軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

104 キング・オブ・モンスターズ

宮部(みやべ) 邦秋(くにあき) はずっと兄と比較され生きてきた。

物心ついた時、既に兄はクラスメイトに「マモノくん」と呼ばれ慕われていた。

魔物に詳しいから、マモノくん。

マモノくんは魔物の絵を描くのが上手い。クラスではいつも魔物係で、小学校では「まもの」のテストで常に満点。中学校では「魔物」で満点。高校では「魔獣学」で満点だ。

大学入試の解答欄余白に独自のフィールドワークに基づくコラムを書き込み、100点満点のところを110点とって歴代最高得点を記録したりもした。

邦秋が小学生の頃まで、兄は自慢の兄だった。

ちょうど地元の新聞に「お手柄中学生! フクロスズメの病気の原因を発見!」という記事が載った頃だったので、邦秋は素直に兄を自慢し、鼻高々でいられた。俺の兄ちゃん、スゲーだろ! と自分の事のように誇り高かった。

しかし中学生になると兄が重荷になり始める。

邦秋は邦秋ではなく「マモノくんの弟さん」になった。

溢れる魔物愛で精力的に活動する兄は、どんどん有名になっていった。別に有名になるためにメディア露出を頑張っていたわけではない。むしろ河童マスクを被り始めた事によって一時的に人気が落ち込んだぐらいだ。

しかし奇天烈マスクによる悪印象を補って余りあるぐらい、兄は凄かった。

兄はそもそも魔人だ。将来の成功は約束されている。その上、好きな事に向かって邁進し、学生ながら結果を出している。人気が出ない訳がない。

一方で邦秋はといえば、パッとしなかった。

魔人でも超越者でも無い、ただの人間。

魔力は鍛えて6K。多い方だけど、自慢できるほどでもない。

運動は並、勉強はそれなり。

小学生の夏休みに虫取り網を持って、兄と田舎の祖父の家に遊びに行っていた頃は、心から笑えていた。

中学生の頃は頑張って笑えていた。

高校に上がると、作り笑いさえ難しくなった。

邦秋はまあまあデキる人間だ。だから、真っ当な努力を積み上げれば結果を出せる。

しかし凄すぎる兄の前では全てが霞んだ。

「流石マモノくんの弟だ」「お兄さんに教えてもらったの?」「マモノくんと話してみたいんだけどお願いできない?」「私もマモノくんみたいなお兄さん欲しかったな」「マモノくんの噂ってどれぐらいホントなんだ?」

先生やクラスメイトの何の悪意も無い無邪気な言葉の数々は鋭いナイフになって、邦秋を滅多刺しにしていた。彼らは邦秋を傷付けるつもりなんて全く無かった。それが何よりも苦しかった。

まるで自分自身など存在せず「マモノくんの弟」という価値しか見出されていないかのようだった。

いっそ憎ませてくれれば良かった。

魔人である事を、魔物学に卓越している事を、行動力に溢れる事を、有名な事を。全てを鼻にかけ自慢し見下してくれれば良かった。

そうしてくれれば憎んで恨んで否定できたのに。

兄はいつだって優しくて。邦秋が風邪を引けば、フィールドワークの予定をキャンセルして看病してくれた。テストで悪い点をとって小遣いを減らされた時には、親にナイショで映画館に連れていってくれた。

気の使える兄は、邦秋が黙って一人で抱え込んでいた鬱屈に気付き、家の中ではマスクを脱ぎ、マモノくんではなくただの 宮部(みやべ) 正邦(まさくに) になってくれた。

両親も一度だって兄と比べる事をせず、常に邦秋を見て、邦秋が好きな事や得意な事を探そうとしてくれた。

だが呪いは重かった。

家族の暖かさだけでは、周囲全てが無自覚に突き刺してくる刃の全てを防げなかった。

邦秋は苦悩しながら、畜産の道に進んだ。兄と全く別の道に進めれば良かったのだが、皮肉にも、邦秋もまた兄に似て魔物への適性があった。適性を無視して音楽や演劇の道に進む事もできたが、「兄に恥じない弟でありたい」という矜持も確かにあった。

