軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

74 魔女の帰還

魔法文字の勉強は難しいが、教科書代わりの厚い資料の四隅が擦り切れボロボロになる頃には「それなり」レベルにはなれた。

今や俺は魔法語で自作の詩を書ける。語彙が限られるし、簡単な文法しか分からないから、難解な言い回しや情緒豊かな表現は使えない。しかし小学一年生が書く拙い作文じみたシロモノだろうが、詩は詩だ。

グレムリン災害以来地球にもたらされた魔法は、全て魔法語を唱える事によって発動する。無名叙事詩仮説によれば、魔法発動に必要な呪文は全て一つの長大な叙事詩からの抜粋だ。

叙事詩の抜粋が魔法的な力を持つのなら、自作の詩にも幾らかの力が宿りそうなものである。しかし、そうはいかない。

幾つかのオリジナル詩をしたため、朗読してみた事で身をもって知ったのだが、魔法語そのものには魔法的な力がない。唱えて何かしらの効果を発揮するのは、無名叙事詩から抜粋された詠唱文のみ(原文の同じ内容を別の単語で表現する迂回詠唱は表記揺れのようなものだ)。オリジナルポエムを朗読してもちょっと恥ずかしくなる効果しかない。

大元の無名叙事詩に魔法的な力が宿っていて、叙事詩を抜粋する事によりその力を引き出すなり借り受けるなり呼び覚ますなり参照するなりしている、という解釈の方が真実に近そうだ。

ただし昔大日向教授だったかヒヨリだったかが語ったように、魔法語は魔法的意味を持つ音をベースに音に意味を当てはめる形式で構築されている言語である。

魔物が魔法を使う時に発する鳴き声はまさにその「魔法的意味を持つ音」であり、魔物の鳴き声は最も原始的な魔法言語であると言える。

無名叙事詩は魔物の鳴き声を基礎とし、体系だった言語として高度に発展させた言葉を使い紡がれている。

無名叙事詩に使われている言語の発展過程を解析し、原理を完全に理解できれば、地球人の発音器官に適した地球版魔法言語をゼロから作り出すのも不可能ではないかも知れない。

まあ、そのへんの学術的なアレコレについては魔法大学が研究を進めるだろう。

俺は学者畑ではなく技術者畑の人間だから、研究そのものより研究をどう作品に活かすかの方が興味がある。

ここ数日は魔法文字の文字サイズや文字フォントに凝っている。

魔法文字の文字サイズは、かなり幅広くデザインできる。

大きさの上限は不明で、アメリカの資料によると一文字あたりの大きさを4ヤードにしたクソデカ魔法文字であっても問題無かったそうだ。

一方、下限はだいたい手紙に使うぐらいの文字サイズ。それ以上小さくすると支障がある。

文字が小さ過ぎると魔力が文字をなぞり流れる時に流れがおかしくなり、魔力消費が異常に増えたり、魔法が不発したり、魔法文字が歪んで使えなくなったり、という不具合が起きるのだ。

俺レベルでメビウスの輪に表示されるお手本文字を精密にコピーして縮尺調整し書ければ、文字サイズ2mmまではいける。しかしそれ以上は無理だった。一文字0.1mmサイズの魔法文字彫金は、蜘蛛の魔女にテストしてもらった途端に文字がグズグズに溶け歪んで意味を成さなくなってしまった。

