軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87 入間の魔法使い

東京魔法大学は、ゾンビパニックに対し堅牢な守りを敷いていた。

といってもやっている事は単純だ。防御魔法を大学の外周に張りゾンビの侵入を防ぎつつ、学舎や氷塔などの高所から矢弾と魔法を撃ちおろして迎撃しているだけ。

偽りの生を与えられたゾンビに対し大きな損傷を与えると、体が崩壊し魔法的死を迎え塵に還る。そうでもなければ大学の周辺にはゾンビの死体の山ができていただろう。

ゾンビたちは特別な能力も何もない単なる動く死体で、魔法を使ってこないし、火をつければボロボロの衣服に引火して燃える。堅く高い防御魔法の壁を越える事もできず、壁を引っ掻いたり、押し込もうとしたりが精々。

青の魔女が大学の外に出てフィジカルで押せば魔法も要らないぐらいだったが、何しろ数があまりにも多い。加えて、青の魔女は荒瀧組強襲の反省を生かし大日向教授にぴったりついて離れない事を選んでいた。

学舎の屋上に設けられた指揮所には、夜まで研究室にいたせいでゾンビパニックに巻き込まれた教授陣が集まっている。指揮所にいない教授と不運な居残り学生は迎撃中だ。

魔法火で灯りを確保し、テーブルに広げた地図を囲んで討論しているのは魔物学科の 仙堂(せんどう) 教授と変異学科の 乾(いぬい) 教授、そして一般教養科目教授の 九十九沢(つくもざわ) 教授である。

仙堂教授は目玉の使い魔の連絡に耳を傾け、頷き、地図上の三鷹市に新しく数字を書き込んだ。

それから地図全体を俯瞰し、眼鏡を人差し指で押し上げ結論を出す。

「ゾンビ側についていた世田谷の魔女は三鷹の魔女が倒したそうです。

ゾンビの分布と密度の偏りから考えるに、発生源はやはりゾンビの魔女の管理地で間違いないですね。文京区に湧いて出たのは地下道を使ったからでしょう。人間には使えなくても、ゾンビなら水没箇所を呼吸無しで抜けられますからね。埼玉からもかなりの数が来ているようですが、厳密には違います。

昨年の長雨で寸断崩落した地下道が使えない事を踏まえると、地下道が完全に塞がっていて国立市からの直通地下ルートが遮断されている品川にゾンビの数が少ないのも説明がつきます。逆に埼玉とはまだ地下道が繋がっている。ゾンビの魔女とは別口の発生源があると考えるより、ゾンビの魔女のゾンビが地下道を通って埼玉に移動集合していて、改めて地上から東京侵攻をしていると考えた方が合理的でしょう」

続けて、変異学科の乾教授が解剖図をひらひら振りながら所見を述べる。

「ウチの学科で合わせて十体のゾンビを病理解剖したがね、身体構造には変異が見られなかった。間違いなく人間だったよ。身体の大きな欠損による魔力的死も、魔物や超越者ではあり得ない事だ。グレムリンも持っていない。連中は全てゾンビの魔女の魔法によって作られたゾンビだ。

七瀬助教授の見解と合わせて思うに、これで濡れ衣説は完全に消えたね。世田谷の魔女はゾンビの魔女と組んでいたと考えていいだろう」

「……あのー、私がここにいる意味あります?」

一般教養科目の九十九沢教授が軽く挙手して不貞腐れた風に言う。

「私が出せる意見なんてもう無いですよ。私の専門、歴史と天文ですよ? クロスボウ持ってゾンビ狩りに参加した方がまだ役に立つのでは」

「そうは言うがね、九十九沢教授。戦闘学科の倉庫から古いクロスボウを引っ張り出してきて使うアイデアを出したのは君だろう? 知恵者は何人いても困らない」

「七瀬助教授はさっさと迎撃部隊に合流したじゃないですか……」

「七瀬助教授は戦闘訓練を積んでいますから。三人寄れば文殊の知恵と言いますし、九十九沢教授はクロスボウの練習の御経験が無いんでしょう? 矢だって有限なんですから、こちらにいてくださいよ」

