軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

89 起きたら80年経ってた

「 太陽と(×××・) 月に(×××) 背いても(・スティグ) 、 貴方の(ユーディ・) 愛には(ヤウェハ・) 背けない(タルスティグ) 」

ぼんやり目覚めた俺は、余韻のように残るその詠唱を聞いた気がした。

瞬きしてフラつくのも一瞬で、すぐに治癒魔法の暖かさに全身が包まれシャッキリする。

「入間……いや、ヒヨリ、あ? 何が?」

「大利ッ!」

頭はハッキリしているのに、色々な事がありすぎて状況が呑み込めない。混乱する俺の体を、ヒヨリが強く抱きしめてきた。

ボロボロ、ボロボロと、大粒の涙をこぼす。

ヒヨリは今まで見た事が無いぐらい嬉しそうに笑いながら、今まで見た事が無いぐらい大泣きしていた。すげぇ、お手本みたいな泣き笑いだ。

顔をぐりぐりと擦りつけられ、胸元を涙でべっしょべしょにしてくるヒヨリの背中を叩いてあやしながら、一体何が起きているのか記憶を辿る。

えーと?

真夜中に街の方でゾンビパニックが起きたって話をヒヨリの目玉の使い魔で聞いて。

急いでゾンビ漫画引っ張り出してゾンビについて復習したけど、やっぱ眠かったから寝た。

で、起きたらなんか目の前に……

…………!?

…………。

……なるほどね?

そりゃあ入間の魔法使いがゴミクズカスの最悪最強魔法使いだって言われるわけだ。

全部覚えている。

操り人形にされていた間の事は、一つ残らず覚えている。

好意を植え付けられ、なんの違和感も無く入間を親友だと思わされた事も、覚えている。

俺の家を偽装工作だとか言って壊しやがった事も。しかも火蜥蜴たちを虐めてた。

全身に怖気が走った。

あああああああああ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いッ! 鳥肌がたつ。

あいつキショ過ぎだろ! 顔も継ぎ接ぎでキモいし、なんかすっごい爽やかショタみたいな優しい声で喋りやがってそれも生理的に無理。

信じらんねぇあのゴミ野郎ッ! キモい! 大っ嫌いだ!

「お、大利……? 私に触るのは嫌だったか……?」

「あ、すまんコレは入間思い出して鳥肌たっただけだ」

まだ泣いているヒヨリが震える声で聞いてきて、慌てて首を横に振る。

大丈夫大丈夫、ヒヨリはあったかいよ。激寒なのは入間だけ。

なんか色々エグい目にあったしエグい台詞喋らされたりしたけど、入間はキッチリ大氷河魔法で死んだから少しは溜飲が下がる。

ざまあねぇぜ! 二度と俺の前に顔見せんなカスッ!

しかし、ここまで思い出してもちょっと記憶と現状が繋がらない。

俺はヒヨリの必殺魔法の巻き添えで死んだはず。

それはまあ、しゃーないと思う。俺が逆の立場だったとしても……逆の立場だったとしたら……

……いや、ちょっと分かんないけど。あの状況でヒヨリに殺されて人生に幕を下ろすなら、不思議な納得感がある。グッバイヒヨリ! 幸せにな! って感じだ。

でも、なんか幕降りてなくね?

絶対死んだと思ったのに。幕上がりっぱなしですけど。

冷静になって見回すと、色々おかしい。

ヒヨリは普通そうだが、よくよく見るとローブがボロくなっている。

そりゃあ、入間とドンパチやったんだからボロボロにもなるだろうが、なんというか、傷んでいるというより、年季が入っているような感じだ。ローブくん、君色落ちしてない?

河原も変だ。反対岸に生えていたでっかいヤナギの木が無くなっている。全体的に下草も木も様変わりしている。

ツバキのお気に入りでよくてっぺんに陣取って昼寝していた一番大きな河原の岩も、見当たらない。なんなら川の形がちょっと変わってる気がする。こっちの岸辺、ちょっと狭くなってない?

