軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

93.やらないでもない

「ギィ……?」

ヴェックマンの視線の先には、先ほどまではいなかったはずの幻想的な姿をした少女がいた。

長い銀藍の髪。

瞳は全てを見透かした水底のようだ。

半透明のローブは波のように揺らめき、生地の端は 靄(もや) が掛かっている。

先刻、ヴェックマンはリーゼを地面に固定し、襲撃を図った。

しかし、リーゼは気持ちを切らすことなく、ヴェックマンに抵抗し、ヴェックマンの両目に 霊核弾(クリスタ・ヴァント) を命中させた。

そうして、ヴェックマンが視界を失っていた僅かな時間のことであった。

【……なんで?】

「え……?」

リーゼの脳内に微かな声が響いた。

「なに……?」

【……なんで……我に頼らない?】

「……!?」

リーゼは気づく。

それが自身の中に宿る精霊の声であると。

【……以前の君は何か問題があると、いつも我を頼ろうとしていたように思うけど?】

(「……そうかもね」)

【自覚があるというわけだね……。なら、どうして今はそうしない? 我に期待するのはやめたということかい?】

(「……違うかな」)

【……ふーん。なら、なぜかな?】

(「…………言わない」)

【えっ……!? な、なぜだい?】

(「だって恥ずかしいんだもん」)

【は、恥ずかしい? そ、そうか……。……べ、別に……その……気になったりは……】

(「…………」)

【な、なんだ……?】

リーゼの口角が少し上がる。

【な、なぜ笑う!? 我を愚弄する気か……?】

(「ご、ごめん。そんなつもりは……」)

【ならなぜ……】

(「ローレライってもっとひんやりしてるのかと思ってた……」)

【……ひんやり?】

(「心配してくれてありがとう……、でも、私、集中しなきゃ……」)

リーゼは意識を目の前のヴェックマンへと向ける。

と……、

【…………やらないでもない】

(「……え?」)

【……協力して…………やらないでもない】

(「……!」)

「ギィ……?」

ヴェックマンは、突如現れた少女、ローレライに警戒するように後ずさる。

リーゼはゆっくりと息を吸い込む。

そして、その口から音を放つ。

「ラァ……」

リーゼはローレライがどのような精霊であるかは知っていた。

しかし、具体的な力の扱い方は知らなかった。

だから、発声するというその行動はほとんど闇雲であった。

だが、その闇雲は大きく外れた行動でもなかった。

声が魔力を纏い、響き渡る。

空気を伝わる振動が清らかな水の波紋のように広がり、リーゼの足元にまとわりついていた小型のヴェックマンたちに触れた。

「ギ……!?」

次の瞬間、小型のヴェックマンたちは、ひび割れ、サラサラと粉になって崩れ落ちていく。

「フフフ……フ!?」

本体のヴェックマンは慌てたかのように、その体をラスクのように硬質化させて突進してくる。

同時に、再び体を引きちぎり、分裂体を生成しようと試みる。

しかし、歌声が魔力に干渉しているのか分裂がうまくいかない。

リーゼはただ、静かに歌い続ける。

「ラァ……アア……」

旋律が、一段と高くなる。

リーゼを中心に魔力がドーム状に形成され、突進してきたヴェックマンの拳がその壁に阻まれる。

「ギィイイイイイ!!」

ヴェックマンは焦燥に駆られ、めちゃくちゃに腕を振り回す。

だが、その攻撃はリーゼには届かない。

ローレライがリーゼの背後にそっと手を重ねる。

すると、歌声が収束するように力強いユニゾンとなる。

「ラァアアア」

超高音のソプラノ。

やがて声は青白い光を放つ。

青い閃光は、ヴェックマンの頭部に突き刺さり、そして激しく振動する。

「ギ…………」

ヴェックマンの動きが停止した。

断末魔の叫びはない。

ただ、その体中に無数の亀裂が走り、内側から漏れ出す光が鼓動するように明滅する。

そして、砂糖菓子が溶けるように、その巨体は静かに崩れていく。

戦場には静寂が戻った。

「はぁ……はぁ……っ」

リーゼはその場に膝をつく。

「リーゼ……」

ヨハンが、信じられないものを見るような目で妹の名を呼ぶ。

「……ローレライを……」

「う、うん……なんかよくわからないけど協力してくれた……」

「すごいじゃないかっ! すごいっ! すごいすごいぞ! リーゼ!」

「あ、ありがとう……」

突然、語彙力を失くした兄に少々、動揺しつつリーゼは感謝を告げる。

「でも、ヨハン、これで終わりじゃないんでしょ?」

「あ、あぁ……」

リーゼは革のアタッシュケースに目を向けていた。

ヨハンらが任されている8体の最後の1体が残っていた。