軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:115 メルケル島

仕留めたカブトザメは海に沈んでしまったが、暴食ウツボは海面に浮かんでいる。

ラリーニ号は暴食ウツボの近くまで戻ると動力を止めた。

「船長、あの死骸を回収するつもりなのか?」

サルヴァートがトゥリオ船長に尋ねた。

「ええ、貴重な食料と素材が手に入りますから」

「まさか、曳航していくつもりじゃないだろうね?」

曳航していくことになれば、次の寄港地に到着する時間が遅れる。サルヴァートは、それを心配しているようだ。

「いえ、リカルド君が所有している収納碧晶に入れてもらえることになりました」

「あの大きさだと入らないだろ」

あの大きさの物体を収納可能な収納碧晶は存在していない。サルヴァートはその点を指摘しているのだ。

「ええ、半分に切るそうです」

暴食ウツボの皮は強靭で普通の刃物では切れそうにない。どうやって切断するのか、サルヴァートは興味を持った。

交易船から小舟が降ろされ、リカルドと二人の船乗りが暴食ウツボに近付いていく。甲板に立つサルヴァートが見ていると、リカルドが槍のようなものを取り出し、暴食ウツボの胴体に穂先を押し当てたように見えた。

「あんな槍で切れるとは思えないが……」

サルヴァートが不審に思っていると、簡単に暴食ウツボの胴体が切り裂かれていく。

「な、何なんだ、あの槍は!? ……あ、もしかして、王太子殿下が魔境門衛隊のために特別に用意させたという槍か」

王太子が用意した槍が、あれなら恐るべき武器だとサルヴァートは思った。魔術を跳ね返すような強靭な皮を切り裂く槍は、魔術武器に違いないと分かったからだ。

「殿下に報告しなければならないな。あの槍が歩兵戦で使われれば……ふむぅ、開発したのが味方で良かったと喜べばいいのだろうが、殿下にとってはどうだろう」

彼が見つめる海の上では、リカルドがウツボの胴体を真っ二つにして、それぞれを収納碧晶に仕舞った。

リカルドが船に戻る。武器商人のダミアノが寄ってきた。

「小僧、今使った槍を見せろ」

武器商人としては当然の反応なのだが、言い方がまずい。その横柄な言い方に、リカルドはムッとした。

「お断りします。知り合いでもない人には、見せたくありません」

ダミアノが不機嫌な顔になる。

サルヴァートは心の中で舌打ちした。この武器商人の横入りがなければ、デスオプロッドの時のように見せてもらおうと思っていたからだ。

「無礼者が、私を誰だと思っている」

怒鳴り声を上げる商人に周りの人々が様々な反応を示す。青い顔をする者、顔をしかめる者、軽蔑の眼差しを向ける者。リカルドは 数多(あまた) の修羅場を潜ってきた経験がある。そんな 恫喝(どうかつ) を恐れるほど弱い精神の持ち主ではなかった。

「知りませんよ。初対面じゃないですか」

調べたので知っているのだが、そう答えた。

ますます不機嫌になったダミアノが何か言い返そうとした時、船長が、

「このリカルド君は、王太子殿下が懇意にしている少年で、魔術士協会の魔術士ですぞ」

ダミアノの顔から血の気が引いた。王都で政務を執っている王太子は、現時点で最高権力者だからだ。それに魔術士協会には一種の権威があり、睨まれれば商売がしづらくなる。

悔しそうな顔をした武器商人は、黙って身を引いた。その時、恐ろしい目でリカルドを睨んだ。

交易船がメルケル島に到着。浜辺でイサク族が歓迎してくれた。

「海を渡り、遠路はるばる来られた方々よ。イサク族を代表して歓迎いたします」

イサク族の族長であるボルゲンが歓迎の意を表した。イサク族は標準的に背が高く浅黒い肌をした種族のようだ。髪の毛は黒く瞳は茶色である。

この島にも宿泊施設が建てられていた。イサク族の村に隣接する土地を借りたらしい。宿泊施設の窓から村が見える。 藁葺(わらぶ) き屋根の六角形をした木造家屋が並んでいる。

周りは砂浜と海で、リゾート地のような環境だが、生活は大変なようだ。何より近くに水がないというのが、一番の問題らしい。

トゥリオ船長が、リカルドを呼んだ。

「何です。船長」

「島の人たちに手伝ってもらい、暴食ウツボの解体を行いたいと思うのですが」

「分かりました」

リカルドは暴食ウツボの死骸を浜辺に出す。巨大な魔獣の死骸である。それを見たイサク族が騒ぎ始めた。

「ど、どこから出した。これも魔術なのか」

「それにしても、デカイ。海の魔獣か」

「凄い魔獣を倒したんだな」

イサク族はロマナス王国の力を感じ、争わないと決めた族長の判断に納得した。

解体が始まり、歯、皮、肉、内臓、骨に分けられる。内臓は食べられるかどうか分からないので捨てることになった。戦いの貢献度を考え、船長が素材の取り分を決めた。まず仕留めたリカルドには、触媒となる歯を五割、防具となる皮を三割、肉を一割が割り当てられる。

