軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15:祈り姫、占い師と出会う。

「ジル、すっかり有名人だな」

ジェイドがアイリスの部屋でクッキーを頬張りながら、ジルを揶揄う。

「私も悪かったのよ。姉様がジルを軽視したからうっかりムキになって。奥の手を晒してしまったわ」

本当に危険な時、いきなり剣士が魔法を纏った剣を振りかざせば相手も意表を突かれる。そんな思惑でアイリスはジルの本質を公開していなかったのに。

「俺はいい機会だと思いました。“祈り姫”の従者にふさわしくないと言われ続けるのも、いい加減うんざりでしたから」

「うるさいのは貴族の男ばかりだろう。令嬢や女の使用人たちの間では大人気だぞ、おまえ」

「ジェイド殿下も可愛いと大評判ですよ」

「やかましい! あと三年もしたらかっこいいと言われるようになるわ!」

「七年はかかりそうです」

「おまえってやつは! ぼくが認めてやってんのに一言多いぞ!」

やり直し前のジェイドは十二歳で暴君だった。平民に難癖をつけて痛めつけていたらしい。アイリスはそんな現場を見た事はない。しかし使用人たちが怯えていたのも確かだ。たまに見かける彼は排他的な目をした傲慢そうな少年だった。

今生は明らかにアイリスの影響で性格が変わっている。城の各所の使用人たちは彼を恐れず微笑ましい目で見ていた。ジルの言う通り皆から可愛がられている。生育環境は大事なのだなとアイリスがしみじみと思うところである。

「私がいれば模擬戦を回避できたかもしれません……」

ナルモンザはフローラと邂逅時に自分がいなかった事にしょんぼりしている。

「いえ……、同じだと思いますよ。ジルが即行了承しましたから」

あの時、側に居たのに空気な存在だったイーグスは苦笑いをした。イーグス自身もジルの対人戦を見たかったのもあり、反対をしなかった。だからなんとなく後ろめたい。

「いいじゃないですか。ジルの手腕を疑う連中を納得させられたのなら。これでジルが“祈り姫”の守護騎士である事に異を唱える者もいなくなるでしょう」

ジョルジュは肯定的だ。

「俺を怖がるようになれば嬉しいです。しょうもない悪意をぶつけられるのは腹立ってましたからね」

「『あいつを燃やしちまいたい』ってうっかり呟くくらい我慢してたもんな」

イーグスが零すとアイリスは「そうだったの!?」と初耳の話に驚く。

守護騎士たち全員が気まずそうにアイリスから目を逸らす。

「ジルは負けん気が強いですからな」

ナルモンザも知っている逸話のようだ。

「でもほら、暴走したら姫様に迷惑がかかるって耐えていたんですから冷静ですよ」

ジョルジュが擁護すると「あとで陰でエグい噂を流すとこなんかは、さすが姫様の参謀だと感心しました」とイーグスがジルの一面を暴露する。これは褒めているのだ。

「ええ!? そんな事してたの!?」

「姉様、ジルはそんな男だぞ」

「心外です。俺は悪口なんて一切言いませんよ。疾しいところを突いて表に出すだけです」

「それで失脚した貴族もいます。ジルの関与を知らないまま……」

ナルモンザが悩ましげな顔をして何かを思い出している。

「ごめんねジル! そんな闇を抱えていたなんて!」

思った以上にジルは周囲の悪意に鬱憤が溜まっていたのだ。きっとジルの魔法と剣技を小出しにした方が、こんなに急に注目を浴びなかったはずだ。アイリスは判断ミスを悔やむ。

「闇ってなんです? 俺を侮辱するのは姫様を侮辱するのと同じだと、執事長から教わりました。だから報復するのは当然です」

(シャールー!! それは執事の心得なの!?)