仙堂教授に頼まれ、九十九沢教授は不承不承頷いた。権威ある年配の教授二人に挟まれ、比較的新参の若い女性教授は居心地が悪そうだった。

ゾンビパニックに対抗する戦力は足りている。問題は、何が問題なのかを突き止める事だった。教授陣は事件の根本原因や全貌について額を突き合わせ討論を重ねる。

九十九沢教授は専ら聞き役で、時々ちょっとした質問をする程度だったが、しばらくすると討論内容をメモした紙を最初から見返し、軽く挙手して自分でも疑いながら言った。

「一つ考えたんですけど。このゾンビ騒動は陽動なのでは?」

「陽動? 400万体近いゾンビを投入してかい? どう考えても総力をあげた面制圧作戦だろう。地下道を使えるだけ使って密かにゾンビを浸透させ、新月の夜闇に乗じ地上からの侵攻と合わせ一気に東京全域に広がる。計画的で狡猾だ」

「でも、最終目的が見えないと思いませんか? そりゃあ、侵攻は手際よかったですよ。未来視さんが北海道に行っている間に案の定こういう事件が起きたかとも思いました。

でも、でもですよ? ゾンビのスペックがどうしても低い。特別強いゾンビとかもいなかった。魔術師は数の暴力で潰せるでしょうけど、超越者には敵いません。根本的な火力が足りないですから。これじゃあ魔女さんたちに三日経たずに一掃されて終わりです。世田谷と組んでいたようですが、魔女集会全員を相手にするには不足も不足です。実際、世田谷は三鷹の魔女さん一人に負けましたし。

この武装蜂起には着地地点が無い。ずっと大人しかったゾンビの魔女が突然破壊衝動に目覚めたというのはしっくりこない……」

「ふむ、確かに。魔法道具店や貿易市場、ダイナマイト生産所を襲って制圧しているという話だが、言われてみればそれだけが目的でこれだけの事を起こした、というのは理由として弱いねぇ。仮に一時制圧できても後が無い。何か別に目的があるというのは有り得るよ」

九十九沢教授の説明を聞き、乾教授は納得して同意した。仙堂教授も頷く。

三人は東京に跋扈するゾンビが陽動だとするなら本命は何なのか話し合ったが、見当もつかない。

文殊の知恵ではこれ以上分からないと判断した乾教授は、魔女の意見を聞く事にした。

少し離れた場所で大日向教授を傍に置き、アミュレットによる自然回復の範囲内で魔法を飛ばしていた青の魔女を大声を上げて呼ぶ。

「青の魔女様! 少しよろしいですか? 今回のゾンビ武装蜂起は陽動なのではないかという意見が出ていまして――――」

日の出の一時間前。世界はまだ暗い。

ゾンビパニックが大規模な陽動である可能性を聞いた青の魔女は、大日向教授を大学地下の秘密の部屋に連れていって安全に隠した後、帰還魔法を唱え急ぎ奥多摩に飛んだ。

「!?」

黄金の粒子から形を成し、大利宅裏庭に帰還した青の魔女が目を開けた途端、身の丈ほどもある巨大な銀色の光の拳が眼前に迫っていた。

青の魔女は人外の反射神経で杖の緊急防御魔法機構を起動し、強固な防御魔法を展開。銀色の拳は防御魔法に衝突し、奔流のような光の津波になり逸らされ地面を吹き飛ばした。

銀の奔流と轟音、地響きが過ぎ、振り返る。

惨状を見た青の魔女はゾッとした。防御魔法を起点にミサイルでも爆発したかのように扇状に地面が深く抉れ煙を上げている。緊急防御魔法起動の判断が一瞬遅れていたら死んでいた。

