軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:29 故郷の小鬼族

郊外の土地を手に入れたのはいいが、土地だけでは研究や実験に使えない。塀や小屋が必要なのだ。リカルドはベルナルドに頼んで腕の良い大工を紹介してもらった。

五〇歳ほどの職人でベルナルドの屋敷を建てた棟梁らしい。名前はロマーノ・ソリナス。腕はベルナルドが保証するほどの職人であり、真面目な大工らしい。

ベルナルドがリカルドとロマーノ棟梁を引き合わせた時、棟梁には変な顔をされた。

仕事の依頼者だと聞いて会ってみれば十一歳の子供だったのだから無理もなかった。何とかベルナルドの説得で了承してもらい、仕事を引き受けてもらった。

その日、ロマーノ棟梁と一緒に郊外の土地を確認しに行った。

木登りができるようになったモンタは早速ショルダーバッグから出て探検を始めた。

「キュウエキュ」(遊んでくるね)

リカルドの肩から針葉樹の幹に飛び移ったモンタはスルスルと木を登り始めた。

リカルドが欲しいのは塀と小屋だけだったのだが、棟梁からダメ出しを貰った。

「こういう街の外に建物を建てる場合は、魔獣の襲撃も考慮しなくちゃならねえんだ」

リカルドは腑に落ちなかった。ここいらは王都の兵士や魔獣ハンターが行き来するので魔獣はほとんど出ないのだ。それをロマーノに言うと。

「まあ、普段はその通りなんだが、冬になると食い物を求めて迷い込む奴らが居るんだ」

「へえ、そうなんですか」

「だから、塀の周りを堀で囲むのが普通なんだ」

塀だけだと飛び越える魔獣も居るらしい。塀を高くするという方法もあるが、塀と堀を組み合わせた方が効果が高く費用も安く済むらしい。

ちなみに魔獣が嫌う臭いを放つ薬草の種を周囲に撒くつもりだが、塩分を多く含む土地だと育つかどうか判らない。

「それで……塀と堀で囲むのはどれくらいの広さにするんだ?」

海岸に沿って三〇メートル、街壁に並行して二〇メートルの土地をロマーノ棟梁に指定した。そこは満潮や海が荒れた時でも影響のない場所だった。

そして、その三分の一の敷地に寝泊まり可能な小さな小屋と大き目の作業小屋を建てるように依頼した。

初めは小さな小屋だけで十分かと考えていたが、作業用の広い場所も必要だと考え直したのだ。但し作業小屋は壁と屋根があるだけの建物で良く、安く仕上げてくれと頼んだ。

「そうだな……ベルナルドさんの紹介だから安くしといてやるが、それでも金貨五〇枚ほど掛かるぞ」

そのくらいの金なら魔成ロッドを売った金で支払える。リカルドは金額に問題ないと答え、支度金として金貨二〇枚を渡した。

材料の購入や人を集めるために必要な金だった。

すべてを手配した後、世話になった人たちやシドニーたちに挨拶して、一度故郷に帰るために王都を旅立った。

旅の相棒はモンタだけである。パトリックに一緒に帰らないかと尋ねたが、そんなに休めないと断られた。

王都の港からコグアツ領ブルグ行きの船に乗り、ブルグから乗合馬車でファビウス領デルブへ向った。

初めは物珍しそうに騒いでいたモンタも単調な旅に飽きたのかバッグの中で寝る時間が多くなった。

のんびりと馬車に揺られながら行く馬車の旅だが、思っている以上に身体に負担が掛かる。

舗装されていない道を馬車で進むと揺れが酷く、隣の乗客とおしゃべりをしていると舌を噛みそうになる。

その乗客から気になる噂を聞いた。

「ファビウス領だが、小鬼族の大きな群れが入り込んだそうだぞ」

リカルドは驚いた。

「どこからですか?」

「西のミレージュ山脈に巣食っていた奴らが大繁殖して人里に下りてきたらしい」

ミレージュ山脈は多くの魔獣が住む場所である。普段は人里に下りてこないのだが、大繁殖時には食料を求め山を下りることがあるのだ。

リカルドは見習い魔術士たちやファビウス子爵に仕える魔術士たちのことが気になった。魔獣との戦いとなれば、魔術士は戦場に駆り出されるはずである。

もしかしたら見習いたちも戦場へ付いていったのかもしれない。

リカルドはアレッサンドロの所に戻らなかったのは正解だったと思った。戻っていたら、アレッサンドロの代わりに戦場へ駆り出されたかもしれない。

ようやく馬車がファビウス領デルブへ到着した時、街の雰囲気が変わっていると感じた。人々の顔には不安げな表情が浮かび、元気に遊び回っていた子供の声も少なくなっていた。

