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婚約破棄はこれから

作者: あんど もあ

本文

「貴様とは婚約破棄だ!」

王立学園の卒業パーティーで王太子が公爵令嬢に宣言しました。

皆が二人を注目します。

「貴様は聖女に陰湿な嫌がらせをした。そのような者を国母に迎えるわけにはいかない」

「まあ……私がその様な事を?」

扇で口元を隠して目を伏せるその姿は、理不尽な断罪に心を痛めている清廉でいたいけな淑女そのもの。

そこに私が進み出ます。

「お待ちください! それらを行ったのは私です」

公爵令嬢の横に進んで、王太子に向かって 跪(ひざまず) きます。

周りの人たちの冷たい目が突き刺さります。

公爵家に取り入った貧しい男爵家の娘。

公爵令嬢の腰巾着。

公爵令嬢の寵愛を得ようとご機嫌取りに必死。

皆が私をどう思っているのかなんて知ってます。

「全て私がいたしました。日時、場所、状況、全て覚えております」

だからこそ、きっぱりと言います。

「どうぞ、お 咎(とが) めは私へ」

8歳の時、私は公爵令嬢の遊び相手に決まりました。

と、言えば名誉な事のようですが、実際には我が儘な公爵令嬢のサンドバッグとして派遣されたという事。

大人しくて我慢強い身分の低い友人をそばに置いて、公爵令嬢が怒りを爆発させたら受け止めてもらおうと。

理不尽極まり無い計画ですが、公爵様は私に給金を払うと言うのです。私のような子供でもお金を稼げると知って、私は喜んで了承しました。恥ずかしながら、我が家は裕福では無かったので。

提示された金額は、とてもありがたい額でした。これがあれば両親や弟の生活が楽になる。そう思えば、親元から離される寂しさにも耐えられました。

私はひたすら公爵令嬢のわがままに耐え、理不尽な命令に従い、癇癪をいなしました。

それが、予想外の効果を発揮したのです。

私にストレスをぶつけている公爵令嬢が、私以外には穏やかで優しく対応出来るようになったのです。

誰もが「上品な令嬢」「完璧な淑女」と公爵令嬢を褒め讃え、公爵令嬢は王太子の婚約者に決まりました。

ますます公爵令嬢はストレスを私で発散させるようになります。

泣くと喜んでもっときつい命令をされる。抵抗すると折檻される。

私には、いつも微笑んで「喜んで」と言うしか術がありませんでした。

そんな生活に耐えて四年。12歳になり、公爵令嬢は王立学園に入学します。

私は、内心やっとお役御免になって家に帰れると喜んでいたのですが、公爵様に私も王立学園に入学させると言われて絶望しました。

授業料が安くない王立学園に通えるのは、上位貴族の子女か下位貴族の嫡男くらい。私のような継ぐ物も無い男爵家の娘などが行っても場違いです。

私は家に手紙を書きました。帰りたいと、迎えに来てと、毎日辛いと。泣きながら書きました。

……返事は来ませんでした。

王立学園では、予想通り私は異物でした。

公爵家に取り入って王立学園に通わせてもらっている図々しい男爵令嬢。公爵令嬢のご機嫌取りに必死な腰巾着。そして、そんな男爵令嬢にも優しい公爵令嬢。

皆にはそう映っているのでしょう。

それでもいいと、仕事なのだから仕方ないと二年間耐え、私が最終学年になった時、弟が入学して来ました。

王立学園に入学出来るなんて、私の給金が役に立ったのだと誇らしかったです。

でも、声を掛けた私に弟は迷惑そうに言いました。

「贅沢がしたいと公爵家に行った人を姉だと思えません」

両親は、自分たちのした事を弟に知られたく無かったのでしょう。

私の中で、何かが壊れました。

その年は、平民の聖女も入学してきました。

公爵令嬢は、王太子と親し気な聖女が気に入らないようでした。

私は命令されるまま、聖女に嫌がらせをいたしました。

「教科書を破いたのも、レポートを隠したのも、池に突き落としたのも。階段で突き飛ばしたのも私が全ていたしました」

跪き頭を低くする私に、王太子が尋ねます。

「何のために」

「え……」

「そんな事をして、そなたに何の利がある?」

皆の中にも「あれ?」「そういえば」という空気が流れます。

どうやら、王太子にはお見通しのようです。

「私がやらねばならないのです」

理由はそれだけです。

聡(さと) い者は気づいたでしょう。私が誰に命じられたのか。

上品な公爵令嬢の姿に、そんな事を思いもしない人も多いでしょう。

どちらでもいいです。

私は、断罪されて堂々と公爵令嬢から離れるためにやったのですから。婚約破棄だなんて皆が注目する舞台の上で告白してしまえば、もう公爵家の力をもってしても無かった事には出来ません。

王立学園を卒業しても、公爵家が私を手放す気が無い事に気づいていました。

一生、彼女に踏みつけられて生きていくなんてまっぴらです。

「男爵令嬢を王都追放とする。公爵家を出て実家に帰るがいい」

「お待ちください!」

下級生の中から弟が登場した。

「この者は、公爵家の贅沢な生活を選び、七年も前から家を出ております。七年間一度も家に帰る事もなく。既に男爵家とは無関係です!」

きりりと正当性を主張する弟。

無表情な王太子の眉が僅かにひそめられました。

「7年も姉の働いた金で生活しておいて……」

冷たい声です。王太子は、公爵令嬢と婚約する時に私の事情を調べていたのでしょう。

「……は?」

弟は、王太子の呟きの意味を聞き返す訳にもいかず、周りに助けを求めるように視線を巡らせ、私のドレスで目が止まりました。

公爵令嬢のフリルやレースをふんだんに使った贅を尽くした豪華なドレスに対し、質はいいけど飾りの無いシンプルな私のドレス。普段から公爵令嬢を引き立てるために私のドレスはシンプルなのですが、今回は色も地味にしてみました。贅沢がしたくて公爵家に行った女とはとても思えないでしょう。

弟の目が逸らされました。やっと、両親の言動がおかしい事に気づいたのでしょう。ちょっと遅すぎましたが。

ええ、もう王太子の男爵家への信用は地の底に落ちました。

「よく分かった。男爵令嬢の身は私が預かる」

王太子が宣言します。

やった! これで私は公爵家からも男爵家からも解放されました。

どんな形で罪を償うにしても、今までの生活よりずっとましでしょう。

ああ、男爵家が私と関係が無いのなら、今まで男爵家に届けられていた私の給金を返してもらわないと。これは王太子に協力してもらいましょう。

騎士たちに会場から連れ出される私を冷たく睨み付けている公爵令嬢。役立たずと思っているのでしょうね。

お 生憎(あいにく) 、あなたのために役に立つ気など毛頭ありません。

彼女は気づいてません。

私がいなくなったあなたには、今までのように優しい令嬢の仮面をかぶり続けるなど無理なのに。

王太子の追及に誤魔化し続けられるわけなど無いのに。

彼女はやがて知るでしょう。

婚約破棄はこれからだ、と。