軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73.再会(2)

不穏な知らせの大層な使者は黒塗りの馬車に乗ってやって来た。

シャイナが朝食後のコーヒーを飲んでいると店の呼び鈴が鳴る。二階の窓から玄関を窺うとそこにはフードを深く被った人物が二人いた。

店から少し離れた場所には紋も何もないぬめりと黒光りする馬車が一台。

明らかに高級なのに家紋がない、変な馬車だ。

「無視するか?」

シャイナの背後でエスカリオットが言う。

「んー……とりあえず出てみましょうか」

無視しても仕方ないし、ひょっとしたらまともな客かもしれない。

シャイナは階下へ降りてそろりと店の扉を開けた。

「久しいな、シャイナ殿」

聞き覚えのある威厳に満ちた声が振ってくる。

シャイナは扉を開けなければ良かったと後悔したが、もう遅い。

「邪魔をする。気を使わなくてよい、お忍びだ」

フードの人物はゆったりと店の中に入るとフードを取った。焦げ茶色の短い髪の中年の男が現れる。

エスカリオットの存在感に引けを取らないこの男、この国の王ルキウス・ハンである。

「これはこれは国王陛下」

「挨拶はよい、入れ」

ルキウスの呼びかけにフードを被ったままの後ろの人物も店に入ってきた。

入ってきた人物はシャイナの胸の辺りまでしか背丈がなく、子供のようにも見える。しかしそこから確かな魔力の揺らぎを感じてシャイナは身構えた。

ルキウスの気配も前回のお忍び訪問とは明らかに違う。

「余の護衛だ。攻撃はしない」

「陛下の言葉はあまり信用は出来ないんですけど」

ルキウスは過去にシャイナとエスカリオットを城へ呼び出してエスカリオットを討とうとしたのだ。

その後、今後は手は出さないとは言ったが、一国の国王の言う事なんて信用してはいけないと思う。国の為ならどんな卑怯な事もするだろう。

「ははっ、手厳しいな」

「出来たらこのままお帰り願いたいです」

「耳が痛いが信用してほしい。攻撃はしない」

「それ以外の何かはすると聞こえますよう」

「……危害は加えない。とりあえず二階に上がらせてもらおう。エスカリオットよ、よければそなたのコーヒーも飲みたい。あれはなかなか美味かった」

にこやかにだが有無を言わせずにルキウスは二階へと上がる。

「わあ、ちょっと待ってください、散らかってますよ」

シャイナは慌てて後を追って、朝食の後片付けをした。

「やはり、そなたのコーヒーは美味いな」

シャイナがバタバタとテーブルを片付けてからエスカリオットによってコーヒーが淹れられ、ルキウスは満足そうにそれを飲んでいる。

シャイナはシャイナで便乗して二杯目のエスカリオットのコーヒーをいただき中だ。

せっかくなので香りを堪能し、まろやかなコクの中に有るほのかな苦みを味わってからシャイナは聞いた。

「それでご用件は? そちらのフードの方はどなたですか?」

「ふむ、まずこの者は信頼する占い師だ」

ルキウスが紹介すると小柄な人物はフードを脱いだ。現れたのは背丈は子供だが、見た目は壮年の男だった。

「……小人族の方ですか?」

シャイナが問うと小人族の男が頷く。

「小人族は占星術に優れ予知を行うと聞きますが……何か予知をするんですかね?」

「さすがシャイナ殿、博識だな。予知とはいっても朧げなものだよ。感覚的には占いに近いな」

「そのような方まで連れてきて一体どうしたのですか?」

「王都で不穏な動きがある」

ルキウスはシャイナとエスカリオットの両方を観察しながら告げた。

「少し前に城からドーソン殿が拐われたのはその一環だったようでな。大掛かりなテロやクーデターが計画されているようだ。計画を主導しているのは旧タイダル国の一派でわが国からの独立を目指している。現在のタイダル公国が絡んでいる可能性は捨てきれていない」

