作品タイトル不明
scene:50 アントニオの特訓
全員が死んだのを確かめたリカルドは、一気に怒りが冷めた。
そして、周りの状況に気付くと血の気が引くのを感じた。周囲を見渡すと目撃者は居ない。
何故かテレビで見たミステリー番組のラストで、犯人が逮捕される映像を思い出した。この国にはちゃんとした警察もないのに、手錠を掛けられ連行される自分の姿が脳裏に浮かぶ。
「この始末をどうするか」
リカルドはならず者たちとファーゴの死体を一箇所に集め、【泥縛】の触媒を取り出した。
精神を集中し魔力を多めに放出しながら、触媒を撒く。魔力が属性励起し変色した。
静かで力強い呪文がリカルドの口から紡ぎ出される。
死体を集めた場所の地面が泥沼と化し死体が沈み始めた。今回生み出した泥沼は地下三メートルほどの深さがあるもので、死体は地下深くに沈んだ。
魔術の効果が消え、泥沼が元の硬い地面に戻った。その上に枯れ葉をばら撒くと【泥縛】を使った痕跡は消えた。
この場所で戦った痕跡は消え、それ以後ファーゴという人物は行方不明とされた。
リカルドは飼育場へ向かった。
人を殺したことでリカルドの精神はダメージを受けたが、間藤が復讐した時と比べると軽いものだった。多くの魔獣を殺した経験が耐性を付けたらしい。
飼育場に顔を出すとアントニオが首を傾げ。
「どうした、リカルド。顔色が悪いぞ」
「ちょっと腹の調子が悪いだけだよ」
「そうなのか。だったら、家で休んでいれば良かったのに」
今日は第八区画で栽培する野菜の種を持ってきたのだ。
用意した野菜の種は、大根・カブ・トマト・キャベツの四つである。
もちろん、地球のものと全く同じではないが、味や形は極めて似ており、頭の中では馴染みのある名前で呼ぶことにしている。
「種蒔の準備は終わっているの?」
「ああ、やっと耕し終わったところだ」
農耕用の家畜や機械を使わずに広い耕作地を耕すのは困難な作業である。
「農耕用の家畜を買った方がいいのかな?」
「まだ、早いんじゃないか。家畜の餌や家畜小屋が必要になるし、飼育場の収入が安定するまで待とう」
飼育場では二回目の収穫が行われ、シュラム樹の実を売った金貨二〇枚ほどが飼育場の収入となっていた。
シュラム樹の枝を接ぎ木した杏妖樹は、季節に関係なく吸収した飼料の量が、ある一定量を超えると花を咲かせ結実する。なので、毎日飼料を与えれば、年に二回か三回は実を着けるようだ。
現在、飼育場では一〇〇体の杏妖樹を飼育しているが、もう一〇〇体増やせば収益が安定すると思われる。
「兄さんがそう言うなら……こんな時、耕運機があればいいんだけど」
つい、口が滑って、この世界に存在しない機械の名前を言ってしまった。ファーゴの件が精神的なダメージとして残っているのかもしれない。
「エッ、コウウンキとは何だ?」
「畑を耕す機械なんだけど……」
「へえ、そんな便利なものがあるのか。でも高いんだろ。無理して買うことはないさ」
雑談を終えた後、アントニオたちと一緒に種を蒔いた。
リカルドが楽しみにしているのはトマトである。おやつ代わりにトマトを丸齧りするほど好きなのだ。
種蒔が終わり、夕方近くになった。
「そろそろ帰る時間だよ」
「もうそんな時間か」
リカルドとアントニオは家路に就いた。
因みに奪われた魔動スクーターは、アントニオの手に戻ってきたが、今は使っていない。
アントニオは暴漢に襲われても対処できるようになるまで自粛すると決めたらしい。ただ、今回の事件と結末が王都に広がり、馬鹿な真似をしようと思う者はほとんど居なくなったようだ。
エミリア工房とリカルドの背後には、サムエレ将軍とガイウス王太子が居るという噂が広がり、貴族なら何でも許されると思っている奴らにも警告となった。
