作品タイトル不明
scene:198 革新派魔術士の活躍
パトリックたちは山を登り始め、偶に単独のネズミと遭遇するようになった。
「今度は俺たちの番だ」
カイルが言い出した。彼が使った魔術は【飛槍】。空中に現れた石槍が爆食ネズミに向かって飛び、串刺しにする。
「お見事だがね」
「パトリックに比べたら、全然だよ」
その時、右手の方で爆発音が聞こえた。
「おいおい、何が起きたんだ。あの爆発は尋常じゃないぞ」
パトリックは爆発音がした場所へ向かった。東の空に煙が立ち昇っているのが見える。
「あれはダリルさんだがね」
山火事が起きている傍に大木があり、その木の枝に立っているダリルたちの姿が見えた。下を見ると五十匹ほどの爆食ネズミがダリルたちを見上げて鳴き声を上げている。
「うあっ、うじゃうじゃといるがや」
「あれだけ集まると、臭いが凄いがね」
目に染みるような強烈な悪臭が漂ってきた。この臭いは危機に陥った爆食ネズミが出す分泌液が原因である。魔術士たちがその臭いを嫌がるのは、その分泌液を出した時の爆食ネズミが狂気に陥っているからだ。
狂ったようになり襲ってくる爆食ネズミは、全てを食い尽くそうとする。ただ幸いなのは、普通のネズミとは違い、木に登れないということだ。
木に登っているダリルたちは、少しの間は大丈夫だろう。
「クソネズミども、木を齧るな!」
ダリルの叫び声が聞こえた。
よく見ると巨木の根本を爆食ネズミが齧り、三割ほど細くなっている。ダリルが意味のない叫び声を上げているのは、かなり追い詰められているからだろう。
「あの数はまずいがね」
下手に攻撃すると、こっちを襲ってきそうなので攻撃を躊躇する。
「ベラテス、ミノラ、こいつらを何とかしろ!」
ダリルがパトリックたちを見つけ、同じ長老派のベラテスとミノラに命令した。
二人は魔術の準備を始める。【火】の魔術【爆炎弾】だ。パトリックがそれを見て止めようとした。
「やめろ」
だが、長老派の先輩であるダリルの命令を優先した。二人は群れの中心に【爆炎弾】を放つ。爆炎が上がり数匹の爆食ネズミが吹き飛ばされた。
結果、群れの敵意が一斉にパトリックたちに向けられる。
「だから、やめろと言ったがね。木に登るぞ」
パトリックは近くで一番大きな木に登る。他の三人も近くの木に登り始めた。パトリックが太い枝に立ちホッとした時、木が揺れた。
「うおっ」
下を見ると、根元に爆食ネズミが頭から体当たりしたと分かる。その爆食ネズミは頭から血を流していた。狂乱状態で体当りしたようだ。
「ありゃ、何かネズミの数が増えとるがね」
最初五十匹ほどだと思ったネズミが、百匹ほどに増えている。魔術により燃え上がった場所に、大きな穴が開いていた。爆食ネズミの巣である可能性が高い。
「【火】の魔術でネズミどもを焼き払え!」
ダリルの叫んでいる声が聞こえてきた。
パトリックは何だか不安になった。木の上に避難している状態で【火】の魔術なんか使っていいものなのか? 地上を見ると落ち葉が積み重なった状態であるのが分かる。
こんな状態で火を放てば、
「ちょっとまずいがね。おい、待……」
パトリックが魔術を止めようとした時、木の上の魔術士たちが【火】の魔術を放っていた。
いくつかの爆発音が響き、炎が地面を舐めるように広がる。ネズミが十数匹ほど死んだ。だが、アッという間に地面の上に敷き詰められていた枯れ葉が燃え上がった。
「くそっ、リーダーならもっと考えてから、指示を出すがや」
パトリックは愚痴をこぼしてから、【水】の触媒を取り出した。
「ひゃあ、火がこっちに……」
若い魔術士が悲鳴を上げた。一方、狂気で本能さえ忘れているネズミどもは、火が迫っても逃げようとしなかった。
ダリルが木の上で騒いでいる。火が近付いているのに、なぜネズミどもが逃げないのだと言っているようだ。
