軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

飼うと飼育の違いって

最初に言っとく。

俺は、雌であろうが雄であろうが、猫を恋人にする趣味はない。

世の中には、人形やペットを恋人にして、結婚式まで上げてる変わった人がいる。まぁ、それはその人の人生だから好きにすればいい。でも、俺はそんなカテゴリには属していないし、するつもりはない!

なんで、こんなことを訴えているかと言うと、フィヴがとんでもないことを言ったからだ。

「その娘、トールの恋人?」

これが、揶揄いだって分かるような表情に軽い口調で言ったんなら、俺も笑いながらジョークで応えるだけだが、その時のフィヴの顔は眉を顰めてすごく嫌な物を見るような……うん、はっきり言おう。スケベなおっさんを見る女子高生みたいな眼だった。

「こいつは飼ってるの!家族の一員みたいに思ってる人もいるが、俺にとっちゃ同じ家に住む同居人みたいなもんなの!」

「でも、トールが彼女の生活の全てを面倒見ているんでしょ?恋人や伴侶とどう違うの?」

ここに来て、またもやカルチャー・ギャップが見つかった。

「フィヴの世界にはさ、小さな動物を飼うって文化や習慣は無いのか?」

「飼う?飼育?仕事で乗ったり食べたりするの?」

「違う。……いや、飼育になるのか?でも、畜産とは違うし……」

いきなり返って来た「乗ったり食べたり」って台詞に、俺は一瞬言葉を失った。って言うか、首筋辺りがゾゾっとした。でも、乗るってのは無理だけど、食べる文化を持つ人たちもいるんだよな……。その場合は、畜産になるんだろうし。

こんな場合、どう説明したいいんだろう?

どうも俺が「飼う」と伝えている言葉が、フィヴには翻訳されて「飼育」に聞こえるらしい。確かに飼育も飼うも同じような意味だが、あくまで主語にペットが来る場合は意味合いが変わっているしなぁ。

「フィヴたち獣種にはない習慣かもしれないんだけどさ、通常フィヴたちが狩って食べたりしてる小動物を、自分の子供みたいな可愛いって感情で、大事に飼育して一緒に暮らしたりするんだ。愛玩するってのかな?」

「……子供ねぇ」

キレイなオッドアイが、うさん臭いって感じで細められ、マグをじっと見た。

そのマグだが、俺の腕の中からフィヴを見ては目を逸らし、また見て今度は鼻をひくつかせて匂いを確かめたり。きょろきょろと観察はしても、驚いて怯えたり逃げ出そうとしたりしなかった。

「まあさ、マグはもう大人の年齢の猫なんだけど、人間から見たら小動物だから……」

「そうね。私よりずいぶん年を取って――――きゃっ!!」

フィヴが窓に近づいて、もっとよく見ようとしたのか背伸びをした瞬間だった。腕の中で大人しくしていたマグが、いきなり驚く素早さで俺の胸を蹴るとフィヴの顔めがけて飛びついて行った。まさに、獲物に飛びつく野獣だった。

「ちょ!おいっ!」

慌てて伸ばした俺の手はまったく間に合わず、フィヴは悲鳴を上げはしたがあの運動神経と反射で攻撃をかわして回避した。で、どうなったかって言うと、マグだけがキッチンカーを離れて、華麗に空中一回転を決めると、異世界の地へ降り立った。そして。

「あんたね!さっきから黙ってりゃ好き勝手言って!いったい何様!?」

そこにはベンガルカラーの被毛に包まれた獣人形態の異世界人(女性)が、鼻に皺を寄せて腰に手をやり仁王立ちしていた。

俺はぽかんと口開けて彼女を見つめ、フィヴは顔を狙われた腹立ちからかキリッと眉を吊り上げて振り返った。

「何様もなにもないわよ!それこそ、あなたはどうなの!?何のつもりで、トールの世界に行ってたのよ!」

「好きで行ってた訳じゃない!竜種と戦ってたら、いきなりあっちへ飛ばされたんだよ!」

まだ少女って感じのハイトーンのフィヴの怒鳴り声と、ちょっと大人な女性のハスキーながなり声が、すがすがしく幻想的な森を背景にぽんぽん飛び交っていた。声だけなら、女子高生と元ヤンが入ったOLさんの口喧嘩だ。でも、目を向けると異世界要素が十分。

