軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

己の立ち位置

僕、レイモンド・オルウェンは、四人兄弟の末っ子だ。

聞いた話では、どうしても娘が欲しい両親が、これを最後にと頑張った結果なのだという。

娘の代わりに男の僕が生まれて落胆したかと言えば、初めて母に似た僕の誕生に父は大いに喜んだそうだ。上の三人は、父や父方の遺伝が色濃く出た外見だったから。

母が喜ぶのは理解できるが、父がなぜ? と長兄エリオットに尋ねると、兄はなんとも微妙な笑みを浮かべながら僕を見た。

「父上は、こよなく母上を愛しているからな。ことにあの金の髪と緑の瞳を」

その答えは、僕を納得させるのに十分だった。

父は毎晩帰宅すると、かならず母を抱きしめて髪と瞼に口づけをする。繁忙期になって宮殿詰めで泊りが続いた時などは、それこそ疲れ切った泣きそうな顔で母の名を連呼しながら抱擁し、口づけの雨を降らせて放そうとしない。困ったように、でも幸せそうに微笑む母。

幸せな家庭であり、僕の大切な家族だ。

大人になったら、父のように人民のため国のためになる仕事につき、両親のような仲の良い夫婦になり――まだ世界を知らなかった子供の僕は、夢見ていた。

結局は、父のような宮殿勤めの文官よりも、身体を使う武官が性に合ってたらしい。小難しい文書類書きや金計算、国内外のお偉方との折衝や外交なんて、単純で大雑把な頭脳しか持たない僕には無理だった。

母は反対した。魔物であろうが敵であろうが、相手の命を奪う仕事にはついてほしくないと。

僕は反論した。彼らがいるから、僕たちは安心して暮らしてこれたんだ。今度は僕が護る側に立つのだと。

父は目を閉じ、男であれば己が決めた道を極めろ、と厳しい言葉をよこし、すでに人生を決めて家を出た次男と三男の兄たちは、苦笑いしながら「死ぬな」と一言だ。

そして、長兄はただ静かに「我らを護ってくれ」と願った。

そんなふうに始まった僕の王軍勤めは、とにかく大変の一言に尽きる。

貴族であろうが王族であろうが、まずは二年間の見習いからはじめなくてはならず、次は仕官候補として二年ごとに国内のあちらこちらにある砦や地方拠点を巡らされる。

どこがどれだけ重要であり危険なのか、魔物や魔獣の種類や倒し方を学び、命のやり取りの中では貴族も平民もないと叩き込まれ、おまけに美味くない食事でも食えるように躾けられる。

その間に、悩みや迷いが生まれる。

仕官を望んだはいいが、自分にその資質があるのかと悩み、周囲と自分を比べ、目の前で起こる現実に衝撃を受け、打ちのめされたり落ち込んだり、あるいは病に罹ったりと脱落してゆく。

ご多分に漏れず、僕もそこに嵌り込んだ。

兄たちより剣の才能があったとしても、王軍の中では最低でも横並びで、僕以上の腕前なんてざらにいた。

肉体を使う仕事や剣を揮うのが性に合うなんてのは、軍では当然の条件でしかない。その中で、誰と比べても抜きんでる何かがあるかどうかが……と、気づけば立身出世のことばかり。

身を賭して護るのではなく、自分の将来のために 護る(出世) に変質していた。

「でもなー、いつまでも下士兵の給料じゃ、見たい夢すら見れないぞー」

相棒のジョシュが、遠い目をして言う。

人通りのない第二外門の守備は、日々魔獣退治だった砦勤務と比べて暇すぎて苦痛になってくる。

ジョシュも僕と同じように上に兄と姉がいる末子の立場で、宮廷貴族の父と文官の兄を持つ。

「いや……そうではなく、これが本当に私のなりたかった“現実”なのかと思ってさ」

両親や兄弟を護るために戦う未来は、今の自分にとって在りなのか。王や民を護れる自分になれるのか、と。

「レイはなぁ…… 子爵家(うち) 以上に厳しい父上と兄上がいるからなー」

両親や優秀な兄と有能な次男三男を護っているつもりでいて、実は護られているのではないか? そう思うと、自分が何も役になっていない無能者のような気がしてきて。

だから、無意識の内に焦り、そしてどこかで諦めていたんだと思う。

そんな欝々した毎日を送っていた頃にトールと出会った。

トールは僕を異世界という非現実に引き込み、 僕(・) ら(・) はトールを神の失態という非日常に拘わらせた。僕らの世界の神が、トールを必要だと判断してしまったのだ。

彼は言う。これは興味深い異世界交流だと。料理を美味いと言ってくれるのが嬉しいと。――僕らを助けたいと。

そして、朗らかに笑い、大変だったなと労わってくれ、僕を大切な友達だと、真摯で頼もしい光を宿す黒い瞳を僕に向ける。

その時、僕は僕にしかできない何かを見つけようと必死になった。トールみたいに何かを自分の手で掴み、自分の周囲の人だけでも幸福にできるように。

僕の世界にない物をトールの世界から持ち出すことはできないと知り、知識ならば記憶ならばと頭に詰め込んだ。すこしでも人のためになることを見つけ、僕だけが持って帰れるならば、それは僕の天命なのだと思い込んで。

「生き残った者たちの、これからの生活のために役立つ知識を持って帰りたい」

僕がそう言うと、トールは力強く頷いて「おう、いいぜ!」と快諾してくれた。

彼は、自分の持つ物を惜しがることはなしない。共有も分け与えることも、その価値を確実に知っていながら拒否はしない。

トールが席を離れた隙を狙い、僕と同じ経験をしてトールのもとに訪れた異世界人のフィヴに囁いた。

「トールは、なぜこんなにも僕らに優しいのだろう……」

混じり合うことのない世界の断絶を躊躇なく飛び越え、手を伸ばしてくれた彼。

「……私から見たら、レイだって同じよ? 私には、三人の兄がいるの。私を心配して、優しく抱きしめてくれる兄が」

愛らしい耳をピピッと震わせて、フィヴは微笑んだ。

「それなら、僕は待望の妹ができたよ。僕の両親や兄たちが熱望していた、可愛い妹がね。話せば、きっと羨ましがるな」

何も持たないと思っていた僕には、素晴らしい料理人の親友と獣耳とシッポが生えた妹がいる。

だから、僕は神から贈られた自動ペンと知識を持って、彼らから贈られた勇気を胸に故郷に戻った。

家族や同僚たちを、国を、護れず逃げてしまった後ろめたさを拭い捨てて。