軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:112 魔境門衛隊の新装備

誘拐事件の後始末が終わった後、グレタは今までより頻繁にリカルドの下を訪れるようになった。王立バイゼル学院の初等科を卒業し自由になる時間が増えたからだ。また、誘拐事件でリカルドとの心理的距離が縮まり遠慮がなくなったのも大きな理由の一つである。

その日、リカルドとグレタはユニウス飼育場へ向かった。影追いトカゲの飼育状況を確認したかったのだ。

グレタにとっては久しぶりの飼育場である。

飼育場の周りは活気に満ちていた。数百人の労働者が働き始めたのもそうだが、ベルナルドが知り合いの商売人を呼び、仮店舗で商売を始めさせたのも活気に繋がっているようだ。

「ずいぶん変わったのですね」

「ええ、周辺の開発が始まりましたから。それにタオル生地工房の建物が増えています」

土木作業をしている労働者のために用意した簡易宿舎が増え、食料や生活雑貨を売る店が作られている。

飼育場に入ると、子供たちが洗濯をしていた。タライに水を汲み、洗濯板のようなものを使って洗っている。ここでもメケラズの実の果肉を粉末にしたものを石鹸の代わりに使っている。一時、リカルドは石鹸を開発しようかと思ったが、このメケラズが意外と洗浄力が高いので、必要ないかと考え直したのを思い出す。

「ミコル、兄さんは?」

スラム街に住んでいた時はガリガリに痩せていたミコルが、一〇歳の普通の少年に変わっていた。

「アントニオ様なら、黒トカゲの飼育小屋です」

飼育場では影追いトカゲの事を『黒トカゲ』と呼んでいる。

「そうか。ありがとう」

リカルドたちは黒トカゲの飼育小屋に向かった。小屋と呼んでいるが、規模的にはかなり大きい。

飼育小屋は地面を二メートルほど掘り、五〇メートルプールのようなものの周囲に体育館のような建物を建てたものだ。外見は屋内プールのようだが、中は影追いトカゲが這い回る岩や丸太が置かれた飼育施設である。

風が入るように大きな窓がいくつも設けられている。但し、その窓には金網が張られており、影追いトカゲが逃げ出せないようになっていた。

その中で二〇個ほどの卵から孵化した影追いトカゲが飼育されている。現在の体長は一三〇センチほど。大人となった影追いトカゲは一五〇センチなので、もう少しで大人になりメスは卵を生むだろう。

アントニオたちは影追いトカゲの餌として、定置網に掛かった小魚を与えていた。小魚だけではなく、畑で取れた雑穀も与えた結果、順調に育っている。

「よく育っているみたいだね」

リカルドが声を掛けた。アントニオは小魚をばら撒くと、サッと身を引いた。横から別の影追いトカゲが突然現れ、アントニオに体当りを仕掛けたのだ。アントニオは躱せるのだが、一緒に世話をしているダリオたちは体当たりを受け何度も痛い目にあっている。

体当りされても双角鎧熊の革鎧を着ているので、大きな怪我する可能性は低い。だが、痣を作り盛大に愚痴をこぼすことは多かった。

「こいつら、油断も隙もないな」

アントニオが溜息を吐く。

「魔獣だからね。油断しちゃダメなんだよ」

「ダリオたちも鍛えようかな」

「それがいいよ。兄さんは【倍速思考】を使えるようになったんだよね」

「ああ、【命】の魔術だけは腕を上げたぞ」

アントニオとリカルドは、【倍速思考】を使った鍛錬をダリオたちに課すつもりのようだ。

「誘拐事件だけど、後始末は終わったのか?」

リカルドの顔に影が差す。

「そのことなんだけど……どうやら、主犯のセベロをそそのかした奴が居るらしいんだ」

「うわっ、やだね。財閥ほどの金持ちになると、恨みを買うこともあるんだろうな」

「恨みかどうかは分からないけど、黒幕はナスペッティ財閥が交易のために集めた資金を全部奪うつもりだったようなんだ」

「もしかして、交易絡みの事件だったのか。リカルドも交易に参加するんだろ。大丈夫なのか?」

「黒幕が誰かは、まだ分からない。だけど、自分たちが用意できる資金なんて、財閥とは規模が違うからね。黒幕も相手にしないよ」

アントニオがガックリと肩を落とした。

「そうだよな。財閥と比べれば小さな存在か。それで黒幕というのは誰なんだ?」

「それは王太子殿下とパルミロ総帥が調査中」

「セベロは口を割らなかったのか?」

「どうやらオクタビアス公爵家の者だと騙されて、そそのかされたようなんだ」

セベロに誘拐の話を持ちかけ手下や資金を準備した男は、オクタビアス公爵の側近だと名乗ったようだ。しかし、実際には存在しない人物だった。王太子は似顔絵を作らせようとしたが、セベロは相手の顔をはっきりとは思い出せないと白状したらしい。

「ふーん、徴税管理官をクビになって、当然だったようだな」

アントニオとの話が終わった頃、グレタが話し掛けた。

「タオル生地を織っている様子を見たいです」

「いいよ。今から行こうか」

影追いトカゲの飼育小屋から出る時、入口付近にちょっとした段差がある。リカルドが自然な感じで手を差し出すと、グレタが握って段差を越えた。

それを見ていたアントニオは、リカルドとグレタの関係が変わってきているのを感じた。

「あいつら付き合い始めたのか……弟に先を越されたらまずいな。エレオノーラをデートに誘うか」

兄として少し焦りを感じたアントニオだった。

リカルドはグレタと一緒にタオル生地工房や妖樹たちの様子を見て回り、久しぶりにゆっくりした一日を過ごした。

翌日、リカルドの下に王太子からの使いが現れた。

魔境で妖樹タミエルの群れを狩り、たくさんの魔功蔦を手に入れたらしい。鋼鉄サソリの毒を手に入れ、その毒と弓矢を使って狩ったようだ。

使いが持ってきた魔功蔦は、全部で六十三本、それで空震刃を使った槍を作って欲しいという依頼である。その製造には王太子お抱えの技術集団『 曙光(しょこう) 技師団』を手伝わせると伝言にあった。