マグは、全身を茶の地毛に黒い斑紋入りのまさしくベンガルな被毛に覆われ、顔自体も獣化していた。でもな、目のやり場に困る姿ではある。だって、豊満で抜群のスタイルの女性が、毛皮のボディスーツを着てるだけの姿を想像してみ?その被毛だって、長い毛皮じゃなく短毛種って呼ばれる毛並みの……。そしてだ、首の下から腹の下辺りまで、少しだけ白くて薄い被毛になっていて……うぐぐ。

そんな獣人女性と妖精衣装のケモ耳女子が、向かいあって臨戦態勢に入ってるって何?だよ。

「なによ、それ……飛ばされたって」

「それはこっちが訊きたいよ。気づいたら『猫』って呼ばれてるし、訳の分からない世界だしさっ。それより、トールって何なんだよ!?なんで、この世界に顔出してるのさ!」

マグさん、段々と興奮が高まって行ってるのか、今度は標的を俺に変えて怒鳴って来た。

「あー、マグさ」

「アタシの名前は、マギー。近かったから返事をしただけ」

「じゃ、マギーさん。なんで、猫のままだったんだ?」

俺があまり驚いたりしないせいか、マグ改めマギーは複雑な表情になった。人の顔じゃないからはっきりした感情までは分からないが、ぱっちりとした大きな猫目を細めて今度は眉間に深い皺が寄っていた。

「そっちの世界で気が付いた時には、もう猫だったんだよ。それきり何をどうやっても元に戻れないし、こっちが話しかけてるつもりでもお互いまったく通じないし……腹が減って死にそうだったし」

最後はぽつりと、すげー辛そうに呟かれた。

でも、なんでだ?

フィヴはこっちへ来ても猫になんて変わらなかったし、変身だって自分の意志でやれた。言葉が通じなかったのは同じだが、それは、マギーが猫だったからじゃね?

「で?自分の世界に触れたら、戻れたってことか?」

「あのさ、アタシがトールの側に現れたのは、こっちの世界の匂いがしたからなんだよ。トールからって言うより、その車からさ。だから、わずかな可能性にかけて拾ってもらおうと姿を現したわけ」

「……すげーなー」

「最後は言葉も覚えたし、必死だったからね!」

腰に当てていた手を胸の前で組んで、マギーは苦笑した。少しだけ開いた唇の間から、鋭い牙が覗いた。

「あなた、これからどうするの?」

「お、そうだ。無事にそっちに戻れたことだし、家に帰るのか?」

顔を、顔だけをじっと見て尋ねた。

マグがいなくなるのは寂しいが、こうして会えるから大丈夫だ。ミミのように永遠に会えなくなった訳じゃないんだ。

「どうするって、そっちに戻りたいって言ったら戻れるのか?」

「「え?」」

俺とフィヴは同時に声を放った。

そうだった。忘れていた。

異世界からの干渉は、全て拒絶されてたんだ。

「マギー、ここに来て窓からこっちへ手を突っ込んでみてくれ」

しかし、それなりの時間をこっちで過ごしてしまった彼女は、どんな反応をされるのか。

異世界の神の影響なのか、はたまた別の何かの仕業なのか分からないが、彼女の意志に反して日本に飛ばされたマギー。レイモンドやフィヴが危機に陥った時の、あの謎の受け入れは神の計画的な仕業だってのが判明してる。でも、マギーは違うらしい。

俺が考え込んでいる内に、マギーは全く怖れる気配も見せずにすたすたと窓に寄って来ると、俺の脇へと手を伸ばした。

戻って来て欲しいような欲しくないような、複雑な心情に揺らされながら見守った。