軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

謎の錬金薬師―インターバル

胸の奥に、ごちゃっとした得体の知れない気持ちを貼り付けたまま、俺は今日も笑顔で営業していた。

窓の向こうは、カラフルな傘が行ったり来たりしていて、一帯のビルから吐き出された人たちが、昼食を求めて目的地へ向かう。その中から、時おりこっちへ足早に駆けて来る常連さんや、足を止めてキッチンカーを眺め、それから近づいて来る人。新顔さん、いらっしゃい。

あいにく朝から雨で、ぐったりする暑い毎日の中休みって日だった。湿気を鬱陶しく感じるか、少しだけ涼んだ戸外にホッとするか。それだけの違いでしかないけど、傘を手に濡れるのを嫌ってか、雨の日は客足が落ちる。

風が強くて雨が吹き込むようなら営業窓を閉め、集中豪雨なら特別注文が入ってない限り、午後からの営業は中止する。こちらの事情だけど、常連さんには挨拶と営業トークのついでに話してある。

今日みたいな小雨なら、いつもよりも量は減らして、のんびりとお客さんを待つ。面白いのは、雨のせいで蒸し暑いのに、暖かい飲み物が割と出ること。ホットコーヒーやみそ汁、ポタージュやスープの素。

「雨の日はさ、特に冷えるのよ」

内勤のOLさんが、口を尖らせてぼやく。

オフィスの冷房は、基本的に外勤の人たちに合わせられているために低め設定で、デスクワークで動かない人たちには辛いらしい。ことに、制服がスカートのOLさんたちは、腰から下に直撃を食らう。夏なのに、ストールや膝掛が必需品だそうで、それでも、時間が経てば体全体が冷えてくる。

「暖かい飲み物が、欲しくなるのよ~」

「なら、中華スープはいいですよ? ウチのは生姜がたっぷり入ってるんで、冷えには効きますよ」

「じゃ、それ二つ」

「まいどあり」

場所ごとに客層ニーズは違うから、こうして雑談しながらアンケート調査をするのも営業の一つ。

朝から雨の日は、ニーズに合わせて少しだけ品目を変えておく。

どんな職種でも、お客さんってのは我がままだ。

そりゃ当たり前のことで、金銭を出して注文するんだから、それに見合った物を提供されなきゃ不満を持つ。

だから、提供側はたくさんの選択肢を用意したり、注文の詳細をきっちり精査して、金額に見合う物を生み出そうと努力する。

それができなきゃ、当然のごとくお客さんは離れて行くし、用意できなけりゃ新客も来ない。

どんなに営業したって、 『無い。できない』 では、注文は入ってこない。

商売ってのは、本当に大変だ。

ビル街の営業を終え、段々と風が出てきて雨足も強くなってきた。バタバタと派手にはためくカー・ショップの 幟(のぼり) を、従業員が慌てふためきながらずぶ濡れになってしまっている。

午後からは無理だと判断し、営業を中止することにした。とりあえず、回る予定の仕入れ先へ向かい、急いで帰った。

「了ちゃーん」

近所のおばさんとお婆ちゃんが、タッパーを手にして家に来る。

キッチンカーが微妙な時間に帰宅するのを見つけ、にこにこ顔でやって来る。

「いらっしゃーい。いつもすみません」

「こっちこそだよ。遠くへ買い物に行かずに、美味しいモンを安く買えるんだからさ」

急遽営業中止で余った商品は、寄った仕入れ先の人やご近所さんに、安価でお売りする。何度かお裾分けをしてる内に、こんな流れが出来上がってしまった。仕入れ先の従業員さんたちなんか、ゴメンねと詫びながら、でも今日は来る! と予想しながら待ち構えてるんだそうだ。

それでも、余る物は余る。そん時は、中井たちにLINEを早めに入れておいて、 「待ってる」 の返事があれば宅配に出る。

そして、空になることもあれば、やっぱり余ることもある。そうなりゃ最後は涙をのんで廃棄処分。

飲食業の、避けられない道。

天気予報で、今日の雨模様は確実だったから、総菜の量は少なめにしていて良かった。近所の人たちに助けてもらって廃棄せずにすみ、俺は空の設置鍋を見て溜息をついた。

さて、洗い物と車内清掃するかなーと、足取りも軽く掃除用具を手にキッチンカーへと戻った。

雨で良かった。

残り物の始末が解決した途端、瞬間的に思った。

「丁度いいインターバルになったな……」

雨の日は、月の光が届かない。だから、何がどうなってもあっちの世界へ繋げられない。窓を開けても、見えるのは家の庭だ。

掃除をしながら考えるのは、レイモンドと向かい合った時に、何をどう話し出したらいいのかだった。

野々宮さんの言葉を借りて 「仁義に反してる」 なんて言っても、果たしてレイモンドに通じるか。いや、通じたとして、きっとヤツのことだから俺に謝罪の嵐だろう。そんなことをさせたい訳じゃなく……。

なにを、どうして欲しいのか、そこがいまだに思いつかない。

誠意を見せてほしい?

信頼関係を、壊した?

俺たちを、下に見てる?

俺たちが、この窓を開けなければ、もうそっちと交流できないんだけど?

それどころか、俺が一切の縁を切るって決めたら、何をどうしようが再会できなくなるんだけど?

頭の中にずらずらと書き出していくと、なんだか自分が脅迫者になったような、すげー嫌な気分になった。

確かに、アドバンテージは中井にあり、最終的には俺にある。でも、それを盾にして話すのは、最後の最後でいい。

作業の手を止めて、ぼんやり窓に目をやっていたらしく、ハッとして掃除を再開した。

俺たち側の心情を話す前に、まずはレイモンドにあっちの状況を聞く方が先だな。そして、それを元にして中井たちと相談しなきゃならんな。

件の錬金薬師のこともあるし、根本的な話し合いはそれを終わらせてからでいいか。

あーあ、レイモンドにこっそり弁当を売っていた頃が懐かしい。何年も前じゃなく、ほんの数か月前のことなのに。

ふと、気づいた。

俺が、夢なんて思って、異世界へこっちの料理を! なんてことを考えなきゃよかったんじゃないかって。

それが、発端だったんじゃないかって。