大利が仕込んだ一度きりの完全防御は、間違いなく青の魔女の命を救った。

強力な代わりに維持時間が短い魔法が切れ、青の魔女は最大限に警戒し銀の拳が飛んできた方向を睨む。

魔法大学教授陣の推測は正しかった。ゾンビの軍勢は陽動だった。

奥多摩に、敵が来ている。

薄い煙と銀の残滓が晴れたその先に立っていたのは一人の少年だった。

年の頃は十歳ほど。金色の髪に、濁った黒い瞳。全身継ぎ接ぎで縫い目だらけの不気味な少年は、手に魔王グレムリンを持ち微笑んでいる。

容姿には全く見覚えが無い。知らない顔だ。

「遅かったね、青の魔女――――」

しかし少年が発した優しげで親切そうな、耳に心地よい声を聞いた瞬間、青の魔女は目の前の敵が何者であるか理解した。

「!! 凍る投げ槍(ドゥ・ヴァアラー) !」

「―――残念ながら。もう手遅れだよ」

仇敵、入間の魔法使いの言葉に青の魔女は答えない。凍槍魔法を半身で避けた入間の魔法使いに無詠唱射撃魔法で追撃する。が、入間の魔法使いもまた無詠唱で銀色の盾を出し、崩れた体勢のまま射撃魔法を防ぎきった。

トラウマが蘇る。かつての怒りが、憎悪が噴き上がる。

しかし同時に、冷徹に研ぎ澄まされた殺意も呼び起こされた。

「実によく洗練された無詠唱魔法だ。でも、僕もなかなか捨てたものではないだろう?」

「 沸き立て(×××) 、 我が(××) 血潮(デーニッ) !」

大量の金色の花びらのようなものが入間の魔法使いを中心に噴き出し、青の魔女に殺到する。青の魔女が強化魔法を唱え全力疾走するその後ろに着弾した金の花びらは、突き立った地面を黄金に変えていく。

疾走しながら撃った無詠唱の黒い光線の嵐は、全方位展開した銀色のドームに全て阻まれた。

「話し合いはしないのかい? 君がそのつもりなら、僕は対話で解決する用意がある」

「 その槍は(ドゥ・×××) 氷と(ヴァアラー) 雪と(ヅァアラー) 悲哀で(クンネィ) できていた(シセルー) 」

青の魔女の三叉矛魔法による返答を、入間の魔法使いは黄金の触手に自分を掴ませ放り投げさせる事で回避した。

青の魔女は入間の魔法使いの言葉に答えない。話さない。

一言でも喋る余裕があるなら、魔法を一発撃った方がマシだ。

入間の魔法使いとの対話が全く無意味だという事は六年前にもう分かっている。

なぜ入間の魔法使いが蘇っているのか?

どうやって奥多摩の護りを突破したのか?

何を企んでいるのか?

