軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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馬車は、かなりのスピードで進んでいく。

振動で、少しだけ気分が悪かった。

でも、今は急いで採掘場に辿り着かなくてはならない。けれどクリスのことだから、アデラの具合が悪いと知れば、馬車を止めてしまうだろう。

だからそれを悟られないように、アデラはフードを深く被って顔を隠す。

馬車の揺れに耐えながら考えるのは、テレンスのことばかりだ。

崩落事故は、どれくらいの規模なのか。

テレンスは無事だろうか。

貴重な宝石の採掘場を爆破した犯人は、何が目的だったのか。

そして、帝城を出てしまって本当に良かったのだろうか。

そんな取り留めのない思考が、自分が冷静ではないことを教えてくれる。

崩落事故があったと聞き、テレンスのことが心配でたまらなくなった。

クリスがその現場に向かうと聞いて、咄嗟に同行を申し出てしまったが、現場はかなり混乱しているだろう。

そんな場所にアデラが向かっても、できることは何もない。

むしろ邪魔になってしまう。

それなのに、勢いで帝城を出てきてしまった。

(どうしよう……)

テレンスには、部屋を出ないようにと言われていたのに、それを破ってしまった。ずっと帰りが遅いことを心配していて、さらに崩落事故に巻き込まれたかもしれないと聞き、冷静ではいられなかったのだ。

こんなときこそ、しっかりしなければならないというのに。

でも今さら帝城に戻りたいなどと言えば、ますます迷惑をかけてしまう。出てきてしまった以上、なるべく目立たないように静かにしているしかない。

そんなことを考えていたアデラだったが、馬車が速度を落としたことに気が付いて、顔を上げた。

どうしたのかとクリスを見上げると、彼は険しい顔をして前方を見つめている。

「あの……」

「声を出さないで。静かに、絶対に顔を見せないで」

「……」

緊迫した声に、緊急事態だと悟る。

アデラは言われた通りに、声を押し殺して、ローブで体を隠した。

フードの合間からそっと見ると、自分の膝の上に置かれたクリスの手が震えていた。

何かあったのは、間違いない。

少しずつ速度を落としていた馬車は、完全に停止してしまった。

そして、周囲を取り囲む人の気配。

クリスが、アデラを庇うように手を広げた。

だが彼は、ティガ帝国の皇族である。クリスこそ、守らなくてはならないのではないか。

そう思った途端、馬車の扉が乱暴に開かれた。

アデラはけっして声を出さないように、唇を噛みしめる。

「出ろ」

低い男の声がした。

「何者だ」

クリスがそう問いただしたが、その声は震えていて、複数の男たちの嘲笑う声がした。

「いいから出ろ。お前もだ」

抵抗をしていたようだが、あっさりとクリスは連れ出され、続けてアデラも腕を掴まれる。

暴れたら、かえって危険かもしれない。

アデラはそう判断して、おとなしく馬車を降りた。

彼らは何者なのだろう。

フードの下から視線を巡らせると、男たちは全部で六人ほど。顔を上げるわけにはいかないので足元しか見えないが、荒んだ雰囲気を感じる。

盗賊の類かと思ったが、この馬車はティガ帝国の皇族の紋章が刻まれているはずだ。

そんな馬車を、盗賊が襲うだろうか。

(まさか……)

メリーサの手の者だろうか。

クリスとアデラの共通の知り合いで、こんな愚かな行為をするのは、彼女しかいない気がする。

崩落事故のことを聞きつけて、アデラが帝城から出るのを待っていたのだろう。

皇族の乗った馬車を襲うことの意味を深く考えず、メリーサを強く咎めることもできなかったクリスを甘く見て、こんなことをしたのかもしれない。

だとしたら、狙いはアデラのはずだ。

無理に同行してしまったのだから、せめてクリスだけでも逃がさなければ。

そう思ったアデラは、自分の腕を掴んでいる男の足を、思い切り踏みつけた。

「……ってぇ!」

ヒールの靴なので、それなりに痛かっただろう。

悲鳴を上げて飛びのいた男の腕を振り切って、アデラは走り出した。

きっと何人かは、追ってくるだろう。

もし目的が本当にアデラだとしたら、全員こちらに向かう可能性もある。

そうすれば、クリスは逃げられるかもしれない。

「待て、逃がすな!」

そんなアデラの予想通り、その場にいた六人は全員こちらに向かっていた。

これならクリスは大丈夫だ。

けれどアデラの足では、そう遠くまで逃げることはできない。

まして、ヒールの靴である。

男の足にはダメージを加えてくれたが、走るには不向きだった。

どこかに身を潜めて、やり過ごそう。

そう思いながら、周囲を見渡す。

「……あっ」

でもそのせいで、足元をよく見ていなかった。

石に足を取られて、バランスを崩す。

地面に叩きつけられて、その衝撃で意識が薄れていく。

(だめ、逃げないと……)

