軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

144 転移魔法加工法

ヒヨリの話によると、武漢の西にある成都租界は中華統一の名残らしい。

昔、中国は国土統一の時にイギリスの力を借りた。イギリスは中国の敵である小国を潰したが、そのまま軍を潰した小国に居座らせた。それが今の成都租界だ。

名目上は中国の領土なのだが、成都租界には中国軍が立ち入りできない。英語教育が行われているし(成都租界において中国語は第二言語扱い)、主要産業トップは軒並みイギリス人。事実上のイギリスの飛び地領土だ。植民地とも言えるかも知れない。

この成都租界を巡ってイギリスと中国はずーっとギスギスしているらしい。

成都租界は風土が 虎魔物(ドゥン) に合っていて、虎魔物がよく育つ。

虎魔物はこの魔法時代における乗用車のようなもの。成都租界はいわば車産業の一大拠点であり、イギリスはなんとしてでも租界の保有を堅持する構えだ。

まあギスるよな。俺だってもし魔石鉱山的な土地が手に入ったら手放さんぞ。

一応あと何十年か経ったら中国に返還される取り決めらしいけど、どうだかね。

ヒヨリは成都租界を治めるイギリスのお貴族様と知り合いで、地理確認のために立ち寄る事になった。

ルーシ王国に行くためにインドを経由するのだが、中国とインドの間には山岳地帯がある。ヒヨリがそこを最後に通行したのは五十年以上も昔だという。最近の情勢を知るには、現地の詳しい人間に尋ねるのが一番だ。

ネットがあれば一発で最新の地図が出るのにな。不便なもんだぜ。

虎魔物に乗って成都租界に入ると、そこは風景からしてもうイギリスめいていた。

産業革命期を彷彿とさせる煉瓦造りの街並みに、立ち並ぶ街灯。

煙突からは煙がモクモク出ていて、空気がちょっと煙たい。

黒や灰色のフロックコートを着て落ち着いたデザインの魔法杖を持った紳士たちが往来を歩き、同じく買い物かごや日傘を手に四辻の端で談笑している御婦人たちは……なんか服装がヒヨリに似てるな? ヒヨリ風というか、魔女風のローブだな、アレは。風情があってよろしい。

「ミミミ……空気美味しい!」

俺とヒヨリが乗る虎魔物の隣をとっとこ歩くツバキは(虎は燃えてるツバキを怖がって乗せたがらない)胸いっぱいに深呼吸してニッコリだ。

まあお前はね。火属性の生き物が煙臭い空気でゲホゲホ咳き込んでたら属性変更した方がいい。

「気に入ったか?」

「ミミ。ここはセキタン好きそう。石炭の匂いいっぱい。私もここ好きだけど、縄張りにはしない」

ツバキはそう言ってサラマンドラの柄を口に咥えて噛んだ。

歯ごたえが気に入ったらしく、ツバキはサラマンドラの柄をよく噛む。金属製だから歯型こそついていないが乾いた涎と灰で汚れ、サラマンドラは常に薄汚い。火蜥蜴にとってはそれが気に入って大切にしている証だから、人間の尺度で粗雑に扱っていると決めつけるのはお門違いである。

とはいえ製造者としてもうちょっと綺麗に使って欲しいという気持ちもある。複雑な心境だ。

製造から十日ほど経ったが、まだまだサラマンドラは想定される潜在能力を発揮していない。ただの高温高圧杖だ。流石に小地核形成は一朝一夕にはいかないらしい。

街の中心街に差し掛かったあたりでヒヨリは虎魔物から降りた。手綱をツバキに預け、ローブの皺を手で伸ばし、魔女帽子の角度を調整する。

「こんなものか。大利、私はスチュアートの邸宅へ行く。夕食は宿で一緒に食べられるようにするから待っていてくれ」

「頼むぜ、いい仕事取ってきてくれよ」

「どうかな。物の品質を気にする男ではあるが、品位を気にする男でもあるから」

キンレンカに作ってもらった上質な木材と道中で買い集めた上質なグレムリンで作る魔法杖の売り先として、俺はこの成都租界の領主貴族に狙いをつけている。

ヒヨリが良い感じに仕事を取ってきてくれれば、高級杖職人0933は必ずやお望みの高品質杖をお届けする。

ルーシ王国へ行く道順を安全かつ確かなものにするための情報収集も重要だが、それと同じぐらい俺の杖の売り込みも頑張って欲しい。

「では行ってくる。ツバキ、大利を頼んだぞ。宿はこの道を真っ直ぐ行って右手に見えるThe First Orientalという看板の……英語は読めるか?」

「読める。エービーシーミーイーエフジー!」

「あー、大利?」

「英語は任せろ。宿に入るところまでは」

俺が宿までの道のりを確定させ。チェックインの会話はツバキに任せる。完璧なコンビネーションだ。

ヒヨリはちょっと不安そうだったが、何度も振り返りながら俺達と別れて人混みに消えていった。まあまあ、任せなさいよ。心配しなくても宿で留守番ぐらい普通にできるから。

二人でチェックインした宿は、今までの宿と比べるとグレードが低かった。

窓は煤で汚れ、指でなぞると薄っすらスマイルマークが描けるぐらいだったし、虎魔物を預けておく厩舎も糞便の臭いをハーブの強い香りで強引にかき消していて、虎はクシャミをしながら目をショボショボさせていた。