燃え広がった火が、ダリルのいる木の下まで近付いた。下から熱気が上がってきて、ダリルが慌てる。
「上に登るんだ」
ダリルが木の先端に向かって登り始めた。その様子をパトリックは見ていた。
「馬鹿なことを……【消火水弾】だぎゃ!」
パトリックの指示が周囲の木に登っている仲間に伝わった。一斉に【消火水弾】が放たれ、燃え広がった火が消し止められた。
「さて、このネズミどもはどうするきゃ」
独り言を呟いたパトリックは、触媒を取り出した。
パトリックが触媒を取り出したのに気づいたカイルが、
「どうするつもりなんだ。上級魔術でも放つつもりか?」
「あいつらの数を減らさねばならんがね」
「そうだけど、散らばっているネズミどもを、どうやって?」
範囲攻撃魔術の儀式魔術でも使わない限り、上級魔術でも二、三割を駆除するのが精一杯だろう。
爆食ネズミ同士が一定の距離をおいており、広範囲に散らばりすぎているのだ。自分たちが出す分泌液の臭いに、我慢できないのだろうか。パトリックは変な風に想像した。
「リカルドと一緒に開発した魔術を使うがや」
パトリックは魔成ロッドに魔力を流し込んだ。触媒を撒き、頭の中でリカルドが見せた【九牙竜爆】の光景を強くイメージする。
「 シェナ(風よ) ・ ヴェゼラシル(大気を固め) ・ オボス(九本の) キュミ(竜牙となり) ・ ジュセム(合図を待ちて) デグロ(貫き爆ぜろ) 」
パトリックの周りに、紫に輝く九本の牙が浮かんでいた。凶悪な力を秘めている竜牙である。合図を口にすると、一本目の竜牙が大気を切り裂いて飛び爆食ネズミに突き立った。
次の瞬間、爆食ネズミを引き裂きながら爆発した。その凄まじい威力は、一匹の爆食ネズミに対しては大きすぎた。爆発は近くのネズミを吹き飛ばし五匹ほど道連れにする。
それを目にしたカイルが、こちらに驚きの視線を向けるのをパトリックは感じた。それを無視して合図の声を上げる。竜牙が次々に飛翔しネズミを屠ってゆく。
【九牙竜爆】は、その威力により五十匹ほどの爆食ネズミを駆除した。
「こんなもんきゃ。これ以上は本当の範囲攻撃魔術を開発するしかないがね」
爆食ネズミは相変わらず狂ったように騒いでいる。ただ数が半分に減ったせいで、魔術士たちが冷静になる余裕を取り戻した。
「皆、後は一匹ずつ仕留めるがね!」
パトリックが叫ぶと、木の上で頷く魔術士たちの姿が目に入った。
この頃になって、他の魔術士たちが救援に駆けつけてきた。二〇人の魔術士が爆食ネズミの群れを攻撃し始めると、一気に勝敗が決まった。
爆食ネズミが全滅したので、パトリックは木から下りてきた。百匹以上の大きなネズミが倒れている光景を、他の魔術士たちが見つめている姿が見える。
「パトリック、今使った魔術は何だ?」
ダリルがパトリックに近付いて尋ねた。
「革新派で新しく開発した上級魔術だがね」
「やはり上級魔術か。羨ましいことだ」
ダリルは落ち着きを取り戻し、配下の魔術士たちに残った爆食ネズミを掃討するように指示した。まるでパニックに陥り慌てふためいたことがなかったかのように振る舞っている。
それぞれの魔術士がネズミ退治を行い、ほとんどの爆食ネズミを狩り尽くす。
「よし、最後に巣を潰すぞ」
魔術士たちは巣穴に枯れ木や生木を放り込んだ。その後、放り込んだ枯れ木に火を点ける。煙でネズミたちを巣穴から追い出す作戦である。
巣穴の出入り口は一箇所ではなかったらしく、他に三箇所から煙が立ち昇るのが見えた。普通のネズミは、それぞれが別の巣穴を掘るのだが、この爆食ネズミは群れ全体で一つの巣穴に棲み着く。
巣穴から追い出したネズミを魔術士たちが狩り、任務を終えた。
今回の任務で一番活躍したのは、パトリックと革新派の魔術士たちだった。【九爪狼撃】を伝授された魔術士たちは、それを使って数多くの爆食ネズミを仕留めたのだ。