種蒔から数日後、アントニオの訓練が始まった。
最初の訓練は新しい装備に慣れる訓練と基本的な格闘術からである。
新しい装備というのは冥界ウルフ革製の防護ベスト、風切り鳥のくちばしを使った篭手、雷撃虎の尻尾を使った雷撃短杖である。
それに加え、元々持っていた魔功銃にも慣れる訓練をする予定である。
防護ベストと雷撃短杖以外はアントニオ用に作ったペンダント型収納紫晶に入れている。
雷撃短杖は短杖と名付けているが、実際はブラックジャックやスラッパーと呼ばれる武器と同じような武器だった。雷撃虎の尻尾を毛皮部分だけ残して鞣し、その中に砂を詰め木製の柄を付けた武器で、そのまま振り回しても殴打武器として通用するものだった。
雷撃短杖の真価は魔力を流し込んだ時に発揮される。雷撃虎の尻尾は魔力を雷撃に変化させる効果を持つらしく魔力を流しながら殴打すると相手に雷撃が流れ込み一撃で気を失う。
もちろん、魔力の量を多くすれば相手を殺すことも可能だが、アントニオが一度に放出可能な魔力量だと難しかった。
リカルドは丈夫な魔獣の革で小型サンドバッグを三つと大型サンドバッグ一つを作っていた。
まずは、小型サンドバッグを飼育場にある作業小屋の 梁(はり) からロープで吊るし、揺らした状態で避けたり攻撃したりする訓練を始めた。
リカルドはアントニオの動きを見守りながら、気になる点を注意する。
「違う違う。最小限の動きで躱し一歩踏み込んでフックを放つんです」
「ガードは下げない。ストレートは足で地面を蹴った力と体重を拳に伝えるんです」
アントニオはパンチの基本さえ知らなかったので、基本から教えた。
但しリカルドの知っている格闘技は、大学時代に三ヶ月だけ習ったキックボクシングである。
同時期に入門した高校生が短期間に実力を付け、自分より強くなっていくのを見て才能がないと諦めた格闘技だった。
アントニオには格闘技の才能があるらしく、教えた技を短期間で習得した。特に左フックは強烈で、こいつのレバーブローを叩き込むと大概の男が悶絶するほどの威力を秘めていそうだ。
この訓練には【倍速思考】の魔術も使った。
周りの世界がゆっくりと動くようになり、自分の身体がどう動くかチェックしながら攻撃と防御を繰り返した。但し【倍速思考】を使う訓練は一日四〇分に限定した。
それ以上続けると翌日動けないほどの筋肉痛になるからだ。筋肉痛は筋肉がパワーアップするチャンスだが、やり過ぎは逆効果になる。
ある程度動けるようになると膝蹴りとローキックを教えた。アントニオは真面目に練習しサンドバッグ相手なら、鋭い蹴りを放てるようになる。
訓練だけでは実力が付かないと考えたリカルドは、アントニオをクレム川の上流に連れ出した。
「兄さんは魔獣を仕留めたことがある?」
アントニオは魔獣を撃退した経験はあったが、仕留めた経験はなかった。
リカルドは『恩恵選び』のことを教え、何にするか尋ねた。
「一番目の力が強くなる奴にする」
アントニオは、弟とは別の道を選んだ。
「まずは、魔獣に慣れることから始めようか」
リカルドは、アントニオに魔功銃を装備させ、鬼面ネズミや頭突きウサギを仕留めさせた。実戦の経験を積んだアントニオは、技の切れが増した。
実戦訓練を数日続けた頃、クレム川の上流で魔獣を狩っていた二人の前に、狼の頭を持つウルファルが現れた。体長は一六〇センチほど、毛むくじゃらの猿のような体の上に狼の頭が乗っている魔獣である。
本来は王都の東に在る『黒狼の森』を住処としている魔獣のはずなのだが、群れから追い出された個体が、ここまで来たのだろうか。
「よし、雷撃短杖を試してみる」
