作品タイトル不明
scene:68 【地】と【火】の複合魔術
リカルドは王太子が帰る前に、一つの頼み事をした。
「船を造る許可を貰えないでしょうか」
「そんなものを造って、どうするのだ。海運業でも始めるのか?」
「いえ、輸送船ではなく、漁船を造るつもりなのでございます」
この国では船を造る場合、領主の許可が必要となっている。但し一人か二人しか乗れない小舟は、対象外であり許可は必要ないらしい。
「それも食料対策の一つなのか?」
「それもあるのですが、まずは妖樹の飼料にする海藻取りに使うつもりです」
ボニペルティ侯爵が驚いたように目を見張る。
「そこまで妖樹の食欲は旺盛なのか?」
「食欲があるというか、食べさせないとシュラム樹の枝に実を付けるのが遅くなるのです」
「なるほど、そういうことか」
リカルドは王太子から船を造る許可を貰った。許可証は後で届けてもらう約束をする。
帰る時間になって、グレタが少し興奮した様子で。
「リカルド様、また来てもいいですか?」
ここでの体験は面白かったようだ。リカルドはいつでも来ていいと伝えた。
王太子と侯爵たちを見送った後、接ぎ木の作業を再開し夕方くらいに一〇〇体を終わらせる。
「これから家まで帰るのか。やっぱりスクーターが欲しいな」
リカルドが愚痴るように言うと、アントニオが複雑な表情を浮かべ。
「イサルコ理事に止められているんだろ」
イサルコだけではなく、ベルナルドからも王都に住む悪党を刺激するようなことは控えた方がいいと言われ、魔動スクーターの使用を止めていた。
魔動スクーターはアントニオ用とリカルド用の二台しかなく、それ以降は製作していない。世界に二台しかないという乗り物は、希少価値が高く高名な商人から譲ってくれという話が何件か来ていた。
アントニオが疲れている弟を見て。
「ロバでも買おうか?」
「いや、エミリア工房のヴィゴールさんに頼んで、自転車を開発してもらってるから、それができたら少しは楽になると思うよ」
「……また、魔動スクーターの時のようにならないだろうな」
「今度は大丈夫。数多く作って、売り出すことになっているから」
二人は重い足を引きずって家に帰った。ちなみにモンタは、遊び疲れてリカルドのショルダーバッグの中で寝ている。
翌朝、リカルドはエミリア工房へ行き自転車の開発状況を確認した。
「ヴィゴールさん、自転車はどうです?」
白髪がまじり始めた頭を右手で掻き、仏頂面で。
「やっとチェーンが完成した。後は教えてもらったフリーホイールとタイヤができれば、完成だぜ」
フリーホイールとはペダルを踏んで発生した回転力だけを後輪に伝え、惰性で走っている時やペダルを逆回転させた時には、空回りさせる駆動輪のことで、ラチェット機構などが使われている。
ラチェット機構は簡単な仕組みなのだが、この世界では画期的なものであり、この仕組みを教えた時、ヴィゴールは酷く驚いていた。
タイヤに関しては、ヴィゴールから提案があった。樹咬トカゲの腸を使ってタイヤチューブを作ろうと言うのだ。樹咬トカゲの腸は驚くほど丈夫で、柔軟であるそうだ。外側のタイヤ部分も、鰐のような樹咬トカゲの革を代用すればできそうである。
ヴィゴールが開発している自転車は、一ヶ月後に完成し販売を始めた。
高価なものだったので、貴族や裕福な商人の遊び道具として売れ始め、数年後にゴムが発見された後は庶民にも移動手段の一つとして広まった。
もちろん、リカルドは自分用とアントニオ用として購入した。
エミリア工房で、ヴィゴールとの話が終わった後、ヴィゴールから紹介された鍛冶工房へ向かった。そこはガロファロという工房長と徒弟たちが、様々な金属製品を作っている工房である。
工房に入るとムッとするような熱気を感じる。工房と言うより工場と呼ぶ方がしっくりする規模の建物だ。工房の奥には大きな転炉があり、火が入っていた。
徒弟たちが転炉で作り出された溶けた鋼を型に流し込んでいる。製鉄技術は予想していた以上に進んでいるようだ。