手応え的に筆記の正確さではなく、文字の大きさそのものによる原理的限界っぽい。

まあ、杖に魔法文字を刻むとしても、ただの汚れにしか見えないぐらいの小文字で刻んでも風情が無い。やはり魔法文字は魔法文字と分かる大きさで書き記してこそカッコいい。

そうして魔法文字で遊びながら勉強を続けていたある日の晩の事だ。

最近は蜘蛛の魔女が料理に掃除に洗濯にと甘やかしてくれるので、俺はすっかり上げ膳据え膳で毎日のんびり趣味に勤しんでいた。

蜘蛛の魔女は惚れ惚れする立派で見事な体格をしているので、悲しい事に俺の家の中に入れない。

だが、擬似餌は入れる。

擬似餌は基本的に青梅市で0933や蜘蛛の魔女に用事がある人々への受付対応をしているのだが、早朝の出勤前と夜の退勤後にせっせと俺の世話をしてくれた。

ヒヨリの髪色髪型違いの姿でエプロンをつけ台所に立ち味噌汁を作る擬似餌の後ろ姿を見ていると、まるで家政婦さんを雇ったような気分になる。

グレムリン災害前に家事代行サービスが流行っていたわけだ。たかが家事のために赤の他人を家に入れるなんてゴキブリを入れるより理解できなかったが、なるほど気心の知れた友人に助けてもらう分には快適である。

家の中に漂う焼き魚の良い匂いを嗅ぎながら魔法文字を組み込んだ試作魔法杖の柄を削っていると、真っ暗な窓の外に二条の黄金が降り落ちるのが見えた。

「お? ……おお!? ヒヨリと教授だ!」

俺は削りかけの杖の柄を作業台に置き、裏庭に飛び出した。

スリッパのまま裏庭に出ると、そこにはヒヨリが立っていて、オコジョが欠乏失神寸前の魔力減少でフラフラしていた。

俺が二人を見て何か一言言う前に、ヒヨリは満面の笑みで抱き着いてきた。

「大利!!」

「おあ? おお。久しぶり、髪ちょっと伸びたなあ」

かなりキツく抱きしめてきたが、なんだか痛いと文句を言う雰囲気でも無かったので、背中をポンポン叩いてやる。

四カ月とか五カ月とか、それぐらい会わなかっただけで大袈裟過ぎる。感情をオーバーに表してくるのはアメリカ気質が移ったせいかも知れない。

ヒヨリの長い黒髪を手で梳いていると、ぐりぐり胸に顔を押しつけてきていたヒヨリがピタリと止まった。

顔を離し、能面のような無表情で俺の胸元をじっと見る。

え? なに? どういう感情? 怖いんですけど。

「ヒヨリ、仮面仮面。仮面被ってくれ。怖い」

「おい。この首飾りはどうした? 潮の香り、人魚の魔女の鱗、金髪の髪で編んだ紐……おいッ! 蜘蛛の魔女! 出てこい説明しろ! これはどういう事だ!?」

ヒヨリが怒鳴り散らすと、家の中でガタガタッと食器を落としたような音がする。

ヒヨリは俺の手をガッチリ掴んでほとんど引きずりながらずんずん家に入っていき、エプロンを脱ぎコソコソ窓から逃げようとしている疑似餌を見つけた。

「はあ? 大利がもう一人……? じゃない! 疑似餌!? 私の顔の!? はあ? なん……はあああああ!? おおおおおおおおまっ、お前っ!」

「ま、待って青の魔女。説明させて。落ち着いて……」

「わ、私の姿を使って大利に、大利に色目を、私が大変な思いをしている間に、お前っ! ニャンついてたのか! ふふふふふざけるなよ! 泥棒! 泥棒ーッ!!!」

錯乱したヒヨリは金切声を上げ疑似餌を殴りつける。鋼鉄以上の強度を誇る疑似餌に一発でヒビが入った。ヒェッ、馬鹿力!

疑似餌は尻もちをつき、蜘蛛っぽい動きでカサカサ後ずさりしながら懇願する。

「わー! 待って待って! 聞いて! あの、私の頼み方も悪かったんだけどね? 理由があるの……!」

「あ゛あ!? 言い訳があるのか!? 言ってみろ! このふざけた疑似餌をぶち壊すのはその遺言を聞いてからにしてやる!!」

「あのね、疑似餌の見た目が怖いから、大利に頼んだの……怖がられない見た目に彫刻して変えてって。そしたら大利は『任せろ世界一の美少女にする』って言ってくれてね? こうなったの……」

