作品タイトル不明
scene:73 祭り
ベルナルドはチャリティステーキ祭りの話を聞いた時、これは王都の雰囲気を変えるきっかけとなるのではないかと考えた。
魔獣が王都を襲った事件以降、王都の人々の間から活気が減少し、将来に不安を抱えて生活していた。原因はいくつかあるが、王都の復興が遅れているのが一番の原因だろう。
更には亡くなった宰相の代わりとなる人材が居ないという点が不安にさせている。宰相は有能で庶民への配慮ができる人物だった。その彼が居なくなり、行政活動の停滞を都民が感じるようになっていたのだ。
リカルドはベルナルドの店で紅茶をご馳走になりながら寛ぐ。何度も出入りしているので店の人間全員と顔見知りとなっており、リカルドは気兼ねなくゆったりとできた。
「人々の暗くなった気分を明るくするためにも、この祭りは大々的にやるべきなのですよ」
商人であるベルナルドは、商売にも直結する話なので真剣な表情で言う。
「でも、巨頭竜の肉は二〇〇〇人分と少しくらいしかないですよ」
「ステーキについては、一五〇〇人分ほどあればいいです。残りは串焼きとか、シチューで 嵩増(かさま) しして出せば、合計三〇〇〇人分の巨頭竜の肉料理が用意できます」
「そんなに人が集まりますかね?」
「きっと、それ以上の人が集まりますよ。ミラン財閥も協力しますので、万を超えるのではないですかね」
「ええっ、それじゃあ肉が全然足りないのでは」
ベルナルドは頷きながら。
「巨頭竜の肉は手に入れられないでしょうが、他の魔獣を狩って肉を用意します」
「他の魔獣の肉でいいんですか?」
「ええ、その代わり他の魔獣の肉を使った料理は、無料にしようかと思っています」
「それではチャリティにならない」
「いえいえ、支援金は金持ちに巨頭竜のステーキを売って手に入れ、魔獣の事件で家を失くし生活に困っているような人、または元々貧しい人には、無料で食事を提供しようと考えているのです」
食事を無料で提供することで、一時的にでも人々の心を明るくしようと考えているらしい。
「それじゃあ、魔獣の肉は自分が用意します」
「魔境から帰ったばかりで疲れていないのですか?」
「疲れはありません。コンテナハウスが思っていた以上に快適だったので」
「新しく作った野営用建物でしたな。今度見せていただきたいものです」
ベルナルドとどんな魔獣の肉がいいのか話してから、魔術士協会へ向かった。
魔術士協会の自室に到着すると、グレタが待っていた。
「あれっ、今日は勉強の日ではなかったよね」
「はい、魔境の話を聞きたくて来ました」
「そうなんだ」
そんな話をしていると、パトリックとタニアが廊下を歩いてきた。
「よお、やっと帰ってきたがね」
「魔境はどうだった?」
三人に魔境の話をすることになった。
リカルドが新しく開発した複合魔術の話をするとタニアが食いついた。
「それって、どんな魔術なの?」
「【地】と【火】の複合魔術なんです」
リカルドが魔術の説明をすると、グレタが目を輝かせ。
「凄いです。私にも教えて欲しいです」
「そうだね。複合じゃない中級魔術を覚えたら、教えてもいいかな」
パトリックとタニアが驚いた。リカルドが自分が開発した魔術を他人に教えるのは、論文に書いたもの以外なかったからだ。
「本当なの? グレタに教えるんだったら、私にも教えてよ」
「それやったら、ワイにも教えて欲しいがね」
リカルドは少しの躊躇いもなく。
「二人にはお世話になっていますからいいですよ。但し他の者に許可なく教えるのは禁止です」
「なんか、簡単に承知したわね。どうしてなの?」
タニアが不思議そうな顔をしていた。リカルドは笑い。
「【雷渦鋼弾】を開発した時、消費魔力も少なく、二人にも使えるんじゃないかと考えていたんですよ」
「どういうこと? 初めから教えるつもりだったの?」
「以前から、二人には世話になっているので、御礼をしなければと思っていたんです」
「やっぱり、リカルドにはかなわんがね。人間がデカイ」
パトリックがリカルドを褒めながら喜ぶ。パトリックは雑務局でコツコツと働いているが、本当は討伐局で魔獣退治の仕事をしたいらしい。
そのためには魔術士としての実力を付けなくてはならない。だが、どうやって魔術の実力を伸ばせばいいのか迷っていたそうだ。
雑務局の先輩達に尋ねると、王権派か長老派に入ると同じ派閥の者が教えてくれると言う。
「王権派や長老派には入りたくにゃあから、ぽやぽや派に入るがや」
タニアとグレタが首を傾げる。
「何、そのぽやぽや派って?」
