軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

149 ディチンザン天文台

天文台とは、天体観測のための施設だ。

天文台はどこにでも建てられるわけではなく、ベストポジションの立地がある。

重要なのは暗い事と、空気が綺麗な事。

太陽や月のように明るい星は数少なく、大多数の星は本当に弱い光しか発していない。

だから太陽が出ている昼間の明るい内は星が見えないし、明るい満月の夜も天体観測には不適だ。

街灯りも大敵で、大都市の近くでは真夜中でも煌々と灯る都市の光が大気中の塵だの水分だのに照り返し、星明りをかき消して見えなくしてしまう。

当たり前だが空気が濁っていても星は見えにくくなる。

スモッグがモクモクの中でどうやって星がハッキリ見えるだろう?

特に近年は石油精製プランクトン産業が登り調子で蒸気機関がますます普及し、排気ガスが増えた。主要都市や幹線道路、大河川沿いの空気は淀みがちで、天文台の設置に不向きだ。

その点、大国インドと中国の間に横たわる横断山脈には大きな都市がなく、人の往来が少なく、灯りが少なく空気が澄んでいる。

付け加えるならば魔物が弱く駆除や撃退が比較的容易で、天文台を壊される恐れが低い。

ディチンザン天文台はそんな好立地を生かして僻地に建てられた、中国国営の天文台だった。

山の上にポツンと建つコケシのような形の天文台の傍には、数軒の家が寄り添うように建てられている。そして一連の家屋をぐるりと囲む形で砲台鳳仙花が植えられていた。

砲台鳳仙花はホウセンカが変異した魔物を飼い慣らしたもので、拠点防衛によく使われる。近づく生き物に砲弾のように種を飛ばすこの植物魔獣はそれなりの殺傷力を備え、乙3類までの魔物に対処できるし、乙2類でも足止めや撃退を期待できる。

天文台を護る砲台鳳仙花の射程外で立ち止まったヒヨリは、手紙を書いて転移魔法を唱え消失させる。

しばらく待っていると、消えた時と反対に手紙が手元に出現した。

ヒヨリはそれを掴み取り、一読して頷いた。

「この辺りで野営する許可を取った。あっちの方に井戸があるから、使っていいそうだ」

「えー。ベッド貸してもらえないのか」

「個室があると思うのか? お前が顔も知らない観測員と同じ部屋でぐっすり眠れるなら私は良いが」

「野営万歳! 俺がテント建てるからツバキは水汲み頼むわ。虎にも水飲ませてやってくれ」

「ミ!」

ツバキは元気よく拳を突きあげ了承し、虎の毛皮の中に手を突っ込んでフクロスズメを出す。

それから大あくびする 虎魔獣(ドゥン) の手綱を引き、ヒヨリから受け取った手紙に描かれた地図を頼りに山道を下っていった。

ツバキが置いていったフクロスズメの腹袋からテントを引っ張り出し、ヒヨリと一緒に組み立てながら気になっていた事を聞く。

「昔と比べて天文台ってどうなんだ?」

「どうって?」

「望遠鏡使って星見てるんだろ? レンズ使って拡大して見てるだけだからグレムリン災害関係なく前時代の性能維持してる気はする。でもハワイ? とかにある超高精度な天体望遠鏡って電子制御で動かしてなかったっけ? そういうのって使えなくなったワケ?」

「ああ、大利が言ってるのはすばる望遠鏡の事だな」

ヒヨリは防水シートを広げながら頷いた。

「お前の言う通り電子制御が利かなくなったから、精度は落ちた。だがレンズが濁ったわけでも割れたわけでもないから、ダウングレードして相当な観測精度を維持して運用できている。

ある程度の国力がある国はどこも天体観測にけっこうな投資をしているな。何十年か前にすばる望遠鏡の所有権を巡って日本とアメリカが論争を起こしたぐらいだ。作ったのは日本だがグレムリン災害後に管理運用していたのはアメリカだし。けっこう話がこじれて、私も口添えする事になったから覚えている」