「よし遺言は――――遺言、は…………。ん???」

「大利が考える、世界一の美少女の彫刻がコレなの。下心があってこうした訳じゃないんだよ。吸血に誓って……」

「せかいいちの……びしょうじょ……?」

ヒヨリはぎこちなく言葉を繰り返し、自分と瓜二つの疑似餌の姿を瞳にいっぱいに映し、殴りかかろうと拳を振りかぶった姿勢のままフリーズした。凍結耐性あるのにな。

奥多摩に降臨した破壊神が鎮められたので、俺は手を掴んでいるヒヨリの指を一本一本ひっぺがし、疑似餌とヒヨリを横から眺める。

顎に手を当てじっくり観察すると、やっぱり似ている。

むむむ。

昔から顔の良い女はみんな同じに見えて区別が付かなかったが、俺も美的センスが磨かれこのへんの見分けがついてきたという事か。職人として誇らしい。

「えっと、青の魔女聞こえてる? 先月洪水の時に人魚の魔女が迷い込んできて、酷い怪我してたから大利が緊急手術したの……」

「…………」

「首飾りはそのお礼に貰っただけで、他に何も無かったよ。これも吸血に誓って本当」

「…………」

「ねぇ、大丈夫……? 何か言って……?」

「せかいいちのびしょうじょ」

「ああ……青の魔女が壊れちゃった……」

疑似餌がヒヨリの頬をつつくが、反応が無い。

俺は腕組みして頷いた。そうなんだよな、ヒヨリは時々こうやって故障するのだ。変な女だよ。

「なんかな、褒めると時々こうなるんだよな。褒めなくてもこうなるから法則性は不明だ」

「嘘つき……褒めてるつもりなくても褒めてるんだよ、それは。私は疑似餌で裏庭でフラフラしてた大日向教授を街まで届けるから。二人はごゆっくり……」

疑似餌はそっと裏口から出て行った。

それを見送り、首を捻る。ごゆっくりって言われてもなあ。

まあせっかく青の魔女様が日ノ本に御帰還あそばされた事だし、飯でも食いながら魔王の話でも聞くか。勝って帰ってきたのは聞かなくても分かるが、どう勝ったのかまでは聞かないと分からないからな。

「ヒヨリ、飯食ってくだろ? おーい、ヒヨリ?」

「ん……ああ、私は世界一の美少女ヒヨリだ。どうした?」

「お、再起した。いやしてねぇなお前がどうした? 空は青いみたいな事言って」

言語野イカれちまったのか? 嫌だぞ、ヒヨリの頭を手術するのは。

俺はほぼ完成していた蜘蛛の魔女お手製の夕食に仕上げの味付けをして、久しぶりに二人で夕食を食べた。

しかし、魔王についていくら話を振っても上の空で、妙にモジモジして落ち着かない様子だ。

話にならないので、飯を食ってから休んでいるように言い、俺は一番風呂を浴びてタオルで髪を拭きながら戻る。

そしてヒヨリに二番風呂許可を出そうとすると、お疲れの魔女様は俺のベッドを占領して眠ってしまっていた。

「すぅすぅ」

「…………?」

なんだか寝息が変だ。規則正しすぎるというか、強張った感じがするというか。

よく分からんが、寝ているところを叩き起こし風呂に入らせるのも忍びない。

きっと魔王をぶっ倒して疲れているのだろう。

仕方ない、今日はベッドを譲って寝かせてやろう。俺は気を遣える男だからな。

俺はローブを脱いで薄着になっているヒヨリを起こさないようそっと夏用布団をかけてやり、顔にかかっていた髪をよけ、部屋のランプを消して消灯し、居間のソファでゴロ寝した。

数カ月会わなかったせいか、今までもヒヨリが泊まった事はあったはずなのに、なんだか胸がざわざわする。不思議とベッドで寝ているヒヨリの事が気にかかる。

俺は目をキツく閉じ、もやもやしたよく分からないイメージを振り払った。

おやすみ、ヒヨリ。明日は魔王の話を聞かせてくれよな。