リカルドは詳しい状況を知るために数少ない知人であるマルタ婆さんの触媒屋へ行った。

店に入ると息子のディエゴが店番をしていた。

「リカルド、生きていたのか」

ディエゴが大げさに驚いた。リカルドがデルブから消えてから三ヶ月ほどが経っている。リカルドの身に何か遭ったと思っていたのだ。

「王都へ行って魔術士の試験を受けていたんですよ」

「ほう、受かったのか?」

「ええ、この通りです」

リカルドは認定タグを見せた。

「魔術士になったのなら、これからどうするんだ?」

「魔術士協会に入りました」

「そうか、王都で暮らすんだな。それがいい」

ディエゴの顔に影が差した。

「ファビウス領に小鬼族の大きな群れが現れたと聞いたのですが、本当なのですか?」

「ああ、フラヴィオやアレッサンドロは西の鉱山町パキートに向かったぞ」

「パキートだって、ユニウス村の近くじゃないか。子爵はユニウス村にも兵士を送ってくれたの?」

「たぶんユニウス村は見捨てられたと思うぞ」

リカルドの顔に影が差す。

「そんな何故ですか?」

「ユニウス村は小さな山村だろ。そんな山村にまで兵力を送る余裕は子爵にはないはずだ」

リカルドは自分を送り出した時の両親や兄弟たちの顔が脳裏に浮かんだ。

……助けに行かないと。

居ても立ってもいられない焦燥感に突き動かされ、そのままデルブの街をでると西へと向かった。

二年前に通った道を逆に辿り、故郷であるユニウス村へ向かう。

三時間ほど歩くと辺りが暗くなってきた。何も考えずに飛び出してきたのは失敗だっただろうか。

「ちょっと無謀だったか。何の用意もせずに出てきてしまった」

モンタが肩に登り、頭をリカルドの頬に擦り付ける。

「キュキュエ」(モンタ居る。大丈夫)

全然大丈夫じゃないけど、元気付けられた気がした。

収納碧晶から魔光灯を取り出し明かりを点けた。背負袋に魔光灯を入れると、丁度頭の上に光り輝くピンポン玉のような光の玉が浮かび、四方を照らす。

その光を頼りに夜道を進む。本来は危険な行為だった。光に惹かれて集まる獣や魔獣が居るからである。

「こういう時は懐中電灯のようなものの方がいいのかな」

その状態で二時間ほど歩き限界が来た。肉体的にも精神的にも疲れたのだ。

「ここらで休むか。こんなことになるならテントか何かを買って……いや、駄目だ。テントなんかじゃ魔獣に襲われた時が危ない」

この世界にもテントは存在するが、兵士以外ではあまり活用されていないようだった。

魔獣の存在を考慮するとコンテナのような頑丈なものが必要なのだ。

リカルドは仕方なく、近くに有った大岩に背中を預け、そこで一夜を明かすことにした。

枯れ葉と枯れ枝を集めて焚き火を焚く、ついでに魔獣が嫌う臭いを出す薬草の束を火に焚べた。

この薬草の臭いをモンタに聞いたところ、変な臭いだけど特別嫌いだというわけではないらしい。魔獣と賢獣は違うようだ。

モンタはバッグの中で寝ていた。

「モキュキュ」

口をモグモグさせているので、何か食べる夢を見ているのだろう。

リカルドはプローブ瞑想を行い身体の疲れを取る。ただ源泉門から流れ込む力は魔力を充足し身体の疲労を消し去ってくれるが、精神的な疲労は残る。

少しでも休もうと警戒しながらも静かにしていると、ガサッと音がしてハッとする。

眠っていたようだ。周りを見回すと、一匹のホーン狼がジッとリカルドの方を見ていた。ドキッと心臓が暴れ、急速に血が身体を巡り始めた。意識して冷静を装い静かに魔成ロッドを取り出すとホーン狼を睨み返す。

