作品タイトル不明
scene:148 アルフレード男爵の不運
アルフレード男爵は、王都に次ぐ大都市ルリセスにペルーダ病患者が侵入したという情報を聞いて顔を曇らせた。それが本当なら至急対策をとらねばならない。
「何人ほど、ペルーダ病患者が発見されたのでございますか?」
「三人だ」
「何か対策を打たれたのでございますか?」
「フェルモ司祭を呼んで、ペルーダ病に詳しい者をルリセスへ送るよう命じた」
「ルリセスを隔離する必要がございます」
国王は顔を歪めた。
「ルリセスは王都の穀物庫。交通を遮断することはできん」
「でしたら、賢者の秘薬をルリセスへ送ってください」
「馬鹿を申せ。秘薬の数が多ければまだしも、数に限りがあるのだぞ。無駄に使えるか」
その言葉を聞いて、アルチバルド王が王の器ではない、とアルフレード男爵は悟った。
だが、操るには、これくらいの男がいいのだ。この難局を乗り切れば、宰相の地位が待っている。
「ルリセスは混乱しておると報告があった。誰かが行って混乱を鎮めねばならん」
「それでは、私が出向き混乱を鎮めましょう」
「おお、よく言った。ルリセスは頼んだぞ」
アルフレード男爵は、休む間もなくバイゼル城を出た。向かった先は、メルビス公爵の屋敷である。メルビス公爵とアルフレード男爵の関係は、お互いに相手を利用し合う関係だった。
メルビス公爵からすれば、王家や王都に関する情報提供者であり、重要な手駒の一つである。一方、アルフレード男爵にとって、公爵は大きな力を持つ後援者で、宰相へ至るための重要な存在だった。
メルビス公爵の屋敷に到着した男爵は、公爵が在宅か確かめた。公爵は不在で、代わりに出てきた執事が応対した。
「公爵様は、ペルーダ病の騒ぎが始まった頃に、領地へとお帰りになられました」
「連絡は取れるのか?」
「書状ならば、お届けすることは可能です」
「ならば、これを渡してくれ」
男爵は用意してきた手紙を渡した。
中身はルリセスの騒ぎと賢者の秘薬についての情報だった。
男爵は部下三〇人を連れてルリセスへ向かった。
その頃、ルリセスでは住民とルリセス守備隊が対峙していた。
「守備隊が何で、アプラ領の奴らを守っているんだ」
住民たちは手に棒を持ち、恐怖と怒りが混ぜ合わさった表情で避難民を睨んでいた。
守備隊の隊長は、サムエレ将軍の元部下でプブリオという男である。守備隊にはアプラ領から避難してきた者たちを隔離するように命令が出ており、プブリオ隊長は忠実に守っているだけだった。
ルリセスの住民は、ペルーダ病に感染している恐れがある避難民に対して、ルリセスから追い出そうと騒ぎ出したのだ。
「我々が守っているのは、ルリセスの住民だ。それを勘違いするな」
「だったら、なぜ俺たちの邪魔をするんだ」
プブリオ隊長が怖い顔で住民たちを睨んだ。
「守備隊が受けた命令は、ペルーダ病に感染しているかもしれない者たちを隔離するというものだ。もし、君たちが避難民に接触したら、君たちも隔離の対象となる。それでもいいのか」
住民たちが不安な表情を浮かべ、後ろに下がった。
「だけど、ペルーダ病が 感染(うつ) るかもしれねえんだろ」
「隔離すれば、安全だ。それに特効薬が作られたと聞いている。心配するな」
「特効薬……本当なのか」
特効薬という一言で騒ぎが一応収まった。だが、住民の不安が消えたわけではない。
騒ぎは一箇所だけではない。避難民は数箇所の隔離場所に分けられて生活しており、その全部で何らかの騒ぎが起きていた。ルリセスの住民の間で、外を出歩けばペルーダ病に感染するという噂が飛び交い、外出を恐れる者が増えた。
そのおかげで、穀物の出荷作業が遅れ始めていた。まだ王都には影響ない程度ではある。しかし、混乱が続けば、王都の食糧事情にも影響を与えるだろう。
アルフレード男爵がルリセスの近くまで来た時、北側に広がる森の中から人影が現れた。
「何者だ? 誰か確かめよ」
男爵の命令で部下の一人が、森から現れた人物に近付いた。
