作品タイトル不明
scene:184 王都の巨大蟻
黄金球が魔獣の卵かもしれないと聞いたメルビス公爵は、どんな魔獣なのか知りたいと思った。
「アルベルト、これがどんな魔獣の卵か、どうやって調べられるかしら?」
公爵に仕える魔術士アルベルトは、黄金球を注視した。
「これが卵だとして、魔獣は生きているのでしょうか?」
公爵が首を傾げた。
「どうかしら。魔獣の生命力は驚異的だという。生きていると考えた方がいいわね」
「この黄金球は、どのように発見されたのですか?」
「トポシェ島の赤土の中に埋まっていたらしいの。井戸を掘ろうとして発見したそうよ」
公爵は優雅にお茶を飲みながら答えた。
アルベルトは頭の中で日数を数えた。
「島から掘り出されて、一〇日ほどが経過したのですね」
「それがどうしたの?」
「以前に聞いた話ですが、ある魔獣ハンターが土の中から魔獣の卵を掘り出したことがあったのです」
公爵が身を乗り出して、アルベルトに続きを促した。
「土から卵を掘り出して一〇日後に卵が 孵(かえ) り、魔獣が生まれたのです。もしかすると、この黄金球が魔獣の卵なら、そろそろ 孵化(ふか) するかもしれません」
「孵化する……まさか」
公爵は卵が孵化する可能性を考えていなかったようだ。
「でも、生まれるのは魔獣の赤ん坊よね。どうにでもなるのではない」
そのことについては、アルベルトも同意した。赤ん坊の魔獣に苦戦するとは思っていないのだ。
「ところで、黄金球を調査したクランゼ教授は、なぜ魔獣の卵だと考えたのです?」
「それは魔力を使って黄金球を調べようとして、魔力を吸われたと言っていたわ」
「魔力を吸われた……つまり周りから魔力を吸収しているのですね。……本当に孵化するかもしれませんね」
この世界の大気には魔力が含まれている。公爵が黄金球と呼んでいるものは、魔獣の卵で間違いない。土の中から掘り出された瞬間から、大気中から魔力の吸収を始めたのだ。
卵の中で休眠していた魔獣は、魔力を吸収して成長を開始。もう少しで活動を始めようとしていた。
その夜、メルビス公爵が寝室で寝ていると、不快な音が聞こえて目が覚めた。
「何事なの?」
ガウンを着て寝室を出た公爵は、音のする方角を探した。黄金球を仕舞った宝物庫から音が聞こえてくる。
使用人と護衛兵士が先に気づいて騒いでいた。
「公爵様、あの黄金球が変な音を発し始めました」
使用人の一人が公爵に報告した。
「まずいわね」
公爵は庭に穴を掘るように命じた。そして、宝物庫にある金庫を開け中身を寝室に運ばせる。空になった金庫に、黄金球を入れ扉を閉めた。
その瞬間、音が小さくなり不快感が消える。公爵は金庫を庭に運ぶように命じた。人の背丈以上の深さの穴が掘られていた。公爵は金庫を落として埋めるように命じた。
「公爵様、これで魔獣が死ぬと思いますか?」
アルベルトが近寄って話しかけた。
公爵は険しい顔をしている。楽観視していないようだ。
「明日になったら掘り返して、死んでいるか確かめましょう。死んでいないようだったら、あなたの魔術で始末して頂戴」
「分かりました。今夜はもうお休みください」
「ええ」
次の日の朝、公爵は庭を掘り返し金庫を確認した。
「金庫が壊れているじゃないの。どうして?」
穴に埋めた金庫が奇妙な壊れ方をしていた。金庫の一部がバラバラの金属片となり散らばっている。そして、中に入っていた黄金球が割れている。中身の魔獣は逃げたようだ。
「卵が孵ったようね。探しなさい。必ず見つけて!」
魔獣の捜索が開始された。調査すると魔獣が掘ったらしい穴が、隣の屋敷に向かっていた。
「な、なんてことなの……厄介なことになったわ」
公爵の呟きに、アルベルトが頷いた。隣の屋敷はサムエレ将軍の屋敷なのだ。
「この件を、サムエレ将軍に伝えねばなりません」
「そうよね。黙っていて、サムエレ将軍の屋敷の者が怪我でもしたら、公爵家の責任になるわ」