長生きな物知り魔女の話によると、人類はシャンタク座流星群の探求を未だに続け、天体を調べているのだそうだ。

かつて、人類はグレムリン災害によって高度な電気文明を徹底的に破壊された。

そのグレムリン災害を引き起こしたのは、宇宙から飛来したシャンタク座流星群である。

シャンタク座流星群の謎を知る事は、全ての始まりを知る事に繋がる。

魔法時代における天文学は、前時代よりも更に重要性を増していた。

シャンタク座流星群については、長年の研究によりいくつかの事実が明らかになっている。

まず、この流星群は魔法的に現れたものだ。

通常、地球に降り注ぐ隕石・小惑星の類は事前に探知される。

前時代、 アメリカ航空宇宙局(NASA) は小惑星地球衝突警報システムを稼働させていた。シャンタク座流星群規模の隕石群ならば、数週間前には観測できたはずである。これは各国のアマチュア天文学者の証言や天文台の記録によって裏付けられている。

ところが発見されたのは地球に落ちる七日前。遅すぎる。

他の星の影に隠れたり、天候に恵まれなかったりして、運悪く観測できないまま隕石が地球近傍に接近する事例はある。

だがシャンタク座流星群はそうではなかった。

シャンタク座方向の空は常によく見えていて、隕石を隠すような星の配置は無かった。

それにも関わらず、世界中の天文台は衝突七日前まで流星を見逃した。

その理由を研究者たちは魔法による移動だと結論付けている。

例えば、帰還魔法は魔法の対象を黄金の粒子に変え、空に立ち昇りそして流れ落ちるように移動させる。

帰還魔法を見た者は口を揃えて言う。「金色の彗星のようだ」「黄金の天の川のようだ」と。

更に、流星の魔法使いの星魔法は、帰還魔法に対し干渉力を持つ事が確認されている。

ある種の星の魔法と移動の魔法は、強い関係性を持っているのだ。

シャンタク座流星群が不可解にも地球に接近するまで観測できなかったのは、宇宙の遥か遠くから連続的に宙域を通過し飛来したのではなく、どこか全く別の場所から魔法によって 瞬間移動(ワープ) してきたからだと考えれば筋道が通る。

もう一つ明らかになったのは魔石の特異性で、魔石は少なくともある程度の意図をもって地球に落とされたのだと考えられている。

理由は、落下時に割れた魔石が存在せず、魔法文字で保護されていたから。

魔石はモース硬度11であり、世界一硬い。

が、硬度が高い一方で強度は低く、ハンマーでカチ割れば粉々にできるぐらいには脆い。

そんな魔石が秒速11.2km(隕石落下速度最低値)という超スピードで地上に衝突すればバラバラに砕けるのが当然だ。

ところが、全ての魔石は発見時点で割れも欠けもなく、形状に差はあれど万全の状態を保っていた。

運よく魔石が地表に衝突する瞬間を間近で見た人の話によれば、魔石は地表衝突直前に光に包まれ急減速したそうだ。

また、人魚の魔女が回収した海底の魔石の中には魔石を覆う金属合金が原型をとどめているモノがあり、その金属合金が魔法文字の形になっている事が確かめられている。

半ば融解し歪んでいて単語を読み取れるほどハッキリとは判別できないものの、確かに魔法文字だ。

魔石は、明らかに割れないように対策した上で地球に落とされている。

明らかに魔法文明の意図が込められている。

偶然落ちてきたわけではない。

……ヒヨリの青空講義を聞いてて思ったんだけどさ、むしろ謎深まってない?

分かった事増えたけど同じぐらい分からん事増えた気がする。

「しまったな。ハトバト氏にそのへん聞いてみれば良かった。今度会えた時に聞いてみるかぁ」

「私は二度と会いたくない。お前にとっては話しやすかっただろうが、私は気が気じゃなかったぞ」

テントを建て終わり、ヒヨリは石を組んで魔法で火を熾しながらボヤく。

ハトバト氏、嫌われてるなぁ。

まあ仕方ない。ツバキの事害虫とか言ったみたいだし。危険思想を隠そうともしてないし。親しみを覚えている俺の方が異常なのだろう。

どんまい、ハトバト氏。国際指名手配は残念だが当然だ。

「とにかく。天文学的に魔法を探求する試みは成果を出しているし、重要視されている。興味があるなら今度何か本でも読んでみたらどうだ? 焚書したくなるゴミ本も多いから正しい本を選ぶ必要はあるが」

