軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 出発前

魔王グレムリン分解が完了し、かねてからの予定通りルーシ王国行の旅の計画が始まる。

ヒヨリは俺を復活させるために世界を旅し、旧ロシア領ルーシ王国の魔女から蘇生魔法を授かった。その伝授の対価として、ルーシ王国のアーティファクト「クォデネンツ」を0933に解析させる事を請け負っている。

ルーシ王国の領土防衛の根幹を担うクォデネンツに異常が起きていて、その解決のために調査が必要なのだ。四次元構造体という人智を超えた幾何学構造を調べる事ができるのは、伝説の魔法杖職人0933をおいて他にない。

とはいえ急ぎの仕事でもない。あと二年経つまでに来てくれれば良い、という程度のゆるい約束だ。

それでもゆるいのは猶予期間についてだけで、約束をすっぽかすのはナシとの事。

世界を変革する超重要魔法を教えて貰ったのに対価を踏み倒すのは不義理すぎてヤバいし、蘇生魔法の使い手はヒヨリでさえ敵に回したくないと思うぐらいの強い魔女なのだそうだ。

音に聞く勇者コンラッドとか聖女ルーシェとか、そのあたりと同格の枠なんですかね。 世界最強(ヒヨリ) のワンランク格下と考えればなかなかだ。

ヒヨリのルーシ王国行計画は「竜の魔女の背に乗ってサーッと行って、サーッと帰ってくる」というものだった。

俺の保有魔力は魔力鍛錬で相当上がってきているが、未だ60Kに手がかかったところで、帰還魔法に必要な140Kにはだいぶ足りない。往復を竜の魔女に頼むのが一番速い。

現代でも帰還魔法を除けば最速輸送手段は竜の魔女なのだ。余裕で音速出るし。

面倒な海外渡航手続きを全部丸投げしてやって貰った後、俺とヒヨリは竜の魔女に話をつけるために久しぶりに竜の巣にやってきた。

多摩湖畔、決壊したダムの横腹に掘られた巨大洞穴は記憶にあるよりかなり拡張されていて、崩落防止のためなのだろう、ところどころ太い 深淵金(アビスゴールド) の柱で補強されている。

長年ガメつく財宝を貯め込み続けた竜の魔女のお宝は広い巣全体に厚く敷き詰められ、宝の絨毯どころか地層にまでなっている。その地層の上に黄金の山脈や銀の山脈、色とりどりのグレムリンの山脈がうずたかく積み上げられているのだから感嘆を禁じ得ない。ギラギラ光る欲望の集大成は、歴史と共に厚みを増して他に類を見ない圧巻の光景へと昇華されている。

そして磨き粉やスプレー缶を持ち、宝の山の麓で果てしない財宝手入れに精を出す職人集団を見ると同情を禁じ得ない。

その仕事、つまんない上に絶対無限に終わらないじゃん……

ヒヨリの背中に隠れながらしばらく待っていると、財宝山脈の向こうから炎のような鮮やかな真紅の鱗のドラゴンがのしのしやってきた。背中には虹色の髪を長く伸ばしたお婆ちゃんを乗せている。

なんだかイヤな感じだ。

「話は聞いたの。国際線は1億円から受け付けてるの。お前相手でもビタ一文まけないの」

「ジェミー、久しぶりだな」

「お久しぶりです、青の魔女様。国際線は300万円から受け付けていますよ」

「こらっ、ジェミー! しーっ! 絞れそうな奴から絞るのは鉄則なの!」

「ダメですよ、ドラゴ。運輸局から警告をもらったばかりでしょう?」

老婆に背中をぽんぽん叩かれ、竜の魔女はしょんぼり尻尾を垂れ下げた。

どうやら財前さんのポジションがあの老婆にスライドしているらしい。相変わらず頭脳は外付けなんだな。

「まあいいの。ルーシは女王の縄張りなの。近く飛ぶとキレるから、ちょっと離れたところで下ろすの」

「ああ、それでいい」

「二人往復なら2000万なの。でも延命魔法とか、長寿のクスリとか出せばタダにしてやるの」

「……ほう?」

ヒヨリは「タダ」という言葉そのものより、そんな言葉が竜の魔女の口から出た事に驚いたようだった。

俺もちょっと驚いた。「2000万だけど割引で3000万にしてやるの!」とか言い出しかねない算数崩壊女なのに。一体なにを企んでいるのか?

