごしくださいね」

初日に様子を見に来たランディはそう言った。

塔で過ごす期限が“三日”から“安全が確認できるまで”になってるのにシャイナはジト目になったが、ランディは涼しい顔だった。

魔力封じの腕輪さえ身に付ければ塔の出入りは自由なので無理矢理出ていけない事もないが、周囲は護衛の騎士で固められている。騎士を攻撃してまで出ていくつもりはない。

エスカリオットもテロ一味の一掃に向けて頑張っている事であるし、シャイナは大人しく過ごすことにしたのだ。

それに塔の中は快適だった。

生活に必要なものは一通り揃っていて、朝昼晩の三食は城から美味しい食事が届く。

ポーションや軟膏の材料も無償でふんだんに用意してくれているので、店の備蓄も作り放題である。残念なのは実際の店が開けられない事くらいだ。

(それだって、エスカリオットさんを買ったお金が戻ってくるなら大きな痛手にはならないな)

うむうむと頷くシャイナ。

ここで、お金が戻ってくるその時はプロポーズの時だという事も思い出す。

『プロポーズだ、シャイナ』

蘇る愛しい黒豹の声。

かああっとシャイナの頰が火照る。

「シャイナさん? どうしました?」

カロリーナの声にはっとして、シャイナは脳内のエスカリオットを追い払った。

「な、何でもないです」

「無理しないでくださいね」

「はい」

「ドーソンさんも呼びますねー」

にこにこしながらカロリーナは食卓の上にあるベルを振った。

このベルは魔道具で、一階で振ると三階の作業場で音が鳴る仕組みになっている。

「……あれ? 応答がないですね」

ベルを振ったカロリーナはしばらく待った後、困った顔になった。

三階でベルが鳴り、それに気付けば返事があるはずなのだが食卓のベルは沈黙したままだ。

「本当ですね」

「ご飯が冷めちゃうなぁ」

目の前の食事を恨めしそうに見るカロリーナ。先に食べるという発想はないようだ。

「呼んできましょう」

カロリーナが待つならシャイナも待たなくてはならない。シャイナも食事が冷めるのは嫌だ。それなら行った方が早い、とシャイナは席を立った。

「すみません。シャイナさんはわざわざ来てくれている魔法使い様なのに」

申し訳なさそうに眉を下げるカロリーナ。

ここでのシャイナは、仕事が立て込んだドーソンの補助をしにきた魔法使いという体になっている。

ドーソンが、テロや拉致の話をしてはカロリーナが怖がると主張したからだ。

ランディも、一介の侍女のカロリーナが今回の事を深く知り過ぎるのは為にならないと考え、シャイナの事情は伏せられる事になった。

カロリーナはシャイナのポーション作りをドーソンの仕事の補助だと思っていて、そんな魔法使いのシャイナに雑用をさせるのは心が痛むようだ。

「私とカロリーナさんは同僚みたいなものですし、気にしないでください。カロリーナさんは以前に事故があったから三階は立ち入り禁止なんですよね。私が行きましょう」

事故とは、カロリーナがドーソンに暗示魔法をかけられて人形になってしまった時の事だ。

ドーソンはあれ以来、腕輪を外して作業する三階にはカロリーナを立ち入らせないようにしたらしい。

「役立たずですみません」

カロリーナがますますしょんぼりする。その様は哀しげな子犬のようで可愛い。

(これは、捻くれたドーソンさんが好きになるかもなあ)

なんてシャイナは思う。

「この塔が清潔で過ごしやすいのはカロリーナさんのお陰ですよ。カロリーナさんはカロリーナさんの、私は私の出来る事をしましょう」

シャイナの言葉に簡単にカロリーナの顔が輝く。

「はい!」

「では、行ってきますねー」

カロリーナの素直さにほっこりしながらシャイナは階段を昇りだした。

「シャイナさん。昨日も何度も言いましたが、ドーソンさんは誤解されやすいだけで、いい人ですからね。怖くないですからねー」

「たまに何言ってるかよく分からないし、突然怒ったりするけど悪意はないんです。慌ててるだけなんです。にっこり笑って話を聞いてあげてくださいね!」

「集中している時にいきなり声を掛けると、驚いて怒りだすんで鼻歌とか歌って近付くといいですよ」

「髪の毛ちゃんとして、顔色がよくなれば背も高いし、少しはカッコいいんじゃないかなあ、なんて思うんですよ。あ、これ、本人に言ったらきっと怒りますから妄想だけにしてくださいねー」