大学卒業後、邦秋は東京都の島嶼部の大島の企業「クラノム」に就職した。

クラノムは外資系企業で、大島の研究施設は日本原産魔物を安全に研究するための場所だった。

大島は絶海の孤島であり、最も近い本土の伊豆半島との間でさえ20km以上の距離がある。

島内の土地は全てクラノムが買い上げ、社宅も売店も全て企業傘下だ。

万が一何かが起きても問題が外に広がらないように、という配慮は、逆説的にそれほどの配慮が必要な問題を扱っている事を意味していた。

クラノムは大島で甲1類魔物を研究していた。

違法研究である。

単なる外資系企業だと思って就職した邦秋は、入社一年後に妙に厳重だった守秘義務の理由を知る事となった。

四頭竜ティアマト。紛れもない甲1類魔物は、大島の中心に位置する三原山の火口で眠りについていた。

大島で魔物の研究が行われているのではない。ティアマトがいる大島に、魔物の研究所が作られたのだ。

ティアマトは重力を操る能力を持つ。ティアマトが眠る火口付近では重力異常が観測され、剥がれ落ちた鱗もまた重力操作の力を帯びている。

眠りから目覚めれば大きな災いとなるが、眠り続けている限り、人類をおおいに潤す重大研究対象となる。実際、本国に送られたティアマトの鱗や血液はいくつかの技術革新を生み出していた。

違法研究の片棒を担がされる形となった邦秋だったが、良心の呵責は努めて無視した。

甲1類の研究など望んでもできる事ではない。甲1類研究は兄でさえ泣いて羨ましがるだろう一大事業だ。

この研究で兄を超えれば二度と「マモノくんの弟」と呼ばれはしない。

兄の方が「 宮部(みやべ) 邦秋(くにあき) の兄」と呼ばれるようになるだろう。

クラノムの研究所員の中でみるみる頭角を現していった邦秋は、重要情報へのアクセスを許され、四頭竜ティアマトへの理解を深めていった。

魔王を除けば最強種とされる甲1類魔物であるティアマトが深い眠りにつき、人間の調査を許しているのは、大昔に負った致命傷が原因だった。

大島にはグレムリン災害直後の混乱期の言い伝えと、その証となるものが残っている。

かつて、大島では大怪獣が生まれた。東京を火の海に変え、歴史上の偉人を葬り去ったあの大怪獣誕生の地こそが大島だ。

ある日海の彼方からやってきたティアマトは大怪獣に攻撃を仕掛け、地形を変えるほどの激闘の末に痛み分けとなって火口で休眠状態に入った。

致命的な傷を負ったティアマトは長い眠りにつく事を強いられ、ティアマトより軽傷であった大怪獣も二度ティアマトと交戦する事を避け、故郷を離れ海に消えた。

つまりティアマトの強さは大怪獣に伍する。

重症を負ったのはティアマトだが、縄張り争いを制したのもまたティアマトなのだから。

ティアマトの古傷には魔法金属の杭が三本深く打ち込まれ、全快し覚醒するのを阻害している。

研究は、順調だった。

邦秋は鋭い観察眼と深い見識で上層部のお気に入りとなり、重用され、出世街道を駆けていく。

異変が起きたのは初夏のある日の事だった。

その日は朝から気温が高かった。一足早い夏日の中、ネクタイを緩め火口部に設けられた研究所に出勤した邦秋は、玄関ホールで飼われているフクロスズメがそわそわしている事に気付いた。

落ち着かない様子でケージの中を歩き回り、巣材を腹袋に入れたり出したりと忙しない。

宮部は足を止め、眉根を寄せフクロスズメたちを観察した。

地震が起きるなら、フクロスズメは巣を完全に撤収するはずだ。ただの引っ越しだろうか? いや、今は移動期ではない。

これはどうした事だろう? と考え込む宮部は、直属の上司に声をかけられ我に返った。

「おはよう、宮部くん」

「おはようございます、 葦沢(あしざわ) 博士」

「どうかしたのかな? 餌やりかい?」

「いえ。フクロスズメが妙な行動を」

言うと、葦沢博士は邦秋の隣に立ってフクロスズメを観察した。

しばらく落ち着きの無いフクロスズメを見ていた葦沢博士はケージの隙間に指を差し出した。フクロスズメが義務的に一度だけ指を甘噛みして再び巣材の出し入れに戻ったのを見て、葦沢博士は深刻な面持ちになった。