訝しんでヒヨリの背中から顔を出して様子を窺うと、竜の背に乗ったお婆ちゃんが眉をハの字にして困っていた。

「……ドラゴ、それは」

「ジェミー、お前は私のお宝なの。いつまでもいつまでも、ピカピカ綺麗でいるのが仕事なの。長生きするの」

そう言ったドラゴンは首を大きく捻り、背に乗った老婆を優しく舌先でつついた。

その仕草が俺の顔をベロベロ舐めてくるモクタンの姿と重なり、胸がギュッと締め付けられる。

竜の魔女、カラフルお婆ちゃんのことめっちゃ好きじゃん。どうせピカピカしたビビッドカラーの髪が好きなだけなんだろうけど、それだけにも見えない。80年あれば竜の魔女もハートフルストーリーの一つや二つやるって事か……

だがそれはそれとして、一連のやりとりを見ていてもやっぱりイヤな感じは消えなかった。

こうして目の前で見るとハッキリ感じる。

俺は竜の魔女が怖い。

特に、この女に身を任せて空を飛ぶのを想像すると足がガクガク震える。

初対面で誘拐され、命綱無しの吹き曝しで地上数百メートルの大空を無造作に運ばれた恐怖は拭い難い。普通にトラウマだ。逆にトラウマにならない奴いる?

俺は輸送の条件交渉をしているヒヨリの袖を引き、耳打ちした。

「すまんヒヨリ。やっぱドラゴン便は嫌だ」

「心配するな。なんだかんだ、この女は荷物を途中で落とす真似はしない。着服はするが」

「いやそうじゃなくて。怖い。普通に」

「そうか……? まあ大利がそう言うなら」

ドラゴンに恐怖心を抱いた事なんて一度も無さそうな最強生物は不思議そうに首を傾げたが、飛行機恐怖症カミングアウトに深く突っ込む事なく竜の魔女に断りを入れてくれた。

突然の交渉決裂を突きつけられた竜の魔女は口から火の粉を飛ばしてブチ切れる。

「はーっ!? 冷やかしなの? ナメてるの? 許さないの。相談料100万円なの!」

「悪かったよ。後でお前好みの物贈ってやるから」

「じゃあ長生き魔法探してくるの。キュアノスでもいいの」

「舐めるな」

わあわあ騒がしい竜の魔女に適当に別れを告げ、俺はヒヨリに背を押されて帰路についた。

スマン。問題ないと思ったんだけど、いざ竜の魔女を目の前にするとあのデケェ爪で鷲掴みにされて空を飛んだ時の記憶がフラッシュバックして無理だったわ。

「竜の魔女さあ、なんも変わってないと思ったけどちょっと変わってたな」

「そう見えたか?」

俺の隣を歩きながら、ヒヨリは鼻で笑った。

「カラフルな人のために寿命グングンノビール欲しがってたじゃん。あいつ人のためになんかできたんだな」

「ああ、まあ」

「フヨウの蜜を一滴ぐらいコッソリ融通してやったり」

「しない。ダメだ」

仏心を出すと、ヒヨリはまだ言い終わらない内に俺の言葉に被せてキッパリ言った。

そ、そんなに即答するほど? 確かに貴重品なのは分かるけど、俺にはスプーン一杯ぶんくれたし、フヨウに頼めば一滴ぐらいくれそうなもんだが。

俺の「ケチだなあ」という感想は顔に出ていたらしく、ヒヨリは大きな溜息を吐いて理由を話してくれた。

「大利は危機感が足りない。いいか? 昔、奴の副官の財前が年を取って寝たきりになった時、竜の魔女は若返りの霊薬を売り込まれた」

「そ、そんな霊薬あんの!?」

「無い。詐欺だった」

驚いて素で聞いた俺の言葉をバッサリ切り捨てたヒヨリは物悲しげに続ける。

「竜の魔女は霊薬の支払いをせず、霊薬の製造元を襲撃して薬を根こそぎ強奪した。もっとも詐欺だから、奪った霊薬を全部飲ませても何も起きなかった。キレた竜の魔女は詐欺グループを皆殺しにした。