「王太子殿下に知られます」
「そうよね。面倒なことになったわ」
公爵の頭の中で様々な対応策が駆け巡った。だが、誤魔化しが効かない事案だと判断する。公爵はバイゼル城へ出向きサムエレ将軍と面談した。
サムエレ将軍は、魔獣が自分の屋敷に逃げ込んだと聞き驚いた。
「一体どうして、そんなことになったのです?」
公爵はトポシェ島で魔獣の卵が発見され、その正体を調査するために王都へ持ち込み調査している間に、卵が孵化して逃げ出したと説明した。
「それで、その魔獣はどんな奴なのです?」
「まだ分かりません。夜中に孵化して逃げ出したのです」
将軍は地中に穴を掘って逃げたと聞いて、どんな魔獣か想像した。穴を掘るという点から、モグラなどか昆虫型の魔獣かもしれないと考えた。
サムエレ将軍は、すぐさま王太子に報告した。
「魔獣が王都に入ったのか? 全くメルビス公爵ほどの者が 迂闊(うかつ) なことを」
「王太子殿下、公爵もそれが魔獣の卵とは知らなかったのです。必ずしも公爵の不手際とは言えないでしょう」
ガイウス王太子が将軍を睨んだ。
「魔獣の卵を王都に持ち込んだことを言っておるのではない。王都の卵が孵化したのなら、メルビス公爵領に置いてきたもう一つの卵がどうなったか……それに対して、手を打っていないらしいのを非難しておるのだ」
王太子の配下には貴族を監視している部隊がある。そこから公爵の動きが報告されているのだろう。
その言葉を聞いた将軍は慌てて部屋を出て、帰ろうとしている公爵を捕まえた。
「王太子殿下が、公爵領に残された魔獣の卵は大丈夫なのか、と心配されています」
その言葉を聞いて、メルビス公爵は顔色を変えた。公爵領に残した卵が孵化する可能性を思いつかなかったらしい。
これは公爵らしくないミスである。自分の屋敷で孵化した魔獣が、王太子の右腕である将軍の屋敷に移動したことで、混乱していたようだ。
「申し訳ありません。早急に将軍の屋敷に赴き、魔獣を退治しなくてはならなくなったようです。私と一緒においで願えませんか」
「いいでしょう。魔獣を倒す戦力は必要ですか?」
「必要ありません。公爵家には十分な戦力が揃っております。但し、将軍家の庭を荒らすことになりますが、よろしいですか?」
将軍は厳しい顔で頷いた。
「仕方ないでしょう。但し、少し待って頂きたい。王太子殿下に報告してきます」
サムエレ将軍は再度王太子の下に行き報告した。
「分かった。万一のために黒震魔砲杖と触媒カートリッジを持っていけ」
「ですが、魔獣の赤ん坊ということなので、黒震魔砲杖は必要ないと思います」
王太子が首を振った。
「あの公爵が慌てていることが気になる。その魔獣は平凡な奴ではないのかもしれん。そんな気がするのだ」
「分かりました」
将軍は武器庫に行って、黒震魔砲杖と触媒カートリッジを取り出した。収納紫晶に入れて公爵と合流し、自宅屋敷へ向かった。
到着した屋敷では、騒ぎが起きていた。門の外にいる家族の姿に気づいた将軍は、家族や使用人の全員が避難しているのを確かめてから、執事に事情を尋ねた。
「旦那様、大変だったのです。庭の木が魔獣に食べられてしまいました」
「何、木を食べただと……」
将軍は庭に回った。数本の木が倒れており、巨大な蟻が木の幹を齧っていた。
「こいつは……グランデアント? 違うな」
蟻の魔獣は、全長が二メートルほどもある。グランデアントにしては大きすぎた。
「まさか……巨蟻ムロフカ?」
将軍が考えているところに、公爵が数人の魔術士を引き連れて現れた。
「蟻の魔獣だったのね。思っていた以上に大きく育っているわ」
メルビス公爵の言葉にアルベルトが頷き、魔成ロッドを取り出した。
「将軍、我が配下の魔術士が始末します。よろしいですね」
「ああ。だが、屋敷には気を使ってくれ」
アルベルトが真面目な顔をして将軍に顔を向けた。
「申し訳ありません。それは保証致しかねます」
将軍は肩を竦め、溜息を吐いた。