全て些末な事だ。

入間の魔法使いは今ここで必ず殺さなければならない、それだけが唯一はっきりしていた。

青梅市民を犠牲にして行った、入間の魔法使いの凄惨な人体実験跡の光景がフラッシュバックし、吐き気がする。

逃したら最後、どんな地獄を作るか想像するのも恐ろしい。

少し戦っただけで分かったが、入間の魔法使いは今なぜか弱っている。

未知の無詠唱魔法を次々と放っているが、代わりに詠唱魔法が使えていない。

魔法の避け方と防ぎ方から、運動能力を著しく損なっている事も明らかだ。

それは視界の端に見えた、大利宅のすぐ外で仰向けに倒れ痙攣している蜘蛛の魔女と無関係ではないだろう。

奥多摩の護りは破られたが、入間の魔法使いも無事では済まなかった。

狡猾な入間の魔法使いを仕留める千載一遇の好機だ。

「 その(マムギ) 魔物が(×××) 吐いた(・×××) 純白は(ヴァアラー) 世界を(プトラェ) ――――」

「彼の言葉なら聞いてくれるかな。大利!」

入間の魔法使いの声と共に、魔法の余波で半壊した雑貨屋の陰から大利が姿を現した。

大利が生きていた事に心底安堵し、大利の心臓に刻まれた禍々しい魔法の印に憤激する。

これ以上は有り得ないと思っていた入間の魔法使いへの殺意がさらに溢れる。

しかし、大利が無防備な小走りで魔法の射線上に入った事で、青の魔女の殺意と魔力を込めた魔法は立ち消えた。

入間の魔法使いは霧散した魔力を見て、目を丸くしたあと、感動した風に拍手した。

「愛だね、青の魔女! 素晴らしい。やはり愛こそが世界で一番尊く素晴らしく、強力だ。まさか本当に人質が効くとは、人は変わるものだ」

「なあヒヨリ、悪いけど殺されてくれるか? 死んでゾンビになってくれたら嬉しいんだけど」

「入間ぁああああああああ!!!」

大利が本当にそう望んでいるかのように言った言葉を聞き、堪え切れず青の魔女は憎悪の絶叫を上げた。

入間の魔法使いは楽しそうに笑い、隙を突いて編み上げた巨大な銀の拳を放つ。

「 我らは(ナウテッ) 城塞(ドッド) !」

青の魔女はキュアノスの圧縮円環を起動し、魔法の城壁を作る基礎防御魔法を圧縮収束する。城壁を盾一つぶんにまで凝縮強化された防御魔法は、しかし銀の拳に砕かれ、突き抜けてきた銀の奔流はバックステップで距離をとろうとした青の魔女を激しく殴りつけた。

「頑張れ、青の魔女。彼を傷付けてはいけないよ? ほら、僕だけ狙うんだ!」

入間の魔法使いは笑いながら大利を金の触手で掴み、青の魔女への絶対防御として振り回す。

一縷の望みをかけ大利を縋るように見つめるが、大利は大人しく無抵抗で、嫌がる素振りすら無かった。

形勢は青の魔女の圧倒的不利となった。

まともに攻撃できなくなった青の魔女を、高笑いする入間の魔法使いの金と銀の魔法が嬲る。

幸いなのは、どうやら入間の魔法使いもまた大利を危険に晒したくないらしい、という事だった。

盾には使っている。しかし、怪我はさせても命は取らないよう、ある程度の配慮をもって振り回していた。

最初から大利を人質として戦場に立たせなかった事、そして入間の魔法使いの効率主義から考えるに、入間の魔法使いは弱く脆く替えの利かない重要人物である大利を可能な限り殺さないだろう。無傷で手に入れたいと考えている事が分かる。

しかし、己の身に危険が迫れば容赦なく大利の命と引き換えに自分を守るのもまた明確だ。

忌々しい事に、入間の魔法使いは損得の天秤を決して間違えない。

「君に心臓は無いけれど。心はあった。喜ばしい事だね」

「が……!」

二度目の銀の拳は、打点こそズラしたものの直撃した。錐揉み回転して吹き飛んだ青の魔女は、河原に落ち水車にぶつかり止まる。

金の触手に自分を握らせ、大利と共に河原に降りてくる入間の魔法使いは、鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さだった。

