軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話 クラックの選択

クルのおかげで瘴気は消え、魔族たちの計画は潰えた。

あとは……最後の後始末だけだ。

「……さあ、2人とも。大人しく降伏するか、あるいは……君たちはどうする?」

フェルドが問いかける。その前ではパイロ、サッちゃんがクラックを威嚇していた。特にサッちゃんは今にも飛び掛からんばかりの勢いだ。

「フェルド! どの道こいつらはお主らの掟でも大罪人だろう、ここで縊り殺してなんの問題がある?」

「聞きたいことがあるからね。できれば生かして捕らえたい」

「だが、それでは我の怒りは収まらんぞ!」

「君の怒りももっともだが……彼らの仲間がいるかもしれないからね。そしたらまた別の魔族が襲ってくることになる、それは君も嫌だろう」

「む、たしかに……」

「いずれにせよ、彼ら次第だ。さあ、どうする?」

クラック、ニックはフェルドや私たちを睨みつけていた。だがそれぞれ体を抑え、辛そうな表情も見え隠れする。当然だろう、結界が再び張られた今、彼らの内の瘴気がその影響を受けている。立っているのも辛いはずだ。

このまま降参してくれるか、それとも最後まで抵抗をするのか。クラックの選択は。

「……はっきり言っておきましょう」

表情を歪ませながらクラックは語った。苦痛か、怒りか……そのどちらにも見えた。

「私はあなた方が嫌いです。利己的で、非合理で……ちっぽけな個人を過度に重んじ、種としての益をまるで顧みない、愚昧な人間たちが、大嫌いです」

それは彼自身の本心の吐露だった。人間が嫌い、そう語るクラックからは、これまでで一番のむき出しの感情を感じた。

語るところの意図は読めないが、暴れ出す様子でもないため、ひとまず話の続きを聞いてみるのがよさそうだ。

「我々魔族は、魔族という種のために生きます。それは教育や信仰ではない、種としての本能、ごく自然なこと。むしろ生命としてはそれが通常、あなたたち人間こそが異常で醜悪な生き物なのです」

人間への悪口が目的? 負け惜しみだろうか。

「物欲と権力欲に取りつかれたアルミナ国王も、それを取り巻き甘い汁をすする大臣どもも、良いように踊らされるアルミナ国民も……あまりに愚かで、吐き気がしました」

まあ、それはわかる気がする。アルミナの人々はどうにも……

「ですが私がそれよりも遥かに強い嫌悪を感じるのは、やはりあなたたちです……!」

私たち? アルミナよりも? なぜ。

聞くまでもなくクラックは語り続ける。彼の感情が、溢れ出しているようだった。

「人間はいつもそうだ、少し遠く離れ、少し見えなくなっただけで、同じ人間をいないもののように扱う! 隣人1人の死を嘆き悲しむのに、遠方で何万人死のうと悲しみの気持ちは一日と続かない! 理解不能だ……なんと不合理で、なんと愚かな生き物だ!」

ヒートアップするクラック、その言葉を、私なりに受け止める。人間は愚か、か。それはまあそうなのだろう。だが……

「ジュリーナ!」

「え、あ、はいっ!」

突然名指しされてびっくりした。

「あなたは追放された時、わかっていたはずだ。自分の追放がこの国に何を招くのか……この国の人間が、どんな目に遭うか! なぜ見捨てられた? なぜ己が招く不幸に目を逸らせられる!」

「そ、そんなの仕方ないじゃないですか! だって向こうが追放してくるんですよ、従わないと私が……」

「それはあなたの都合だ! 己だけの理屈だ! 種のことを思えば抗うべきだ、あるいは表向き追放を受け入れようと、この国を救うため動くべきだった! 今もそうだ、あなたは個人的な欲望で動いているだけ……!」

「で、でも、その方があなた方にとっては都合がよかったんじゃ?」

「ああそうだ……だがそれと同時に嫌悪が湧く、あなたの愚かさに! 人間という存在の醜悪さに! 己がことばかり考える、欲深さに……!」

これがクラックの本心か。人間の国ひとつ滅ぼそうとしたのだ、これくらいは考えていても自然かもしれない。

それに、クラックの言うことにも一理あるのだろう。私が追放を受け入れた時、アルミナ王国およびそこに住まう人々の全てを見捨てたのは事実。それ以降、心配することすらしなかった。

