軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:71 ポイント4研究所

手で触れるほどの距離まで近付き、扉を観察する。嵌め込まれたディスプレイは、液晶か何かかと思ったが、黒い色をした金属のようだ。

そこに文字が浮いている。何となく見覚えがあったので、文字の一つ一つを確認すると、魔術道具を作る時に使う因子文字だった。

「王太子殿下、因子文字です」

「ほう、それで何と書かれておるのだ?」

王太子も因子文字に視線を向けた。但し王太子には因子文字の知識がないので、読めないようだ。

「一番上の行に書かれているのは、選択という意味でしょうか。下の四角の中に書かれているものの中から選べという意味かもしれません」

「それで、四角の中には何が書いてある」

「それがよく分からないのです。因子文字なのは確かですが、知らない単語……ん……待って下さい。一つだけ判るものがあります」

「何だ?」

「これは『念話』という単語です」

王太子と話し合い『念話』を選ぶことになった。

「しかし、どうやって選ぶのだ?」

ボタンらしきものはないので、タッチ式かと考え指を伸ばして『念話』という文字に触れる。

『訪問者ヨ、入ルガイイ』

リカルドの頭の中に声が響いた。

扉がシャッターのように上に引き上げられ、入り口が姿を現した。

リカルドとモンタ、王太子が中に入る。兵士たちと銀嶺団の四人が躊躇っていると。

扉がスルスルと降りてきて閉まってしまう。

「あっ」

リカルドと王太子が顔を見合わせる。

「罠なのか?」

「違うと思います。時間が経つと自動的に閉まる扉だと思います」

『通路ヲ奥ヘ進メ』

また頭の中に声が響く。思念の声は聞こえるが、姿は現さないようだ。

目の前には通路が存在した。天井には等間隔で丸い照明があり通路を照らしている。壁は白く劣化している様子はない。言われた通りに狭い通路を奥へ行くと小さな部屋に辿り着いた。

『洗浄ヲ行ウ』

その瞬間、四方の壁から強い風が吹き付け、眩しい光がリカルドたちの身体に浴びせられた。

「こ、これは何だ?」

「マブシイ、モンタ コレキライ」

王太子とモンタが嫌がっている。リカルドは洗浄という言葉から、細菌などを中に持ち込まないようにする装置かもしれないと想像したが、正解は分からない。

洗浄が終わり、風と光が止む。

小部屋の反対側の壁に穴が開いている。自動的に扉が開いたようだ。

「お前は何者だ? ここは何なんだ?」

王太子が厳しい顔をして声を上げた。

「私ハ クレブレス研究地区ノ研究助手。ココハ ポイント4研究所デアル」

クレブレスは魔境の名前のはずだ。魔境が研究地区なのだろうか、リカルドは心の中で独り言を呟きながら考える。

「研究所と言いましたね。何を研究しているのですか?」

『生物ノ肉体ト精神ニツイテ、研究シテイル。オ前タチニハ協力シテモラウ』

王太子が大きな声で。

「待て、協力とは何だ。何故、協力しなければならない」

『検査ヲ受ケテモラウダケダ。協力スレバ贈リ物ヲ提供シ、外ニ出シテヤル』

「何だと、協力しなければ外に出さないつもりなのか?」

王太子の声に敵意が含まれ始めた。

リカルドは逆らうことはまずい結果を生みそうだと考え、王太子を 宥(なだ) める。

「王太子殿下、ここは従いましょう。外に出るには従うしかないのかもしれません」

リカルドはそう進言したのだが、後で少し悔いることになる。

二人と一匹は別の部屋に連れていかれた。その部屋には酸素カプセルのような装置があり、それが検査用の装置らしい。

研究助手と名乗った存在から、上着と装飾品を脱いで中に入るように指示された。

最初にリカルドが服を脱ぎ検査装置に入る。

身体的な検査は大したものではなかった。だが、精神に関する検査が始まった途端、不快な気持ちを覚える。何者かが脳を撫で回しているような感じを覚え、吐き気が込み上げてきたのだ。

心に針が突き刺さるような痛みが走る。実際の痛みではないと理解できるのだが、苦痛は消えない。

その痛みに反応し、心の中に様々な記憶が浮かんできた。日本での暮らし、妻と娘の死、殺した政治家の息子、隕石、混沌の海、川を流れるリカルド、初めて魔獣を倒した時、魔術の研究、アレッサンドロの弟子となった頃、王都での生活など一気に記憶が蘇り、混乱する。