魔術士協会の中で革新派の株が上がった。どの派閥にも属していなかった魔術士たちが、革新派に加わるようになり、その数は五十名を超えることになる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
魔術士協会に戻ってきたパトリックにリカルドが労いの言葉をかけた。
「お疲れ様、活躍したと聞いたよ」
「一緒に開発した九連シリーズのおかげだがね」
パトリックはリカルドが机の上に『魔術大系』を広げているのが目に入った。
「まだ、魔術の研究をしてるんきゃ?」
「ああ、九連シリーズは完成したけど、天黒狼と風魔鳥を倒すには威力が……」
元々リカルドは素早い動きをする天黒狼や風魔鳥を倒すために、新しい魔術を開発していた。ところが、完成した【九牙竜爆】を試してみて、威力不足だと感じたようだ。
「その天黒狼や風魔鳥は、どんな化け物なんだがや」
「情報が少なすぎて分からない」
「分からないんやったら、威力不足かどうかも分からんはずだがね」
「脅威度8の魔獣は、巨蟻ムロフカしか遭遇した経験がないから、巨蟻を基準として考えるしかないんだ」
伝説の魔獣に対するリカルドの認識は、脅威度8の魔獣ならば上級魔術は通用せず、特級魔術が必要だというものだった。
「特級魔術というと、リカルドが完成させた【白星焔弾】しかないがね」
「そうなんだけど、【九爪竜撃】を特級魔術に改良できるんじゃないかと、研究しているところなんだ」
「へえー、ワイらが【九爪狼撃】の開発している間に、そんな研究をしとったんきゃ。それで研究は?」
「かなり進んだ」
「それで、どんな特級魔術になったんきゃ?」
「【火】と【風】の複合魔術にしようと思っている」
「ほう、複合魔術きゃ。凄い魔術なんだろうな」
「威力を数倍にする目処は立ったよ。その代わりに、九連射だったものが、二連射にまで減ってしまいそうなんだ」
パトリックは【九爪竜撃】の威力を数倍にして、【風】に【火】を加えた魔術がどのようなものになるのか、想像もつかなかった。
「完成したら、見せて欲しいがね」
「ああ、完成したら知らせる」
パトリックはタニアのところへ向かった。
部屋に残ったリカルドは、研究を続ける気分ではなくなったので、帰ることにした。
家に帰ったリカルドを、母親のジュリアが青い顔をして出迎えた。
「何かあったの?」
「セルジュとパメラが、外に遊びに行って、まだ帰ってないのよ」
もうすぐ夕方になる時間である。母親が心配するのも当然だった。
「ふたりだけなの?」
「モンタも一緒よ」
リカルドは少し安心した。
「探してくる」
そう言ったリカルドは、外に出て大公園へ向かった。二人が遊ぶとしたら、大公園だと思ったのだ。
完成した大公園は、住民の憩いの場所となっていた。管理された常緑樹の林や池、散歩道が複雑に入り組んだ構造をしている。
二人の名前を呼びながら探して大公園の半分を回った時、モンタの声を聞いた。
「リカ、大変」
空中から現れたモンタがリカルドの頭に着地した。モンタも大きくなっているので、頭の上に着地されると結構きつい。
「どうしたんだ。セルジュとパメラに何かあったのか?」
肩に乗ったモンタが、林の方を指差した。
「パメラたち、あっち」
リカルドは急いで、モンタが指差す方へ向かう。林に入るとパメラの声がした。
「モンタちゃん、どこに行ったの」
今にも泣きそうなパメラの声だ。リカルドは声の聞こえた方角へ進んだ。そして、木の根元で泣きそうになっているパメラを見つけた。
「パメラ、どうした?」
パメラがリカルドの顔を見て、駆け寄り抱きついた。
「セルジュ兄ちゃんが……」
上を見上げるパメラの視線を追って、リカルドも上を見上げた。木にしがみついているセルジュの姿がある。そして、もう一つ奇妙なものが目に入った。
「パラシュートだと……」