作品タイトル不明
scene:186 特級魔術の威力
「クレート大兵長、今がチャンスよ。あいつの頭を撃ち抜いて!」
公爵が甲高い声を上げた。
クレート大兵長はじっくりと狙いをつけて、引き金を引いた。空震槍が飛翔し巨大蟻の頭を貫く。
巨蟻ムロフカの子供が倒れた。リカルドが目を凝らすと、その頭が消失している。
「……皆さんには感謝します」
公爵が礼を言った。公爵の顔を見る限り本気で感謝しているようだ。
リカルドは見張り塔を下りて、城の庭園に向かった。
「改めて見ると、大きな蟻だな」
手で外殻を叩いてみると、ガラスを叩いているような乾いた音がした。
「公爵、巨蟻ムロフカの死骸は、持ち帰れという王太子の命令です。よろしいですね」
「構わないわ。私は化け物が死んだだけで満足よ」
リカルドは巨蟻ムロフカの死骸を冷凍収納碧晶に仕舞った。王太子殿下からの命令では、モルドス神国へ持ち去られた巨蟻ムロフカの卵がどうなったか判明するまで、メルビス公爵領で待機することとなっていた。
リカルドはフェムレス城の一室を与えられ、そこで待機することになった。
二日ほど平穏な日が過ぎ、リカルドは巨蟻ムロフカが使う『魔の滅死響』をどう防ぐかを研究していた。成長した巨蟻ムロフカは、本来の『魔の滅死響』を使えるようになるだろう。
リカルドたちが倒した子供の巨蟻ムロフカでさえ、近くにある鎧窓を壊すくらいの威力を持つ魔法を放った。
成虫となった巨蟻ムロフカは、どれほど威力のある『魔の滅死響』を放つのだろう。何か防御方法がなければ、戦うこともできずに死ぬかもしれない。
魔法や魔術を防御するのなら、魔術盾が選択肢に上がる。だが、魔術盾は身体全体を防御するのではなく盾を向けた面から来る攻撃だけを防御する。
音に乗せた魔法は、全方向から攻撃されるようなものだ。魔術盾では防げないだろう。リカルドは結界のようなものを構築できないか考えた。
音を遮断するには、【風】の魔術が相応しいだろうか。それとも【空】の魔術がいいだろうか。
「【空】の魔術でバリアみたいなものを形成すると酸素不足になる恐れがあるか」
様々なアイデアや理論が頭の中を駆け巡る。いくつかの魔術単語が候補として浮かび、それを検討した。
「やはり【風】の魔術がいいか」
候補に上げた魔術単語を組み合わせれば、魔力を帯びたすべてを拒絶する風の結界を築くことができそうだ。起動時のイメージをどのようにするか考え始めた。
ドアを叩く音がした。
「はい、どうぞ」
公爵家の執事が入ってきて、公爵が呼んでいると告げた。
リカルドは公爵の執務室に向かう。その執務室には選りすぐりの調度品が置かれており、その部屋の主人が確かな目を持っていることを示していた。
執務室にはリカルドの他にクレート大兵長と公爵の魔術士アルベルトが呼ばれていたようだ。
「モルドス神国に放った間諜が、報告を寄越しました。あの国は大変なことになっているようです」
リカルドは眉間にシワを寄せ、公爵に注目した。
諜報員の報告によると、公爵領と同じ頃に巨蟻ムロフカの卵が孵化したらしい。それも首都ベリアスで二匹の巨大蟻が誕生したという。
孵化したことに気づいたモルドス神国の指導者ブラジコフ教皇王は、首都にいる魔術士全員に巨蟻ムロフカの子供を殺すように命じたそうだ。
「魔術士たちは、巨蟻ムロフカの子供を殺せたのですか?」
クレート大兵長が冷静な声で尋ねた。
「一〇人の魔術士が接近して上級魔術を放ち、一匹だけは倒したそうです。ですが、一〇人の魔術士の中で生き残ったのは、三人だけだったそうよ」
リカルドはどうやって倒したのか気になった。孵化したばかりの巨大蟻でも高い魔術耐性を持っているので、倒すのは容易でないと分かっていたからだ。
「モルドス神国の魔術士は、自分にも被害が及ぶことを承知で、近距離で上級魔術を放ったのです」
上級魔術は最低でも一〇メートルほどの距離を取らないと、魔術の攻撃が術者自身にも及ぶ。それを承知で上級魔術を近距離で使ったということは、命と引換えに巨大蟻を倒し殉教者となったということ。
「神国の魔術士か……怖い存在ですね」
リカルドの言葉を聞いて、メルビス公爵が嫌そうな顔をしながらも同意するように頷いた。
