軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

続編9:祈り姫、王太子にがっかりする。

行動が目に余っていたフローラ王女と第四妃が王城から姿を消し、王城の風紀は良くなった。なんせ妃なのに愛人の子を身籠りそうな女と、誰の子を身籠るか分からない王女は地雷だったのだ。

そんなふうに総括した王太子は、肩の荷が降りたようだった。

フローラ王女の輿入れは『砂の大国の王に是非にと望まれた』と大々的なうわさを流し、国境までの花嫁行列に国民が沿道で祝福の声を上げ続けたから、フローラ王女もにこやかに出て行くしかない。「美しい」「見初められるはずだ」なんて声が聞こえ、自尊心の塊の彼女は満更でもない気分で出国したのではないだろうか。

父王から「砂王を籠絡してゾビットを牛耳って来い」と[国を乗っ取れ]的な激励をされて、父親に似た過激な性根が刺激され、闘志が燃え上がったかもしれない。

因みに隣国に嫁ぐ初婚時は「おまえの子を次期皇帝にするのだ」と声を掛けた。分かりやすすぎる……。

あとに残る問題児は十代の頃から乱れた生活をしている第二王子だが……。

「ロデリックは、……まあ、あいつの婚約者殿に任せよう」

今更彼に物申したくない王太子は投げやった。

「陛下はもう妃は娶らないと言っていた」

「そうでしょうとも! 四人続けてダンスを踊るのは年齢的に辛いでしょうしね」

「そんな問題ではない気が……」

穏やかな王太子はアイリスに対する突っ込みも優しい。ジルなら「そんなわけないでしょう」と鼻で笑うに違いない。

「それと今日呼んだのは相談なんだ。実は王妃たちの定例茶会にクラリーサを招待したいと、第一妃に打診されたんだが、どう思う?」

「兄様はどう思いますの?」

アイリスは厳しく兄を見据えた。かつてのジルみたいなポンコツでないと思いたい。

「交流を深めたいとの申し出だし、クラリーサが王妃たちに可愛がってもらうきっかけになれば」

「 可(・) 愛(・) が(・) っ(・) て(・) ? それは 騎(・) 士(・) 団(・) 的(・) な(・) 意(・) 味(・) で?」

ポンコツだった! アイリスだって継母(多分)たちの輪の中で随分居心地が悪かったのだ。そんな姑たちの中に大事な嫁を放り込むと言うのか!

「 可(・) 愛(・) が(・) り(・) って……そうなのか」

「私的な交流は兄様の母親とだけになさいませ。天敵の第四妃がいなくなった第二妃はともかく、あの第一妃がいる茶会ですよ?」

「姫様が一度呼ばれた時は、茶に毒など仕込まれていないか、はらはらしながら見守ったものです」

今日はナルモンザがアイリスの背後に控えていた。鷹揚な王太子は、気心知れた者なら使用人でも口を挟むのを許している。

「……まさか」

王太子の顔が曇る。

「私の時でさえ、こんなふうに守護騎士が不安だったのですよ。王太子妃の危険はそれ以上だとお分かりですか? ええ、そんな場で毒を盛る可能性は低いですが、粗探しをして嫌味をぐちぐち言われるに違いないです」

兄は社交界で淑女たちの足の引っ張り合いを見ているくせに、どうしてここでこんなに判断が鈍るのだろう。

「兄様、親睦会なあれは、彼女たちの情報共有の場です。クラリーサ義姉様の少しの粗相も責められて、第一妃によって貴族界で『王太子妃に相応しくない』と大袈裟に拡散されますわよ」

「そこまでなのか……?」

「第一妃は実の娘が[母は陰湿]だと嫌っていたほどですよ? 夫の手で敵陣に送られる義姉様が不憫ですわ。信頼関係など一瞬で崩れます。婚約解消を願って神殿に逃げられても文句は言えませんわねえ」