「おい、貴様は……」
声をかけた瞬間、森から矢が飛んできて胸に突き立った。
男爵は部下の胸に矢が突き立ったのを目撃し動揺した。
「な、何事だ?」
森から十数人の不審者が走り出た。男爵は慌てて応戦を命じる。兵士たちが槍を持って突撃を開始。男爵の近くに残ったのは、魔砲杖を装備する二人の砲杖兵だけだった。
真っ先に槍兵が突撃したので、砲杖兵は魔砲杖を打つタイミングを逸した。敵と味方が入り乱れる乱戦となっており、魔砲杖は使えない状況だ。
「クソッ、貴様らアプラ領の兵士だな!」
アルフレード男爵が睨みつけながら叫んだ。その声を聞いたアプラ領兵士は男爵を指差し、
「あいつが指揮官だ。奴を仕留めれば勝てるぞ」
数の上では王家の部隊が優勢であり、アプラ領兵士は指揮官を討つことで逆転を狙おうと考えた。数人の敵兵が男爵を目指して突撃を仕掛けた。
何人かは男爵の部下が追いすがり背後から仕留めたが、数人が抜け出し男爵に迫る。男爵の傍に立つ砲杖兵が魔砲杖を構え迫る敵に狙いを付けた。
「ダメだ。味方に当たる」
このまま撃てば、敵の背後にいる味方も巻き込むことに気付いた。砲杖兵たちは魔砲杖を置き、ショートソードを抜いて迎え打つ。
男爵の傍でも激しい接近戦が始まる。
この時、戦いの場には場違いな普通の服を着た青年が、男爵の方へ走ってきた。何かを叫んでいるが、戦いの喧騒で聞こえない。
男爵は不審に思い、止まるように警告した。
青年は必死に叫んでいるが、聞き取れない。
男爵は砲杖兵が置いた魔砲杖を取り上げ、青年に向けた。
「近付く者は、敵とみなす!」
だが、その青年は必死な様子で男爵に訴えかけている。近付いた青年の顔を見ると、顔は白く血管が浮き上がり目が落ち窪んでいる。
「貴様、聞こえんのか」
男爵は魔砲杖の引き金を引いた。
魔砲杖は【爆散槍】の魔術を放った。空中に生み出された石槍が弾かれたように前へと飛ぶ。石槍は青年の身体を貫き爆散した。
爆発に巻き込まれた青年の身体は切り裂かれ血肉が飛び散った。血の一滴が宙に舞い上がり風に乗って、アルフレード男爵のところまで到達する。
男爵の額にポトリと血が落ちた。
興奮している男爵は血に気付かず、戦いへ目を向ける。戦いは王家兵士が優勢のまま推移し勝利した。アプラ領兵士は全員が地に倒れている。
戻ってきた兵士の一人が、男爵の額にある血に気付いた。
「男爵、怪我をされたのですか?」
「いや、どこも怪我などしておらん」
「ですが、額に血が付いています」
男爵は手で額を拭った。その血が顔面に広がり眼に入る。
「何だ、これは!?」
手に付いた血を見て、驚きの声を上げる男爵。
それを見ていた兵士たちが不安そうな声を上げた。
「もしかして、さっきの奴。ペルーダ病だったんじゃないか?」
「だったら、血はまずいんじゃ」
男爵の顔が青褪めた。
「水だ。水を持ってこい!」
兵士が持ってきた水筒をひったくるように奪い、ジャブジャブと額に水をかけ洗い始めた。それを見た兵士たちも不安になったらしく、返り血を浴びた兵士も洗い始める。
血が洗い流され落ち着いた男爵は、ルリセスへ向かうように命じた。
ルリセスに到着した男爵たちは、その武威により住民の不安を封殺した。ルリセスの混乱が一応収まった頃、男爵の身体に異変が起きた。
身体がだるく熱があるようなのだ。
「まさか、病気?」
男爵はデチモ助祭を神殿から呼んだ。この助祭はペルーダ病の調査を任された者で、直接患者の治療に当たっている者を除けば、一番ペルーダ病に詳しい者だった。
男爵は自分の異変を助祭に説明し診断を仰いだ。脈や顔色、舌、眼などを調べたデチモ助祭は、厳しい表情を浮かべ告げた。
「ペルーダ病です」
「そんなはずがない。私が……」
デチモ助祭は静かに首を振り、
「信じられない気持ちは分かります。ですが、ペルーダ病の患者と接触したはずです」
男爵の脳裏に、魔砲杖で殺した青年の姿が浮かび上がった。
「あの血か。たった一滴の血が、私をペルーダ病にしたのか」