「仕方ない。その場合は、公爵に弁償してもらいますぞ」
公爵がニコッと笑って頷いた。
「もちろんですわ。建て直すだけの金額を支払います」
魔術士たちは【火】の触媒を取り出した。
「まず、【爆炎弾】を使う。あいつを粉々にするんだ」
アルベルトは屋敷への被害を考えて中級魔術を選んで指示を出した。
五人の魔術士が一斉に【爆炎弾】の魔術を発動した。その炎の塊が蟻の化け物に向かって飛翔する。炎がほとんど同時に巨大蟻に命中した。
連続した爆発音が起こり、炎と黒煙が立ち昇った。
遠くから見ていた公爵が、身を乗り出して目を凝らす。
「仕留めたの?」
炎が消え煙が風で吹き飛ばされると、無傷の巨大蟻が姿を現した。公爵が甲高い声で次の攻撃を命じた。
今度は上級魔術である【火焔剛槍】が選ばれた。
一斉に【火】の上級魔術が放たれ、将軍宅の庭で盛大に爆発する。その爆発の衝撃で屋敷の一部が破壊された。
「ああっ、屋敷が……」
サムエレ将軍は複雑な表情を浮かべた。長年住んでいる屋敷だ。いろいろと思い出がある。
土煙が収まり、今度こそ巨大蟻がバラバラになっただろうと公爵と将軍は思った。
だが、巨大蟻の無事な姿が確認された。
アルベルトは悔しそうな表情を浮かべる。
「あの魔獣は【火】の魔術に耐性があるようです。【水】の上級魔術を使います」
アルベルトが魔術を放とうとした時、巨大蟻が大顎を擦り合わせて非常に不快な音を発した。皮膚がビリビリと震え、脳に突き刺さるような音である。
放とうとした魔術は強制的にキャンセルされ、近くにいた全員が頭痛を覚える。
「皆、離れるんだ!」
将軍が全員に指示を出した。
全員が公爵の屋敷に避難する。
「あれは巨蟻ムロフカの子供かもしれん。そうだとすると普通の魔術では仕留められん」
サムエレ将軍は、その不快な音から巨蟻ムロフカが使う魔法を連想した。子供なので威力が低いのだろうが、その脅威の片鱗は確認できる。
「そんなことはありません。あいつが【火】の魔術に高い耐性を持っていたとしても、【水】の上級魔術なら……」
アルベルトはプライドを傷つけられ興奮しているらしい。
「そうだとしても、この距離で仕留められるのか?」
あの不快な音が聞こえるので、近付けない。かなり遠い距離から魔術を放つことになる。
「もちろんです」
アルベルトを含む魔術士たちは、公爵家の二階バルコニーに上がった。そこからなら将軍屋敷の庭が見えるのだ。
周りに人がいなくなったからだろうか、巨大蟻は音を発するのをやめて庭をうろうろしている。
それを見つめていた魔術士たちは、上級魔術の準備を始めた。
将軍と公爵もバルコニーに向かい、隣の屋敷を確認した。
「公爵、魔術士たちはあの魔獣を倒せるのですか?」
「信じて見守るしかありません。他に方法がないのです」
サムエレ将軍は黒震魔砲杖を使ってみようかと思ったが、アルベルトの顔を見てもう少し見守ることにした。
準備を終えた魔術士たちは、一斉に【水】の上級魔術【竜爪斬】を放った。空中に十数個の巨大な水刃が生まれ、次々に巨大蟻に飛翔する。
魔術に気づいた巨大蟻が、強烈な音を発し始めた。先ほどとは違い不快なだけでなく破壊力を有したものだ。その音と飛翔する水刃がぶつかり、水刃が揺らいだ。
次の瞬間、揺らいだ水刃が形を失い消えた。
「そ、そんな馬鹿な!」
アルベルトは上級魔術が消失したことに衝撃を受けたようだ。公爵も明らかに動揺している。
「別の上級魔術はないの」
「後は【地】の上級魔術があります。ですが、これは私しか使えません」
あの魔獣が驚異的な魔術耐性の持ち主だというのは分かった。公爵がサムエレ将軍に顔を向けた。
「王家には、『国破り』という兵器があるそうですね?」
将軍は自分の胸元に目を向けた。そこにある収納紫晶に『国破り』とも呼ばれている黒震魔砲杖が入っているのだ。公爵は黒震魔砲杖を使えば、あの巨大蟻を仕留められるのではと考えたようだ。