軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トウモロコシ

「注文ガラスだから、十日ほどかかるそうだ」

そう言われて案内されたドックの端に、俺のキッチンカーがあった。

こっちに向いてる窓は、ガラスの代わりに少し厚めの樹脂製の一枚板が入っていて、外は見れるが開けることはできない状態になっていた。

こりゃ、午前の営業までキッチンカーの駐車が面倒になるなぁ。

営業窓口が両方にあるから、今まで指定場所に停車する時の車の向きを駐車場の出入りを優先に考えていられた。でも、これから数日は面倒くさい運転操作をしなければと思うと、それが小さなことでも鬱陶しくなる。

まぁね、全面的に俺が原因なんだけどさ。

ゆっくりと相棒に近づいて、樹脂板が入った営業用窓を見上げた。それがなんだかでっかい傷テープが貼られたみたいに見えて、妙に申し訳ない気持ちになった。

ジィ様、年寄りなのにごめんな。

「このまま営業してもOKっすか?」

「ああ、外したりはできないからもう一カ所の窓だけでな」

「了解っす」

預けていたキーを受け取ってキッチンカーに乗りこみ、従業員の指示に従ってドックを出る。

明日は一日かけて店舗内の清掃と撤去した物品の設置、そして商品の下拵え開始だな。頭の中で予定を組み立て、家に着いてから始める各所への連絡事項を整理する。

「痛ぇなぁ……」

俺が怪我をしたわけじゃないが、いろんなところが痛かった。

幹線道路を外れて、昔からある住宅地の生活道路へ入って行く。平日の昼間はまだ暑くて、留守番のばーちゃんたちも顔を出さないから閑散としてる。

キッチンカーを駐車場に入れた俺は、裏口から家に入ると連絡開始した。

あさってからの営業再開のために、お世話になっている業者さんにお詫びと予定を知らせる。どこも早い復帰に良かったと喜んでくれ、快くこっちの注文に応えてくれた。

そして、最後にLINEを立ち上げて中井たちに連絡する。

スマホの画面をタップしながら、居間に面した窓を次々と開け放っていく。部屋にこもった熱気を追いだして、麦茶の容器を手に卓袱台の前に腰を下ろした。

『相棒帰宅完了。今夜は快晴。月齢もOK。フィヴに会うけど、来るか?』

時間的にはまだ就業時間だが、こうして入れとけば手すきの時に返事をくれるだろう。

その間に二階に上がって、寝室と廊下の窓も開けて回る。網戸が汚れてるなーと思いながら、鞄をベッドに投げて階下へ戻った。

尻ポケットにしまっていたスマホが震える。

『OK』

『行くよー』

グループLINEで返ってくるレスを読んで笑う。

なんだよ『OK』ってのは。来るかって訊いてるのに、返事になってねぇじゃん。

『じゃあ、月が出た時間に俺んち集合のこと』

『トウモロコシが山のようにあるんだが……』

え? 中井んちにトウモロコシ? パン屋なんだし、使い道はたくさんあんだろ?

『どうしたん? 総菜パンの具に使えばいいんじゃね?』

『今年最後のヤツなんで固いんだ』

奇妙な猫ががっくりと項垂れているスタンプが……。

うん。時期的にはもう遅いな。身はパンパンに成熟してるだろうが、そのぶん皮が厚くなってて具にすると歯触りが悪いんだよな。

『もらおう! 俺がなんとかする』

『助かる』

奇妙な顔した猫がばんざいしてるスタンプが! なに? すげーブサイクな顔してんだが!

『ゆでて食べると、皮がいっぱい歯に挟まるよー』

野々宮さん、そんな情報はいらんです。ゆでて食べませんから。

歯磨きしているウサギのスタンプに笑う。

さて、連中が来たら何を食うかなー。夕飯は食って来るだろうから、お茶請け――バカップルの場合は酒のつまみになるが、何を作ろうか。

会話を終了してスマホを卓袱台に置くと、台所に向かった。冷蔵庫の中を確認してあれこれ頭を回転させる。

早く使い切らないとならん葉物や生ものを見やり、冷蔵庫の横に並んで幅を取っている冷凍庫を開けて覗きこむ。

大半の物は実家に持って行って使いきったから、仕入れで新しい物が手に入る食材を引っ張り出した。

あとは、下拵えをすませて冷凍した色々な食材を掻き分けて、う~んと唸った。

月は昼間でも空にあるが、月光ってのは夜にならないと地上に届かない。昼間は陽の光が邪魔をしてるからな。でも、夏は陽が長いから完全な夜空になるのはゴールデンタイムを過ぎた頃からだ。

夕飯もおわって晩酌するかなって時間だから、あの二人はきっとビールを土産に現れるだろう。俺にはとうもろこしが土産かな。

門のあたりに車が停まり、すぐに走り去っていったのが音だけでわかった。いつもは玄関に現れる中井たちが、珍しくげっそりした顔で裏口から顔を出したのには訳がある。

LINEで伝えてきたトウモロコシの山だ。

「なんっ、どうしたんだ? 中井家は」

パン屋だからウチほどではないけど食材を仕入れるのは分るから、山ほどあると言われてスーパーの袋一杯くらいか? なんて想像してた。でも、目の前にドンと置かれたのは北海道の文字がプリントされたダン箱一つ。

これとバカップルを積んだ、中井家の誰かが運転した車の音だったらしい。

「北海道の親戚から送られてきた」

おお! これはゴールドラッシュとピュアホワイトじゃんか。

え? 見て分るのかって? いやいや、ダン箱に書いてあるから。

なんて喜んだのだが、この二種類のトウモロコシは確か今が旬なはず。なのに皮が固いってなんだ? それでなくても、こいつらは生でも食える美味さなんだが。

「日当たりと追肥に失敗したやつらしい」

ああ、なるほどね。つまり、他のヤツより日に当たりすぎた上に追肥量の失敗で、気づいた時には熟し過ぎちまったB級作ってことか。

ニュースでも言ってたが、最近の北海道も梅雨時にちゃんと雨が降ったり、やたらと暑かったりするようだ。例年通りに栽培なんてことができなくなってるんだな。

ためしに一種類ずつ実をこそげ切って、天ぷらにしてみる。

粒が離れない程度に芯まで切って板状にして、薄い衣をくぐらせてカラッと煎餅みたいになるまで揚げる。こーすると、固い皮でもカリッと揚がってるからスナック菓子みたいに食べられる。

俺がうきうきと天ぷらを揚げている間、中井たちはすでに居間でくつろぎ始めた。

うん。やはりビール持参だ。

「了なら、なにを作るか聞いて来いってさ」

「すでに決まってんのは、まずはコンポタだな。後は干して粉にして使うかなー。トルティーヤでも焼いて……」

「干して粉に……」

「外皮をめくり上げて束にして、風通しのいい軒下に吊るしとけ。あ、網をかけて鳥に喰われないようにな」

「粉にしとけば、コーンパンとか作れるか」

「コーンマフィンにもなるねー」

ナスを半分にして肉詰めして冷凍しておいた物をじっくりとオーブンで焼き、最後の数分前にチーズをのせて肉詰めナスのチーズ焼き。そして、とうきびの天ぷら。

大盛にした皿を手に居間に戻ると、中井と野々宮さんが頭を寄せ合って無心にメモ書きをしていた。

「とうきびは塩で食え。茄子はこのまま食ってもOKだし、ケチャップかタバスコかけてもOK」

さあ、とうきびの天ぷらをフィヴたちに食わせてみるか。