軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102 ゆっくり関係を進めようと言ったな? アレは嘘だ

とうとうこの日がやってきた。

デート当日、気合の入ったSSRオシャレ初夏衣装で玄関先に現れたヒヨリに、俺は咳払いし所信表明演説をぶち上げた。

「デートの前にこれだけはハッキリさせておきたい。

恋愛にかまけて本分を疎かにする輩を、俺は軽蔑する。

映画とかアニメでたまにあるだろ? 世界とか仲間が絶賛大ピンチなのに、恋人との語らいやらキスやらをしてぐだぐだする作品が。ああいうの見ているとイライラするんだよな。そんな事やってる場合か? 後にしろ、一秒でも早くまずは世界を救えと思う。救うべきモノを救ってから思う存分イチャつけばいい。それが道理ってもんだ。

マモノくんとか大日向教授を見ろ! 浮気されたり婚約破棄喰らったりしても魔法言語学と魔物学の道を邁進している。恋愛にかまけて足を止めたりしない。立派なもんだ。彼らには本業に懸ける確固たる意志が、信念がある! 色恋に惑わされ道を踏み外す変節漢とは違う。

俺もそうでありたい。いいか? 今日はデートをする。楽しみにもしている。しかしッ! 今日が終わったらいつも通りだ。ヒヨリとのイチャイチャを優先して魔法杖職人業を疎かにするような事は決してない! と宣言しよう!」

俺の宣誓を聞くと、ヒヨリはニヤニヤしながら俺の耳元に口を近づけ囁いた。

「何を言ったところで今日の結末は変わらんぞ。

お前は、今日のデートの終わりに、私とキスをするんだ」

「ぐあっ……!」

決死の牽制攻撃は通用しなかった。

カウンター強攻撃を喰らい、俺は膝を折った。

「舌も入れるからな」

「うああっ……!」

追撃の致死性攻撃を喰らい、恐れ戦く。

ガード不可必中攻撃だこれ! 無理! 無理です! 勝てない! この魔女め!

「卑怯だぞ。そんなん言われたらさあ、もうさあ、今日一日ヒヨリの事まともな目で見れないだろ?」

「それでいいんだよ。で? なんだそのサングラスは」

「ヒ、ヒヨリと目が合うと照れるから」

「許さん。外せ」

「ああっ……!」

頼みの綱のサングラスまでもぎ取られて、俺は無防備にヒヨリの眩しいデート衣装を直視してしまった。

うわあああーッ! 胸元開き過ぎ! 背中開き過ぎ! 目のやり場が無いのに目を離せない! 怪奇現象!

「おいッ! 魅了魔法使っただろ! 卑怯だぞ、正々堂々とデートしろッ!」

「使ってない、使ってない」

「嘘だーッ! ヒヨリの可愛さは既に世界が許す限界値のはず。今日の限界を超えた可愛さは何かカラクリが無いと説明がつかない! データに無いぞこんなの! ぎぃいいいい、耐えられん、キュートアグレッションが……!」

「落ち着け。ぎゅってしてやろうか?」

「あ゛あ゛ッ!? トドメを刺そうとするなああああ!」

天使のフリをしたヒヨリの悪魔的ハグをもらい、俺は異常な可愛さで全てを圧倒する彼女の体温を肌で感じてしまい半狂乱で暴れた。

心臓と脳がかつてないバグり方をしてもう何が何やら分からない。

これは暴力だぞ、ヒヨリ! 可愛さの暴力だ! 暴力反対!

デートは初動から躓く事になった。

SSRデート衣装ヒヨリに心身が慣れるまでかなりの時間がかかってしまい、ようやく正気に戻った時にはデートプランに大幅な遅れが出てしまっていた。

仕方ないので、納屋に眠っていた自転車を引っ張り出し大急ぎでメンテして、ヒヨリを後ろに乗せ出発する。歩きでは時間の遅れを取り戻せない。走っていくのは風情がない。中間をとって、自転車だ。

ヒヨリを後ろに乗せていれば、人智を超えた魅力を放つヒヨリを直視せずに済む。そういう意味でも名案だと思ったのだが、浅はかだった。

なんと、ヒヨリは後ろから俺の腰に手を回し、密着してきやがったのだ。

普通にハンドル操作を誤って木に突っ込みそうになった。

「あっぶねぇ! 慎めヒヨリ。お前の可愛さは凶器だぞ。自覚しろバカ!」

「お前の言葉も相当鋭利だからな? 自覚しろ」

軽口を返すヒヨリが笑っているのが声音で分かる。

ふざけ可愛いやがって可愛い許せねぇ可愛い……!