「リカルドは、日向に出てボーッとしてるようなぽやぽやした時間が好きなんだがね」
「へえ、でもリカルドがぽやぽやしている姿なんて見たことないけど」
タニアが視線をリカルドに向けた。
「魔術士協会の敷地内でぽやぽやしていたら、雑務局のクラレッタさんから仕事を押し付けられたことがあったので、自分の研究室か魔術士協会の外でしかぽやぽやしません」
「そうなんだ」
グレタが突然手を挙げた。
「私もぽやぽや派に入ります」
リカルドはパトリックを睨む。
「グレタが本気にしちゃったじゃないですか」
タニアがクスクスと笑い、グレタの肩を抱く。
「本当にグレタは可愛いわね。ぽやぽや派でも何でもいいんじゃない。私たちとイサルコ理事で派閥、いや勉強会みたいなものを作りましょうよ」
その後、タニアとパトリックに【雷渦鋼弾】を教え、リカルドが魔獣を狩りに行くと知ると一緒に行くと言ってくれた。
王都で食べられている魔獣の肉は、頭突きウサギの肉が一番多く、次が穴掘り猪か毛長角牛である。
穴掘り猪は体長一五〇センチほどの猪で、長い牙と特徴的な蹄を使って穴を掘るのを得意としている。毎年、その長い牙に突かれて死ぬ魔獣ハンターがおり、危険な魔獣だ。
毛長角牛は王都の東に広がる草原地帯に住む牛の魔獣で、体長二メートルほど、鋭く長い角を持っている。この牛の魔獣は大きな体の割に素早く、仕留めるのが難しかった。
リカルドは毛長角牛を狩りの獲物に決める。自動的に狩場は東の草原地帯になった。
翌日、狩りの準備をして魔術士協会へ行く。
パトリックとタニアが装備を着けて待っていた。そのまま王都の東門から外へ出て、街道を東へと歩く。樹木で囲まれた道が続き二時間ほど経った頃、視界が開け草原の端に到着した。
「【雷渦鋼弾】の威力を確かめたいから、今回の狩りは私たちに任せてね」
「いいですけど、大丈夫なんですか?」
「魔術はマスターしたわ。パトリックも大丈夫なんでしょ?」
「当然だがね」
三人は毛長角牛を探して草原を歩き回り、小さな泉で目的の魔獣を発見した。二頭の毛長角牛が水面に顔を近付け水を飲んでいる。
気付かれないように静かに近付き、パトリックとタニアが同時に【雷渦鋼弾】を放った。
二つの雷渦鋼弾は毛長角牛に向かって飛び、一つは毛長角牛の頭に当たって即死させ、もう一つは別の毛長角牛の後ろ足に命中しズタズタにした。
「よし、やったがや」
パトリックが藻掻いている毛長角牛に近付き、【爆散槍】で止めを刺す。
毛長角牛は牙猪と同じ程度の強敵だと聞いている。ところが、パトリックとタニアは【雷渦鋼弾】を使って簡単に仕留めてしまった。
【雷渦鋼弾】は毛長角牛と相性が良かったようだ。渦巻く鋼の粒は毛長角牛の体を穿ち、致命傷を与えられるほどの威力を十分持っていた。
「この魔術は凄いがね」
パトリックは威力のある魔術を習得したことを喜び、嬉しそうに声を上げた。とは言え、リカルドが使う【雷渦鋼弾】に比べると明らかに威力が低下している。
リカルドは、魔境の研究所で受けた検査の影響だと推測していた。
リカルドたちは倒した獲物の血抜きをしてから収納碧晶に仕舞う。
「ねえ、毛長角牛は何頭くらい必要なの?」
タニアが質問してきた。
実際、毛長角牛の姿を見るまで五、六頭は必要だと考えていたのだが、リカルドが想像していたより毛長角牛は大きかった。
「四頭ほどで十分だと思う」
「だったら、ここで待ち伏せしましょうか」
この泉は魔獣の水飲み場になっているようだ。待ち伏せしていれば、別の毛長角牛が来る可能性が高い。
リカルドたちは泉の近くにあった藪で待ち伏せし、後三頭の毛長角牛を仕留めた。合計五頭の毛長角牛が手に入ったので、リカルドは満足する。
リカルドたちが狩りをしている間にも、祭りの準備は急ピッチで進められていた。
ミラン財閥は祭りで料理を作る人材を集め、大道芸や吟遊詩人をしている人々に声を掛けた。
また、ステーキを焼く鉄板や食器などを手配し、祭りで必要となる資材を掻き集める。
そして、祭りの日を決め、祭りが行われることを王都中の人々に知らせた。更には、祭りの日に王太子たちが仕留めた巨頭竜の肉料理が販売され、その売上が王都復興の支援金となること、巨頭竜の肉料理以外は無料で料理が配られることを触れ回る。
祭りの事は瞬く間に王都中に知れ渡り、たくさんの人々が興味を持った。
祭りの当日、天候に恵まれて大勢の人々が祭りに参加するために王都中央広場へ向かった。
アントニオに連れられたセルジュとパメラも昼少し前に王都中央広場へ到着した。広場には大小様々なテントが張られ、その下では様々な料理が作られている。
