軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第52話 魔族

魔族。

それは一般に人間と呼ばれる人種とは異なる種。角、翼、牙、肌……その特徴は様々だが、人間との最大の相違点は、その身に瘴気を宿すという点だ。

人間は人によって差はあれど魔力を宿す。しかし魔族は人間とは違い瘴気を宿すのだ。魔物と同じように……それゆえに彼らは魔族と呼ばれる。

人間にとって瘴気は毒。逆に魔族は瘴気で満ちた環境でこそ生きられ、『紅の宝玉』が持つような自然魔力の下では生きられない。

そのため人間と魔族は相容れることなく、歴史上幾度となく争いを繰り返してきた。しかしながら現代では、人間は自然魔力に満ちた地、魔族は瘴気に満ちた地と住みわけの形が成され、両者が交わることはほとんどなくなっていた。魔族を見たことがないどころか、存在すら知らないという市民も多いだろう。

それがなぜ、アルミナ王国へ。

「魔族だと……!? バカな!」

真っ先に反応したのは、アルミナ国王だった。

「貴様らはとうにこの地より追いやられたはずだ!」

「ええその通り。我らの種はこのエメリー平原から去って久しい。しかし我らはずっと待っていたのです、この地を元の姿に戻す時を、そのための好機が訪れるのを」

エメリー平原……アルミナ王国があるこの土地の名前だ。

豊富な資源に加え交通の要衝であり、アルミナ王国の発展はその立地に助けられてのもの。

だが唯一にして最大の欠点は……瘴気が集まりやすい場所ということだ。それゆえアルミナ王国は聖女の力によって瘴気を祓い、エメリー平原から恩恵のみを受け続けてきた。

しかし今は……そうか。

「まさかクラック、君たちの目的は……!」

「おや、もう見抜かれたのですか。本当に聡い方だ」

クラックが僕を見る。その周囲を舞う黒い宝石も健在だ。

「くっ!」

「フェルド様、お下がりください」

パイロが僕を守るように前に出る。僕も剣を構えた。

「あなたがこの国を訪れてくれたのは僥倖でした。それゆえ計画を今、始動するに至ったのです」

「計画……」

「お手並み拝見といたしましょうか」

クラックが指を動かす。瞬間、無数の黒い宝石が、僕たち目掛け襲い掛かってきた。

「パイロ!」

「ええ」

パイロと分担し、迫りくる黒い宝石を剣で弾く。

「はああああっ!」

「フッ! ハッ!」

小さな宝石の群れを剣で防ぎ続けるのは容易ではなかったが、パイロと2人がかりならば辛うじて可能だ。

「なるほど、お見事。ではこれでどうでしょう?」

クラックが言葉と同時に、パチンと指を鳴らす。その途端、黒い宝石にピシッとヒビが入り、中から瘴気が溢れ出した。

「くっ、このっ!」

「ハッ!」

身につけていた衣服を振るう、瘴気は空気に混ざるため、少量ならば風を起こすことで防げる。

だが今、僕たちを襲う瘴気の濃さは、到底それで防げるレベルではない。視界が真っ黒に染まるほどの瘴気は、僕たちの命を瞬く間に蝕んでいった。

……本来ならば。

「おや」

クラックも異変に気づいた。瘴気が僕たちの体に入っていかないことに気づいたのだろう。

僕たちの体は今、淡く輝く赤い光に覆われていた。

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先日、オーソクレースからアルミナへと出発する際。

「そうだ! 道中、魔物に襲われないよう、加護をかけておいてあげますね」

いざ馬車に乗り込み出発、という間際でジュリーナがそう提案した。

「ありがたいけど、ちょっと心配しすぎじゃないかな? パイロたち兵士もいるし、すぐにアルミナの結界の中に入るのに」

「あら、調査で結界のすぐそばまで行った結果、魔物に襲われあわや命を落としかけていたのは誰でしたっけ?」

「そ、それを言われると弱いな……わかった、お言葉に甘えようか」

「はい! それでは……『 祝福(ブレッシング) 』!」

ジュリーナは『紅の宝玉』を握り締め、僕とパイロ、同行する兵士たちに加護の魔法をかけてくれた。

「『紅の宝玉』まで使ったのかい?」

「はい! 何せ帰ってくるときに切れてたら困りますもの、これなら7日はもちますよ」

「な、7日?」

「国を守る結界を維持し続けることに比べれば、これくらいなんてことないですって」

「君の力には、あらためて驚かされるね……」

正直、少し過保護だなとは思った。たしかに魔物に襲われて命を落としかけ、そこをジュリーナに救われたのが僕たちの出会いだ。だがあの時と違って今は王国最強のパイロがいるし、結界のそばも通過するだけだ。

だがそれ以上に、ジュリーナの気遣いが嬉しかった。それにこれなら、遠く離れていても彼女をそばに感じられる……というのは、少し気色の悪い考えだろうか?

「アルミナに行っても、私がそばにいると思ってくださいね!」

ジュリーナの方からそう言って笑う。僕もそんな彼女を見て、心からの笑顔を返した。

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ジュリーナが施してくれた加護。それはたしかに僕たちの体に宿り、今、瘴気に反応して輝きを放ったのだ。

ジュリーナが正しかった。彼女の力で命を救われたのはこれで二度目だ。感謝しかない。

まさか彼女も魔族との戦いで役に立つとは彼女も思わなかっただろうけど……とにかく。

「行くぞパイロ!」

「はい」

ジュリーナが作ってくれたチャンス、無駄にはしない。

僕はパイロと共に攻勢に転じ、クラックへと飛び込んだ。黒い宝石の守りがないクラックへと、剣を突き立てる。

だが、ガキン、という固い音と共に剣は防がれてしまった。僕たちの剣を防いだのは、クラックの腕。よく見ればそこに、サッピールズがやるように黒い宝石を出現させ、まとっていた。