流石の可愛いの化身も運転中の事故は怖かったのか、奥多摩と青梅を抜けて市街地を出るまで恋愛が絡まないちょっとした豆知識を話して俺の精神に安寧をもたらしてくれた。

奥多摩市と青梅市は青の魔女の名の下で対象外になっているが、80年前から少しずつ生存圏の奪還が進んでいるらしい。

各地の大規模コミュニティを中心に円状に、あるいは交易路に宿場町を置く形で市町村が増えていき、また、それらは魔術師や魔獣によって護られる。地形的に守りやすい場所や農林水産業に適した場所には飛び地が置かれる事もある。必然的に、かつての大都市の瓦礫の上に新都市が建設されていく形になる。

ただし、ただ単に奪還し、人のいない空っぽの街を増産しても維持コストがかさむだけ。生存圏の拡大は人口増加に併せ計画的に行われている。

このあたりに関しては、

「都市を用意してから余剰人口の移住を行うか?」

「余剰人口を確認してから都市の開拓を行うか?」

「都市開拓を行う開拓隊の減税は年数に応じるべきか? それとも世代に応じるべきか?」

「新規開拓地と前時代からの旧都の間の経済・医療格差をどう解消するか?」

などなど政治的な争点になりがちだとか。

森に沈み魔物のテリトリーとなった廃村廃都を切り拓く開拓隊に関しても色々派閥がある。魔力が多い家系は大抵開拓隊のメンバーとして一族を送るし、有名なところでは花の魔女一族、アルラウネ族は問題はあるものの概ね開拓の要の一つとして歓迎される。

花の魔女の第二子、フヨウは奥多摩一帯を支配し、強固な護りを敷いている。単独で甲3類を狩れるし、蜘蛛の魔女と協力すれば甲2類も倒せる。超越者と比べ魔力・体力が少なく体が弱いため連戦はキツいのだが、状況次第では最弱クラスの超越者に比肩する。

フヨウの妹たちも、フヨウと同じぐらい強い。アルラウネ族が根付いた土地は、彼女達がしっかり根付き育つまで護り切れば安泰だ。

実際、北海道は人口の多い平野部のほとんどにアルラウネ族が根付き、かなり強固な地盤ができている。これは未来視の魔法使いとの契約によるものだ。

未来視の魔法使いが北海道に隠居する際、彼が花の魔女との間に交わした契約は更新された。北海道に移住するのは構わないから、送り込んだ娘たちに目をかけるよう、という新しい取り決めができたのだ。未来視の魔法使いは天寿をまっとうするまで契約を遵守した。

だから北海道にはアルラウネが多い。アメリカやインドにも進出しているアルラウネ族だが、数だけでいえば北海道が最多だ。一族の聖地は大元の親株がいる東京だが。

アルラウネ族は人類の生存圏拡大維持に大きく貢献をしている一方で、問題もある。

例えば、彼女たちはどこにでも根付けるわけではない。

土地の肥沃さや広大さ、水の潤沢さは生育に大きく影響する。痩せた狭い土地をテリトリーとしたアルラウネは、弱い。フヨウを甲3類上位クラスとするなら、一族の中で最も条件の悪い土地に根付いたアルラウネは乙2類程度にしかならない。

塩分に弱いので地下水に塩分が混ざる小島や沿岸部に根付く事もできない。

虫による食害を嫌い、アルラウネ族の葉や根を食べる昆虫が多く生息する地域には進出しない。

もう一つ物議を醸す問題は、孫株だ。

花の魔女から生まれた子株は、母の教育により人類と程よい距離感で付き合う事ができる。大抵、テリトリー内の全ての死体の独占を主張し、魔物の死体も人間の死体も全て養分にする。

が、それ以上の要求はまずない。

街の守護者として尊敬されているアルラウネもいれば、アイドルとして歌って踊りチヤホヤされているアルラウネもいるし、植物園に引き籠り静かに暮らすアルラウネもいる。色々なアルラウネがいて、上手くやっている。

ところが、子株から生まれた孫株は、人類との倫理観の乖離が大きい。

つまり、より魔物的で、本能的で、人間と軋轢を起こしやすい。

独居老人を絞め殺して栄養を吸い上げてしまうとか、配達中のフクロスズメを捕まえて餌にしてしまうとか。美しい女性に嫉妬し攻撃的になったり、土壌の酸性度を調整するために民家に火をつけて灰を作る事もある。

