軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34話 準備

ゴリゴリゴリゴリ、

ぐつぐつぐつぐつ、

ねりねりねり、

ちょきちょき、

朝からシャイナは、薬草店の奥の作業場で忙しくポーションを作り、薬の中では売れ筋の胃腸薬とハーブ茶を調合し、これまた売れ筋の傷薬を捏ねくり回している。

「忙しそうだな」

軟膏の匂いがプーンと漂う中でも、立ち姿が様になるエスカリオットの登場だ。

「エスカリオットさん、お出かけですか?」

ちょきちょき、と胃腸薬の薬草を細かく切っていたシャイナは顔を上げた。

「いや、匂いが凄いから降りてきた」

「ああ、傷薬を大量に作ったので、そのせいですね」

「そんなに、遠征に持っていくのか?」

シャイナが指差した大鍋に、エスカリオットがちょっと引く。

遠征、とは、3日後に出発を控えた、ラシーンとの国境の森へ向かう件だ。

「いえいえ、こんなには持って行きませんよ。作ってるもののほとんどは、お店の備蓄用です。留守の間、エイダさんが店番してくれますけど、薬は作れませんからね、たくさん作っておくんですよ」

「それにしても、多いな」

「3ヶ月分です」

「何故だ?そんなにかからないだろう。

エラストリアの町までは10日もあれば着く。国境の森の異変が魔物の大量発生なら、片付けるのはすぐだ。3ヶ月もかかるか?帰りは魔法陣で一瞬だろう」

「あれ?言ってませんでしたか?

エラストリアまで行くなら、せっかくだし、魔物の片を付けた後に、ラシーンの実家に顔を出したいな、と思ってるんです」

「聞いてないな」

「おっと、すみません。では、せっかくなのでラシーンに里帰りしようかな、と思ってるんです。エスカリオットさんもそのつもりで準備してくださいね」

久しぶりに、父や母、兄と会えるなあ、と思うと顔が綻ぶシャイナだ。

ちょきちょき、も、ちょきちょき♪に聞こえる。

「里帰りは俺も一緒に行くのか?」

「もちろんですよ。家族に紹介しますね」

ちょきちょき♪

家族にシャイナの美しい黒豹を会わせられると思うと、ワクワクする。

びっくりするだろうな。何と言っても、こんなに強くて美しいんだもの。

「…………」

シャイナの言葉を聞いて、エスカリオットが絶句した。

おや?

「エスカリオットさん?どうしました?」

エスカリオットの様子が変だ。

「エスカリオットさーん」

「いや、大丈夫だ……無自覚もここまで来ると、凄いな」

「無自覚?何がですか?」

「所有欲と束縛のだろうか」

「そくばく……?」

何やら不穏な言葉が出てきた。シャイナの、ちょきちょき♪のリズムが乱れる。

エスカリオットは、ため息をつくと、珍しく真面目な顔をしてきた。

「シャイナ、通常、妙齢の未婚の女性が男性を家族に紹介する場合、そこには何らかの責任や約束が発生する。

おまけに、久しぶりの里帰り。お前は一体、俺をどういう立場で紹介するつもりだ?」

ちょき……

「え?」

んんん?

エスカリオットさんの立場?

「恋人か?婚約者か?」

言いながら、エスカリオットはシャイナに近付くと、シャイナの髪の毛をするりと掬って口付ける。

えっっ、こっっっっ!!!

「はっっ、えっ?」

シャイナの顔はあっという間に真っ赤になった。髪の毛が、そんな訳ないのに、むずむずする。

「それとも、奴隷の情夫か?」

口付けた後、今度はシャイナ髪の毛の匂いを嗅ぎながらエスカリオットは、誘惑するような甘い目付きをしてきた。

ひょおっっ

シャイナは、自らの髪の毛を奪還しようとするが、エスカリオットは離してくれない。

「シャイナ、さすがに俺も、両親に紹介されるとなると心構えは要るから、俺の立場を教えて貰いたいのだが」

両親に紹介、とエスカリオットから言われて、シャイナも今、“紹介”の意味をきちんと理解した。

確かに、これは、まさにあれだ。

「お父さん、お母さん、私、この人と結婚するの」っていうやつだ。

本当だ、そうだ。エスカリオットの言う通りだ。

父と母と兄は絶対、シャイナが結婚相手を連れてきたと思うだろう。

けっっっこん!?

えっっ、けっっっっこん???

現れた“結婚”にもはや、沸騰しそうなシャイナだ。

「ちちち、違います。結婚とかじゃないです!」

「夫だったのか」

エスカリオットがニヤリとする。

「は?夫?」

「結婚するとは知らなかった、愛しい妻」

まるで、本当にシャイナが愛しい妻かのように見つめてくる。

今度は、ちゅっと音付きで髪の毛に口付けされた。

ぎゃあ!

「だから!違います!エスカリオットさんは、エスカリオットさんは!」

「何だ?」

「…………ご、ご、えい?」

涙ぐみながら、何とかそう言うと、エスカリオットは優しく笑った。

「残念だ、護衛だったか」

「あ、やっぱり、友人にしましょう、友人で!」

家族にはエスカリオットを対等な立場として紹介したい気がしてシャイナは訂正するが、“友人”というワードにエスカリオットは面白くない顔をする。

「シャイナ、友人になるくらいなら、護衛か奴隷の方がいい」

「へ?何ですか、それ」

「友人に逃げるな、という事だ。では、護衛のつもりで挨拶しよう」

シャイナの髪の毛が解放される。

「……分かりました」

よく分からないが、エスカリオットが、友人は嫌ならしょうがない。

護衛で通そう。

「ところで、シャイナ」

「な、何ですか」

「髪の毛が軟膏くさいな」

「……」

くっ……

何だか無性に腹が立つ。

弄ばれてないか?

手のひらで転がされてないか?

くそう、美しい黒豹め。

シャイナは、ちょきちょき(怒)、とハサミを動かした。