作品タイトル不明
scene:189 ファビウス子爵の罪
リカルドの名前を騙ったマルチェロが、笑っているグレタを責めたので、座長が間に割って入った。
「お待ちください。こちらのお客様には、関係ありません」
グレタは必死で笑いを堪えながら、リカルドの背後に隠れた。
座長がリカルドの方を向いて、
「お客様、私を心配して来られたのでしょうが、大丈夫でございます」
座長は、リカルドが自分を心配して部屋に入ってきたと勘違いしたようだ。
「おい、こっちの話が済んでおらんぞ」
偽アントニオが座長にきつい口調で言った。
「アントニオ様、セリフは書き直すと言ったはずです。それ以上の何をせよと言われるのですか?」
「この演目は中止だ。これから先も演ずることを許さん」
「そんな……二ヶ月の準備と稽古をして幕を開けたのです。明日から、どんな芝居をしろとおっしゃるのです」
「私の知ったことか。ファビウス領出身の者として、子爵を馬鹿にするような芝居は許しておけん」
リカルドは聞いていて、事情が分かった。
この二人はファビウス子爵から、この芝居を中止させろと命じられたのだろう。
あまりにも阿呆らしい事情だった。アントニオとリカルドに化けろと命じたのも子爵かもしれない。ファビウス子爵は、ユニウス家にあまり良い感情を持っていないと聞いている。
自分の領地から逃げ出し、王都で成功したことを面白く思っていなかったようだ。
偽リカルドが、本物のリカルドへ視線を向け吐き捨てるように言った。
「これは芝居じゃないぞ。さっさと出ていけ」
それを聞いたリカルドが苦笑した。
「何を言ってるんだ。全部芝居じゃないか」
「どういう意味だ?」
「あなたたち、本物じゃないでしょ」
マルチェロとイヴァンの顔が引き攣った。
その表情に気づいた座長が、二人を睨む。
「無礼だぞ。私は副都街の司政官アントニオだ」
偽アントニオのイヴァンが断言した。そして、マルチェロが何か言おうとして、リカルドの顔を見て思い出した。
「えっ、お前……リカルドか?」
マルチェロの言葉を聞いたイヴァンが顔色を変える。
「ようやく思い出してくれたようだな。マルチェロ、イヴァン」
名前を呼ばれた二人は、へなへなと床に座り込んだ。
座長は何が起こったのか分からなかった。
「あのぉ、一体どういうことでしょう?」
笑っていたグレタが顔を出し、自己紹介した。
「私は、ボニペルティ侯爵家の三女グレタと申します」
「えっ、グレタ様といえば、リカルド様の婚約者じゃありませんか」
「はい。こちらが婚約者のリカルド・ユニウス様です」
座長がイヴァンとマルチェロの顔を交互に見た。
「それじゃあ、お前たちは誰なんだ?」
怖い顔をした座長に睨まれた二人は、パッと立ち上がると逃げ出した。
「待て!」
外で話を聞いていた役者たちが、二人の前に立ち塞がった。マルチェロがロッドを取り出して役者たちを威嚇する。
「どけ! 痛い目に遭わせるぞ」
さすがに魔獣と戦う魔術士の一員である。その気迫に役者が怯えて道を開けた。
リカルドは溜息を吐いてから追いかけた。劇場の外に出た二人は人混みに紛れようと思っているのか、商店街へ向かって走り出した。
久しぶりに【泥縛】で足止めしようかと思ったが、王都の大通りは石畳である。
「【泥縛】だと石畳がボロボロになりそうだな」
リカルドは魔功銃を取り出した。所有する武器の中で一番威力が小さい武器だ。そう言っても、至近距離で頭に命中すれば人は死ぬ。ただ一〇メートルほどの距離があれば、気絶するくらいに威力は弱まる。
魔功銃を構えたリカルドは、まずマルチェロの尻を狙って引き金を引いた。発射された衝撃波は、マルチェロの尻に命中して『パン』という音を響かせた。
