軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63.キスを思い出す

シャイナがエスカリオットと“恋人”になって一週間ほど経った。

あのドキドキのキスの後、エスカリオットはいつものエスカリオットに戻り、シャイナはシャイナで挙動不審になりながらもいつも通りを装って夕食を食べて各々の場所で眠った。

翌朝は、朝からエスカリオットが「おはよう、シャイナ」と甘く微笑みながらハグをしてきてシャイナはかなり身構えたのだが、それ以外は通常運転のエスカリオットだったので、ほっと胸を撫で下ろした。

それ以降、朝のハグが習慣となったくらいで2人の日常はあまり変わっていない。

こうして一週間経って落ち着いてくると、これで良かったような、物足りないような、複雑な気分のシャイナだ。

いやいやでも、あんな色気のある美しい黒豹の甘いモードなんて、きっとキャパオーバーになる。通常運転の方がいい、これでいいんだ、と自分に言い聞かせて、それから、でも、と思う。

(でも、キスはなんか良かったな……)

と。

シャイナはそこで、誰もいないと分かっている朝のダイニングをきょろきょろと見回す。

本日、エスカリオットは傭兵団で鍛練をする日で朝から出かけている。

だから、ここにはシャイナだけしかいないのだが、それでもダイニングを見回してから、シャイナはそっと自分の指を唇にあててみた。

あててみながら、エスカリオットとのキスを思い出してみる。

エスカリオットの唇はシャイナの指とは違って、もう少しかさついていて薄い感じだった。柔らかさは、エスカリオットの唇の方が柔らかかったと思う。

シャイナから離れる瞬間、微かに吐息がかかった事も思い出す。

一週間経ったからこそ、こうしてきちんと思い出せるキス。思い出して、やっぱりなんか良かったな、と思う。

キス自体が気持ち良かった訳ではない。

シャイナがしたキスは触れるだけの可愛いやつで、感覚としては、唇に何かあたってるなあ、くらいの感覚しかないものだった。

だから、キスした事はドキドキするけど、キス自体は、ふーん、こんな感じね、みたいなものだったのだ。

なんか良かったな、と思うのは、エスカリオットがとても近くて、しかも自分とエスカリオットの口と口が触れていて、すごく近しい感じがした事に対してだった。

シャイナがエスカリオットの特別で、エスカリオットもシャイナの特別な気がした。

「…………」

ここで、少しシャイナの頬が緩む。

自分があの美しい黒豹の特別だとは。

(特別……恋人……)

頬を緩ませながら、ぼんやりと考える。

ラシーンに里帰りした時に周囲からエスカリオットを恋人扱いされたのは、ただひたすらに恥ずかしかったが、今は嬉しいような気がする。

『恋人でよくないか?』『キスしてみるか?』

エスカリオットの言葉が甦る。

こちらを思い出してしまうと、ぼっと顔が赤くなった。

「うわああああぁ」

シャイナは頭をガシガシした。

「こ、恋人……」

改めて、“恋人”を噛み締める。

「私が、エスカリオットさんの、恋人」

口に出してみると、すごく嬉しい。

嬉しいという事は、シャイナはあの美しい黒豹を、恋しく思っているということだ。

エスカリオットとは、確かに雇い主としての距離を保っていたはずなのに、一体いつからこんな事になっていたのだろう。

心境の変化は、ダイアナ嬢にエスカリオットを取られそうになったからだろうか。

それとも、誕生日の花束をもらったからだろうか。

もしくは、町外れの洋館の庭で、汗で湿ったシャツのエスカリオットに抱きしめられたからだろうか。

(あの汗の匂いは良かった。また嗅ぎたいな)

無意識に部屋に残るエスカリオットの匂いを探そうと鼻をスンスンして、はっとするシャイナ。

いかんいかん、獣の本能みたいなのが出ている。これでは変態だ、しっかりしなくては。可憐な18才の乙女は恋人の汗の匂いを追ったりしないはずだ。

シャイナはぶんぶんと頭を振って、エスカリオットの汗の匂いへの執念を追い払った。

それにしても、恋人宣言をした時も、キスを提案した時も、エスカリオットは落ち着いていてすごく余裕だった。

シャイナが拒むなんて微塵も思っていない様子で、という事はエスカリオットはシャイナの気持ちを知っていたという事になる。

「…………」

なんたること。

恥ずかしいではないか。

(というか、じゃああの黒豹はいつから私の事が好きなんだ? )

エスカリオットは元々、シャイナの狼型にはメロメロだった。でも人型にはそうでもなかったはずだ。

前に、“愛の告白”なるものを受けた事はあるが、あの時からだろうか。

「…………」

ううむ、分からない。

シャイナの黒豹はポーカーフェイスなのだ。

分からないが、シャイナは可憐な18才の乙女であるのだし、まあ、そういう事もあるのかもしれない。

そこを深く考えるのは止めることにする。

どうやら二人は想い合っていて、キスをした。

それで十分だ。

シャイナとエスカリオットは恋人なのだ。

「よし!」

何となく拳を握りしめるシャイナ。

一件落着である。

「ふぅー」

一件落着した所で、キスはまたしてみたいなと思う。

している最中は、ドキドキしすぎてあんまり味わえなかったけれど、こうして思い返すとなかなかいいものだったようだ。

次回は、もう少し最中に味わいたい。

(キス、また、してみたいなあ)

シャイナは、ついっと指で唇をなぞる。

でも、すっかり通常運転の今、どうしたらまた出来るかな、なんて思っていると、店の玄関の呼び鈴が、ビーッと鳴った。

「うっひょおっ」

キスを思い出して、一人悦に入っていたシャイナは飛び上がる。

飛び上がって、2階のダイニングの窓から1階の玄関を見てみると、往来に一人の騎士が立っていた。

上からなので確証はないが、知ってる騎士な気がする。

いそいそと階下へ下りて、「はーい」と言いながら扉を開ける。

扉の先にはシャイナの予想通り、騎士のランディが居た。

「おはようございます、シャイナ殿。覚えておいででしょうか? 王国騎士団のランディです。朝からすみません。頼み事がありまして」

「覚えています。エスカリオットさんなら、今日は傭兵団ですよ」

騎士のランディの頼み事ならエスカリオット宛だろうと思ってシャイナは言ったが、ランディは首を横に振る。

「いえ、シャイナ殿へのお願いです。ご指名でして」

「ご指名……」

騎士のランディにシャイナを指名する人物なんて、国王くらいしか思いつかないのでシャイナの顔が曇る。

一国の王のご指命での願いなど、出来れば聞きたくない。絶対に確実にややこしそうではないか。

「そんな顔しないでください。頼み事自体は難しくはないのです。治癒を施していただきたい方がいるんです」

「なんだ、治癒ですか。それなら城に治癒魔法を使える魔法使いがいるでしょう。私なんか呼びに来ていないで、早く治してあげてください」

「治癒自体は急ぐ案件ではないんです。ただ、シャイナ殿でなければ、受け付けないと言ってまして」

「治癒を受ける人がですか?」

「いえ、その方の同居人……というか、保護者……は違うな、雇い主ですかね、がシャイナ殿をご指名ですね」

「ふむ?」

よく分からない説明にシャイナは首を傾げた。