水車無いし。橋も消えてるし。ここから見えるはずの雑貨屋も無い。つーか、家が全部なくなってたり、林に変わってたりする。

俺は嫌な予感がして、泣きながら無限に抱擁を続ける構えに入ったらしいヒヨリに聞いた。

「なあヒヨリ」

「ん」

「今は西暦何年だ?」

まさかこんなタイムトラベラーみたいな台詞を真面目に吐く事になろうとは思いもしなかった。人生何があるか分からんな。

「西暦2111年の、四月八日だ」

「あ、なんだそんなもん? てっきり西暦3000年とかかと……いや待て世紀変わってる! 22世紀になってる! 80年? それ80年経ってないか? はあ!?」

一瞬ホッとしたが、冷静になって驚愕する。

馬鹿野郎なげぇよ! 80年はなげぇよ!

「おいやばいって! 火蜥蜴の餌やり80年してねえ! フヨウの教育80年ほったらかし! 糠床ダメになってる! 田んぼも潰れてるだろ! あっ大学の杖納品80年遅れだ! やばいやばい! そうだ大学! 教授! 80年だろ、寿命で死んでないか!?」

「慧ちゃんは半獣になった影響で加齢が遅くなっている。生きているよ。心配するな、と言いたいところだが。そうだな、色々聞きたい事はあるだろう。座って話そうか?」

「蜘蛛の魔女は? 蜘蛛も生きてる?」

「生きてる生きてる。ほら座ろう、生き返ったばかりなんだ、無理はするな」

「生き返ったァ!!!????」

ヒヨリが金色のインゴットをローブのポケットから出して投げると、それはたちまちフカフカで座り心地の良さそうな長椅子に変わった。

おいッ! 質問したい事を増やすなッ! なんだその魔法見た事ないぞ!

ヒヨリは質問したい事だらけで混乱する俺と一緒に椅子に座り、体をぴったりくっつけて俺の手を握りながら何が起きたのか説明してくれた。

ヒヨリは大氷河魔法で俺ごと入間の魔法使いをブチ殺した後、蘇生魔法探求の旅に出たらしい。

魔法言語学上、蘇生魔法は存在するとされていた。しかし未発見だった。ヒヨリは死んだ俺のために、蘇生魔法を探しに行ってくれたそうだ。大氷河魔法はコールドスリープ効果があるらしく、俺は80年間新鮮なまま死んでいられたっぽい。

ヒヨリは80年かけて蘇生魔法を発見し、使い手の魔女に対価の支払いを約束し、学んで、奥多摩に帰還。コールドスリープしていた俺を解凍し、蘇生してくれた……という流れだ。

ドラゴンに攫われたりだの、氷の中の眠り姫になったりだの。

もしかして俺はお姫様だった?

「だいたい分かった。蘇生感謝。ありがとな」

「か、軽いな」

「いやほんとに感謝してる。なんかして欲しい事ある? お礼になんでもするぜ」

俺が本心から言うと、ヒヨリは頭を俺の肩に預け、目を閉じてそっと答えた。

「私は80年、大利と離れていたんだ。これからの80年は一緒にいてくれ」

「お……? おお。ん……?」

今-80だからこれから+80で差し引き0。素晴らしく明瞭簡潔な算数だ。

でもなんか変じゃね?

俺はヒヨリの柔らかで温かな手をニギニギしながら沈思黙考し、反対の手を顎に当て思考の海に沈んだ。

80年経ったら俺はヨボヨボのジジイだぞ。というか、十中八九寿命で死んでる。

つまり「これからの80年は一緒にいてくれ」=「死ぬまで一緒にいてくれ」という等式が成り立つ。

この等式に大日向慧恋愛学名誉教授に教わった理論を適用すると、「死ぬまで一緒にいてくれ」=プロポーズ、という事が分かる。

以上から、三段論法により、「ヒヨリは俺にプロポーズをした」という結論が導き出せる。Q.E.D.証明終了。

…………え、じゃあ今、プロポーズされた!?

そんな事あるか?

やっぱり変じゃね?

いや変じゃないな?

ヒヨリは80年前にもう俺の事が好きだったんだもんな? たぶん。

なんかドキドキしてきた。

肩に頭を預け、信頼しきった安らかな顔をしたヒヨリからは、全てを俺に預けているかのような温かな重みを感じる。

重くね?