「これは何かが起きるな。地震ではない。しかし地震に近い……前兆のある震動を伴う大規模なものとして…………!」

「! 火山活動ですか!?」

「私もそう考える。保守部に警告をしなければ」

ほとんど同時にフクロスズメの異常の原因に思い当たった葦沢博士と邦秋は、急いで事態の対処に動き始めた。

研究所に甲高い警報が鳴り響き、職員が慌ただしく走り回る。ほどなくして地鳴りが起き始め、混乱は狂乱に変わった。

悲鳴と命令が飛び交い、焼け焦げた臭いと硫黄臭が漂う中、邦秋は書類フォルダーを引っ掴んで駆けだす葦沢博士に手を引かれ走った。

「マモノバサミの出力を最大にしろーッ!」

「あ゛ぁん、焼け石に水ぅ!? 黙って凍結魔法かけてろ仕事だろ!」

「ティアマト活性化していきます! 第二、第三監視塔崩壊!」

「おい、ティアマトが目を開けたぞ!? もう無理だ!」

「退避命令は出ていない! 抑え込め、持ち場を離れるな! 逃げるな、逃げるんじゃない!」

刻一刻と絶望の色が濃くなり、火山活動の地鳴りに紛れ何か巨大なモノが動き出す震動が大地を揺らす。

その全てに背を向けエアポートに辿り着いた葦沢博士は、書類を邦秋に押しつけ服を脱ぎ捨て呪文を唱えた。

「 虹の上に(ギョドワソ・) 遊び(イャルフ) 、 火を吐けば(ニーテッテッタテ) 、 蜥蜴も竜(ナズ・ナズグ・エンィエンシュォア) !」

「 熱と情動を(エリフア・ノイスプァ) 解き放て(ラァンルー) 、 一族の(ジョョア) 血脈よ(デーニッ) !」

葦沢博士は竜変身と自己強化の迂回呪文を唱え、全長1mほどの小竜に変身する。

最早一刻の猶予も無かった。火口から折れ曲がる黄金の炎のような眩い光線が撃ちあがり、金属質の咆哮で空気がビリビリと震える。

火口が崩れる。エアポートにも亀裂が走る。

大島の全てが無に帰すその前に、葦沢博士は脚に邦秋を掴まらせ飛び立った。

間一髪で小竜に掴まり空へ舞い上がった邦秋は恐怖と共に振り返る。

もうもうと噴煙を上げる三原山の火口から姿を現した黄金の四頭竜ティアマトは、身の毛もよだつ咆哮と共に黄金の奇怪な炎を吐き散らし、おぞましい復活の狼煙を上げていた。

「葦沢博士! いったいどこへ!? ティアマトを放っておく訳には……!」

風鳴りに負けないよう大声で叫ぶと、葦沢博士もまた大声で答えた。

「大島研究所は終わりだ! 我々は東京へ行く!」

「東京ですか!? なぜ、なんのために!」

「長い休眠で飢えた四頭竜ティアマトは、大島の生き物をたちまち食いつくすだろう!

だが、大島だけで奴の空腹は収まらない!

人食いの魔物ティアマトは飢えを満たすため、必ず人口密集地を襲う!」

葦沢博士の予測を聞き、邦秋は蒼褪めた。

ティアマトの覚醒を今まで全く考えなかった訳ではない。

しかし無意識に「最悪の場合でも被害は大島で抑えられる」とタカをくくってしまっていた。

博士の予測を邦秋は自分の知識と経験に基づいて検証したが、恐ろしい事に反論の材料が見当たらなかった。

確かに甲1類魔物は対処可能な存在ではある。

だが、その対処が完了するまでに数万人の犠牲が出てしまった場合、それは対処可能と言えるのだろうか?