「……うっ!」

それは彼が一番恐れている事だ。だから一刻も早く結婚してしまいたいのだ。

「お断りする理由に『王太子と第二王子の婚約者を“祈り姫”が茶会に招待する』とでも言えばいいですわ。若い者は若い者同士でと嫌味を添えて」

異母兄に[がっかりした]と態度に示し「お話が終わりなら失礼します」とアイリスは、さっさと王太子の執務室を退出した。

「……って感じでね、危うく兄様がクラリーサ様の敵になるところだったわ」

自室に帰ったアイリスは、執事や侍女たち相手に愚痴を垂れる。

「まあ……、第一妃様の底意地の悪さを知っていらっしゃるのに、あの思慮深い王太子殿下でさえ、嫁姑関連は呑気に考えるのですねえ」

何気にミランダは辛口である。

「じゃあ世の中の男性が嫁と母親を仲良くさせようと、余計な気を回すのも悪気はないんですね」

カリンカは「勉強になります」と聞き入っている。

「男は、って一括りにしないでほしい。それは嫁と姑の性格とか相性とかあるし、自分が親を苦手なら、そもそも会わせたくないだろうし」

イーグスが男性側として物申した。

「兄様はねえ、多分自分の母親基準で考えてたのだと思うの。第三妃様はおっとり穏やかだから。第一妃様からクラリーサ様を守ってくれると考えたのかもね」

「そこが違いますよね。第一妃様が勢力図的に一番力があるのに。そこに第二妃様も乗っかるでしょう。第三妃様だけでは庇いきれませんよ」

「あー! ソヤのそれも言えば良かった! 兄様に言い足りない!!」

もやもやが燻っているアイリスは異母兄に突撃する勢いだ。

「姫様、大丈夫ですぞ。もう王太子殿下も冷静になられたでしょう。元々王太子殿下は第一妃をそんなに脅威に思っていないので、見通しが甘かったのでしょう」

退室する時に、口を半開きにして呆然と立ち尽くす王太子を見たナルモンザは、そう請け負った。

「それはそうと……ジルは朝からどこに行ったのかしら?」

アイリスが、ぐるりと部屋の中を見渡す。恋人兼秘書のジルが、行き先を告げずに顔を見せないのは珍しい。

「ああ、それは……」とジョルジュの歯切れは悪い。

「どうやら軍本部に呼ばれたらしいです……」

「国軍に?」

嫌な予感がした。

「属国のクワンダ王国が周辺国に攻め込まれたので、援軍が送られる事になりまして、俺の従軍が決まりました」

アイリスの自室に現れたジルは淡々と報告する。アイリスは息を呑んだ。

「北のドルピン公国に攻め込まれているそうです。一刻も早くの援軍をという事で明日出立します」

クワンダの国王は先王の急死で若くして即位し、弱小自国を守る為にシャクラスタン王国の庇護下に入りたいと頭を下げてきた。

国内は汚職で腐り、国家防衛も碌に出来ていない先王の政策失敗をそのまま受け継いでしまったクワンダ新王は、名を捨てて実を取ったのだ。中枢の大きな反発を抑え、国民の守護を声高に唱え、民衆の力で属国を認めさせた。

案外政治的手腕に長けているのでは?とケーン・イド王太子も興味を持っている人物だった。ただ、人質の妃として八歳の王女を差し出そうとした件に関しては、ものすごく怒っている。

クワンダのアマタイトは品質がいいので、毎年決めた量をシャクラスタンに献上する事で合意している。バラン族統一を掲げるシャクラスタン国王にとっては、他民族国家クワンダを攻める理由もなく、鉱物アマタイトの取引で納得した。植民地や飛び地くらいの感覚である。

アイリスたちの父は、先王が地方視察の際に不慮の事故で亡くなり、若くして王座に着いた。クワンダ王は自分と似た事情で早くに王になり、それでも強国にしていくシャクラスタン国王に縋りたくなったのかもしれない。

「つまり、ジルを右腕にして、陛下自ら援軍を指揮するのね……」

属国が蹂躙されているのだ。出兵は理解できる。が、将軍だけでは駄目なのか?

「少数精鋭部隊で行くそうです。クワンダ周辺国は直接シャクラスタン軍と対峙した事がありません。クワンダは援軍も碌に寄越されない属国だと舐められるでしょう。そこに圧倒的な戦力を見せつけ、今後手出しをさせないつもりです」

アイリスはジルの説明に一応納得する。一応、だが。

「……あの“戦闘狂王”は、自分の魔法をぶっ放したいだけよね」

将軍からちらりと聞いた事がある。王家の規格外魔法を放つとすごく気分が高揚するのだと、父王は将軍に語ったらしい。

「全魔力の解放なんて怖くて出来ないわよね。その先の快感なんて未知の世界だわ」

「精一杯魔法を放っても、普通は最低限、我が身を守る術を使える程度の魔力は残っているものなんですがねえ」

それが魔法士の、と言うより人間の本能だろう。

「まあ父王だしね……。迷惑をかけたらごめんね。気をつけて」

「姫様、初陣ですが俺は戦争経験者ですよ。大丈夫です」

「でも前は後方支援の魔法士だったでしょ。今回は父が側に置くの。つまり、いつものように父が敵の戦力を削った後、あなたがきっと切込隊長をやらされるのよ?」

「俺は結構性格が前線向きだと思います。剣を持ったら魔法士ではなくなる。前生でそれに気がついていたら、他の生き方があったかもしれないですが……」

言い淀んでから、ジルはしっかりとアイリスの紫色の瞳を見つめた。

「姫様に初めて会った時、あなたに『剣士になるといい』と言われたら、きっと騎士を目指しました。いつか“祈り姫”の守護騎士になる事を目標に。結局、あなたに会った時点で俺は生き方を決めてしまうんです」

憧れの“祈り姫”と心を通わせるなど、妄想ですら烏滸がましい。ただ“祈り姫”がシャクラスタンにいる限り、この国を護ると決意するだろう。

“祈り姫”と結ばれる、まさかこんな幸福な未来があったとは想像だにしなかった。これはアイリスが時を遡ったおかげだ。ジルは彼女の時戻りに巻き込まれただけである。

真剣そのもので、尚且つ熱情を含んだジルの視線にアイリスはたじろぐ。

「……に、二度の初恋相手ですものね」

場を緩ませようと放ったアイリスの言葉に、「何度でも、あなたに出会う限り」と追撃するジルに、彼女は絶句して顔を赤らめるしかなかった。