そう思ったのに、立ち上がることはできなかった。

「……」

そのまま、気を失ってしまったらしい。

ふと目を覚ますと、薄暗い部屋の中にいた。

周囲に誰かがいるかもしれない。そう警戒して、そっと目を開けてみる。

低い天井。

どうやらアデラは、固いベッドの上に寝かされていたようだ。

すぐ近くに窓があり、カーテンの隙間から見える空は暗い。

すっかり夜のようだ。

隣に誰かいることに気が付き、アデラは警戒しながら、そっと視線を向ける。

「!」

アデラが男たちを引き付けて逃がしたはずの、クリスが隣に倒れていた。

(どうして……)

彼は逃げなかったのだろうか。

それとも、逃げても捕まってしまったのか。

どちらにしろ、ふたりともこの部屋に閉じ込められている。

クリス以外は誰もいないことを確認し、アデラはそっと起き上がった。

服装は乱れておらず、外傷もない。

少しだけ足に痛みが走ったが、転んだときのものだろう。

物音を立てないようにそっと扉に近寄る。

すると、誰かの声がした。

「ふたりはまだ眠っているのね?」

「はい」

「そう。では、そのまま鍵をかけて放置しておいて。明日の朝になれば、手配した者がここを訪れるわ」

女性の声がした。

間違いなく、メリーサのものだ。

(やっぱり、彼女だったのね)

アデラは、外の声に耳を傾ける。

どうしてアデラとクリスをこの部屋に閉じ込めたのかわからないが、明日の朝には誰かが訪れるようだ。

その目的は何なのか。

「しかし、偽情報に惑わされて帝城から出て来るなんて、随分と簡単だったな」

嘲笑うような声は、若い男性のもの。

きっとスリーダ王国の元王太子、ブラインだ。

「そうね。さすがに採掘場を爆破なんてしないわ。そんなことをしたら、大変なことになるもの。本当は、あなたとこの女をここに閉じ込めようと思っていたんだけど……」

そう言いながら、メリーサは楽しそうに笑っている。

スリーダ王国の元王太子であるブラインを呼び寄せたのは、こうやってふたりきりで夜を過ごさせて、アデラの婚約を強制的に解消させようとしたのか。

「こうした方が、わたしの婚約も解消される。これでブラインと一緒になれるわ」

アデラの相手をブラインではなくクリスにすることで、自分の婚約もクリスの有責で解消しようとしているのか。

あまりにも悪質な作戦に、アデラは怒りを覚える。

最悪な人間同士、ふたりはある意味お似合いだと思う。

(崩壊事故は、嘘だったの? テレンスからは……)

彼は、無事なのだろうか。

もし偽情報だったとしたら、簡単に騙されて安全な帝城を出てしまったアデラは、たしかに愚かだ。

でも、実際にテレンスは戻っていない。

(連絡もなかった……)

クリスとふたりで部屋に閉じ込められたことよりも、テレンスの安否が気に掛かる。

もしメリーサの作戦通り、ブラインとふたりで閉じ込められたらと思うとぞっとする。ここはクリスで良かったのかもしれない。

ここで一晩過ごすことになったとしても、テレンスならきっと信じてくれる。

クリスとの接点などほとんどなかったのだから、ローレンだってメリーサの主張を鵜呑みにしたりしないだろう。

テレンスとローレンだけではない。メリーサたちの、自分の行動を棚に上げたような主張など、誰も信じない。

(大丈夫……。あのふたりが立ち去ったあとに、クリス殿下を起こして何とかここから逃げれば……)

メリーサたちの企みなど、成功させるものか。

そう決意したアデラは、ふと視線を感じて振り返る。

そして、悲鳴を上げそうになった。

クリスが、じっとアデラを見つめていたのだ。