「あぎゃー!」
マルチェロが尻を押さえて地面を転げ回る。全力でバットにより叩かれたようなダメージがあったはずだ。
「貴様、昔の仲間を……」
「仲間を裏切ったのは、どっちだ」
リカルドがイヴァンを睨んだ。
イヴァンが目を逸らした。
その時になって、警邏官が集まり始めた。その気配を察知したイヴァンは、どうするか迷ったような様子を見せる。だが、マルチェロを置き去りにして逃げることはできなかったようだ。
マルチェロとイヴァンは警邏官に逮捕された。
二人はリカルドの知り合いということで、特別にサムエレ将軍が調べることになった。尋問は城の三階にある小部屋で行われた。
そこにはリカルドも呼ばれ見守る。
「イヴァンよ。誰の命令でリカルド殿とアントニオ司政官の名前を騙った?」
「命令されてなどおりません」
イヴァンは強い意志を滲ませた瞳で将軍を見て答えた。
「それでは、領主であるファビウス子爵を思う気持ちから、芝居をやめさせようとしたと?」
「その通りです」
「ならばなぜ、リカルド殿たちの名前を騙った?」
「一介の魔術士が訴えても、座長が言うことを聞かないだろうと、考えたからです」
将軍がマルチェロの方に視線を向けた。マルチェロは尻の痛みを堪えて立っている。
「マルチェロ、正直なことを申せ。このままだと大変な処罰を受けることになるぞ」
「しょ、処罰とは?」
「貴様らは、男爵家に相当する家格である司政官一家の当主と、王太子殿下のご友人であるリカルド殿の名前を騙ったのだぞ」
「男爵……そんな、貴族だなんて聞いていない」
イヴァンがマルチェロを睨んだ。
「黙れ、それ以上しゃべるな」
サムエレ将軍はニヤリと笑った。突破口が見つかったからだ。
将軍はマルチェロを中心に尋問を始め、事の真相を突き止めた。やはりファビウス子爵が命じたことだった。自分を侮辱するような芝居が演じられていることを知った子爵は、その芝居をやめさせると同時に、ユニウス家の評判を落とそうと考えたようだ。
将軍が王太子に報告すると、ファビウス子爵を呼ぶように命じられた。幸いにも子爵は王都に来ており、時間をかけずに登城した。
呼び出されたファビウス子爵は、青い顔をして王太子の前に進み出た。ガイウス王太子の横には、リカルドとサムエレ将軍が立っている。リカルドは一緒に聞くようにと命じられたのだ。
「ファビウス子爵、王都の劇場で先日事件が起きた。知っておるか?」
子爵は額に汗を滲ませ否定する。
「いいえ、最近は芝居など見ておりませんので、知りませんでした」
王太子がきつい視線で子爵を睨んだ。子供なら泣き出しそうな形相である。
「だが、その事件を起こした者たちが白状した。彼らに命令を下したのは、子爵だと証言したぞ」
「滅相もございません。何かの間違いです。それに犯罪者の言葉など信じてはいけませんぞ。悪人は自分が助かるためなら、嘘を吐くものでございます」
「その言葉には一理ある。しかし、その者ども……マルチェロとイヴァンという者だが、子爵の配下であると言うのだ」
子爵の顔がますます青褪め、額に汗の粒が吹き出る。
「そんな者など、我が子爵家にはおりません」
王太子がリカルドに視線を向けた。
「本当か?」
「いえ、マルチェロとイヴァンは、間違いなくファビウス子爵家の魔術士です」
「貴様、いい加減なことを言うな」
子爵がもの凄い形相でリカルドを睨んだ。
リカルドはちょっと怒っていた。くだらない理由で魔術士を犯罪に使ったからだ。化ける相手がリカルドとアントニオだったので、若い魔術士を使ったのだろう。