「政界の膿を出す助力になりますから悪くないですよ」

ジョルジュはジルに甘い。

「ジルにそんな高尚なつもりはなくて、ただ姫様を馬鹿にされたくない一心ですがね」

ジルの行動は王太子も知っているだろうが、王太子の意に反さない限りは黙認されるだろうとナルモンザは思っている。

「ジルの姉様への忠誠だけは認めてやる!」

「有難うございます。ジェイド殿下」

「……おまえに素直に礼を言われるのも気持ちわるいな」

「俺にどうしろと?」

賑やかなティータイムのあと、ジェイドは帰って行った。

「今更だけど……ジェイドの守護騎士も聞いていたんだけど……良かったのかしら」

「それこそ今更です。知らないのは姫様だけです」

守護騎士や専属侍女は弁えている。あちこちに言いふらしたりはしない。それが彼らの矜持だ。

「そ、そうなの……。ジル、程々にね。偉い人たちに目を付けられないように」

「不正の証拠なんか大宰相様は喜んでいましたよ。こんな感じで権力者を味方につけています」

(あっさり言うけどこの子、まだ十五歳よ! 優秀秘書すぎる。そのうち暗殺術も習得しそうで怖いわ!)

「目を付けられたと言えば」

ジョルジュがちらりとジルを見てから視線をアイリスに戻す。

「フローラ殿下がジルを寄越して欲しいとのお申し出は、決着ついたのですか?」

「ええ、きっぱり断ったわよ」

“祈り姫”の<魔法剣士>で<秘書>という肩書きの美少年従者にすこぶる関心を抱いたフローラが、ジルを貸して欲しいと言ってきた。アイリスの恐れていた事態だ。ジルは貸し借りする物ではない。しかも夜に部屋に来いなどと厚顔無恥すぎる。

何度か断ると、とうとう彼女の侍女長が直接交渉に来た。十代の王女など言いくるめられると思ったのだろう。高慢な態度で現れたフローラの信頼厚い侍女をアイリスは一刀両断する。

『お断りします。私の腹心を“王家の徒花”の愛人にするつもりはありません』

伝言に訪れたフローラの侍女長は、アイリスの赤裸々な言葉に『その様な用件ではありません』と鼻白む。

『姉様の噂は市井でも有名よ。どんな生活をされようと構わないけど、私の近侍を毒牙にかける事は許しません』

『毒牙などと! お言葉が過ぎます!』

『主人を抜きに異性の従者を夜に呼びつけるのに、どんな大義名分があるのか聞きたいものよね』

フローラの侍女長は言葉に詰まる。

『騎士団の童貞食いだけで我慢して欲しいわ』

純粋な“祈り姫”の言葉とは思えない。そこまで言われてフローラの侍女は、絶句して退散した。

詳細を聞いたジョルジュは口をあんぐりさせて、「童貞食い……」とパワーワードを繰り返した。

「あの言い争いの時、姫様の口からまさか、ど、童貞、なんて言葉が出るとは、驚きました……」

思い出して赤面したジルが珍しくつっかえる。

「あら、あれだけ城下で庶民と交流しているもの。箱入りお姫様じゃなくてよ」

言いながらアイリスは(ごめんね理想の“祈り姫”じゃなくて)と心の中で逆行前のジルに詫びた。

「娼館に連れて行ってやろうか?」

親切とも揶揄いともつかぬ提案をしたイーグスは、全員に睨まれて首をすくめた。

◇◆◇◆

ジルの差し出しを拒絶したアイリスは、しばらくしてフローラに茶会に誘われ、不本意ながら彼女の庭園に足を運ぶ。

姉の他に三人の淑女がいた。華やかな装いをした方ばかりだ。王妃たちの茶会に参加した時を思い出して、アイリスはすでに気が重い。

「姉様、お招き有難うございます」

「珍しい茶葉を手に入れたの。私のシェフの自慢のケーキもどうぞ」

姉はにこやかに笑う。アイリスに対する悪意は見られない。

「フローラ様のケーキはお招き頂かないと口に出来ませんもの。楽しみにしておりますの」

そう言う小太りで茶髪の女性と、「お茶会への招待は夫人方の羨望ですわ」と追従する小柄で赤毛の女性と、二人とも侯爵夫人だ。

そしてもう一人、薄っすら笑みを浮かべて目礼だけ寄越す妙齢の金髪美女は誰だろう? アイリスの頭の中の貴族名鑑に該当者がいない。王国貴族らしさもない。

「彼女は城下で有名な占い師、メイガータよ」

「ああ、お噂はかねがね」

フローラの紹介でアイリスの中で人物像が一致する。彼女は占いを得意とする流浪の民で、出身は隣の帝国らしい。美しい金色の髪と瞳に褐色の肌。風の噂で聞いた通りの神秘的な美人で、そして魔力持ちだ。