「思想つっよ。本にゴミとかある?」

「ある。シャンタク座流星群関係は陰謀論酷いぞ」

「マジか」

嫌悪感を隠そうともしないヒヨリはいくつかの陰謀論や極端な思想を挙げた。

電気文明は穢れているから神の裁きの隕石によって滅ぼされたのであり、人類はこれを反省し科学を完全に捨て去るべきだとする原始文明回帰論とか。

そもそも地球に電気文明は元から存在しておらず、大国が共謀して捏造した架空の歴史だとする歴史修正論とか。

ヤバいのだと流星群再来待望主義とかもある。

シャンタク座流星群は地球に魔法や魔石をくれたから、もう一度降り注いでくれればもっと魔法や魔石が増えて人類は豊かになる! という考え方だ。

えー、キモいです。脳みそお花畑かな?

シャンタク座流星群が人類の総人口の九割以上を一気に殺した大災害の引き金を引いたという負の事実は都合よく忘れていると見える。

21世紀文明は崩壊して衰退し、100年近くかけてようやく19世紀相当まで這い戻ってきたところだ。もう一度シャンタク座流星群クラスの大災害が起きたら今度こそ復興不可能なレベルまで衰退するんじゃないか?

冗談じゃない。グレムリン災害直後の何もかもが足りてない人がバタバタ死ぬ悲惨な時代を知らん平和ボケした馬鹿どもがよぉ。カスみてーな主義広めてんじゃねーぞ!

焚火にあたりながらヒヨリの嫌悪感に同調して陰謀論をディスっていると、水汲みを終えたツバキが虎に桶を咥えさせて戻って来た。

時刻はいつの間にかもう夕暮れで、空にはちらほらと星灯りが瞬き始めている。

晩飯にするには良い時間だ。

「おかえり、ツバキ。ご飯にしようか? ここにおいで、いま油を温めよう」

「遅かったな。井戸の場所分かりにくかったか」

手招きするヒヨリの隣にいそいそと腰かけたツバキは、焚火の上にかけられた鍋の中でゆっくり対流する油を前に涎を垂らした。

「井戸の場所分かった。でもおっきな枯れ木あったから放火してた」

ツバキは無邪気に笑って言う。

「星キラキラの日、いつもよりドキドキする。火つけるの楽しくなる。オーリと青の魔女も、私と一緒に燃やしてドキドキしよ?」

「…………い、いやぁ」

「…………お、おお」

同じ不穏さを嗅ぎ取ったヒヨリと俺は曖昧に笑ってゴニョゴニョ答え、慎重に目配せしあった。

どちらからともなく示し合わせてテントの中に引っ込み、ヒソヒソ密談する。

ちょっとアレは、アレじゃない?

そこはかとなく卑猥な方のママの血を感じる言葉に冷や汗を禁じ得ない。

「やばくないかアレ。気のせいならいいんだが。火蜥蜴族って発情期とかあんの?」

「発情期とか言うな。ツバキは私の血を引いてる。継火と違って万年発情期ではないと信じたい」

「お前も発情期って言ってるじゃん」

テントの隙間から外を覗くと、ツバキは足先を焚火に突っ込んで呑気にミーミー鼻歌を歌っている。かわいい。

「モクタンとセキタンは火蜥蜴族の生態について継火にレクチャーされてるんだよな? どうやって繁殖するかも含めて。さっさと日本を出て中国に渡ったツバキはそのへんの、あー、性教育を受けてない……」

「私は嫌だぞ。大利から話せ。お前のペットだろう?」

「こんな時だけペット扱いさせるのかよ! いつもツバキを人間扱いしろって言ってくるクセに。ヒヨリから話せよ、女同士だろ」

「どんな顔をして話せばいいんだ? 絶対嫌だ」

俺達はしばらくツバキへの性教育の役目を押しつけあったが、最終的に「大利賢師はコミュニケーションが苦手」という最強の手札を切ってヒヨリに保健体育の先生役を任せる事に成功した。

これは大切な話だから!

口下手な俺が意図せず誤解を生む説明をしてしまったら困るから!

ヒヨリ、任せた!

渋々テントを出て優しくツバキに話しかけるヒヨリの声を聞きながら、俺は気まずい思いで耳を塞いで二人に背を向けた。

これが思春期の子を持つ親の気持ちか。

親って大変なんだな……