「ヴィゴールさんの紹介で来たんですが、仕事を頼めますか?」
工房長であるガロファロは、髭面の大男だった。
「あいつの紹介か。それなら身元もしっかりしていると思うが、どんな仕事なんだ?」
「頑丈な鋼鉄製の箱を作って欲しいんです」
「どのくらいの大きさだ?」
リカルドは一般的な宿屋の一人部屋ほどだと説明する。一人部屋の広さが六畳ほどで、高さ二メートル半ほどなのだ。
初めは乗ったまま移動することも考慮し、トレーラーハウスのようなものと考えていた。だが、この国の道路事情を考えると無理なようだ。そこで必ず収納碧晶に入れて運ぶことを前提とすると、コンテナハウスやカプセルホテルの設備に近いものになる。
危険な場所でも使うことを考えると、その方がより頑丈なものが作れるのでベストな選択だと思う。
「鋼板の厚みはどうする?」
それほど厚くなくてもいいから、コンテナによく使われている波形鋼板で作れないかとリカルドが提案した。
そんなものは初めてだとガロファロ工房長が言い、費用が高くなっても構わないのなら可能だと言う。
「高くなっても構いません」
リカルドは換気用の鉄格子が入った窓や小さなトイレとシャワー室を組み込むように注文した。
「これは旅の途中で使うもんなんだろ。シャワーは贅沢なんじゃねえか。それに水はどうするんだ?」
ガロファロ工房長が異議を挟んだ。
「一日砂埃のする道を移動すれば、シャワーぐらい浴びたくなるじゃありませんか。それに水は収納碧晶で運ぶので問題ありません」
トイレは水洗にするので、ますます水の使用量が多くなる。ちなみにトイレは水洗だと言っても、外に排出されるだけなので、トイレ用の穴を掘る必要がある。
シャワーに使った水は、トイレ用の水として使えるように何か工夫した方がいいだろうか、そんなことをリカルドが考えていると。
「なあ、これを使うのは、どこかの貴族様か?」
ガロファロ工房長は豪華なものなので、貴族用の設備だと思ったようだ。
「まあ……そうですね」
リカルド自身も少し贅沢だとは思っていたのだけれど、ガロファロ工房長には貴族級の贅沢だと思われたようだ。何だか自分用だとは言い出せない雰囲気になっていた。
「これを知ったら、王太子殿下も欲しいと言われるかもしれませんよ」
リカルドは半端冗談で言ったのだが、よく考えると本当に言い出しそうである。
中に入れる家具については、中華まん販売店で働いているベアータの旦那マカードに任せることにした。
木工工房の職人であるマカードは、テーブルや椅子を作るのが得意だと言っていたので、適任だろう。
リカルドは二段ベッド二台と脚を折り畳める長テーブル、そして、これも折り畳み椅子四脚を注文した。二段ベッド二台は家族で旅行にでも行く時に使えるだろうと思い、注文したものだ。
調理は外で行うのがいいだろうと調理設備は中に組み込まないことにした。その代わり、お茶くらいは飲めるように魔術道具の湯沸かし器を購入する。
コンテナハウスの手配が済むと魔術士協会へ行く。研究室に入ったリカルドは魔術関係の資料を読み始めた。
王太子から魔境の奥へ調査に向かうという話を聞いて、自分も参加したくなった。ただ不安な点がある。
リカルドが使える上級魔術が【火】の魔術だけだという点だ。
魔境は密生した樹木に囲まれた場所だ。強力な【火】の魔術を使うと火事になる恐れがある。
水分を多く含んでいる生木は燃えにくいが、魔境の地面には落ち葉や枯れた枝などが堆積しており、それに火が点けば大規模な火災となる可能性が高い。
「魔境では【輝焔鞭】や【陽焔弾】は使わない方がいいだろうな。しかし、魔境には強い魔獣が居そうだし……どうするか」
新しい強力な魔術が必要だと思っている。アイデアはあるのだ。【火】と【地】の複合魔術なのだが、専用の系統詞が見付からない。
現在発見されている複合魔術の系統詞は、【火】と【水】の『 ファスナル(火と水よ) 』、【地】と【水】の『 アムスナル(大地と水よ) 』だけである。