アントニオが宣言し腰に吊るしている雷撃短杖を取り出した。雷撃短杖を使う訓練は十分に積んでいる。それでも最初の実戦だと思うと緊張するようで、アントニオの顔は強張っていた。
最初にウルファルが動いた。鋭い牙が並ぶ大きな口を開け、アントニオに襲い掛かった。アントニオはステップし躱してから、腹に雷撃短杖を打ち込んだ。魔力を流し込んでいない普通の打撃だったらしく、あまりダメージを与えられなかったようだ。
ウルファルは一声吠えて飛び退った。威嚇するような唸り声が聞こえ始める。
リカルドは魔功銃を握り動かずに見守る。
アントニオが間合いを詰めると、ウルファルが左手を熊手のように広げ薙ぎ払った。その熊手のような手に雷撃短杖が打ち込まれる。今度は魔力を流していたらしく、ウルファルが足をよろめかせた。
雷撃短杖は魔力を流しても外見上変化がない。ただ相手に撃ち込まれた時、雷撃が流れ込み麻痺を引き起こす。
アントニオはよろめくウルファルにローキックと膝蹴りを叩き込んだ。ウルファルが地面に膝を突く。
ウルファルは頭を振りながら立ち上がろうとしたが、麻痺が足まで来ており立ち上がれなかった。アントニオは雷撃短杖をもう一度ウルファルの首筋に叩き込んだ。
白目を剥いたウルファルが地面に倒れた。
「ウルファルを倒すなんて凄いよ」
リカルドは喜んだ。倒れているウルファルを確かめてみると死んではおらず、気絶しているだけである。
「雷撃短杖は期待通りの性能なようだ。ベルナルドさんに感謝しなくちゃならないな」
アントニオはしゃがみ込み、ナイフを魔獣の胸に突き刺した。
その後、何匹かの魔獣を倒してから街に戻った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アントニオは、暇を見付けては訓練を続け一ヶ月が経過した。
訓練の成果で、アントニオは見違えるほど逞しくなった。筋肉が付いたということではなく、動きに切れが出て態度も堂々とした感じになったのだ。
春が終わりに近付いたある日、アントニオはダリオたちの食料を買うために商店街を歩いていた。
肉屋に顔を出すと水牛の肉が安かった。人数分の肉を買う。モル芋と野菜も幾つか買うと飼育場へ向かった。
途中、港の近くを通った時、怒鳴り声が聞こえた。この辺には気の荒い漁師が大勢住んでいるので、よく聞くのだが、今日は何故か気になり近付いた。
一人の少女が漁師らしい格好の男と言い争っていた。
「何でよ。前におじさんが怪我した時、父ちゃんがお金を貸したじゃない」
アントニオより二歳ほど年下の可愛い少女が、必死な様子で漁師に頼んでいた。
「五月蝿えな。証文でも有るなら見せてみろ」
「そんな上等なものあるわけないでしょ」
「だったら、返す必要はないな」
「泥棒!」
「何だと、人聞きの悪い事を言うんじゃねえ」
「お金を借りたのに返さないのは泥棒と同じよ」
「こいつ」
漁師が少女に掴み掛かろうとした。少女はアントニオの方へ逃げてきた。そして、素早く回り込んでアントニオの後ろに隠れる。
「おい、どけ!」
漁師が大声を上げた。
以前のアントニオだったら、恐怖を覚え身体が動かなくなったかもしれない。だが、魔獣狩りの実戦で鍛えられたアントニオは冷静な声で漁師をたしなめた。
「大人げないことは止めろ」
「チッ、若造が。関係ない奴は引っ込んでろ」
漁師がアントニオを殴ろうとした。それは脅しであり、あまり力は込められていなかった。
アントニオが素早く躱すと漁師が顔を怒らせ。
「生意気な」