だが、それも当然のこと。

「仕方ないでしょう、それが人間ですもの」

私は堂々と、胸を張って言った。

「私たちは自分が生きるだけで精一杯なんです! そんなにたくさんのこと、背負いきれませんよ」

人間ができることには限りがある。クラックの言ったように、自分に関係のない人の不幸を嘆くのも、ある意味では慈悲深く立派なことなのかもしれないが、少なくとも私には無理だ。

まして自分に対し悪意を向けてきた人間までをも慮るなんてできない。それが愚かで身勝手で欲深だと思うなら、言わせておけばいい。

結局大切なのは自分と……自分にとって大切な人たちと、その大切な人たちが大切だと思うこと。

「それに、自分や、自分にとって大切な人たちが、幸せであってほしいと願うことを……間違っているとは、思いません!」

利己的だ欲深だと罵られようが、知ったことじゃない。

私は自分を、間違っているとは思わない。それだけだ。

「だいいち追放に関してはやっぱり王様が悪いですよ! 私説明しようとしましたもん! なのに勢いに任せて……! 絶対このあと引っぱたいてやります!」

話している内に興奮してきて、私はぶんぶんと素振りをした。

そんな私を忌々しそうに見ていたクラック。

「……やはり人間は、愚かで、矮小だ」

クラックは結局、私の言葉に頷きはしなかった。

「けれど私は……その人間に、敗れたのですね」

ただ諦めたように、フッと笑った。

「こうなっては完敗です。口惜しい、本当に口惜しいですけど……諦めも、つこうというものです」

「クラック、それじゃあ……」

「ええ、この身をあなた方に預けましょう。煮るなり焼くなりお好きなように」

クラックはそう言って一礼をした。

彼は恐らく、吐き出さずにはいられなかったんだろう。見下し続けた人間に敗れたことを受け入れきれず、理性で律してきたものが溢れてしまった。その問答が無意味であり、単なる負け惜しみにしかならないと知りながら。

だが……負けを認めるには必要だったのかもしれない。相容れることはなかったが、初めてクラックの気持ちがわかる気がした。

ともあれこれでクラックも降伏。大人しくしていれば手荒には……

「ただし」

その時、クラックがふいに振り返る。

「預けるのは体だけ……そして、私だけです」

そしてパイロやサッちゃんが動く間もなく。

その爪で、自らの首を切り裂いた。

「ぐ、が……っ!」

クラックの苦痛の声と共に激しく噴出する血。緑色の魔族の血は、傍らにいたニックへと降り注いでいった。

そこには強い瘴気が含まれている。それを全身に浴びたニックはさながら血の鎧を纏うようになる。

「う……おおおおおおおおおっ!!」

突然、ニックが咆哮を上げると、全身から黒い魔力が噴き出した。

「きゃっ!?」

「ジュリーナ!」

すぐさまフェルドが私を抱えて飛びのく。直後、爆発が起こった。

幸い爆発は私たちには届かず、閃光と共に土ぼこりを巻き上げた程度だった。だがそれらが収まった後……ニックの姿は、どこにもなかった。

あとにはただ、首を切り裂いて絶命し、地面へと倒れ伏したクラックの死体が残るのみ。

「まさか……瘴気の混ざった血を仲間に纏わせて、濃い瘴気で包み込むことでジュリーナの結界の影響を弱めたのか。それで一時的に得た力を使い、逃走した……」

「フェルド! お主がごちゃごちゃ言うから逃がしてしまったではないか! それがなきゃ、我が拘束し2人とも首を刎ねて終いだったのだぞ!?」

「返す言葉もない。まさかこんな手を使うなんて……魔族は種のために生きる、か……あながち嘘でもなさそうだ」

「感心してる場合か! 我は追うぞッ!」

サッちゃんは翼を広げて飛び去っていった。だがおそらく追い付くのは難しいだろう。

「ごめんジュリーナ。サッピールズの言う通り僕のミスだ」

「いえ、仕方ないですよ、私も想像できませんでしたし……」

血だまりに倒れたクラックの体。彼は彼が言った通り、魔族という種のためにニックに命を捧げたのか。それとも彼にとってニックが、私にとってのフェルドのように大切な存在だったのか。

横たわる死体はもう、何も語らない。