ヒヨリは軽いけど、想いが重い。

冷静に考えると、80年間ずっと俺のために蘇生魔法を探し続けるってだいぶ凄い事をしている。ヒヨリだからまだまだ生きていられるけど、普通の人間なら生まれてから死ぬまでの一生を全て費やした事になる。

ダルいからもうやーめた! とか、そろそろ大利の顔も思い出せなくなってきたしもっと他にやりたい事できた! とか、ありそうなもんなのに。

それなのに80年ずーーーーーーっと一途に蘇生魔法を探し続けてくれたわけで。

あの。

すみません、ちょっとその80年の重さに返せる想いが俺には無いです……

人の心は変わるものだ。

ヒヨリは俺のために80年の旅をして、心が決して変わらない事を証明した。

でも俺は、正直自信がない。

そりゃあ今でこそヒヨリを世界一信じてるし、世界で一番の美少女だと思ってるし、世界で一番大切だと思う。

でも80年後は?

ヨボヨボの枯れ木みたいなジジイになった時、まだ同じ事を言えるか?

ずっと若い姿のままでいるだろうヒヨリに嫉妬してしまったりしないだろうか?

もっと信じられる別の人が現れて、ヒヨリが二番目になってしまったりしないだろうか?

俺の想像もつかない美人さんがコロッと出てきて、ヒヨリを世界で二番目の美少女に格下げしてしまったりしないだろうか?

俺は自分の社交性のダメさをよーく知っている。

自分自身の器用さを信用できるのと同じぐらい、自分自身のこういう所は信用できない。

ヒヨリの80年の想いに返せるだけの確たるものが、俺にはない。

むむむ。困った。

でも、俺ヒヨリの事好きだしな……

ちゃんと想いを返しなさいってオコジョ先生も言ってた。

俺はしばらく悩み、そして結論を出した。

本当にあと80年ぐらいぴったりくっつきっぱなしなのでは? というぐらいしっかり身を寄せているヒヨリに、俺が恋愛スキルLv1をフル稼働させて出した答えを伝える。

「80年ずっと一緒は保証できない。とりあえず、一緒にいたいと思う限りは一緒にいる、ってところで手を打てないか?」

「それは……! 大利、もしかして私の言った意味が分かったのか?」

「たぶん」

俺が頷くと、ヒヨリは少し身を離し俺の顔をまっすぐ見て、それからニッコリ笑った。

「そうしよう。きっと私達は、そういう速さで一緒に歩くのがいいんだ。大利が一緒にいたいと思う限り、私は大利の傍を離れない」

そういう事になった。

ヒヨリは言わなかったし、俺もなんか恥ずかしくて聞けないが、ワンチャンこれはあの都市伝説概念「恋人関係」になったのかも知れないな。

オコジョ教授はまだご存命らしいし、また今度「こいびとってなあに?」を教えてもらいにいこう。

なんかウキウキソワソワモジモジしはじめたヒヨリに話を聞くと、ヒヨリが旅に出ている間に奥多摩はフヨウと火蜥蜴たちが守ってくれていたらしい。

入間襲撃後になぜか奥多摩には他の地域と同じように強い魔物が湧くようになったため、蜘蛛の魔女も自分の管理地の管理を引き継いでから奥多摩防衛に参陣してくれた。

ありがたい話だ。強い魔物に氷山を砕かれたり溶かされたりしたら、俺は死んでた(?)からな。

「俺が死んでる間、みんなどんな感じだった?」

「あー、私も旅から戻ったばかりだから、留守中の事はよく知らない。とりあえず蜘蛛の魔女は今「大利に合わせる顔が無い」とか言ってどこかに消えてる。フヨウは裏山にいるよ、かなり成長したが性格は変わっていない」

「…………?」

フヨウは分かったが、蜘蛛の魔女は謎だな。

もしかしたら80年経って疑似餌に彫り込んだ顔がブサイクな感じに崩れたとかかも知れない。後で手直しさせてもらおう。俺はあの疑似餌を美少女にすると約束したのだ。

「それと私が直接見て確認したわけではないが、ツバキとセキタンは先月と先々月に羽化して自分の縄張りを探しに出て行ったとフヨウが言っていた。お前には残念な事だろうが、人型になったそうだ。モクタンもそろそろ羽化する頃だろう」

「!!!」

俺は恐らくヒヨリが考えているのとは別の理由で蒼褪めた。

やっばーい!

火蜥蜴たち、やっぱり育つと人型になるやつじゃん!

絶対にママ似じゃん! どっちのママに似ていても一発でヒヨリにモクタンの親が誰なのかバレるぞ!

うわあああッ!

こちとら生き返ったばかりなのに!

いきなりド級の修羅場が始まる!

お前のせいだぞ継火ッ!