次に貢献したサルヴァートには、歯を三割、皮を四割が割り当てられ、残りは船長たちの取り分となった。

サルヴァートに肉が割り与えられなかったのは、大量の肉を仕舞う収納碧晶を所有していなかったからだ。

肉の一部は解体を手伝ってくれた島民にも分け与えられ、船客の食事に饗されることになった。

リカルドが船長から聞いた話では、ロマナス王国の人々も滞在していて、水路建設のために測量などの作業をしているらしい。

その日の夜、暴食ウツボの肉を一口大に切り、木串に刺したものを焼いた料理が船客に出された。調味料は塩だけだが、肉から滲み出る旨味がもの凄かった。噛みしめると口の中に唾液が溢れてくるような旨味なのだ。食べた人たちは大いに満足した。

島の宿泊施設で一泊した翌朝、リカルドは風が壁を叩く音で目が覚める。

「風が強いみたいだな。出港できるのか」

リカルドが心配する出港は、延期になった。海が荒れている様子を見た商人たちは仕方ないかと諦める。

外に出ると風で服がパタパタとはためく。周りの木々も風で枝がたわみ、ざわざわと音を立てている。

「やっぱり、風が強い。さて、何をして過ごそうか?」

モンタが森の方へ視線を向ける。

「木の実を探しに行きたい」

リカルドが苦笑いを浮かべ、モンタを撫でる。

「風が強いよ」

「風……気持ちいい」

モンタにとって風は気にならないようだ。仕方なくモンタを連れて、森に向かった。島民からの情報では、島に住む魔獣は、妖樹と狼系の魔獣、それにヌシと呼ばれる謎の妖樹だという話だ。

ヌシは近付かなければ危険のない存在らしい。だが、狼系魔獣の数は多く気を付けなければならないと教えられた。

リカルドが森の方へ行こうとしていると、後ろから声がかかった。

「リカルド君、どこに行くんだ?」

サルヴァートである。

「モンタが森へ行きたいというので、連れていくところです」

「ほう、こんな風の日に……それは賢獣なのかい?」

モンタを注意深く見ていれば、すぐにバレることなので、リカルドは正直に肯定した。

「ええ、モンタと言います」

「可愛いね。ところで、僕も暇を持て余していたんだ。一緒に行こう」

断る理由もなく、リカルドはサルヴァートと一緒に森に向かった。島の森は熱帯雨林に近い常緑広葉樹が多い森である。 樫(かし) やヒイラギに似た木が多い。

その中にヤマモモのような実をつける木を見付けたモンタが、木に登り実を頬張る。

モンタは本能的に食べられる実が分かるらしく、ためらわずにモグモグと食べている。

「リカ、美味しいよ」

モンタが木の実を分けてくれた。食べてみると少し雑味が舌に残るが、甘い実だ。

「サルヴァート殿も食べますか?」

「いや、いい」

知らない食べ物は口にしたくないらしい。モンタの能力を知らないのだから、遠慮する気持ちも分かる。

モンタが満足してから、周辺を見て回ることにした。

森には人が通ることで作られた小道が縦横に走っており、その小道を辿って湖の方へと向かう。一〇分ほどぶらぶらとした時、森の奥からザザッという草をかき分ける音が聞こえた。

「リカ、狼のにおい」

モンタはリカルドに警告を発すると、近くの木の上に逃げた。

「気をつけろ。魔獣かもしれん」

サルヴァートが周囲に鋭い視線を向け、ロッドと触媒を取り出す。

しばらくして五匹の山賊ウルフが現れた。赤銅色の毛皮に覆われ大型犬ほどの体格をした狼である。

リカルドは【風】の魔彩功銃を取り出し構える。先制攻撃は魔彩功銃の衝撃波。瞬く間に三匹の山賊ウルフが倒れた。

一方、サルヴァートは魔力を流し込んだ魔成ロッドを構え、山賊ウルフと相対していた。本格的に剣術を学んだようで、サルヴァートの構えに隙がない。

一匹の山賊ウルフがサルヴァートに跳び掛かった。その攻撃をステップして躱し、背中に魔成ロッドを叩き付ける。流れるような動きで威力もある。狼の背中がボキッと鳴り血を吐いて倒れた。

もう一匹が背後からサルヴァートを襲う。何度か攻撃を躱し山賊ウルフに隙ができるのを待つ。サルヴァートが何度目かの攻撃を躱した後、山賊ウルフが横から襲い掛かった。振り向きざま頭に魔成ロッドが振り下ろされた。魔成ロッドから発せられた衝撃波が、山賊ウルフの脳を破壊する。

リカルドは先に三匹を倒し、サルヴァートの戦い方を見守っていた。

(この人、強いな。剣術も本格的に学んでいるようだし、魔術の才能もある)