ルキウスが言葉を切る。シャイナは感情のない国王の瞳と目が合った。

「わざわざそんな事をお知らせするという事は、何か疑われているんですかね。何も知らないし何もしてないですよ。エスカリオットさんもです」

シャイナが答えて、ルキウスが小人族の男に目配せする。小人族はテーブルにサイコロの様なものを振った。

「…………狼族の少女が陛下に害をなす可能性は低い」

「ほう。そちらのエスカリオットはどうかな?」

「…………彼の天秤は簡単に傾く。本意かどうかに関わらず」

小人族の言葉にシャイナは、なんて事言うんだと目を剥いた。

オブラートに隠したっぽい言い方だが、小人族はばっちりエスカリオットがルキウスにとって危険だと言っている。

「ほう」

ルキウスが目を細めてエスカリオットを見る。

シャイナは思わずエスカリオットの前へと体を入れた。

「シャイナ殿、そう警戒しなくともここにいるのは余と占い師だけだ。何も出来んよ」

「命を下せば騎士も魔法使いも来ますよね」

「さすがに占いを根拠に拘束はしない。エスカリオットよ」

「何だ?」

ルキウスの問いかけにエスカリオットが答える。

「此度の動きにコーエン大公が関わっていたらどうする?」

「…………関わっているとは思えんな。もしあの方が関わるなら痕跡は残さないし、計画段階でバレるような事はなさらない。そういう方だ」

ほんの少しの逡巡の後、エスカリオットは静かに答えた。

「ふふっ、余もそこは同感だ。だがやむを得ない事情があるかもしれぬ。もう一度聞こう、大公が関わっていたらお前はどうする?」

ルキウスは淡々と問いを繰り返した。

エスカリオットが沈黙し、シャイナは密かに魔力を練る。

「どうもしない。今の俺はシャイナの所有だ」

エスカリオットの返事にルキウスは少しだけ口角をあげた。

「そなたを買ったのがシャイナ殿でよかった。さてシャイナ殿、ここからが本題なのだが」

「へっ? 今の占いじゃなくて?」

魔力を練る事に集中していたシャイナは完全に素で反応してしまい、慌てて謝る。

「あ、すみません」

「よい。そして本題なのだが、クーデターの狙いの中にはおそらくエスカリオットも入っている。エスカリオット一人を手に入れれば少なくとも騎士団一つ分の働きはするからな。何らかの接触があるだろう。注意してくれ」

「注意……」

それはドーソンのようにエスカリオットが拉致される事へのだろうか。しかし、シャイナの美しく強い黒豹を拉致するのは難しいと思う。ましてや言う事を聞かせるのはもっと難しいと思う。

「エスカリオットさんは強いですよ?」

「知っている。だがあちらの手段が強行手段だとは限らない。そしてあなたも気をつけてもらいたい。あなたはエスカリオットを手駒にする上での肝だ。護衛を付ける事や城に招く事も考えたのだがそなた達の場合、周囲に人がいた所で返って邪魔になりそうなのでな」

「それは確かにそうですね」

正直、余程の手練れでないといざ攻撃されても足手まといになるだろう。側に誰かいてそちらに危害が加えられれば、エスカリオットはともかくシャイナは気を取られるはずだ。

それにもちろん騎士達にうろつかれては商売に響くし、城で保護なんてされれば店を開けれない。

「近いうちに何かが起こるかもしれない。もちろん未然に防ぐべく注力はしているが」

「国王陛下自ら注意喚起に来てくださったのですね」

「そなた達が無事かを自分の目で確かめてもおきたかったからな。シャイナ殿とエスカリオットがあちらに落ちていてはかなり手痛い。美味いコーヒーも飲める事だしちょうどよかった」

「わざわざありがとうございます」

「礼には及ばんよ。楽しい時間であった」

ルキウスはにっこりすると、コーヒーを残さずに飲み干し、小人族を連れて黒塗りの馬車で帰っていった。

「気をつけろ、との事でしたがどうしましょうか?」

「俺の天秤は傾きやすいらしいな」

「あれはどういう事ですかね?」

ああいう危険そうな事はさらりと言わないでほしい。

「本意に関わらないと言っていた。シャイナが取られれば俺は簡単に落ちるという事だろう。国王もお前が肝だと」

「あー、人質的な?」

シャイナは眉を寄せた。

舐められたものだなとちょっとむっとする。

エスカリオットもそうだが、シャイナも簡単に拉致されたりはしないと思う。ヨダ達には拐われたが、あれは拐われてあげたのであって、逃げようと思えば簡単に逃げられた。

「大丈夫だと思いますけどね。次に何かあれば全力で攻撃してまず逃げます」

「そうしてくれ。そしてしばらくは出来るだけ共に行動しよう」

エスカリオットがそう言ってシャイナの肩を抱き寄せた。

「わっ、エスカリオットさん?」

途端にあわあわするシャイナ。

「もうあんな思いは懲り懲りだ」

シャイナの頭にエスカリオットの頰が寄せられる。

シャイナは心臓をばくばくさせながら「ちゃんと逃げますよ」と伝えたのだが、この一週間後、シャイナはあっさり拉致される事になる。

相手は白昼堂々と全力の強行手段できたのだ。