「くっ」

近づき続けるのは危険だ。僕たちは素早く切り払い、再び距離をとった。

「なるほど。聖女の加護……忌々しいものですね」

クラックも僕たちの身に起こった現象を瞬時に理解したようだ。忌々しい、という言葉を放つ表情は、彼にしては珍しく明らかな憎悪が滲んでいた。

それでハッと気づく。

「まさか! 君たちは僕がいない隙に、ジュリーナを!?」

どこまでが彼らの策略なのかはわからないが、僕たちはこうしてアルミナに来た、来てしまった。つまり今、オーソクレース側はどうしても手薄になっている。

警戒していたのはせいぜいがアルミナからの使者……魔族などという相手は想定していない。ジュリーナが危険だ。

そう、思ったのだが。

「いいえ。私たちは彼女個人にはさほど関心は持っておりません」

クラックは首を横に振った。

「嘘をつけ! 君たちの目的のために、彼女は邪魔なはずだ」

「私の目的ですか。せっかくなのでフェルド様からお聞きしたいですね、私たちの目的とは?」

「くっ……」

会話に持ち込み、時間稼ぎを続けようとしている。それはわかっていた。

だが、すでにクラックの周りには黒い宝石が再び舞い始めていた。ここで仕掛けても防がれるだけ、ジュリーナの加護をもってしても物理的な干渉は防げず、あの黒い宝石を直接体に打ち込まれたら何が起こるかわからない。

今は時間稼ぎと分かっていてもそれに乗り、少しでも情報を集めるほかない。

「……君らの目的は……」

そう判断し、対話へと移行する。

クラックたちの目的。僕の推測では、それは。

「このエメリー平原を、『不浄の地』にすることだ」

不浄の地、という言葉に、事態を見守っていたアルミナの家臣や兵士たちが一層ざわついた。

一度瘴気が濃くなった場所には魔物が集まる。魔物が集まると瘴気はより一層濃くなり、また魔物を呼び、逆に人間はどんどん近寄れなくなる。

そうした悪循環に陥った地を不浄の地と呼び、ひとたび完成されてしまった不浄の地は人間にとって害でしかなく、浄化には聖女などの力をもってしても長い年月がかかる。

「エメリー平原は元々瘴気が集まりやすい場所だ。それと同じくらい自然魔力に溢れ、またアルミナ建国以前から人間たちが住み開拓を試み続けたから、不浄の地にはならなかった。だが条件が揃えばエメリー平原は、ひいてはアルミナ王国はたやすく不浄の地へと堕ちていくことだろう」

聖女の結界によって維持されてきたアルミナ王国。しかし今……本来の聖女は不在。そして瘴気に満ち、瘴気を操る魔族が国の中枢にまで入り込んでいたという事実。

「君らの目的は、アルミナ王国を滅ぼし、ここを瘴気に満ちた不浄の地へと変えることだ!」

そのすべてが、クラックたちの目的を指し示していた。

僕の言葉を聞いたクラックは、また、拍手をもって迎えた。

「ご明察。しかし一点、違います。我らが目指すのは単なる不浄の地などではなく……この地を、第二の魔界にしたいのです」

「な……魔界だと!?」

魔界、それはアルミナ王国やオーソクレースのある大陸の外にある土地。

もはや浄化が不可能なほど強い瘴気が極めて広い範囲に満ち、魔物たちに溢れ、大地の奥の奥にまで侵食が進んだ、不浄の地の中でも最大にして最悪の土地だ。

「エメリー平原を足掛かりに、我らの種はこの地へと生息範囲を広げる。そして変えていくのです、世界を、我ら魔族のためのものへと……!」

クラックが語る壮大な計画。それを妄想と一笑に付すには、状況が進み過ぎていた。

「話を戻そうか。君らの目的のためならば、ジュリーナは邪魔なはずだ」

この地が魔界へと堕ちなかったのは聖女の結界があったためだ。ならばその結界を維持してきたジュリーナは、彼らにとって宿敵とすら呼べる存在のはずだ。

だがクラックは首を横に振った。

「邪魔なのは彼女個人ではなく、聖女の力そのもの。ジュリーナ・コランダムはたしかに優れた聖女ですが、あくまでも結界の源は『紅の宝玉』。『紅の宝玉』があれば、効率は悪くとも結界を張れる人間は彼女以外にもいる」

たしかに、その通りかもしれない。

僕はちらりと視線を横に向ける。家臣たちに混ざり謁見の場にいたのは、白いローブを身にまとった数人の少女たちだ。おそらくジュリーナが度々言っていた、聖女候補として選ばれていた子たちだろう。

聖女の力自体はジュリーナの特権ではない、それはクラックの言う通りだ。つまりクラックたちの一番の障害となるのは聖女たちというよりは……

「そう……我らの邪魔となるものは、聖女ではなく、『紅の宝玉』なのです」

「なるほどな。それで偽物の『紅の宝玉』を作り出したのか」

「ええ、それも我々の計画の内。しかし偽宝玉を作り出した真の目的はまた別にあるのです」

「真の目的?」

その時。

「おっと。どうやらもう十分なようです」

どうやら時間が来てしまったようだ。時間稼ぎというクラックの狙いが果たされ、もはや僕たちと話を続ける意味がなくなったのだろう。

結局、彼の手の内のまま、時間稼ぎに付き合うしかなかった。己の無力さに歯噛みする。

「仲間が準備を終えてくれました。後はもう、仕掛けを動かすのみ……さあ」

クラックが腕を持ち上げ、パチン、と指を鳴らした。

「始めましょう」

それが、アルミナ王国の滅亡、その最終章の始まりだった。