(……私は宰相となるのだ。そして、この国の権力を握り、歴史に名を残す男となる。ここで死ぬわけにはいかない)
「そうだ。賢者の秘薬がある。陛下から秘薬を分けてもらえばいい」
男爵は旅支度をして、ルリセスの町を出た。馬に乗った男爵は、王都へ向かう。脱力感から落馬しそうになり、アルフレード男爵は気合を入れ直し馬を駆る。
王都に到着したのは、太陽が海に沈もうとする時刻だった。バイゼル城に駆け込んだ男爵は、馬を乗り捨て城へと入る。
門番や警護の兵士は、自分たちのトップである男爵に敬礼して道を空けた。カッカッと 忙(せわ) しげにスタッカートを刻みながら王の執務室へ向かう。
その日、書類処理で政務が遅くなった国王は、執務室で最後の書類を読んでいた。
「やっと、これが最後か。日に日に書類処理が辛くなる」
アルチバルド王は、このままでは身体を壊してしまうと心配になった。
「正式に宰相を決めるべきか」
何度も宰相を決めようかと思ったが、相応しい人物を決めかねた。現在の役職から考えれば、ゴルドーニ内務大臣か、ノルベルト外務大臣が順当である。
しかし、この二人は王太子寄りの人物であり、もう一つ信用できずにいた。残るは、アルフレード男爵である。ただ問題は、内政と外交、軍務のどれにも精通しているわけではないということだ。
そこで近衛軍の将軍に抜擢し経験を積ませようとしたのだが、まだまだのようだ。
最後の書類を片付け執務室から出ようとした時、侍従の一人がアルフレード男爵の来訪を告げた。
「こんな時間に何事だ。それに男爵はルリセスへ行ったはずではなかったのか?」
侍従は答えられず、慌てた様子だったことだけを伝えた。
「分かった。会おう」
執務室に入ってきた男爵は、様子がおかしかった。青白い顔、落ち窪んだ眼が目についた。
「ルリセスに行っているはずのお前が、なぜ城に戻ったのだ?」
その声を聞いて、男爵が国王へ近寄ろうとした。だが、様子がおかしいことを警戒した警護兵が、それを止めた。
男爵は怒気を露わにして、警護兵を殴った。殴られた警護兵は前歯を折られて床に転がる。
「なぜ止める。私は貴様らの上司だぞ」
殴られた警護兵の同僚が冷たい声で答える。
「国王陛下を警護している時の我々は、陛下の命令しか聞きません。それが務めです」
警護兵はサムエレ将軍から鍛えられた男たちだった。床に倒れた警護兵は、男爵を睨みながら起き上がった。
「どけ、陛下と二人だけで話があるのだ」
国王は、男爵の声に尋常でないものを感じた。
「待て。その場で話せ。何があったのだ?」
男爵は躊躇した様子を見せてから話し始めた。
「何? ペルーダ病だと……貴様、ペルーダ病に感染していると分かっていながら、余に近付いたのか」
アルチバルド王は怒りを覚えたようだ。
「そのことは、ご容赦ください。ですが、これまでの功績を考慮され、秘薬を頂きたいのです」
国王は熟考し承諾した。
「だが、ペルーダ病であるにもかかわらず、余に近付いたことは罪。そちに謹慎を命じる」
男爵はおとなしく罰を受け入れ、城を去った。
国王は執務室を去り離宮へ向かった。殴られた警護兵と同僚の二人は、王城の医務室へ行き秘薬を受け取って、男爵に届けることを命ぜられていた。
医務室でフェルモ司祭に会った警護兵たちは、国王の命令書を見せ秘薬を受け取った。
「その傷だが、ペルーダ病に感染した男爵に殴られたのだな」
フェルモ司祭は警護兵に厳しい目を向けた。
「その秘薬を届けた後、あなたは神殿の隔離部屋に行ってください」
警護兵の顔に恐怖が浮かぶ。
「まさか、ペルーダ病が俺にも……」
「その恐れがあります」
警護兵の顔が歪んだ。男爵への怒りと恨みが心を満たしていく。
秘薬を受け取った警護兵は、夜道を男爵の屋敷へと向かう。
「畜生、俺にペルーダ病を感染させたかもしれん奴に、秘薬を持って行けとか。酷な命令だぜ」
「殴られたくらいじゃ感染しないだろ」
「気休めを言うな」
二人は城を出て、男爵の屋敷に向かった。