検査なんかじゃない。これは拷問だ。リカルドは検査を受けると決断した自分に怒りを覚えた。

その精神が細切れにされバラバラとなる。その後、精神が再生するのだが、大きな苦痛を伴う。

強い後悔の念を覚えたリカルドだったが、この精神の分解と再生は、リカルドの心を今までとは比較にできないほど強靭なものとした。

漸く検査装置から解放された時、リカルドは這うようにして装置から出る。

何だか、精神的にボロボロになった気分だ。

王太子が青褪めた顔をしてリカルドを見ている。

「凄い悲鳴を上げていたぞ」

リカルドは無意識に声を上げていたようだ。

「心がバラバラにされ、再び組み上げられていくような感じなんです。苦しい、本当に苦しいんです」

王太子が検査装置から後退る。

「怖がっているわけではないぞ」

余計な言い訳だ。リカルドは服を着て、深呼吸すると幾分落ち着く。

結局、王太子も検査装置に入り体験することになり、盛大に悲鳴を上げた。

モンタも検査を受けたのだが、ケロリとした顔で出てきたので、苦しくなかったか尋ねてみる。

「クスグッタカッタダケ」

人間の精神と賢獣の精神とは違うようだ。

へたばっているリカルドと王太子に。

『協力、感謝スル。贈リ物ハ用意シタ』

研究助手の言葉が頭に響く。

その時、部屋の扉が開き奇妙なものが入ってきた。

見た目はゴーレムである。但し、目には知性があり、器用そうな手には何かを持っている。短いが頑丈そうな二本足で歩き、リカルドたちの前に三つの品物を置く。

それらが研究助手の言う贈り物らしい。

「お前が研究助手なのか?」

王太子が質問する。だが、ゴーレムは何も応えなかった。

『ソレハ我ラガ主ノ下僕ダ』

「主とは誰だ?」

『コノ星ノ所有者デアリ、星々ヲ旅スル者ダ。オ前タチガ知ル必要ハナイ』

その答えを聞いて、リカルドは愕然とした。反対に王太子は理解できなかったようでポカンとした顔をしている。

主について、これ以上答えてくれそうにないと思ったリカルドは、九〇年周期に何が起こっているのか尋ねた。

『ソレハ、私ニモ分カラナイ。中央塔ノ管理者ガ何カ行ッテイルノダロウ』

魔境には、この建造物以外にも中央塔という建物があるらしい。

研究助手から、王太子とモンタに贈られたものは、ガラス瓶に入った植物の種だった。

「この種は何だ?」

王太子が質問する。

『オ前ハ強イ味方ガ欲シイ、ト思ッテイル。ナノデ、強イ味方ガ育ツ種ヲ贈ル』

研究助手と名乗った存在はリカルドたちの心が読めるようだ。研究助手の説明では、この種を育てると『竜樹馬』が育つのだそうだ。竜樹馬とは、中型馬ほどの大きさで、馬と樹木の特徴を併せ持つ存在のようだ。

種から育ち竜樹馬と呼ばれる魔獣として一〇年ほど生きた後、好みの土地に根付き『竜樹』と呼ばれる樹木として成長を始めると言う。

竜樹馬は普通の馬より何倍も力が強く、犬と同じほどの知性と従順さを特徴として持っているらしい。

ちなみに竜樹は毎年実を着けるが、ほとんどが種無しで種の有る果実は貴重だそうである。

「馬か、味方になるのなら頼もしいが、魔獣の一種というのが心配だな」

「力の強い魔獣なら、貴重な戦力となるのではありませんか」

リカルドが意見を言うと王太子が頷き。

「そうだな。育ててみよう」

モンタが小さな手で自分に贈られたガラス瓶を掲げて。

「ネエネエ、コレハ 何?」

研究助手は、美味しい木の実を着ける樹木の種だと答えた。荒れ地でも根付き成長が早い木なのだそうだ。

後で判ったのだが、その果実はトウモロコシに似ていた。形や味はトウモロコシで、それなのに木に実るという違和感のある木だ。

それを聞いたモンタは大喜びする。ガラス瓶を掲げ怪しげな踊りを舞う。近所の悪ガキたちから教わった踊りらしい。

最後にリカルドへの贈り物が説明された。

セラミックのような材質でスマホサイズの黒い板である。その板は二ミリほどの薄さしかないが、電子書籍リーダーのような機能があるらしい。

『ブラックプレート』と呼ぶようになる黒い板には、この星についての情報とその情報を理解するための科学知識が収められていた。ついでに魔境の地図も入っている。

情報については、後でじっくりと読むとして、地図を見ると魔境の四箇所に印が付けられていた。

この世界の情報を欲しがっているリカルドには、この惑星の誕生から現在までの情報を伝えるものを選んだようだ。リカルドが本当に欲しかった情報とは違ったものだったが、喜んで受け取った。

