軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95 手負いの獣

大日向教授に顔見せするために東京魔法大学に来た俺は、偶然良さげな研究発表をライブ視聴する幸運に恵まれた。

講義準備室の椅子にどっかり座り込み、ヒヨリに取り寄せを頼んだ研究資料と論文を読み耽る。月例教授会議が終わるまでけっこう時間があり、熟読は捗った。

山上氏の論文は相当「やる」感じだった。現代の技術水準がどれほどの物なのかまだハッキリ把握できていないが、それを考慮してもなお異質で革新的に思える。

魔力計算機作ったってヤバくね? 正十二面体フラクタルも魔力定規も無しで? 魔力計算機の設計図を見る限りだと加工技術に関してはお粗末極まりない残念振りだけど、理論構築や設計思想が図抜けている。

1+1が計算できるようになったなら、四則計算もできるようになる。

電卓が作れるようになる。

電卓ができるなら、パソコンだってできる。

魔力式の無線通信電話はもうあるから、携帯電話だってできるだろう。

スマートフォンも夢じゃない。

もちろん、いきなり来年スマホが復活するのは有り得ない。

だが、かつて人類は最も初歩的な電子計算機を発明して90年足らずでスマホを普及させ、量子コンピュータの足掛かりすら得ていた。

未知の領域を暗中模索し進んでいた電子機器ですら90年。それなら、電子機器の発展ロードマップという明確な進化経路がハッキリ見えている魔力機器は、もっと迅速な発展を遂げるに違いない。

山上氏の研究資料は「どれだけ重箱の隅をつつかれても大丈夫!」と言わんばかりの微に入り細を穿つ物で、俺がいない80年間の幾何学集合グレムリンの集大成であり、集大成を塗り替える革命でもあった。

理論や設計も面白かったし、魔力計算機の素材も面白かった。

使われている素材は俺も知っている物だ。が、80年前には製法不明だった素材が幾つか作れるようになっている。既存素材の品質向上もあった。

例えば、幽霊グレムリン。

魔王グレムリンの部品の一つであるこれは目に見えない不可視のグレムリンだ。乙類以上の魔物に見られる物理無効幽霊型魔物がこの目に見えないグレムリンを持っているのだが、死ぬと可視化してしまい、幽霊グレムリンとしての性質を失ってしまう。

これは除霊魔法によって解決した。

幽霊に特効がある除霊魔法を使って幽霊系の魔物を殺すと、可視化せず、不可視のままグレムリンを残すと判明したのだ。

ゲーム的に考えると、特定の攻撃でトドメを刺すとレアドロップ品を落とす、みたいな。

食肉で言えば家畜が寝てたりリラックスしていたりする間にストレスなく絞めた肉は、肉に血が回っていなくて美味しい物になる、みたいな感じか。いや実際どういう原理かは知らんけど。

高強度グレムリンについてはちょっとした歴史があり、昔は蜘蛛の魔女の疑似餌の破片をギリギリ融解しない温度で長時間熱処理する事で質が悪くムラのある高強度グレムリンを少量限定生産していたらしい。

が、現在の製法は違う。 深淵金(アビスゴールド) と同じ手法でグレムリンを深海に沈め水圧で圧縮する事で、安定した品質の高強度グレムリンを量産できるようになっている。

そんな製法知らねぇ~! 知ってても俺じゃできない。

というか 深淵金(アビスゴールド) ってそんな製法で作られるのか。深淵って深海の事? ただのオシャレ命名じゃなかった。

この論文はグレムリン工学の論文であって魔法金属の論文ではないから、そのあたりの掘り下げは書いてない。後で魔法金属系の論文も読みたいところだ。

融解再凝固グレムリンも新製法が確立されていた。

融解再凝固グレムリンは、単に融解させ冷やして固めるのではなく、蒸着による層形成を行う事で飛躍的に性能を向上させる事が一般に知られてる(俺は知らん)。

グレムリンを高熱で熱し、蒸発させ、蒸発させたグレムリンを冷やした型に吸着させる。そうしてできる融解再凝固グレムリンの薄い薄い層を丹念に重ねていく事で、優れた品質の融解再凝固グレムリンができるのだ。