ベッドがデカいのが一つ。ソファが一つと暖炉もある。夏だから当然暖炉に薪も灰も入っておらず片付けられていて、暖炉に顔を突っ込んで匂いを嗅いでいたツバキは不満そうに火を噴いた。

「この宿ダメ。暖炉あるのに灰敷いてない。ベッドメイク、失格」

「清掃はアレだけど、こんなもんだろ。灰が欲しいなら厨房からもらって来い」

「ミミミ、そうする。 油(オヤツ) も貰ってくる」

「…………」

「…………」

「……行かないのか?」

「青の魔女にオーリの護衛頼まれた。青の魔女戻るまでオーリのそば離れない。私強い。今度は群れ護る」

ツバキは俺の足元にてってこ寄って来て、足の間で杖とハンマーをまとめて抱きしめ、幼体時代のように丸くなりミミミと鳴いた。

可愛い。そして偉い。

実際、護衛をブチ抜いて襲撃されて傀儡にされた事があるから、これが過保護だなんて口が裂けても言えないんだよな。いや口が裂けたら流石に言えるか?

ツバキは武漢を縄張りにするのに失敗し、新たな理想郷を探して俺達に同行している。とりあえず地中海のオリーブ畑を品定めに行きたいと言うから、黒海あたりまではルーシ王国が目的地の俺達とルートが被る。

それまではこの可愛いペットと一緒に過ごせる。落ち着く縄張りを見つけて飼い主離れをしていくその時までは、構ってやりたい。

足先でツバキにちょっかいをかけながら、俺はヒヨリがイギリス貴族に話をつけ戻ってくるまでの暇つぶしに買い貯めた大粒のグレムリンで軽い実験をする。

転移魔法加工実験だ。

火蜥蜴グレムリンを摘出し魔力鍛錬を始めてから1年が経った。保有魔力は80Kを超え、転移魔法を運用できる水準になっている。

最下級の転移魔法「無生物交換転移」は魔力消費50K。一度だけなら問題なく使える。

魔力コントロールができない一般人がこの魔法を使う場合、複雑な手順が必要だ。

まず、方法は何でもいいから両手に静電気を貯める。

グレムリンに侵された地球では電気が発生しないが、全く何も発生しないわけでもない。グレムリンが反応する最低限の電圧だかなんだかがあって、電子機器が反応しない程度の本当に弱~い電気ならグレムリンに無視される。

あらゆる電気が封殺されてるなら、人間の生体電気も消えて人類はとっくに絶滅しているし、当たり前といえば当たり前の話なのだが。

今回の俺は化学繊維と手のひらをこすり合わせ摩擦で静電気を作った。

手に電気が十分に溜まると、ピリピリしてくるのですぐ分かる。

日本にいる時に読んだ専門書によると、これは閾値を超える電圧まで高まった静電気に反応し体内でグレムリンが生成され神経が刺激される事によって起きる反応らしい。

個人差があるが半日から三日ほどでピリピリした症状は自然に治まるとのこと。治癒魔法でも治せる。

大昔にヒヨリが言っていた、超越者に変異する時に苛まれる体内でグレムリンが大量生成される地獄の苦しみを数千分の一にまでマイルドにしたコレは、変異学科でもあれやこれやと活用されているとか。

で、手に静電気をチャージできたら両手の小指と小指、親指と親指をくっつけて輪を作る。この時、小指と親指以外の指は他の指と接触させないよう注意しなければならない。

そしてそのままグルグル回る! 遠心力を使って手に血液を集めるのだ。手に血が集まれば別にグルグル回る必要はないのだが、これが一番手っ取り早くやりやすい。

「ミミミ。私はもうぐるぐるぽーんしない。大人だから」

「いやこれは違っ……あー、そうだよな。ツバキは大人だもんな」

幼体の頃に小さな体を両手で包み持ってぐるぐる回して灰の山にぽーんと投げてやる遊びをしてやったのを覚えていたのか、俺の足元から退きながらツバキがムッとして口を挟んでくる。

勘違いなのだが、否定せず適当に褒めておく。本物の大人はな、大人だからやらない! とかあんまり言わないんだよ。大人なのにな。

ツバキに不審な目で見られながらグルグルと両手をブン回していると、手が一瞬スッと冷たくなったような感覚がする。

そうしたら第二段階完了。

呼吸を整え、両手の小指と親指、合計四本の指の先を一点に集めるようにくっつける。

すると、四本の指で∞の形ができる。

最後に両手を離し、右手と左手でそれぞれ一つずつ輪を作る。なんか仏像がやってそうな手の形になる。

この左右の輪を、転移魔法の対象指定に使う。

左手の輪を通して右目だけで覗き込んだ対象を、右手の輪の中の物と交換できるのだ。

最大で直径50mm程度の物体を空間転移で位置を入れ替えられる。

なお、魔人や超越者はこんなクソ面倒な手順を踏まなくてもこの魔法を使いこなせる。

普通に魔力コントロールで転移対象を指定して呪文を唱えるだけでいい。

その上、転移対象のサイズも魔力が足りていれば特に制限はない。1mの岩だろうが10mの家だろうが転移できる。

この差!!

