軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67.終の刃

鳥籠のような黒糸の檻を、外から破ったのはティリアンだった。

赤く染まった胸元の傷口からは、まだ微かに血が滲んでいた。

痛みに顔をしかめる余裕もなく、彼は息を整える間も惜しむように、躊躇なく扉を押し開け、足を踏み入れた。

重厚な扉が軋む音が、戦場の静寂を破るように響く。

その姿を見たグレンダリング公爵は、ほんの一瞬だけ目を細め、冷笑を浮かべた。

「……寝返ったか、ティリアン」

その声には、驚きも動揺もなく、あるのはただ侮蔑だけだった。

まるで、裏切りさえも見越していたかのように。

「愚かな。足止めにもならなかったお前に、今さら何ができる」

ティリアンは静かに笑った。

だが、その目の奥には、燃え立つような怒りと悲しみが交錯していた。

「父上は、僕を過小評価しすぎだ」

「どこまでも口ばかりの出来損ないだな」

「それは……父上に教わったことです」

軽く交わす言葉の裏で、ティリアンは目を伏せた。

彼の肩が微かに震えていることに、気づく者はいなかった。

「僕は、ずっと答えを探していた。どうすれば、あなたに認められるのか……あなたに、見てもらえるのか」

公爵は視線を細めた。

皮肉げな笑みが、その唇をかすかに歪める。

「なぜ、僕を造ったのです?」

その問いには、返答はなかった。

ただ、冷たい沈黙と無言の圧が降りかかった。

ティリアンの瞳が、強い光を宿す。もう迷いはなかった。

「……でも!そんなの! もう、どうでもいいことだっ!!」

その叫びと同時に、彼の姿が扉の前から掻き消えた。

一瞬の閃き。

空間が軋むような違和感とともに、公爵の胸元に銀の閃光が突き立っていた。

「……が、ッ……」

ヴァイオレットたちの目の前で、ティリアンの姿がまるで幻が解けるように現れる。

黒い糸の檻に紛れていた本物の彼が、至近距離からダガーを突き立てていたのだ。

礼装の隙間を縫うように、鋭利な刃が公爵の胸郭を深く抉る。

その刃の根元までが衣の奥に消え、返り血が音もなく滴り落ちた。

ティリアンは抜くことなく、そのままの姿勢で公爵を見上げた。

震える腕に全身の力を込め、血のついた刃を深々と押し込む。

「あなたの答えなんて、もういらない。僕は……僕のままでよかったんだ」

公爵の顔から笑みが消え、かすれた声を絞り出す。

「……きさ……ま……」

その言葉よりも早く、ティリアンの身体が爆風のような魔力に吹き飛ばされた。

公爵の怒りが魔力となり、至近から彼を薙ぎ払ったのだ。

だが、その体の揺れは明らかに、先ほどまでの威圧感を欠いていた。

ダガーが深く入りすぎていたのだ。意識は残っていても、体はもう限界だった。

ティリアンは地に叩きつけられ、動かない。

顔を伏せ、腕を下敷きにしてただ倒れていた。

無防備な背に、なおも血がにじむ。

そのとき——

「おおおおおおおおおっ!!」

ローワンの叫びが、空気を裂いた。

槍が風を裂き、怒声と共にグレンダリング公爵の背へと突き立つ。

その瞬間、公爵の体が仰け反り、鋼鉄のような音を響かせながら壁に磔にされた。

鋭利な槍の穂先は背中を貫通し、心臓を一突きにしていた。

皮膚を突き破って骨を砕き、内臓を引き裂いて脊柱をも貫いた。

公爵の口からは血が噴き出し、舌を噛む間もなく、絶命の瞬間に至る。

苦鳴を上げる間もなく、公爵の体は壁に貼りついたまま、ぶらりと首を垂れた。

直後、ローワンの膝が崩れ落ち、力なくその場に倒れ込む。

槍を手放し、彼はガボッと大量の血を吐いた。

瞳は焦点を失い、呼吸は荒く短い。

額からは汗が噴き出し、顔色は蒼白だった。

「ローワン!」

ヴァイオレットが駆け寄り、すぐさま治療魔法を展開する。

「しっかりして……っ!」

彼の手は弱々しく彼女の袖を掴むばかりで、言葉は出てこなかった。

彼の身体を抱きかかえながら、ヴァイオレットの手が彼の胸に触れ、光が染みこむように注がれていく。

その背後で、ギルド長がゆっくりと歩み寄った。

グレンダリング公爵の頭部を冷ややかに見下ろしながら、手にしていた細身の剣を抜く。

「証が要る」

その一言とともに、剣が振り下ろされる。

静かな音と共に、公爵の首が切り離された。

「王都へ送る。こやつの企てが真実だった証となるようにな」

血塗れの場に、ようやく終焉の気配が差し込み始めていた。