昼間なら一撃で倒せる相手だが、闇の中にいるホーン狼は不気味で恐ろしかった。

狼が舌打ちするようにペロンと舌を出し、クルリと身を捻ると去っていった。奇襲に失敗したと悟って諦めたようだ。

「ふうっ、危なかった。気付かなかったら襲われていたかも」

今になって冷や汗が吹き出してきた。

その夜は瞑想と魔力察知を交互に行いながら過ごした。

漸く東の空が明るくなり、リカルドは腰を上げた。荷物を背負いショルダーバッグを肩に掛けるとユニウス村に向かって歩き始めた。

変な姿勢で夜を過ごしたので身体のあちこちが痛い。

「クッ、今度から最低限の野営の用意を収納碧晶に入れるようにしよう」

リカルドが所有する収納碧晶の容量は一〇畳ほどの部屋に匹敵する広さがある。野営の装備など問題なく収納できるだろう。

リカルドは道を急ぎ、夕方近くになってユニウス村へ到着した。

ユニウス村は丘の上にある小さな村だった。北側と南側は崖、西側は村人が作り上げた高い土塀で塞がれており、村に入るには東側の道から入るしかなかった。

東側も塀で囲まれているが、西側ほど高くなく大きな入口があった。

リカルドは道から外れ、林の中に入ってから村に近付いた。

「モンタ、声を出さないでね」

バッグの中のモンタに小声でお願いすると丸く大きな瞳でリカルドを見詰めてコクリと頷いた。

村の入口には二匹の小鬼がうろついていた。身長は一三〇センチほどで頭に小さな二本の角がある。皮膚は赤く、よく動く大きな目をしていた。

ゴブリンみたいなのを想像していたのだが、実際は赤鬼を小さくしたような奴だった。但し髪はアフロではなく、スキンヘッドだった。

腰には汚れた布を巻き、手には棍棒のような得物を持っている。

入口に近い木の陰から様子を探る。二匹はふざけ合いながら、入口から離れようとしない。明らかに見張りだった。

同時に二匹を倒す必要がある。一匹だけ倒せば、もう一匹が村の中にいる仲間に知らせるだろう。

【風】の触媒を選んで取り出し、魔成ロッドに魔力を流し込んだ。触媒を撒き【嵐牙陣】の呪文を唱える。

十数個の風の刃が二匹の小鬼に襲い掛かった。小鬼たちは最後まで奇襲に気付かず、自分たちが攻撃されていると悟ったのは切り刻まれた後だった。

二匹の小鬼が血の海に沈んだ。

素早く近付いて、小鬼の死体を草叢の中に隠す。

入口から村の中を観察すると多くの小鬼が 彷徨(うろつ) いていた。そして、道には殺された村人の死体が横たわっている。意外にも小鬼の死体もあり、村人と小鬼が戦ったのが判る。

小鬼のほとんどは村で一番大きな家を取り囲んでいた。村長の家である。村長宅には大きな土蔵が有り、そこが村人の避難場所となっているのだ。

小鬼の居る位置を見定めると見付からないタイミングでスルリと村の中に入り込んだ。村の大通りである一本の狭い道沿いに家が建っていた。南側に村長や裕福な村人の家と畑があり、北側には貧しい村人の家があった。