なお、品川マテリアルがこの新式融解再凝固グレムリンの国内シェアを九割以上占めているらしい。つよい。

一方で、意外だったのは弾力性グレムリンが「製法不明」とされていた事だ。

そんな訳が無い、と思って研究資料を隅々まで読んだのだが、「現存するのは魔王グレムリンからの分解部品のみ。生産不能」とされていた。

ふむ。

「なあヒヨリ。人類って文明崩壊してからまだ宇宙行けてない?」

「急になんだ? 私の知る限り、行けていないが。そんな事ができる魔法は聞いた事が無いし、ロケット打ち上げも計画すら聞かない」

「じゃ、それか。行けてたら分かってるだろうし……」

「なんだ、なんの話だ? 宇宙旅行は流石にまだ遠い未来の話だろう」

「いやな、入間と研究して分かったんだけど、理論上は弾力性グレムリンって作れるんだよ。無重力空間で育ったグレムリンは弾力性グレムリンになる。理論上はね? やってみないと分からんけど」

「…………」

ヒヨリは絶句して黙り込んだ。

いや、そんな難しい話してなくないか? 早く再起動して!

「……もう魔王グレムリンの謎は全て解き明かしたんじゃないか?」

「いやいやいやいや、ンなわけねーだろ! テンセグリティ構造のパターン差とか何も分かってないぞ。取っ掛かりすら掴めてない。三葉結び目なんて存在意義すら分からん。むしろ無い方が良い余計な部品にしか思えないけど、入間が言うには絶対存在意義はあるんだよな」

ヒヨリはグレムリン工学素人だからナメた感想になるのも分かるが、馬鹿言っちゃいけませんよ。

入間との研究は俺が知る魔法学を小学生の「さんすう」から中学生の「数学」にたった一晩で進化させたが、魔王グレムリンはフェルマーの最終定理並だ。桁が違う。中学生に数学界最大の難問が解けるわけないだろ!

「まあ、弾力性グレムリンの製法が知られてないならヒヨリの口からなんか適当な人に教えといてくれ。入間式製法とか言ってさ」

「いや、その名前はダメだ。大利式か0933式にしておけ」

「え。考えたの入間なのに……?」

「入間由来というだけで私のような長生きしている人間は反感を覚える。大利の名義にしろ」

たしなめられ、モヤモヤする。

言われてみればその通りで、入間の字並びだけでアレルギー出す人もいるだろうというのは分かる。俺だって「入間考案の~」とか言われたら「ほんとにそれ大丈夫?」と不安になるし。

「言いたい事は分かる。でも考えたの入間だしさ、俺の名前つけるのは手柄の横取りみたいでヤだな」

「何を言っている? あの晩、入間は大利を操って大利の力を掠め取ったんだ。全て大利の手柄だよ」

「お、おお」

強い語気で言われ軽く引く。すっごい入間へのヘイトを感じる……!

俺の頭の中の天使が「いや、それでも入間はマジで超頭良かった。入間の手柄だ」と囁くが、その天使は囁きながら入間の胸倉を掴み顔面を執拗に殴っていた。

ほなええか、俺の手柄で。入間は頭良いけど性格悪いからな。どんまい入間。

ちょこちょこヒヨリと話しながら論文を読み、現代最新研究知識と技術を吸収していると、やがて隣の会議室からドヤドヤと人が出ていく足音が聞こえた。月例会議が終わったようだ。

人がハケた頃を見計らい、ヒヨリを偵察に出し廊下に誰もいない事を確かめてもらってから、俺は準備室を出て会議室に入った。

会議室には、大日向教授だけが残っていた。

窓際でぼんやり夕暮れの街並みを眺めていた教授は、80年の歳月で成長していた。

ただし、お婆ちゃんにはなっていない。元々変身魔法バグで肉体が異常を起こし、加齢が遅くなったっぽいという話は聞いていたが、80年の月日によってそれが顕著に見た目に現れている。

大日向教授はもうオコジョ耳の中学生ではなかった。

二十代前半ぐらいの、オコジョ耳の成人女性になっていた。

むむむ。加齢速度は1/6~1/8ってとこか? ヒヨリみたいな永遠の美少女というわけではなさそうだ。

教授は俺が入室すると、目を丸くし駆け寄ってきた。

「大利さん……! お帰りなさい! 私、私はっ……!」

「あ、オコジョになってもらえる?」

「お前こんな時ぐらいなぁ」

目を潤ませ俺に飛びつこうとしてくる教授に待ったをかける。

ヒヨリが苦言を呈したが、知らん。どんな時だろうと嫌なものは嫌だし、苦手なものは苦手だ。

すまんね教授。俺のこういうとこ、死んでも変わらなかった。

突っぱねられた教授だが、シュンとするどころかむしろ嬉しそうに笑った。

え、しばらく会わない内にMっ気に目覚めてらっしゃる?