階段を昇るシャイナの背中に、矢継ぎ早にカロリーナのアドバイス(?)が飛んでくる。

お節介なおばちゃんみたいで面白い。

ランディがカロリーナの話をする時に笑っていた意味が今なら分かる。シャイナはにこにこしながら階段を上がり、作業場の扉を叩いた。

「…………」

中からの返事はない。

「ドーソンさーん? 入りますよー」

シャイナはそう声をかけると、扉を開けて中に入った。

雑然とした部屋の中央でドーソンが佇んでいる。青白い顔は一心不乱に手の中の何かを見つめていた。

「!」

その手中にあるのはシャイナが拉致された時に付けられそうになった首輪だった。ドーソンの顔がそっと首輪に近付く。

「何してるんですか!」

シャイナはドーソンに駆け寄るとその手を払った。

「うわあっ! な、なんだよっ」

ドーソンがのけ反って驚き、首輪が乾いた音を立てて床へと落ちる。

「それは絶対によくない魔道具ですよ! 身に付けるなんて何考えてるんですか!」

「はあっ? こんなもの付ける訳ないだろっ」

「そうですよ、付ける訳ないものです!……ん?」

ドーソンの言葉を繰り返して冷静になるシャイナ。

「……付けようとしていたのではない?」

「当たり前だろ、王妃の呪いのサークレットだぞ」

「サークレット? 首輪ではなくて?」

「首輪じゃない。なんで首輪になるんだ、犬だからか?」

「狼です」

シャイナは額に青筋を立てながら訂正して、ドーソンがその禍々しい魔道具を知ったふうな感じだったのに気付いた。

「知ってる魔道具なんですか?」

「知ってるも何も、これを使える状態にまで修復したのは僕だよ」

「……うわあ」

ちょっと引くシャイナ。明らかに古代の威力の強い魔道具の修復が出来るなんて、ドーソンのSランクは本物らしい。しかもこんな禍々しいもの。

「旧タイダル王国が持ってた呪いの魔道具の一つだ。大昔は付けた者を意のままに操れたらしいぜ、タイダルの国家魔導士だった時に壊れていたのを直せと言われて、厳しい制約を条件に何とか直したんだ。君、使われそうになったんだってね」

「ええ、やたらといろいろ説明されました」

「現在の状況と今後の予定、このサークレットの能力を説明して理解させれば、話した予定通りに対象者が動く。因みに操られている間、対象者には意識がある。悪趣味といえば悪趣味だよね」

「うげえ」

それを付けられる所だったシャイナは顔をしかめた。

「意識を残す事にはかなり固執して魔法が組み込まれてるんだ、操った後の人格崩壊も狙ってたのかな」

「……付けられなくてよかった」

「君の場合は意識があれば、付けられた所で何とかなったと思うけどね」

「?」

ドーソンの返しにシャイナは首を傾げる。

「白い小さな狼なんて珍しいなと思って調べたんだよ。君、狐型なんだろ? 獣の姿で激昂している間は魔法は効かないぜ」

「は? 何言ってんですか? 狼です」

思わずドスがきいてしまうシャイナの声。エスカリオット以外に狐扱いされるのは我慢ならないのだ。おまけにドーソンは、先ほど犬扱いもしてきている。

魔法が効かないとか今はどうでもよかった。狼である事が重要だ。

「はいはい、狼ね」

「大体なんでドーソンさんがその魔道具を持ってるんですか?」

「今度は壊せって命じられたんだよ。ハン国はこれを放置したくないってさ。修復不可能なまでに完全に壊せと。完全にっていうのが難しくてちょっと考え込んでたんだ」

その返答に一心不乱に魔道具を見つめていたドーソンを思い出す。あれは真摯に使命に向き合っていた姿だったのだ。

「そうでしたか、早とちりしてすみません」

「別にいいよ、誤解には慣れてる」

「そこは、慣れないでおきましょう」

ドーソンがふいっと目を逸らしたのでシャイナは何となく慰めた。

「カロリーナさんも、ドーソンさんの事を誤解されやすいけどいい人だって言ってましたよ」

「はあっ? か、彼女は関係ないだろ」

「髪の毛ちゃんとして、顔色がよくなれば少しはカッコいいかも、とも言ってました」

「すこっ、カッ…………」

ドーソンの顔が真っ赤になる。

「まずは顔色をよくする為にしっかり食べましょう、ドーソンさん。お昼ですよ」

微笑んでそう告げると、ドーソンは真っ赤なまま早足で階下へと向かう。

「おい! 腹が減ってるだけだからな! 顔色なんか気にしてないからな!」

後ろに続きながらニヤニヤしていると、振り返って怒られた。

シャイナはそんな感じで、穏やかでわりと楽しい生活を数日過ごす事になる。