リカルドの家は北側である。

村の北側に向かうと路地に入る。この辺は小さな家がスラム街のように雑然と建っており、小さな路地が迷路のようになっていた。

路地を進み、角を曲がった所で小鬼と鉢合わせした。

「ギャグルル」

嫌な唸り声を発した小鬼が手に持つ棍棒を構え襲い掛かってきた。棍棒が頭を目掛けて振り下ろされる。

飛び退いて避けると棍棒が地面を叩いた。重い音がして地面の土が弾け飛ぶ、小鬼は見掛け以上に力が強いようだ。

魔成ロッドを構え隙を窺う。

小鬼が残忍そうな笑顔を浮かべながら、棍棒を滅茶苦茶に振り回す。大振りした一撃を上半身を仰け反って躱す。小鬼は振り回した反動を抑えられず半回転してしまった。

目の前には小鬼の後頭部があった。リカルドは魔成ロッドに魔力を流しながら小鬼の後頭部に叩き付けた。

魔成ロッドから発生した衝撃波は小鬼の脳を強く揺さぶり脳挫傷を引き起こした。

小鬼が地面に倒れるとリカルドは先を急いだ。もうすぐ自分の家である。

見覚えのあるボロ屋が見えてきた。家が小さくなったように感じたが、自分が大きくなったからだろう。

家の入口が開いている。中を覗くと土間があり、そこに一人の男が倒れていた。

自分の顔から血の気が引くのを感じた。

リカルドはソッと近付いて顔を確認する。

父親だった。その身体は生気を失い冷たくなっている。

「間に合わなかった……」

家の中で何かがぶつかる音がした。

急いで音がした方へ行く。若い男が床に倒れており、傍には二匹の小鬼が立っている。

倒れているのは兄のアントニオだ。リカルドは無言で近付き小鬼の首に魔成ロッドを叩き付けた。驚いたもう一匹が反撃しようと振り返るが、その顔にも魔成ロッドを減り込ませた。

二匹の小鬼が絶命しているのを確かめ、アントニオの様子を調べた。

気絶しているだけで死んではいないようだ。ただ左手の手首が棍棒で叩かれ酷い状態になっている。

「……生きてた」

自分を背負ってくれた兄の背中を思い出した。不覚にも涙が出そうになる。

リカルドは他に人がいないか家の中を探した。炊事場に来た時、子供の泣き声が聞こえた。

竈や水瓶の置いてある炊事場には人影はない。

「そうだ、地下だ」

炊事場に食料を保存する縦穴が有るのを思い出した。

縦穴のある場所は板で塞がっていた。板を取ると母親と弟、妹が抱き合って泣いていた。

「母さん」

母親のジュリアがびっくりしたように上を向いた。

「リカルドなの?」

「そうだよ」

母親と弟妹を穴から出し、兄の所へ戻った。母親は心配そうに見守り、砕けた左手に気付くと涙を流した。

リカルドは【命】の触媒を取り出し兄の手に【治癒】の魔術を施した。

あまり使う機会のなかった魔術だが成功した。腫れ上がって内出血していた手が正常な状態になる。とは言え、棍棒で叩かれた手は複雑骨折しており、ちゃんと動くようになるかどうかは分からなかった。

母親のジュリアはリカルドが魔術を使ったのを見て驚いていた。

「そんなに驚かなくてもいいだろ。アレッサンドロ師匠の弟子になったのは伝えたはずだけど」

「ええ、聞いたよ。でも、兄さんがお前を弟子にしてくれるとは思ってもみなかったのよ」

どうやら母親とアレッサンドロはあまり仲が良くなかったようだ。

リカルドは躊躇いながらも父親が入口の所で死んでいると伝えた。

母親は弟セルジュと妹パメラをリカルドに預けると入口の方へよろよろと向かった。

弱々しい泣き声が聞こえて来た。

リカルドの腕の中では、弟セルジュと妹パメラが不思議そうな顔をしてリカルドの顔を見上げていた。

「セルジュ、覚えてないのか。リカルド兄さんだよ」

「お兄ちゃん?」

小さな弟は首を傾げ、同時に妹のパメラも首を傾げる。セルジュと最後に会ったのは三歳の頃だから覚えているか微妙だった。妹のパメラに至っては一歳だったので確実に記憶にないはずだ。

この子たちの父親を救えなかった。リカルドは後悔の念で心が一杯になっていた。

「もっと早く到着していれば……昨日休まずに歩いていたら……」

心が暗く冷たくなったように感じた時、これでは駄目だと思い直す。……起きてしまったことは覆らない。

父親は間に合わなかったが、兄弟と母親は助けられたと考えるべきなのだと心の中で呪文のように繰り返した。