美味しそうな匂いに釣られ、大勢の人々が集まっていた。その数はアントニオも驚くほどで、これほどの人間が王都に居たのかと思うほどだ。
「人がいっぱいいるね」
パメラが大勢の人が集まっている光景に、目を丸くしている。
「お祭りだからだよ」
「ふ~ん、お祭りってすごいね」
アントニオはセルジュとパメラの手を引いて祭り見物を始めた。
まずはアントニオたちの母親が働いている所に向かう。中華まん販売店で働く主婦たちは、ベルナルドに頼まれて祭りの手伝いをしているのだ。
ジュリアたちは巨頭竜の肉と野菜を材料にした串焼きの販売をしていた。ただの串焼きでは肉が足りなくなりそうなので、薄くスライスした肉で野菜を巻いたものを串に刺して焼いたものを販売している。
リカルドのアイデアで販売することになったのだが、肉をスライスするのが難しいと判った。色々試してみて、冷凍収納碧晶を使って肉を半冷凍し、その状態で切ると簡単にスライスできると判明する。
味付けは塩と胡椒だけなのだが、巨頭竜の肉を炭火で焼いた時に出る脂が野菜に染み込み、もの凄く美味しくなった。
アントニオたちが行くと、串焼きテントの前には炭火で焼く巨頭竜の肉の匂いに惹き付けられた行列が見える。
串焼きを買った人々は、近くに置かれているベンチに座って舌鼓を打ちながら、明るい顔で話をしている。
「 美味(うま) いな、これ」
「巨頭竜の肉って初めて食べたけど、本当に美味しい」
評判は上々のようだ。
「この巨頭竜の肉は、王太子様が寄付したものを使っているんだろ。顔は怖いって言うけど、優しい方なんだな」
「今も魔境門で魔獣退治をしていらっしゃるんだろ。素晴らしい方だ」
「巨頭竜の肉料理も無料だったら、最高だったんだが」
「馬鹿言うな。その売上が支援金になるんだぞ」
巨頭竜の肉については王太子の名前だけ出したので、王太子の名声が上がった。
これはリカルドとベルナルドが話し合って決めたことで、後ろ盾となっている王太子の評判を上げ、王都へ戻ってこられるようにと考えたのだ。
「パメラとセルジュじゃないの」
母親のジュリアが顔を出すと、パメラとセルジュが母親の下に走っていった。
「リカルド兄ちゃんは?」
セルジュがジュリアへ訊いた。
「一番大きなテントで、ベルナルドさんと話しているよ」
ジュリアは子供たちと一緒に食事に行ってくると断って、子供たちと一緒に巨頭竜ステーキを出しているテントの方へ向かった。
一方、リカルドは巨頭竜のステーキを出している大きなテントで、評判を確認していた。
テントの中では、金持ちの商人家族や貴族たちが巨頭竜のステーキを味わっている。その顔には笑顔があった。
五〇歳くらいの貴族らしい男性が友人らしい貴族と話しているのが聞こえる。
「二〇代の頃に一度だけ、巨頭竜の肉を食べる機会がありましたが、まさにこの味です。もう一度食べられるとは思いませんでした」
「食べるまでは半信半疑でしたが、これは素晴らしい。祭りに来られなかった者たちに自慢できますよ」
リカルドが魔境で食べた時は、適当に焼いて塩を振っただけだったのに、感動するほど美味かった。その巨頭竜の肉を本職の料理人が調理しているのだ。
その美味しさは、思わず他人に自慢したいほどだった。
無料で提供している料理も好評だった。
特に毛長角牛の肉を贅沢に使ったシチューは、大勢の者が美味いと絶賛する。
腹が膨れた者は、広場の中央で行われている大道芸や吟遊詩人の歌を聞き、エールやワインを飲んで陽気に騒ぐ。
祭りは夕方まで続き食材が無くなる頃に終了した。
集まった都民は万を超え、祭りは大成功。この祭りで王太子の評判は上がり、それを手伝ったミラン財閥も名を上げた。
翌日、ベルナルドがミラン財閥本家に挨拶へ行くと総帥であるイゴールが。
「叔父上、御陰でミラン財閥の評判が上がりました。お礼を申し上げます」
イゴールは祭りの最中、顔見知りの商人から羨ましがられたらしい。
王太子にミラン財閥が頼りにされていると思われたようだ。
「この祭りを提案したリカルドという人物を、一度紹介してくれませんか」
「それは構いませんが、財閥に引き入れようとしないでくださいよ。彼の本職は魔術士なんですから」
「ですが、魔術士にしておくには勿体なくないですか」
イゴールとしては才能ある人材をミラン財閥に引き入れたいようだ。
「いや、ああいう人材は、少し距離を置きながら上手く付き合う方が良いのです。無理に引き入れようとすると反発されます」
ベルナルドはリカルドの性格をよく分かっていた。