賢者マヌエルの『魔術大系』を念入りに調べても、他の系統詞は見付からなかった。『魔術大系』に書かれている魔術単語は、賢者マヌエルが魔境で発見した遺物から調べ上げたものだと言われている。
もしかしたら、魔境を調べれば新しい魔術単語を発見できるかも。リカルドはそう思いながらも、無いものは仕方ないと諦め、アイデアを元に魔術単語を調べた。
まず、系統詞は【地】の系統詞『 アムリル(大地よ) 』を使う事にする。複合魔術専用の系統詞でないので威力が落ちるだろうが、仕方ない。
他の魔術単語は『 ガルシャムズ(鋼の粒を生み出し) 』『 ヒュレバグ(高速の渦となり) 』『 ザルダキシュル(雷を纏いて翔べ) 』である。イメージとしては、空中に鋼の砂粒が大量に生じ、それが渦を巻き紡錘形を形成する。高速に渦巻く鋼の砂粒は高圧の電気を帯び始め、敵に向かって飛翔する。
雷渦鋼弾と名付けたものは、敵に命中すると最初に電気が流れ込んで神経系にダメージを与え動きを止める。そして、ドリルのように渦巻く鋼の粒が敵の皮膚を削り肉を穿ち貫通する。
「最適な触媒を探しながら実験してみるか」
リカルドは少しずつ分量を変えた【地】と【火】の触媒を作り、木筒に入れた。
その触媒を持って、クレム川へ向かう。クレム川の川岸に到着したリカルドは、適当な標的を探した。
川岸から十二メートルほど前方に、川面から突き出た大岩が目に入った。
「あの大岩を標的にするか」
デスオプロッドを手に持ったリカルドは、大岩を睨みながら精神を集中する。イメージを定着させるために、何度も新しい魔術の効果を頭の中で思い描いた。
ロッドを大岩に向けると魔力を流し込む。触媒を振り撒き、呪文を唱える。
『 アムリル(大地よ) ・ ガルシャムズ(鋼の粒を生み出し) ・ ヒュレバグ(高速の渦となり) ・ ザルダキシュル(雷を纏いて翔べ) 』
銀色に輝く鋼の粒が空中に現れ、それが渦を巻く。高速で回転を始めた鋼の粒は互いが擦れ合う音を発し、その音が高くなる。雷渦鋼弾がバチッと音を発し火花を飛び散らせた瞬間姿が消え、前方の大岩から凄まじい音が響いた。
大岩に命中した雷渦鋼弾は、岩を削りバスケットボールが入るほどの穴を穿っていた。その周囲を見ると放出された電気で川面に多数の魚が浮いている。
期待した以上の威力だ。消費した魔力量も威力の割に少ない。
「この魔術なら、タニアやパトリックでも使えるかもしれないな。それに系統詞を【地】の系統詞にしたことで、放出される電気で火事が起きるほどじゃない」
【地】と【火】の割合を少しずつ変えた触媒を使って実験し、この魔術に最適な触媒を探した。実験は数日に渡り続けられ、費やした触媒は膨大な量となり、その費用も高額となる。
一応完成した【雷渦鋼弾】の魔術は上級魔術には届かないが、中級魔術の上位に位置する威力を持つ魔術となる。但し複合魔術用の系統詞が見付かった場合、間違いなく上級魔術となる可能性を秘めていた。
因みに、系統詞を【火】の『 ファナ(火よ) 』や『 ボリュゲム(雷火よ) 』に変えて試してみたが駄目だった。鋼の粒を発生させる時点で、障害が起きるようなのだ。
『 ボリュゲム(雷火よ) 』は非常に変わった系統詞である。『ボリュゲム』には、もう一つ『雷電を生み出す』という意味があり、系統詞の『 ファナ(火よ) 』と組み合わせ雷系魔術として使われているので、魔術士たちは系統詞だと気付けないでいるのだ。
リカルドが新しい系統詞を論文に発表した時に、『 ボリュゲム(雷火よ) 』を入れなかったのは、他の魔術士が系統詞だと気付く可能性が少なく、切り札として使えそうだと判断したからだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
リカルドが新しい魔術の実験をしている頃、王太子は国王と会談していた。
