軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.おやつの後に問題発覚?

私は必死になってお腹に力を込めていた。

だって、目の前に焼き立て林檎パイがあるのよ? もう破壊的なまでに美味しそうな匂いがしてて、ちょっとでも気を緩めるとお腹が鳴りそうなんだもん。ホンット、今日の荷運びは一往復で止めておいてよかった。

ヨーゼフがパイを切り分けると、ふわーっとさらに甘い匂いが立ち上る。ナリッサの手によって私の前にも切り分けられたパイと紅茶のカップが置かれた。

公爵さまの分は、あのイケメン近侍さんが給仕をしている。

やっぱお客さまより先に手を付けちゃダメよね?

そう思いながら我慢してる私の目の前で、お母さまはすっと優雅な手つきで紅茶を一口飲み、そしてパイをフォークでサクッと切って自分の口に運んだ。

「どうぞお召し上がりくださいませ」

にこやかにお母さまが促すと、公爵さまはうなずいてカップを持ち上げた。

そこでやっと私は思い出した。

そうだった、貴族の場合、飲みものや食べものは提供したほうが先に口にしなければならない。

毒が入っていないということを示すために。

毒とかなんの冗談よ、と思ってたけど……実際にそうしなきゃいけないんだ。

私の数少ないお茶会経験でも、お茶や食べものを提供した人が必ず最初に口を付けていた。主催者が出したお茶やおやつなら主催者が真っ先に、そして手土産のおやつは持ってきた人が真っ先に口にしてた。

うう、やっぱり私、貴族の常識が全然身についてないかも。

それでももはやお腹が限界なので、私もできるだけ優雅に見えるようにカップを持ち上げて紅茶を飲み、サクッと切ったパイを口に入れた。

おーーーいーーーーしーーーーーいーーーーーーー!

ああもう、マルゴ天才! 生地はサックサクでとっても軽く、加熱された林檎は甘酸っぱくてやわらか過ぎず歯ごたえが残ってる。この絶妙な火加減がたまらーん! それに添えられたシナモンの香りが鼻に抜ける、この感じも絶妙!

公爵さまの前であんまりガツガツ食べるわけにいかないと思いつつも、私はどうしてもフォークを口に運ぶ手の動きが速くなっちゃう。

ふと見ると、公爵さまも黙々と咀嚼してる。

よかった、お口に合ったみたい。

思わずお母さまにちらっと視線を送っちゃうと、お母さまもちらっと私を見て口元を緩めてくれちゃう。うふふふ、やっぱマルゴの作る料理は誰が食べても美味しいわよね。

この美味しい林檎パイを、アデルリーナはシエラと一緒に食べてるだろうか、厨房ではカールとハンスもたっぷり食べているだろうかと思うと、なんだか嬉しくなって顔が緩んじゃう。かわいいかわいいアデルリーナと一緒に食べられないのはちょっと残念なんだけど。

本当のことを言えば、アデルリーナだけじゃなく、シエラにカールにハンス、おやつを作ってくれたマルゴと、それにもちろんナリッサとヨーゼフも私たちの給仕なんかしてないで、みんなで一緒におやつを食べられたらいいのに、って私は思ってる。

こういう私の日本的庶民感覚が、この世界の貴族の常識となじまないっていうのがダメなんだろうけどねえ。

美味しくおやつをいただいたところで(私は正直まだ食べたりないけど)公爵さまが切り出した。

「伺いたいことが何点かあるのだが、いいだろうか?」

「もちろんでございます、公爵さま」

お母さまがにっこりと答えると、公爵さまは眉間にちょっとシワを寄せて問いかけてきた。

「貴女がたには率直に問うほうがよさそうなので、不躾だと思わないでいただきたいのだが……新居としてタウンハウスを購入したという、その購入資金はどのように調達されたのだろうか?」

まあ、フツーにソコは疑問だよね?

私はお母さまと、ちらりと視線を交わしてしまう。

お母さまは再びにこやかにほほ笑んで答えた。

「クルゼライヒ伯爵家未亡人であるわたくしの財産を、いくつか手放しましたの」

「それは……」

公爵さまの眉間のシワがさらに深くなる。「宝飾品を手放されたということだろうか?」

「さようにございますわ」

「しかし……」

うなずくお母さまに、公爵さまはあごに手をやって言いよどむ。けれどすぐまた、問いかけてきた。

「小さいとはいえタウンハウスを1軒購入するとなると、結構な金額が必要なはずだ。お手持ちの宝飾品をどれほど手放されたのか……それに、どのような商人に買い取ってもらわれたのだろうか?」

私とお母さまはまたアイコンタクトしちゃう。

言っちゃう?

だってまた変に誤解が生じても困るよね? 私たちはまっとうに自分の財産を売って、まっとうにお金を得たんだもの。

それに、私たちが何をどうやって資金を得たのかなんて、その気になって調べればすぐわかっちゃうと思う。商業ギルドに問い合わせれば一発だよね?

お母さまも私と同じ考えだったらしく、公爵さまに向かって口を開いた。

「手放した宝飾品は5点です。このタウンハウスに複数の商人を呼び、一番高い値をつけてくれた商人に買い取ってもらいました」

「は……?」

公爵さまの不思議な色の目が丸くなった。おまけに、ぽかんと口まで開いちゃってる。

「……いま、なんと言われた?」

お母さまがもう一度同じ言葉を繰り返すと、公爵さまの目はさらに丸くなった。

「つまり、貴女がたは……商人を集めて競売を行ったと……?」

公爵さまがあまりにも驚いていて、どうにも信じられないって顔をしちゃってるもんだから、私はつい口をはさんでしまう。

「あの、商業ギルドに仲介してもらいましたから、身元も確かな商人ばかりです。代金の受け渡しは銀行内で行いましたし。その、出入りしていた商人に買取を頼んでも、おそらく正当な価格では買い取ってはくれないだろうと思いましたので……」

なんか言い訳がましくなっちゃったけど、事実だもん。

私の言葉に公爵さまはなんだか遠い目をして、それから頭を抱えてしまった。

いったいナニがそんなにショックなんだか。そりゃクラウスだって、貴族家の邸宅で競売を行うなんて前代未聞だみたいなこと言ってたけどさあ。

片手で頭を抱えていた公爵さまが、ハッとばかりに顔を上げた。

「いや、5点と言われたな? 5点を競売にかけて……それでタウンハウスを購入できるだけの資金を得たと……まさか」

公爵さまの喉が鳴った。「まさか『クルゼライヒの真珠』を売ってしまわれたなどということは……」

「売りましたわ」

お母さまはあっさりとうなずいた。「あの品が一番、価値がありそうでしたから」

その瞬間、公爵さまは完全に固まった。

そして、文字通りサーっと音がしそうな勢いでその顔が青くなっていく。

「なんということを……!」

ガタっと音を立てて公爵さまが身を乗り出した。「『クルゼライヒの真珠』は国家の財宝として登録されている宝飾品だ、所有者であっても勝手に売買していい品ではない!」

公爵さまの剣幕に、私もお母さまも思わず身をすくめちゃった。

でも、おかしくない? 公爵さま、おかしなこと言ってるよね?

だって、所有者であっても勝手に売買していい品ではない? ナニソレ、所有者の意味なくない? 自分のモノを自分の意思で売ってはいけないって、ホントに意味不明なんですけど?

公爵さまは両手で頭を抱えて唸るように言った。

「なんということだ、そんな基本的なことまで知らずに……いや、知らされずにいたということなのか……!」