ちなみに、アントニオも魔術を使えるので、世間では魔術士だと誤解している者たちもいる。
全身に気迫を漲らせたリカルドが、ファビウス子爵を睨んだ。
その瞬間、子爵が顔を強張らせ震え上がる。
魔獣との様々な戦いを繰り広げたせいなのか、リカルドが気合を込めると魔力と気迫が混じり合い、独特の気配を身に纏う。
それは精神的な圧迫感を伴っており、意志の弱い者には強烈なプレッシャーとなったのだ。
その余波を受けた王太子が顔をしかめた。
「その辺でいいだろう。子爵がピクピクと痙攣し、白目を剥いているではないか」
リカルドが肩の力を抜くと、子爵がペタンと床に座り込んだ。
「子爵……気分が悪いんですか?」
語りかけるリカルドの声を聞いて、王太子が面白そうに笑う。
「リカルドは、偶に鈍い時がある」
「何のことでしょう?」
「子爵が白目を剥いておるのは、そちが凄まじい気迫で迫ったからだ」
「睨み返しただけで、この状態に?」
「魔力が滲み出ていたのだろう。サムエレ将軍、起こせ」
将軍が子爵の身体を揺さぶり、目を覚まさせた。
その後は、子爵の態度が変わった。人が変わったように正直に白状したのだ。
「貴族たる者が、そんな些細なことで民を騙そうとするな。罰として来年の戦賦税を二割増やす。そして、魔術士の二人は魔境門で二年間働いてもらうことにする」
「二割……そんな」
王太子がギョロリと子爵を睨んだ。
「何か異議があるのか?」
「い、いえ、ございません」
貴族の名前を騙った罰としては、軽いものだった。罪状は詐欺罪と不敬罪になる。不敬罪は対象となる貴族の意思一つで罰の重さが変わるという特殊な罪なので、リカルドが重い罰を希望しなかったために軽い刑罰となったのだ。
「魔境門で働くということは、軽い刑罰ではないかもしれんぞ」
サムエレ将軍が言った。
「どういう意味です?」
リカルドが尋ねると、魔境に棲む魔獣の活動がさらに活発化しており、魔境門を守る魔術士たちは苦労しているという説明があった。
「また活発化しているのですか。何か手伝えることはありますか?」
「いや、リカルドは魔術の研究をしていてくれ。魔境門は魔砲杖の増産により対処できる目処が立っておる」
王太子は魔境門を守る兵士を増やしており、戦力は問題なかった。
王太子と別れたリカルドは、マルチェロとイヴァンの様子を見にいった。
城の地下にある牢屋に二人は入れられていた。
「全く、子爵の命令だからと言って、そのまま命令に従ってどうする」
イヴァンは 項垂(うなだ) れていた。一方、尻を魔功銃で撃たれたマルチェロは、うつ伏せに寝ている。尻が倍ほどに腫れ上がっていた。
「痛たた……でも、どうすれば良かったと言うんだ。貴族様からの命令なんだぞ」
「副都街に来て相談してくれれば、何か手があったはずだ」
「俺たち、リカルドがそんなに偉くなっているとは、思っていなかったんだ」
二人のリカルドに対する認識は、ちょっと有名な魔術士という程度のものだったらしい。王太子と仲がいいとか、本気にしていなかったようだ。
司政官であるアントニオの力で、王太子とも知り合いなのだと思っていたという。
「王太子殿下に、罪が軽くなるように頼んでおいた」
「ありがとう。それで俺たちはどうなるんだ?」
「魔境門を守る仕事を二年間務めることになる」
項垂れていたイヴァンが顔を上げた。
「魔境……魔獣だらけの場所なんだろ」
「気を抜けば、死ぬ場所だ。でも、縛り首になるよりはマシだろ」
「そ、そうだな」
劇場でリカルドとアントニオの名前を騙った事件は、どちらかと言うと間抜けな笑い話として世間に広まった。マルチェロが尻を撃たれて、転げ回った姿を見た野次馬が面白おかしく語ったせいである。