青の魔女は血を吐いた。

内臓がやられ、骨が何本も折れている。左腕が動かない。

青の魔女は絶望のあまり涙した。

苦痛に耐えかね、河原の石を殴りつけた。

入間の魔法使いは絶対にここで殺さなければならない。

しかし、そのためには大利を殺さなければならない。

その道しか選べない事を、青の魔女は散々に痛めつけられようやく受け入れた。

一定の距離をとり、入間の魔法使いが警戒を解かず遠巻きに観察してくる。

吐血と出血から負傷度合いを測られている。

青の魔女は、金の触手で宙づりにされている大利に心から願い、言った。

「大利。お願いだ、私を信じていると言ってくれないか」

青の魔女の言葉に入間の魔法使いが口を挟む前に、大利は屈託のない笑顔で即答した。

「もちろん! 俺はヒヨリを世界で一番信じてる」

その言葉で、頬を伝う涙は止まった。

口元の血を拭い、決然として、二本の足で立ち上がりキュアノスを構えた青の魔女を見て、入間の魔法使いは溜息を吐いた。

「大利、敵を信じてはいけないよ」

「え? あ、そう? じゃあ信じない!」

入間の魔法使いが飛ばしてきた無詠唱の銀の矢を、同じく無詠唱の盾で防ぐ。

それから、青の魔女は大魔法のための魔力を練り上げ始めた。

かつてと比べ青の魔女の魔力コントロールは飛躍的に向上した。

杖の機能も向上した。

それでも、この魔法は御しきれない。大利を避けて入間の魔法使いだけに当てるなど到底不可能だ。

青の魔女の足元から冷気が広がり、川面が凍り付いていく。

大魔法の予兆を見た入間の魔法使いは後ずさった。

「おっと……本気かい?」

大利を盾にした入間の魔法使いが距離をとろうとする。

しかし、その足は無詠唱で並列発動された氷の枷によって捕らえられる。

氷の枷の強度は非常に弱かった。子供でも大した妨害にはならない程度の脆い拘束は、運動能力が大幅に低下している入間の魔法使いにとっては致命的だった。

足を取られ入間の魔法使いは転倒し、体を強く打ちつけ、金の触手が消失した。

「 君よ(ゼィ) 、 氷河に(トリカ・) 沈め(トールカ) ――――」

冷気の波が広がる。河原の木々が白く染まっていく。

入間の魔法使いは自分を大利に担がせようとしたが、大利は「命さえ無事ならいい」という乱暴な扱いをされた事により、足を負傷し引きずっていた。

苦し紛れに放たれた銀色の矢の連射は、入間の魔法使いの銀の盾を劣化模倣した半透明の盾によって完璧に防がれる。

悪足掻きが通じないと知った入間の魔法使いは、長い長い末期の溜息を吐き、両手を上げて降参を示した。

そして魔法が完成する。

「―――― 永久凍土に眠れ(エ・ナシェカ・ヴァアラー) !」

「不運を祈るよ、青の魔女。僕を二度も殺すんだ。せめて残りの長い人生を苦しんで生きてくれ」

魔法杖キュアノスから蒼褪めた波動が放たれる。

その波動は入間の魔法使いが張った三重の銀色の盾をまるで存在しないかのように突き破り、一瞬にして全てを凍らせた。

冷たい風が吹きすさび、ダイヤモンドダストを舞い散らせる。

白く美しい細氷が舞う中、大利と入間の魔法使いは氷山の中に閉じ込められ、死んだ。

偽りの生に再び死を与えられた入間の魔法使いの死体が氷の中で塵になり、魔法的死によって二度と戻れない虚空へ消える。

氷山の中に一人残された大利の姿は、まるで眠っているようだった。

一人、勝者として残った青の魔女は氷山に手を当て俯いた。

大利賢師は、青の魔女を、青山ヒヨリを信じると言った。

傀儡魔法をかけられてもなお、信じると言ってくれた。

ならば泣いている場合ではない。信頼には応えなければならない。

長い長い、大利のいない、苦しみの旅が始まるだろう。

かつて継火の魔女は言った。

私を大氷河魔法で殺して、封じて欲しいと。

結局別の手段での封印が成されたので実行されなかったが、継火の魔女は大氷河魔法の本質を知っていた。

東京を火の海に変えた大怪獣は、大氷河魔法によって殺された。

大怪獣の溶けない氷の解凍作業にあたった継火の魔女は奇妙な事に気付いた。

生きとし生けるものが持つ魔力は、死亡によって徐々に減少していく。これに例外はないはずだ。

しかし、大氷河魔法によって殺され氷に閉じ込められた大怪獣は、肉体と魔力の全てをどれほど時間が経っても完璧に保っていた。

魔法的にも物理的にも一切の劣化を起こさず、まるで眠りについているかのように。

解凍し空気に触れ劣化が始まるまで、大怪獣は死んだまま時を止めていた。

魔法文明にとって、肉体的死は死ではない。

蘇る事ができる。

大氷河魔法は、いつかきっと蘇るその時まで眠らせる魔法なのだ。

奥多摩に山の向こうから朝日が昇り、光が指す。

蘇生魔法は実在する。

未だ人類はそれを知らないけれど。

世界のどこかに蘇生魔法を知っている者が必ずいる。

ならば探そう。

なんとしてでも。

何十年、何百年、何千年かかろうと。

信じると言ってくれた愛する者のために、必ず蘇生魔法を見つけてみせよう。

青の魔女は名残惜しさに後ろ髪をひかれながら、何度も何度も振り返り、氷の中で眠る大利の姿を目に焼き付けながら、歩き出す。

青の魔女の長い長い旅が始まった。