「そうね。でも、問題なのは仕留めそこなったもう一匹の蟻よ」
諜報員からの報告では、首都の近くにある山に逃げ込んだらしい。
モルドス神国では、山狩りを行い巨大蟻を狩り立てた。
しかし、山狩りを行った兵士や魔術士は返り討ちになった。しかも、山で大きくなった巨蟻ムロフカの子供は首都に戻ってきたそうだ。
不運なことに、巨大蟻は教皇神殿を棲家に選んで土地を掘り返し始めた。
「ここまでが、昨日の出来事のようね」
公爵が深刻な表情を浮かべて、リカルドたちに告げた。
「まずいですね」
リカルドが声を上げると、公爵の視線がリカルドに向けられた。
「どういう意味?」
「王太子殿下が心配しておられたのは、モルドス神国で大きくなった巨蟻ムロフカの子供が、追い立てられて王国に来る。あるいは、魔境を目指して王国を通過しようとすることです」
「どうかしら、あの巨大蟻はモルドス神国が気に入って、首都に住み着くかもしれないわ」
「そうなるかもしれません。ですが、伝説の魔獣が魔境に棲んでいるのは、魔境には魔力が充満しているからだという説があります。その説が正しいなら、魔力を求めて魔境へ移動する恐れがあります」
モルドス神国の巨蟻ムロフカが魔境へと移動を開始すれば、必ずメルビス公爵領を通過することになる。通過した町や村は、大変なことになるだろう。
「もしも、あの蟻が魔境へ移動を開始したとしても、黒震魔砲杖で倒せるのでしょ」
「どこまで成長したかに左右されるでしょう。伝説のような化け物にまで成長したら、倒すのが難しくなります」
公爵はリカルドを見つめた。難しいと言ったが、不可能だとは言わなかった若者に興味を示したのだ。
「あなたなら、巨蟻ムロフカでも倒せるというの?」
「戦い方次第です」
「万一の時には、リカルド殿の魔術に頼るしかないようね」
貴族でもない若い魔術士に、公爵が敬称を付けたことを、アルベルトは驚いた。
その後三日間、巨蟻ムロフカの子供とモルドス神国の魔術士が戦っている様子が、諜報員から報告された。
そして、四日目にモルドス神国は戦術を変えた。巨蟻ムロフカを攻撃しながらロマナス王国へ誘導するような動きを見せたのだ。
魔術士と兵士が一体となって、巨蟻ムロフカの子供を攻撃しながらメルビス公爵領へと移動を開始した。その作戦中に巨大蟻に食われた兵士や魔術士の数は百数十に上る。
多大な犠牲を払いながら、国境付近まで巨大蟻を誘い出したモルドス神国は、最後にロマナス王国側の国境線を守るイシス砦を攻撃した。
イシス砦を守っていた魔術士の何人かは、反撃した。その魔術を巨蟻ムロフカの子供が自分に対する攻撃だと勘違いした。
全長七メートルにまで成長していた巨蟻ムロフカの子供は、イシス砦に襲いかかった。
その知らせは、すぐにメルビス公爵の下に届けられた。
「モルドス神国め!」
公爵は持っていたカップを床に叩きつけて叫んだ。
リカルドは、巨蟻ムロフカの子供がイシス砦を壊滅させたと、公爵から聞いた。
「伝説の魔獣というのは、想像以上だな」
そう呟いたリカルドは戦う支度をして、クレート大兵長たちと一緒にイシス砦へ向かった。その途中、大勢の避難民と出会った。
このままでは、いくつの町や村が滅ぶか分からない。
「いざという時は、特級魔術を使うしかないかな」
巨蟻ムロフカの子供は、避難民を追いかけロマナス王国内に入り、小さな村で暴れまわっていた。公爵は住民の避難を指揮しているようだ。
「クレート大兵長、特別な魔術を用意するので、巨大蟻をあの十字路に誘い出してもらえないか」
村で暴れている巨蟻ムロフカの子供を睨んでから、クレート大兵長が承諾した。細かい打ち合わせをしてから、リカルドはクレート大兵長たちを送り出した。
クレート大兵長たちは巨蟻ムロフカの子供に近付き、黒震魔砲杖ではなく雷鋼魔砲杖で攻撃した。だが、ほとんどダメージを与えられなかった。
攻撃で興奮している巨大蟻は、即座に反撃しようとクレート大兵長たちに迫ってくる。食いついたと判断したクレート大兵長たちは、リカルドが指定した十字路に向かった。
リカルドは自作のサングラスをかけ、新しいロッドであるガードロッドを構える。そして、自分の意識に注意を向けた。これほど切迫した状況で特級魔術を使用したことはない。