一度孫株が起こした事件をきっかけにアルラウネ族と人類の対立がおきかけた事もあったそうで、以降、孫株は人類の入植予定の無い土地に根付く取り決めになっている。

青梅市にも花の魔女からの打診でアルラウネ入植話が持ち上がったが、ヒヨリは断ったそうだ。

ヒヨリは時折青梅の実家の墓参りをするぐらいで、もう強い執着を持っていない。しかしアルラウネの住処として好き放題にさせるのも違うらしい。

だから青梅市はゆっくりと自然のままに朽ちていっている。いつか街の名残すら消え去る頃、自然と私の記憶にも整理がつくだろう、とヒヨリは気の長い事を言った。

なんかちょっと思考が長寿種族っぽくなってるな? そりゃあこれだけ生きればそうなるか。俺も寿命グングンノビール(正式名称知らん)を飲まされているから、そのうちヒヨリと時間感覚が一致していくのだろう。

しんみりしている内に青梅を出て、市街地に入る。予約していたランチやってる昼飯屋の駐虎場に自転車を留め、降りて振り返る。

すると目と鼻の先に露出多めの超絶美少女がいて驚愕しひっくり返りそうになった。

しまった罠だーッ!

脳みそが学術・政治力学の話でリセットされ真面目モードになったせいで、慣れたはずなのにまんまと新鮮な衝撃を受けてしまった。

そうだった。今日のデートが終わる時、俺はこのおめかしヒヨリとキッスをするのだ。

舌も入れられてしまうのだ。

ぐわあーッ! 一度忘れた分、思い出すと二倍恥ずかしい。

「どうした大利。顔が赤いぞ?」

「くっ……!」

「ほら、早く店に入ろう。カップル割引があるんだろう? カップル、割引が」

ニヤニヤウキウキしているヒヨリに腕を絡められ、俺はガチガチになって店内に連行された。

おのれーッ! 俺にエスコートを任せるという話はどこへ? ペースも心も鷲掴みにされて洗濯機のように激しく揺らされている。緩急つけるのやめろ!

ヒヨリは今日一日で俺の情緒をギッタンギタンに叩きのめす腹積もりらしく、デートを通し俺のハートは無事破壊された。今日の総心拍数、一日で十日分ぐらいあった気がする。よく血管破裂しなかったな?

幸せそうなヒヨリの顔を眺めながら食べる昼食は味が分からなかった。

午後に観た映画も、内容を何一つ覚えていない。覚えているのは泣いたり怒ったり笑ったりコロコロ表情を変えるヒヨリの横顔だけだ。

映画の後に寄った魔道具屋ですら、記憶に残らなかった。ヒヨリの肩に止まろうとした蚊を指で摘まみ潰した事だけは鮮明に覚えているが、どんな品物が置いていたかすら記憶にない。

デートが終わり、俺はフラフラのヨレヨレになり、息も絶え絶えに自転車の後ろにヒヨリを乗せ奥多摩に戻った。

夕暮れの田んぼ道を、彼女を乗せた自転車で行く。

初夏の風は涼やかに青々とした田を揺らし吹き抜けていき、まるで青春の一ページだった。

でも青春の一ページにしてはイヤらしい。だってこの後、この自転車を漕ぎ終わって降りたら、ヒヨリとディープキスするんだぜ? 何が青春の一ページだよ。百ページでも足りないだろ。いい加減にしろ!

やがて自転車は大利家の前で停止する。

ついでに俺の心臓も停止しそうになった。

自転車を降り、俺をじっと見つめ、頬を染め「何か」を待つヒヨリに俺はド緊張した。

口の中がカラカラに乾く。

虫の音も蛙の鳴き声も木々のざわめきも聞こえているはずなのに、何も耳に入って来ない。

俺は眩暈のするような緊張の中、ヒヨリに向けて足を踏み出そうとし、しかし進めず、止まってしまう。

我ながら情けない事だが、途方に暮れた口からは弱音が漏れた。

「ヒ、ヒヨリ。キスはやっぱりやめにしないか」

「……まだ早いか?」

ヒヨリは落胆を隠せない様子だったが、優しく言ってくれる。

俺は首を横に振った。

逆だ。逆なんだよ。

あのな? お前、誘惑が上手すぎるんだ。

俺の壊滅した感性を貫く強すぎる攻勢で、俺の心はもう大変なのだ。

「あのさ、舌入れてキスするって言っただろ」

「ああ」

「今そんな事したら止まれなくなる。ヒヨリを押し倒しちまう。そこまでするのは約束と違うだろ?」

己の自制心の薄弱さを嘆きながら言葉を絞り出すと、意識の間隙を突くようにするりとヒヨリが俺の懐に飛び込んできた。

胸の中で、ヒヨリが情熱的に俺を見上げてくる。

俺の中の言葉と理屈の全てが吹き飛ばされ、その空白の全てにヒヨリが入り込む。

最後の理性が引きちぎられ、俺はヒヨリを強く抱きよせる。

そして二人の距離はゼロになった。