本気で殴り掛かってきた。近付いてきた漁師にローキックを叩き込む。小さな悲鳴が上がり漁師が地面に転がった。あまりに簡単に倒れたので、アントニオ自身が驚いた。喧嘩などしたことがないはずのリカルドが教えてくれた技に、これほどの威力があるとは予想外だった。
漁師は足を抱え痛みを訴え始める。
「痛えよ、足の骨が折れた」
手応えからして骨が折れていないと判っている。アントニオは少女に視線を移した。
「何でこんな騒ぎに?」
少女エレオノーラは事情を説明した。事の起こりは彼女の父親が病気になったことが始まりのようだ。医者を呼び診察してもらうと珍しい熱病だと判った。ただ困ったことに、その熱病に効く薬が高いらしい。
母親と少女は薬を買う金を集めるために駆け回り、少女は父親に借金をしていた漁師に返すように催促したそうだ。
アントニオは地面に転がっている漁師を睨み。
「おい、借金をしているのなら返すのが当たり前だろ」
「ここ数日、海が荒れて漁に出られなかったんだ。金なんかない。有ったら返している」
どうやら漁に出られない日が続き不機嫌になっており、そこに金を返せと来た少女に腹を立て、脅して追い返そうとしたらしい。少女は落胆した。
「どうしよう。紫玉樹実晶が買えない」
それを聞いてアントニオは疑問に思った。紫玉樹実晶は薬ではないはずだ。
問い質すと、漁師である彼女の父親が罹った熱病は大変珍しいもので、その治療に使うのは紫玉樹実晶を砕き粉にした薬らしい。
「最近、紫玉樹実晶が高くなって蓄えていたお金では買えなかったんです」
アントニオはドキリとした。紫玉樹実晶が高くなった原因は弟のリカルドにあると気付いたからだ。
紫玉樹実晶が収納紫晶に加工出来ると判って以来、値上がりしていた。
その時、収納紫晶作りで失敗した紫玉樹実晶を、リカルドが大量に持っているのを思い出した。クズとなった紫玉樹実晶を妹のパメラに与え、遊び道具にさせていたほどである。
失敗した紫玉樹実晶でも成分的に同じなら薬としての効果は同じだと思われる。アントニオは失敗した紫玉樹実晶をエレオノーラに使ってもらおうと思った。
リカルドとパメラの了解を取り、パメラの玩具となっていた紫玉樹実晶を二個貰いエレオノーラに渡した。
エレオノーラは恐縮していたが、どうせ妹の玩具となっていたものだ。
御蔭でエレオノーラの父親の病気は治り、彼女から感謝された。その後、漁師の父親から漁で取れた魚が、ユニウス家に届くようになり、リカルドは喜んだ。
初夏、街を行き交う人々の服装が変わる頃、その異変は起こった。
アントニオがベルナルドの店を訪ねようとしていた時、遠くで上がる悲鳴の声を聞いた。
「何だ?」
何が起こったのか知ろうと思い、耳を澄ました。
「魔獣……小鬼族だ!」
小鬼族と聞いたアントニオはピクリと身体が反応した。
アントニオは家族が心配になり、中華まんを売っている売店へ走った。
途中、魔獣から逃げてくる人々とすれ違った。その背後に小鬼族の姿が見える。
「何で、王都に小鬼族が」
アントニオは魔功銃を取り出し、小鬼族に銃口を向けると発射した。
小鬼族四匹を仕留めると母親が働く売店に飛び込んだ。
「母さん、大丈夫?」
「私は大丈夫よ」
青褪めた顔の母親とご近所の主婦たちが売店の奥で怯えていた。
「ここは危ない。家に帰ろう」
売店が間借りしている工房は、入り口や窓が広く作られており、立て籠もるには不向きな構造物だった。
「セルジュとパメラは大丈夫よね?」
「大丈夫、家にはリカルドが居るはずだ」
売店に居る主婦たちも一緒にユニウス家に向かった。ユニウス家の玄関前には小鬼族が三匹倒れていた。リカルドが倒したらしい。
この時、王都に侵入したのは小鬼族だけではなかった。貴族の屋敷がある一帯にはウルファルの群れ、港付近にはホーン狼が現れ暴れていた。