もしサルヴァートとリカルドがロッドだけを使って戦ったら、サルヴァートに軍配が上がるだろう。まあ、そんな不利な戦いをしようと、リカルドは思わないのだが。

安全だと判断したモンタが、リカルドの肩に戻る。

サルヴァートはリカルドが魔彩功銃を使ったのに気付いていた。

「リカルド君は、魔功銃の名手なのだね」

「いえ、剣術や槍術は不得手なので、もっぱらこういう武器に頼っているだけですよ」

「そうなのか……こういう相手には魔功銃が適しているようだな。殿下は威力が弱いと聞いて、魔功銃には興味を持たなかったのだけど、間違いだったようだね」

「山賊ウルフくらいなら、頭を狙えば魔功銃で仕留められます。ですが、猪頭鬼ほどの魔獣になると通用しないんです」

リカルドが持っているのは、魔彩功銃なのだが、サルヴァートには違いが分からないようだ。

「なるほど、メルビス公爵や他の貴族が欲しがるわけだ」

山賊ウルフに遭遇して、そろそろ帰ろうかという話になった。

その時、リカルドのアンテナに何かが引っ掛かる。こういう場所では定期的に魔力察知を行っている。その魔力察知に奇妙な魔力が感知されたのだ。

通常の人間や魔獣の魔力は、揺らめいている。波打つように強弱をリズミカルに変化させるのが、普通である。しかし、今感知した魔力は不自然なほど一定だった。

「これは何だ?」

リカルドの呟きを、サルヴァートが聞き取る。

「どうしたんだ?」

リカルドが森の奥を指差して。

「向こうの方角に、何か変なものが居るようなんです」

「魔力察知に引っ掛かったのか……ん……何だ?」

サルヴァートも魔力察知を使ったようだ。

「行ってみよう」

サルヴァートが森の奥へ歩き出す。リカルドとモンタは後を追った。サルヴァートの好奇心は強く、強力なリーダーシップを持つ人物だと分かる。

木と木の間隔が密になり、下草や灌木なども多くなる。強い風が嫌な臭いを運んできた。

「リカ、何か死んでるよ」

モンタが死臭を嗅ぎ分けたようだ。

臭いを辿って進む。五分ほどで木が疎らな土地に出た。中央には高さ五〇メートルほどの巨木が聳えている。その姿には何か威厳のようなものが感じられた。

ふと見ると、巨木の根本近くにカモシカのような動物の死骸が横たわっていた。その死骸には何本もの蔓が絡みついている。巨木の根本から伸びている蔓だ。

「あの死骸、動いていないか?」

サルヴァートが驚いたように声を上げた。リカルドは注意深く死骸を観察する。少しずつだが、死骸がズルッズルッと巨木の方へ引き寄せられているのが分かった。

「もしかして、これがヌシなのですかね?」

イサク族から『ヌシ』と呼ばれる妖樹について警告を与えられていた。イサク族はヌシを神聖視しており、共存関係を結んでいる。

「これが妖樹だとすれば、桁違いに巨大で破壊力を持つ存在ということになるぞ」

サルヴァートが畏怖の念を込めて告げた。

「そうですね。妖樹だとしたら、大きすぎて動けないんじゃ」

リカルドが巨木の頂きを見上げ推測を口にする。

「おい、根本に石碑のようなものがある」

サルヴァートが石碑を発見し、鼻息を荒くする。石碑は高さ二メートルほどのもので、表面に文字のようなものが刻まれている。

唐突に、モンタが行動を起こした。リカルドの肩から飛び下りるとヌシに駆け寄る。

「ダメだ。戻ってこい」

リカルドが叫んでも、モンタは無視して巨木の根本に辿り着き、登り始めた。リカルドは慎重に前に進み出る。

一〇メートルほど進んだ時、頭上で風切り音がした。

「危ない!」

サルヴァートの声が聞こえた。危険を察知したリカルドは、横に飛び退いた。直後、リカルドが一瞬前にいた地面を、巨木の枝先から伸びている閃鞭が切り裂く。地面に深さ二〇センチほどの切れ目が入っていた。

その閃鞭は妖樹トリルの閃鞭のように細いものではなく、幅一〇センチほどで頑丈そうなものだった。昔、妖樹トリルから切り取った閃鞭を武器にできないかと調べたことがある。

しかし、妖樹から切り離した閃鞭は意外なほど脆く、武器に使ってもすぐに壊れるような強度しかなかった。だが、ヌシの閃鞭は違うようだ。

ヌシは何度も閃鞭による攻撃を繰り返した。その度にリカルドは必死で避け、元の位置まで下がる。

やっとヌシの攻撃が止んだ。

「何で、モンタだけ攻撃されない?」

「ヌシはモンタを脅威だと思っていないからじゃないか」

サルヴァートの答えを聞いて、リカルドは苦笑しながらも納得した。あんな小さなモンタにまで攻撃していては、鳥や小動物に対しても攻撃することになる。

「島民が神聖なものだ、と思っている妖樹を攻撃するわけにもいかない……どうやって近付きましょうか?」

二人は揃って頭を悩ませることになった。