つくづく、魔法文明における魔力コントロールのアドバンテージを思い知らされる。

魔人や超越者にとって当たり前にできる「普通にやる」ができない一般人は、転移魔法を使えるようにするために涙ぐましい研究を積み重ねた。

俺はグレムリン工学を中心に論文や専門書を読み漁って80年のブランクを埋めていたから変異学や詠唱学については詳しくないのだが、あらゆる分野において80年の歳月に相応しい進歩は確かにある。

80年前だったらこんなワケ分からん手順を見つけようが無かったと思うぜ!

「 交換しよう(オィタチァクオー) 。 遠慮はするな(ギリ゛・ナブウ゛) 、 お前と(ムラーム) 私の(テヘト) 仲だろう(シュ・ルカシャ) ?」

左手の穴を通してテーブルの上のグレムリンを覗き込み、転移範囲をイメージする。

強く強くイメージし、幻覚が見えるほどしっかりとイメージを固め転移魔法を唱えると、大粒グレムリンの中身が球体にくり抜かれ、くり抜いた中身が右手で作った輪の中に出現した。

「おおっ、できたできた。転移ってこういう感じなのか。なるほどなぁ」

「??? オーリ、なんでそんなよく分かんない事する? 普通にやれば簡単。 交換しよう(オィタチァクオー) 。 遠慮はするな(ギリ゛・ナブウ゛) 、 お前と(ムラーム) 私の(テヘト) 仲だろう(シュ・ルカシャ) ? ……ほらできた」

俺がささやかな達成感に浸っていると、心底不思議そうなツバキが悪意もなくサラッとテーブルの上のグレムリンの余りを使って俺と同じ事をした。

こ、こいつ……! 見せつけやがって! そりゃあ魔人にとっちゃあ簡単でしょうよ!

せっかくなので俺が中身をくり抜いたグレムリンと、ツバキが中身をくり抜いたグレムリンを比較したが、悔しいがツバキの方がちゃんと球体にくり抜けていた。俺の方はちょっと歪だ。表面にピンボケしたようなザラつきが出てしまっている。

魔力操作で正規の魔法運用をしたか、小細工を弄して魔力コントロールができないのにゴリ押して運用したかの違いだろう。

俺は器用だからなんとかなるかもと思っていたが、なんとかならなかった。魔力コントロールができるかどうかの壁は分厚い。

この程度の品質になってしまうのなら、転移魔法なんて使わず普通に手で削り出して加工した方がいいな。俺の場合は。

あと、ヒヨリぐらい魔力コントロール上手い奴なら転移魔法加工法を駆使して割と見れる程度の品質の魔法杖を作れるだろうという納得も生まれた。なるほど、現代の魔法杖加工が発達するわけだ。

俺より圧倒的に不器用な奴らが、あれやこれやと工夫を凝らし技術を積み上げている。侮れん。

今回の転移魔法実体験を通して得た雑感をメモって考察をまとめていると、足元で俺の靴の靴紐を解いたり結んだりしていたツバキが顔を上げてドアの向こうを見つめる。

ややあって足音が聞こえ、ヒヨリがドアを開け帰ってきた。

「お帰り青の魔女。留守番しっかりした!」

「ん、ああ。お疲れ様、ツバキ」

「お帰り。なんっかびみょーな顔してるな? お貴族様から杖の注文取れなかったか」

なんだかモニョモニョした顔をした販売交渉担当大臣は、何度か口を開けたり閉じたりして躊躇う。

何事かと首を傾げると、ヒヨリは慎重に聞いてきた。

「大利は別に杖を売って自分が有名になったり、権力を手に入れたりしたいわけじゃあ無いんだよな?」

「まあそう。杖を有名にしてニヤニヤしたいけど、俺自身は無名でOK。それが?」

俺が尋ね返すと、ヒヨリはちょっとホッとしたようだった。

「面倒事ではある。だがこれは後ろ盾にもなると踏んだ。お前の事は私が絶対に護る、護るが、それでも味方は多いに越した事はない。だからだな、この話は私もかなり迷ったんだが」

「はよ言え。何がどうしたんだ?」

煮え切らないモニャモニャの魔女に促すと、ヒヨリは咳払いして言った。

「大利。王笏を作らないか? 近々イギリスから独立する貴族の王位を保証する 王笏(レガリア) の制作依頼を取ってきた」