精神を落ち着け、意識を扱うことに苦労した。それでも必死になって源泉門へと意識を進ませる。源泉門から三歩の距離まで意識を近付けることに成功した。
源泉門から溢れ出す力を魔力に変換し、ガードロッドに流し込む。そのロッドの周りに膨大な魔力が渦を巻き始めた。
クレート大兵長たちは任務を達成した。巨大蟻を十字路に誘い出した瞬間、黒震魔砲杖二丁で同時攻撃したのだ。巨大蟻の胴体に大きな穴が開き、その傷口から体液が溢れ出す。
巨蟻ムロフカの子供は、反撃として『魔の滅死響』を放った。強烈に不快な音が周りに響き渡る。その音を聞いたリカルドは、精神を長く集中していられないと感じた。
触媒を撒き、【白星焔弾】の呪文を唱え始める。
「 ファナ(火よ) ・ ジェネサシャレス(白き星のように) ・ ヴァシャロセ(熱く燃え上がり) ・ スペロゴーマ(弾け飛べ) 」
呪文の最後を唱えると同時に、ガード型黒魔術盾を起動させ魔力障壁を発生させる。
ガードロッドの周りで渦巻いていた膨大な魔力は、ロッドから五メートルほど離れた空中で圧縮され球形となり、凄まじい熱を放出する。
その熱は地面を焦がし溶岩のような灼熱する塊へと変化させる。
白星焔弾が弾けるように飛翔を開始。ここまでなら上級魔術である【陽焔弾】とさほど変わらない。だが、特級魔術である【白星焔弾】は、飛翔中に魔力を消費して急速に温度を上げながら拡大する。
一万度を超えた時には、直径が一メートルほどになっていた。
僅かずつ膨張しながら急速に温度が上がり、数万度に達した時に巨蟻ムロフカの子供へ命中した。伝説の魔獣といえど、耐えられる温度ではなかった。
巨大蟻の外殻が瞬時に灰となり、体液が蒸発。巨蟻ムロフカの巨体は半分が消えた。それだけの威力を発揮した白星焔弾だったが、勢いが衰えない。
巨蟻ムロフカを貫通した白星焔弾は、その背後にあるモルドス神国の砦へと飛翔する。あっさりと砦に大穴を開け貫通。
そして、砦の背後にあった山に衝突して大爆発。凄まじい爆発だった。爆炎が収まった後に、山の形が変わっていた。
この光景をクレート大兵長たちは見ていた。その全員の顔が、恐怖で強張っている。
「大兵長、あれは何だったんですか?」
「……リカルド殿の魔術だろ。但し、桁外れの魔術だ」
その時、大きな穴が開いたモルドス神国の砦が崩壊した。多くの柱が白星焔弾で消し飛んだせいだ。
「魔術一発で……砦が壊滅した」
クレート大兵長の額から大粒の汗が噴き出した。
少し離れた場所で、同じ光景をメルビス公爵が見ていた。噛み締めた唇から血が流れ出る。
「アルベルト、今のは何?」
魔術士であるアルベルトは、公爵以上にショックを受けていた。公爵の質問に答えることができず、頭の中は混乱していた。
「も、申し訳ありません。私には分かりません」
公爵は王太子から言われた言葉を思い出した。『リカルドは、余の友人である。粗略な扱いをしたら……分かっておるな』という脅しの言葉だ。
王太子にしては甘い言葉だと思っていた。いくらお気に入りの魔術士だとしても、手駒の一つにしか過ぎないのに、と思ったのだ。
だが、今なら分かる。リカルドを少しでも粗略に扱った者は、王太子が本気で潰そうとするだろう。
「リカルド殿を探し出して、保護しなさい」
公爵は指示を出した。
緊張感から解放されたリカルドは、地面に座って崩壊した砦と形が変わった山を眺めていた。
「とんでもない威力だな」
特級魔術の威力は満足すべきものだった。だが、改めて扱いが難しいと感じた。巨蟻ムロフカだけを倒すつもりだったのに、ついでに砦と山一つを破壊してしまった。
「威力をコントロールできるものなのか?」
それは難しいとリカルドは判断した。【白星焔弾】という魔術のイメージが固まってしまっている。それを変えようとすれば、魔術全体のバランスがおかしくなる。
公爵の部下たちにより保護されたリカルドは、フェムレス城に戻った。
リカルドには理解できなかったが、過剰な接待を受けるようになった。初めは遠慮したのだが、断りきれずに豪華な食事だけは頂いた。
リカルドが王太子に報告するために帰ると言うと、一瞬だけ公爵がホッとしたような表情を見せた。釈然としないものを感じながら、リカルドは帰途に就いた。