大島からの脱出者たちは一時間弱で東京に到着した。

波止場に邦秋を下ろした葦沢博士は、道中の打ち合わせをもう一度繰り返し念押しする。

「私はこのまま防衛省へ行く! 宮部君は外務省へ。できるだけ騒ぎを小さく留めるようなんとか情報規制と根回しを頼む! ティアマトの出所が大島研究所だと知られれば我々は破滅だ。頼んだぞ!」

「はい!」

邦秋が頷くと、葦沢博士は慌ただしく再び飛び立った。

見送る時間も惜しい。邦秋はすぐに 虎便(タクシー) を捕まえ、行先の外務省を告げる。

魔獣の背に乗る邦秋は、東京の街並みを見た。

これから火の海に変わり、討伐までの間に夥しい死者を生むだろう、平和な街並みを見た。

かつて東京に上陸した甲1類魔物、大怪獣による未曾有の大被害を邦秋は教科書でしか知らない。

しかし今は鮮明に地獄絵図を思い描く事ができてしまった。

蓋をしていた良心がジクジクと傷みだす。

甲1類魔物になんて手を出すべきでは無かったのだ。もっと早くに研究の中止を進言すべきだった。通報すべきだった。しかしそうしなかった。

己の浅はかさと愚かな功名心に吐き気がする。

「……すみません。行先の変更をお願いできますか? わかば市へお願いします」

自責の念に堪えかねて、邦秋は兄の住所を運転手に伝えた。

方向転換する虎の背に掴まりながら、邦秋は内心で上司に謝った。だが、きっとこうするべきなのだ。

葦沢博士には事件のもみ消しを命じられている。完全に情報を隠蔽する事は不可能だが、原因を誤魔化したり、根回しをして批判を抑えたりならできる。

だがそんな事をしている場合だろうか?

保身より先にやるべき事があるのではないか?

この事態はクラノム社が、邦秋たちが招いたのだ。

批判よりも先に被害を最小限に抑える責任がある。

邦秋は兄の顔を見るのが辛かったが、他に頼れる者も無い。防衛省には博士が行っている。

一介の研究員の信じられないような警告を信じ、有効な対策を素早く打ち立て動いてくれる人を、邦秋は兄しか知らない。

特急料金を弾んで飛ばしてもらい、邦秋は兄の家の前まで比較的短時間で到着できた。

虎から下り、深呼吸をして河童ハウスの門戸を叩こうとした邦秋は、逆に飛び出してきた兄と正面衝突した。

「うっわあ!? す、すみませ……邦秋!?」

「に、兄さん」

強打した鼻っ柱を押さえながら涙目で答える。

兄は相変わらずの河童マスクだったが、以前よりも更にクオリティが上がり生々しくなっていた。

思う所はある。あり過ぎるほどにある。

だが今は邦秋の個人的事情など関係無い。頭を下げ、土下座してでも兄に助けを乞うべき時だ。

邦秋は頭を下げ兄に己の愚行の尻ぬぐいを頼もうとしたのだが、その前に兄の方が半泣きで頼み込んできた。

「頼む邦秋、助けてくれ! 地下で飼ってた 睨み屋(ゲイザー) くんが……甲1類魔物が逃げ出して……!」

「!!?」

邦秋は有り得ない言葉を放った兄に仰天した。

甲1類魔物を飼っていた? あの兄が?

甲1類魔物を逃がした? あの兄が?

不出来な弟と違う、優秀で人に好かれる、あの兄が?

あるいはティアマト覚醒よりも驚愕だった。

が、今までにないほど取り乱し、自分に縋ってくる兄の姿に、今までのわだかまりの全てが氷解し消えていく感覚も覚えた。

頭では兄は完璧超人ではないと理解していたはずだが、それがようやく心で理解できた。

瞬間的な衝撃が過ぎれば納得すらあった。兄はいつかやると思っていた。

兄が弟の心を察する事ができるように、弟も兄の気持ちが直感的に分かった。

弟が心底助けを求めているように、兄も心底助けを求めていた。

奇しくも、二人は同じ甲1類魔物問題を抱えていた。

二人は兄弟だった。

邦秋は兄の手を取り、大問題が倍化された異常事態の中、久しぶりに何の引っかかりもなく頷いた。

「分かった。力になるよ、兄さん。代わりに一つお願いがあるんだけど」

「良いのか!? はぁあっ、助かった! なんでも言ってくれ!」

「実は俺も甲1類魔物について相談したくて来たんだ。今、ウチの研究施設にいた甲1類魔物『四頭竜ティアマト』が東京に向かってる。助けて欲しい」

「!!?」

事態は混迷を極めつつある。

宮部兄弟は、二倍になった問題を解決するため、二人で動き出した。