「陛下、重要な話ですので、人払いをお願い致します」
アルチバルド王の傍には近衛軍の精鋭と側近であるアルフレード男爵が控えていた。
玉座に座る国王が不快そうに顔を歪め。
「ここに居る者たちは、余が信頼する者である。人払いの必要など無い」
王太子はアルフレード男爵の方へ視線を向けた。こいつは信用できないのだが、と溜息を吐いて。
「失礼しました。それでは用件を」
王太子はセラート予言について説明した。
アルチバルド王は静かに聞いていた。だが、アルフレード男爵は疑わしそうに声を上げる。
「その予言、本当のことなのでしょうか?」
「城に残っている記録を調べてみました。九〇年周期で異常気象が起こるというのは事実です」
「偶然ではないのですか?」
「九〇年前、一八〇年前、二七〇年前について調べた結果、異常気象は起きています。これを偶然だと判断し、見過ごすのは危険です」
「しかし、三度の偶然が重なったと考えることも」
アルフレード男爵は何故か偶然として片付けたいらしい。
「セラート予言には異常気象が起きる前兆として、魔境の魔獣が活発になるとあります。その前兆が今起きているのです。それでも偶然だと言うのなら、本当に異常気象が起きた場合、男爵は全責任を負う覚悟があるのでしょうな」
男爵は苦り切った表情を浮かべ、偶然だと断言しているわけではないと弁明する。
「王太子よ。余に何を望んでおるのだ?」
ガイウス王太子は、心の中で溜息を吐いた。王がセラート予言の件を他人事のように考えているのが判ったからである。
本来なら、国王自らが陣頭指揮を執り、対策を取るべき案件なのだ。
「魔境周辺を領地としている貴族に警告を発すべきだと思います。さらに冬場の大寒波に備え、対策を用意すべきです」
アルチバルド王は、王太子がどうすべきだとか、ああすべきだと言う度に不機嫌になっていった。息子に指示されたくないという一般家庭なら通用する心情も、国王という立場だと変わる。
国の存続に関わる話なのだ。度量を広くし真摯に話を聞くべきだと国王自身も頭では分かっている。だが、感情が受け入れなかった。
王太子の話を途中で遮り、内務大臣ゴルドーニ男爵を呼び、王太子の話を聞かせた。
「ゴルドーニよ。ガイウスの話を纏め、対策を立てよ」
「 畏(かしこ) まりました」
「何か他にあるか?」
王太子は魔境で発見された建造物について話そうかと思ったが、止めた。どうしてもアルフレード男爵が信用できなかったからだ。
国王の下を辞去した王太子は、セラート予言についての対策を纏め、ゴルドーニ内務大臣へ渡した。
その数日後、アルチバルド王から準備ができ次第、ヨグル領へ戻るよう指示が出された。
「どういうことだ?」
王太子が不審に思っていると、サムエレ将軍が噂話を聞いて慌ててやってきた。
「殿下、城下で不穏な噂が流れておりますぞ」
「何事だ?」
将軍によると王太子が王位を簒奪しようとしているという噂が流れているらしい。
「馬鹿な。余は王太子だぞ」
「殿下が、腕利きの魔獣ハンターを探しているという噂が流れ、それは王位を奪う準備なのだと誰かが言い出したのです」
腕利きの魔獣ハンターを探しているのは事実。魔境を調査する人材を探していたのだ。
「誰かが意図的に流した噂だな。誰だと思う?」
「東の女王でしょうか」
女王とは、東部に広大な領地を持つメルビス公爵のことである。
「そんなところか。何故か余を酷く嫌っておるからな」
アルチバルド王は、その噂を聞き用心のためにガイウス王太子を遠ざけようとしているのだろう。
「噂を流している奴を探して始末しろ」
「黒幕を聞き出さなくともよろしいのですか?」
「黒幕がメルビス公爵なら無駄なことだ。容易く尻尾を出すような 雌狐(めぎつね) ではない」
王太子はヨグル領に戻ることにした。王都を去る前に、リカルドに魔境探索へ同行しないか誘った。
リカルドから承諾する返事が来ると、もう用がないとばかりに王都を去った。