「わあっ、本物の大利さんだ! 大利さんの喋り方! 姿はごめんなさい、今変身しますね。 裏を渡り(ィェーヴ・ササ) 、 蔡を吐けば(ニムテットッタナ) 、 小鼠も白獣(ヨグ・ヤヨグ・エンィエンシュォア) 」

変なところで本人確認をした教授は、風船の破裂するような音を立て白い煙と共にオコジョに変身した。床に落ちた服の中からモゾモゾ出てきたオコジョのつぶらな瞳で見上げられ、ニッコリしてしまう。

うおおおおおおおおッ! やったぜ、オコジョだ! ギャンかわ! こっちはなんも変わってない! 一生そのままでいてくれ!

「よーしよしよし、教授、膝乗る? 櫛とハサミ持って来たんだ、冬毛梳いて軽くしてブラッシングしてやるよ」

「えっと……それじゃあ、お言葉に甘えてお願いしますね!」

オコジョ教授はチラッとヒヨリの顔色を窺い、頷いたのを確認してからチョロチョロ駆けてきて椅子に腰かけた俺の膝に乗った。

トリミングを始めた途端にフニャフニャになって気持ちよさそうに口を半開きにしたはしたない教授の姿に、ヒヨリは苦笑する。

「ふむにゃ……大利さん」

「ん?」

「大利さんがいないと寂しいです。もう、居なくならないで下さいね」

「それは無茶。人は死ぬもんだ」

「大利……!」

ヒヨリが非難がましく咎めてくるが、仕方ないだろ。「もう居なくならない」なんて言ったら嘘を吐く事になってしまう。

蘇生魔法があるし、俺は寿命がふんわり延びてるから今生の別れは遠のいた。しかし、いつかその時は来るのだ。事実は否定しても消えないぞ。

「変な言い方だけど、生きてる限りは居なくならん。ズッ友って事で手を打ってくれ」

「大利……!」

ヒヨリは同じ言葉を感心した語調で繰り返した。

「お前はノンデリだが、その分本当に誠実だな」

「そうか……?」

俺、車が来てなければ平気で信号無視するが?

拾った財布とか交番に届けずそのへんの塀の上の目立つとこにポンと置きっぱなしにしたりするし。

アニメ公式未認可自作ファングッズをネットオークションに出したりしてたし。

俺が誠実ならたぶん世の中の九割は誠実だ。残り一割はカス。

丁寧にオコジョのトリミングをしながら俺が死んでる間の話を聞くと、教授も教授で仕事の傍ら俺の蘇生のために頑張ってくれていたらしい。

具体的には、魔法言語学方面から蘇生魔法を探してくれていた。

詠唱魔法は、発音さえ正確で近くに発動媒体があれば、例え効果を知らなくても発動する。俺が射撃魔法基幹呪文「 撃て(ア゛ー) 」を自力で発見したように。

だから、理屈の上ではありとあらゆる発音の組み合わせを試していけば、いつかは蘇生魔法を見つけられる。

もちろん片端から試した訳ではなく、無名叙事詩の語彙や物語の流れから「蘇生魔法の詠唱文はこういうモノなのではないか?」と予測を立て、発音を絞り込んで試していたようだが、それにしても遠大で根気強い話だ。