この世界で科学に関する知識を手に入れられるとは思ってもみなかった。

但し、ブラックプレートに入力されている科学知識は高校生レベルを少し超える程度で、あまり役に立つとは思えない。

贈り物を手にしたリカルドたちを、研究助手はあっさりと外に追い出した。建物の中を案内するとかいう親切心は全く無いようだ。

「何だったんだ、いったい」

王太子が愚痴めいた言葉を口にする。あれだけ苦しい思いをしたのに、手に入れたのは役に立つかまだ分からない種だけというのが納得できないらしい。

それに『星ノ所有者』や『星々ヲ旅スル者』という言葉が分からず、研究助手の主という存在を理解できずにいるのだろう。

リカルドにしても本当に理解しているとは言い難いが、研究助手の主がとんでもない存在だというのは判る。

外に出ると銀嶺団と兵士たちが待っていた。

「殿下、よくご無事で」

「出遅れてしまい申し訳ありません」

兵士たちは不安な時間を過ごしたようで、疲れた顔をしている。

「それより、移動するぞ」

中層と深層の境目には危険な魔獣が出没するので、離れた方がいいという判断だ。

途中、リカルドが。

「王太子殿下、少し寄り道をしたいのですが、よろしいでしょうか」

「どこに寄ろうと言うのだ?」

リカルドはブラックプレートを取り出し、魔境の地図を見せた。

「不思議なものだな。文字だけでなく絵も浮かび上がるのか」

リカルドは当たり前のように見ていたが、この世界ではあり得ないものである。

「我々の現在地は、この赤い点です」

ブラックプレートには現在地を示す機能があり、それが赤い点として現れた。

「寄ろうと思っているのは、この三角の印がある場所です」

戻る道から西に少し外れた場所に印があり、確かめようと思ったのだ。

王太子の許可を得て、地図に従い印の場所へと向かった。兵士たちが深い藪を切り開き、目的の場所へと到着する。小高い丘のような地形になっている場所で、その頂点に樹々と一緒に何かがあった。

雑草や蔓に覆われていて正体は分からないが、高さ二メートルほどの物体が建てられている。

「枯れた木か、岩じゃないのか」

銀嶺団のアメディオが声を上げた。

リカルドは覆っている蔓を剥ぎ取り始めた。銀嶺団のメンバーも手伝い始める。

そこに現れたのは、緑色の円柱だった。その表面には文字が刻まれていた。魔術言語のオプトル文字と因子文字のようだ。

オプトル文字の単語には見覚えがある。魔術大系に記載されている魔術単語に間違いない。

「確か賢者マヌエルは、魔境で発見した遺物から魔術単語を調べ上げたと言われているのですよね」

リカルドが魔術士のマリベラに話し掛けた。

「これが、賢者マヌエルが発見した遺物だと言うの?」

「可能性はあります」

そう言ったリカルドだったが、その仮説には大きな疑問がある。オプトル文字と因子文字だけの情報をどうやって解析したのかというものだ。

それに何故、こんなものが魔境にあるのかも疑問である。

王太子も熱心に円柱を見詰めている。

「ここで野営する。準備を始めろ」

じっくりと調べることにしたようだ。

リカルドはコンテナハウスを出し野営の準備をした後、魔術ノートを取り出し円柱に刻まれているものを書き写し始める。

王太子自らも円柱の文字を書き写し始めた。持ち帰って研究させるのだろう。

一時間ほどで書き写し、分析を始めた。オプトル文字で書かれた魔術単語は、魔術大系に書かれているものとほとんど同じである。

ただ魔術大系に記載されていない魔術単語が二〇個ほど存在した。たぶん賢者マヌエルが解析できなかったものではないだろうか。

王太子は、あの研究所の中での出来事について口外しないように、リカルドとモンタに約束させた。

理解はできなかったものの重要だと判断したようだ。

また、この魔術単語が書かれた円柱のことも秘密とするように兵士や銀嶺団に命じる。

「リカルド、何か発見はあったか?」

王太子の質問に、リカルドが肯定の仕草を行う。

「魔術大系に記載されていない魔術単語を二〇個ほど見付けました。新しい魔術を開発できるかもしれません」

「新しい魔術にも興味があるが、昨日使っていた魔術は使い勝手が良く威力もありそうだったな。あれを魔砲杖に組み込めないか」

「あれは中級魔術ですから、難しいかもしれません。それに組み込めたとしても、使う触媒が高価です」

王太子が眉間にシワをよせる。

「使うには、高価な触媒を用意する必要があり、運用する費用が高いと言うのだな」

「その通りです」

「……構わん。セラート予言に、魔獣が魔境から溢れ出すというものがあった。その時に備え、兵力を高める必要がある」

王太子が数年後の災厄に備え、着実に手を打とうとしていると気付き、協力しなければと思う。

この国の将来は、王太子の手腕に掛かっていると感じたのだ。