「“祈り姫”にお会い出来て光栄です」

メルガータはようやく立ち上がり、帝国式の淑女の礼をした。

「私が皇后の時から有名だったのよ。会いたかったけど行方が分からなくて。まさかこの国の城下にいたなんてね」

噂を聞き付けて彼女を見つけ、それ以来フローラは度々茶会に招いている。

巻き戻し前は<帝国の占い師>の存在さえ知らなかった。

「独特なカードを並べて運勢を占うとか」

アイリスが言えばメイガータは「ええ、個人的なものばかりで、“祈り姫”様のように天候を予言したりは出来ないのですが」と上品に微笑む。

「予言ではありません。過去の記録を見て予測を立てただけです」

未だに世間では<予言>と言われているのか。実際予言ではないしアイリスは否定した。

「とても聡明でいらっしゃるのね」

物腰は柔らかい。しかしアイリスは今生では警戒心が強い。メイガータの瞳は心の奥を探るような光を宿していて、どうにも居心地が悪い。

「今日は<秘書>を連れていないのね。メイガータが同郷人に会いたがっていたのに」

いきなりフローラが話題を変えた。アイリスは少し焦る。

(十五歳の少年の愛人派遣を断ったのを、まさか友人たちの前で糾弾はしないよね? 姉様の良識を信じたい……)

「ここしばらく魔法省での仕事を頼んでいるので」

嘘ではない。疫病に備えての新薬開発と魔道具開発に関して、こちらから協力連携を申し出ている。だからジルは魔法士棟にしょっちゅう顔を出しているのだ。ジルをフローラに近づけたくないから、今日は敢えて魔法省に出向を命じた。本日の護衛は姉が興味を持たない年配のナルモンザと、平凡な容姿のジョルジュである。

「帝国平民出身の魔法を使える剣士に会いたかったです」

メイガータは残念そうだ。

「帝国名を名乗らせていますがジルの出自は不明です。子供の頃、酷い暴行の末に意識不明に陥っていて、それ以前の記憶がないので」

「まあ!」

フローラも侯爵夫人たちも初耳らしい。意外だ。ジルを知る者は全員知っていると思っていた。

「では、帝国の貴族令息の可能性もありますね」

メイガータが食いつく。

「魔力持ちは尊き血筋にしか現れないのです。庶子であろうと」

<尊き血筋>を強調するメイガータは、自分の身分をも示唆しているのだろうか。姉の魔力ではきっとメイガータの魔力を感じ取れないから、帝国貴族などとは思わないだろう。普通、令嬢が流浪しているわけがないので。

「さあ、ジルはマルセール族の生き残りかもしれません」

帝国に滅ぼされた少数民族の、とアイリスが続けるとメイガータは「そうかもです」と大きく頷いた。

「帝国貴族のレイブン族と同じレダ系です。……会わせてもらうわけにはいきませんか」

何か思うところがあるのか、やけにジルを気にしている。

「理由がありませんので」

すぐに断ったけれどふと思う。占い師とは出自も占えるのだろうか。でも姉の前で打診するのは悪手だ。縁があればまた会うだろう。

「ユールラマ半島の征服は元夫の宰相の強硬策だったのよ。いい奴隷が手に入って良かったけど。新皇帝によって退任させられたから、今後の帝国の方針はどうなるのかしらねえ」

元皇后はかつての嫁ぎ国になんの感傷もないのか、軽い世間話の口ぶりだった。

お茶会をつつがなく乗り切ったアイリスは、しばらく平穏な日々を過ごした。