そういう前科がある女だ。花の魔女一族の秘蜜を竜の魔女が知れば、躊躇わず戦争を起こす。蜜を全て奪うために。自分の宝物たちをずっと傍に置いておくために、後先考えず略奪に走るだろうな」

「…………」

実例を聞かされ、俺は改めて口にチャックした。

そうだった。竜の魔女が1滴2滴で満足するわけがない。

いったいなぜ花の魔女とその娘は俺に長寿の薬を飲ませておきながら、俺本人にすらその効果を秘密にしようとしたのか? それは話が広まれば間違いなく血で血を洗う大騒動の元になるからだ。

消えゆかんとしていた継火に1滴与えられたのは、ド変態放火魔でありながらそれ以外は常識的な魔女だったから。モクタンとセキタン、ツバキの母親だから。青の魔女への貸しになるから。諸々の要素があったお陰だ。例外処置を当然と思わない方がいい。

寿命を伸ばす薬なんて存在すら伏せておいた方がいい。俺は飲んでいるし、継火も火蜥蜴たちも飲んでいて身の回りが長寿だらけだから感覚狂うが、本来なら一滴を巡って国が滅んでもおかしくないシロモノなのだ。くわばらくわばら。

グレムリン災害は人間全てに平等に訪れるはずの寿命という概念を崩した。

それが良い事なのか悪い事なのかは、この先の歴史によって語られるだろう。

なんだかしんみりした空気になりながら帰宅すると、家の塀の上にいるカナヘビと睨めっこをしていたモクタンがパッと笑顔になって走り寄って来た。

可愛い。お前はいつでも癒しだな。

「オーリ、お帰り!」

「おー、ただいま。ルーシ王国な、ぴゃーっと行ってばーっと帰るって言ったけどそれは無しになりそうだ」

「ミミミ?」

「ドラゴン便はちょっと無理だった。船とか列車とか、陸路と海路で時間かけて行く事になるかな。モクタンはついてこないんだよな?」

確認すると、モクタンは俺とヒヨリの顔を交互に見ながら少し迷ったが、躊躇いがちに答えた。

「うん。私の縄張り、奥多摩。ツバキとセキタン、私一番ちっちゃいから、奥多摩でいーよってしてくれた。縄張りずっと留守にするのダメ」

「ふーん……?」

ルーシ王国行きについてこないとは聞いていたが、具体的な理由は初めて聞いた。

姉妹の末っ子に安定した実家暮らしを譲った感じだろうか?

確かにモクタンは出会った頃から三匹の中で一番小さかった。人懐っこくて可愛いし、ツバキとセキタンにも可愛がられていたようだ。流石カワイーナなだけある。

「あ。こないだセキタンにオーリが旅に出るって話したら、お土産ある言った」

「お土産? 何の話だ」

「玄関の靴箱のとこの植物油の詰め合わせ、持ってって。もし旅の途中でツバキに会ったら渡してーってセキタン言ってた。初めてのお給金で買った言ってたよ」

「ほう……! 偉いなセキタン」

「ミミ。セキタンはエライゾ。私も美味しい備長炭貰った」

モクタンは自分が褒められたかのように嬉しそうに胸を張った。

初任給を家族のために使うなんて偉過ぎる。セキタン・エライゾ!

一番最初に羽化して、一番良い縄張りを探すために旅立ったツバキの行方は知れない。

国外に出たのだけは分かっているから、ルーシ王国への旅の途上でツバキの情報を探すのもいいかも知れない。

思った以上に楽しみの多い旅になりそうだ。