軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47.私の夜はまだ長い

「あっ、お、奥さま、お嬢さま、あの、お風呂のご用意がまだ……」

寝室へ行くと、シエラが焦ったようすでタオルを抱えて出てきた。

「いいのよ、シエラ。まだ慣れていないのですもの」

「今日は魔石を集めてもらったりして、忙しかったですものね」

私だけでなくお母さまもシエラに労いの言葉をかけてくれる。

結局、もう沈没寸前のアデルリーナはお風呂に浸からず、お湯で体を拭くだけで済ませることにした。

シエラには、私が妹の世話をしている間にお母さまの寝室を整えるよう言った。その間、少しだけお母さまには待ってもらうよう言おうとすると、お母さまは自分もアデルリーナの世話をすると言い出してくれた。

「さあリーナ、後ろを向いて。ボタンを外してあげましょうね」

お母さまは意外なほど慣れた手つきでアデルリーナの衣装を脱がせていく。

なにしろ、貴族令嬢というのは生まれたときから侍女たちによって着せ替えられるので、自分で服の脱ぎ着はほとんどしないものだ。一応、私みたいに自分で全部できちゃう令嬢というのは規格外だという自覚はある。

だから私もアデルリーナもちょっとびっくりしたんだけど、アデルリーナはすごく嬉しそうだ。

私がタオルをお湯で絞っていると、お母さまはぽつりと言った。

「わたくしのお母さま……貴女たちのお祖母さまは、わたくしが9歳のときに亡くなったの」

マールロウのお祖母さまが、私が生まれる前にすでに亡くなっていたことは聞いていたけど、お母さまがそんなに幼いときに亡くなられたというのは初耳だった。

お母さまは、思い出すようにぽつり、ぽつりと話し続ける。

「わたくしをお産みになってから、お母さまは体調を崩されることが何度かあって……わたくしは小さい頃から、自分のことはできるだけ自分でできるようになりなさいと、お母さまに言われていたのよ」

寂しげに、お母さまはつぶやいた。「お母さまは、もしかしたらご自分のお命があまり長くはないことを、感じていらしたのかもしれないわね……」

なんと言葉をかけていいのかわからない私の前で、お母さまはアデルリーナをそっと抱きしめる。

「いまはとてもよくわかるわ。まだ幼かったわたくしを置いて逝かねばならなかったお母さまが、どれほどお辛かったかが」

そしてお母さまは、アデルリーナの髪をなでながら、染み入るような笑みを浮かべてささやくように言った。

「リーナ、こんなに大きくなってくれて、本当にありがとう」

「お母さま!」

アデルリーナが、どこか怯えたようにお母さまにしがみつく。

私も思わず、お母さま不吉なことは言わないで! と言いそうになったその言葉を必死に呑み込む。

けれどお母さまは、アデルリーナの髪をなでていたその手を、きゅっと握りしめた。

「わたくし、強くならなくては」

私は目を見張った。

お母さまは決意に満ちた目で、私とアデルリーナを見た。

「わたくしは貴女たち2人の母ですもの。貴女たちの、本当に素晴らしい娘たちの母だという、こんなにも恵まれた立場ですもの。何があっても、どんなことをしてでも、貴女たちを守らなければ」

「お母さま!」

思わず手を伸ばした私を、お母さまは抱き寄せてくれた。私とアデルリーナを抱いた両手に、お母さまはぎゅっと力を込めてくれた。

お母さま、どうか無理はしないで……そう思いながらも、私は本当に胸がいっぱいになった。

アデルリーナはベッドに入ったとたん、本当にコテンと眠ってしまった。お母さまも落ち着いたようすでベッドに入り、すぐに寝息を立て始めた。

私はそっと寝室を出て、シエラに小声で問いかける。

「ナリッサはヨーゼフについているのね?」

「はい。お医者さまが、今夜は熱が出るだろうとおっしゃって……」

答えるシエラに私はうなずく。

「わかったわ。私もいまからようすを見に行きます。シエラは厨房で食事をしてね。こんなに遅くまで、本当にありがとう」

「と、とんでもありません!」

慌てたようにシエラが頭を下げる。「私、本当に手際が悪くて……」

「まだ慣れていないのだから当然よ。そうそう、ハンスとカールにも食事をするように言ってあげてね。美味しいシチューがお鍋いっぱいに作ってあるわよ」

「ありがとうございます、ゲルトルードお嬢さま」

なんだか、両手を合わせたシエラに拝むように言われてしまった。

でもシエラが衣装を扱ってるときのことを考えると、こういうことも慣れてくればしゅたたたっとできるようになると思うのよね。期待してるわよ、シエラ。

ヨーゼフが運び込まれた客室へと歩いていくと、その客室の前の廊下にナリッサがいるのが見えた。

いや、ナリッサだけじゃない、公爵さまの近侍、あのイケメン近侍さんもいる。てか、まだ近侍さん居たの? っていうことは、も、もしかしてまだ公爵さまもいる? 確かに、確かに誰も、公爵さまがお帰りになるとは告げに来てなかったけど!

おまけに、ナリッサがちょっと剣呑な雰囲気なんですけどー?

「ゲルトルードお嬢さま」

ナリッサが、焦り気味に近づいた私にすぐ気がついてくれた。

「どうしたの? 何かあったの?」

小声でナリッサに尋ねる私に、イケメン近侍さんが小声で答えてくれた。

「いえ、少しだけ閣下を休ませてあげてほしいとお願いしていたのです」

は?

とばかりに顔を向けた私に、ナリッサが眉を寄せて言う。

「客室をご用意すると申し上げているのですが、どうしても受け入れてくださらないのです」

「いやいや、ご婦人しかいらっしゃらない邸宅にお泊めいただくわけにはいきませんから。なに、ほんの少しお休みになれば閣下はすぐ退散されますよ」

イケメン近侍さんがさわやかな笑顔で言ってくれちゃう。

いや、でも、閣下を少しだけ休ませてあげてほしいって……そーっとドアの隙間から覗き込んだその部屋では、ヨーゼフが眠っているベッドの横で、椅子に腰かけた公爵さまが腕組みしたまま転寝をしていた。