結果だけ見れば、ヒヨリの蘇生魔法発見の方が早かった。

しかしヒヨリの蘇生魔法探求旅が長引けば、いつかは教授が発見していただろう。

俺は隙の無い手厚い二段構えで生き返らせてもらったのだ。

ありがてぇ、ありがてぇ。

話をしているうちに教授はうつらうつらしはじめ、トリミングが終わる頃にはスヤスヤ満ち足りた顔で眠ってしまった。

起こすのも忍びないので、会議室の隅のひざ掛け毛布に寝かせ、布団代わりにハンカチをかけてそっとお暇する。

オコジョは80年経ってもオコジョだった。生き返ってから三指に入るハッピーニュースだ。

暗くなり、ちらほらと徹夜組研究室の灯りが見えるのみとなった大学の構内を二人で歩いていると、考え込んでいたヒヨリが言った。

「大利。お前はノンデリだが、気遣いが無い訳でもない。昔よりできるようになった。だから話しておきたいんだが……慧ちゃんの前で結婚の話は避けてくれ」

「え、なんで? もしかして行き遅れてる?」

「話すのやめる。忘れろ」

「いやすまん悪かった悪かった、言葉選びだよな? たぶん」

真実は時として人を傷つけるらしい。

俺だって「お前、入間に寝込み襲われて操られたんだって? よわっ(笑)」とか言われたらイラッとするし。本当の事ならなんでも言って良いわけではない。

じゃあ何を言って良くて、何を言ってはいけないのか? というあたりの判断はコミュニケーション経験値が足りなさ過ぎてイマイチ分からんが、分かる範囲では気をつけたい。

俺が反省の意を示すと、ヒヨリはまだ疑わしそうにしながらも事情を話してくれた。

大日向教授は実年齢で二十代の頃に、一度アメリカの研究者と結婚の話が持ち上がったようだ。アメリカから東京に留学してきた研究者と良い仲になり、恋人関係になった。

ところがその研究者は帰国した途端に浮気。

可愛いオコジョちゃんを差し置いて他の雌にうつつを抜かしたカスの悪行は大日向教授を知るアメリカの魔法言語学者によって教授本人にリークされ、恋人関係は破綻して終了した。

二度目の恋の季節は最初の破局から三十年が経ち、外見年齢が高校生ぐらいになった頃に訪れた。

二人目の彼氏は仙台の名家出身の魔術師で、大日向教授と話が合い、誠実そうな男だった。

周囲もこの男なら……という雰囲気になり、一時は婚約まで行った。

ところが、二人目の彼氏は悪女に騙されコロッといった。

名家の財産目当てで近づいてきた悪女の熱烈アプローチに落とされ、大日向教授との婚約を破棄。教授は泣いた。

一方的な婚約破棄により、仙台と東京の関係性は数年の間とんでもなく悪化した。名家だった魔術師の生家はたちまち没落し、実家から絶縁された魔術師の元から悪女は姿をくらまし、全てが瓦解。

かくして大日向教授の二度目の恋人関係も終了した。

二度の失恋で教授は深く傷つき、以来、恋人を作っていない。

表向きは平気そうにしていて、その手の話題を出されても朗らかにしているが、自分から結婚の話題を出す事は一切無くなった。

あまりにもドロドロした話に、俺はしばらく言葉を失った。

嘘だろ? 「浮気」って実在する概念だったのか? アニメとかドラマ、漫画の中だけの架空概念だと思ってた。

一番好きだから付き合ってるのに、別の女とコッソリ付き合うのがあまりに不可解だ。

人間なんだから、心変わりして、一番好きな女の順位が変わる事もあるだろう。それは分かる。

しかし、それなら「ごめん。一番好きな人が変わったから、君と別れたい」と言って、ちゃんと恋人関係を解消してから、改めて新しい恋人と付き合えばいい。

恋人が二人いる状況なんて理論上有り得ないはずなのに、実際に起きているのが理解不能。世の中どうなってんの?

あと婚約破棄も意味不明。

この人と結婚するしかない! ってことまでいってそれを投げ捨てるのは行動に一貫性が無さ過ぎる。途中で別人とすり替わったとかではないんだよな?

二重人格だったのかな? それなら分かるが、婚約関係までいったのに二重人格だって事を知らないはずがないし……

大日向教授の恋愛履歴は複雑怪奇過ぎて、俺の頭では理解できそうにない。

怪奇現象が起きてる。普通に人智を超えてるぞ。こえ~!

「な、なあヒヨリ。俺より好きな男ができたらちゃんと言ってくれよ? 怖すぎる」

「安心しろ。有り得ん」

「そ、そうか。良かった。あと、アレだ。この話俺にして良かったのか? 正直、話は聞いたけど理屈が何も理解できなかった」

「……今の話が何一つ理解できないぐらい恋愛に真っ直ぐな男がお前の他にいればな。全く分からないのも問題な気はするが。

話したのは私の独断だが、当時を知っている者は多い。それに、事情を何も知らないままノンデリ発言をして慧ちゃんの古傷を抉ってしまうよりマシだろう?」

俺は改めて「大日向慧の前で結婚の話をしない事」を念押しされ、重々しく頷いた。

大日向教授は二度も怪奇現象に見舞われて大変だったらしい。

良かった、俺の彼女がヒヨリで。俺より好きな男ができるのは有り得ないらしいから、何の不安もなく付き合える。

そういえば、今日は「こいびとってなあに?」を教授に聞きそびれてしまった。

結婚の話はNGらしいが、同じ恋愛学部の中でも恋人科と結婚科とは違うからOKだろう。字が違うし。

また今度会う時に聞いてみよう。