曙光技師団は、ガイウス王太子がヨグル領に居た時から少しずつ集めた集団で、様々な技術者が王太子のために技術を磨いていた。

その中には魔導職人も何人か存在している。リカルドは協力して黒震槍を製作することになった。

曙光技師団の作業場は第二南門の近くにあり、ユニウス飼育場とも近い。集団のリーダーは、ジルド・バドエル。ジルド自身は魔導職人である。

「ほほう、これが魔功蔦を使った槍か」

リカルドが試作品の槍を見せると、ジルドが声を上げた。デオダート造船所の所長ヴァスコが親方と呼ばれるのがにつかわしい技術者なら、ジルドは教授と呼ぶのが相応しい理知的な男だった。

ジルドは優秀な技術者らしく、リカルドの一度の説明で構造を理解した。

「ふむ、仕組み自体は魔功銃と同じらしいですな」

「ええ、違うのは魔功蔦を、どの属性色になるように加工したかです」

「王太子殿下から、曙光技師団で扱う技術は秘密にするように言われている。黒い属性色は、何の魔術に相当するのかね」

「それは王太子殿下に口止めされています。黒の魔術と呼んでください」

「そこまで秘密にする必要がある魔術なのか」

「恐ろしい威力を秘めた魔術です」

王太子に選ばれた技術者集団であるジルドたちは優秀だった。御蔭で一ヶ月ほどで六十三本の槍が完成する。

◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

ヨグル領に建てられた魔境門衛隊兵舎では、非番の兵士たちが身体を休めていた。その中で、第一魔境門を守る兵士であるジラルドが、毎年増えていく魔獣の数にうんざりして声を上げる。

「分隊長、魔砲杖を増やせないんですか?」

上司であるベリザリオ兵曹は、ジラルドを見て肩をすくめた。

「無理だ。魔砲杖は、砲杖兵部隊へ優先的に配備されることになっている」

王領の北隣にあるアプラ領の領主が、軍備増強をしているという噂が流れていた。王太子はアプラ領を調査し、それが事実であるという確証を得ると、王都に創設した砲杖兵部隊の増強を始めたのだ。

「ですが、魔境門に近付く魔獣は増えています。このままでは魔境門の周囲に存在する魔獣を掃討するという任務を果たせません」

魔境門を守る兵士には、魔境門を中心に半径二〇〇 シュレル(メートル) の範囲を安全地帯にするという役目があった。これは魔境に入り、その資源を回収しようとする者の帰還率を高めるためのものである。

ベリザリオ兵曹が不敵な面構えを歪めて笑う。

「心配するな。王太子殿下は我々への配慮も忘れてはおられない。新しい武器が届いた」

「本当ですか。どんな武器です?」

兵曹の言葉を耳にした兵士たちが集まってきた。

「ちょっと待て、今運んでくる」

兵士二人が細長い木箱を抱えて持ってきた。箱のフタを開ける。中に槍のような武器が五本入っているのが見える。

「何です、これは?」

ジラルドが一本を手に取り、頭を捻りながら調べる。長さは三 シュレル(メートル) ほど、先端に奇妙なものが付いている。

「これは魔功銃と同じものか」

「よくわかったな。柄に付いている管に引き金があるだろ。そいつを引けばいいらしい」

ベリザリオ兵曹は木箱と一緒に送られてきた説明書を読みながら教える。

「なるほど……魔獣の近くで魔功銃を撃ち、少しでも強烈な衝撃波を命中させるわけですか」

勘違いしているジラルドに向かって、ベリザリオ兵曹が首を振る。

「いや、これは『黒震槍』と呼ばれる特別な槍のようだ」

「……槍、ですか。しかし、刀身である穂がありませんよ」

「その管を握って、引き金に指を掛けろ。そして、普通の槍と同じように魔獣に突き出して使うようだ」

「こんなんじゃ。魔獣を仕留められませんよ」

「突き出す時に、引き金を引け」

ジラルドが何度か黒震槍をしごいた後、突きを放った瞬間に引き金を引いた。

黒震槍の先端に、黒い空震刃が現れる。

「な、何だ!?」

ジラルドが引き金を引いたまま、空震刃を出しっぱなしにしていると他の兵士たちが近くから観察を始めた。

「言っておくが、その黒い穂に触るんじゃないぞ。何でもバラバラにしてしまう恐ろしいものなんだそうだ。それに空震刃を出しっぱなしにするな。魔力が消費されるんだぞ」

ジラルドが引き金から指を離した。

それから丸太を相手に、黒震槍の威力を試す。この槍が相当な威力があるのは分かった。だが、兵士たちとしては、魔獣を相手に使ってみないと、本当の威力を実感できない。

翌日、ベリザリオ兵曹率いる分隊が、魔境門周辺の見回りに向かった。この分隊には四丁の魔功銃と二丁の魔砲杖が割り当てられており、数年前とは比較にならない戦力となっている。

魔境門衛隊の任務は、魔功銃と魔砲杖が導入されて以来、飛躍的に楽になった。ただ魔功銃の威力は弱く、小鬼族や山賊ウルフ程度の魔獣しか仕留められない。

【雷渦鋼弾】の魔術を模倣した雷鋼魔砲杖なら、弱点を狙うことで大物も仕留められるのだが、高価な武器なので大量に揃えられない。それに用意しなければならない触媒カートリッジも高価であり、触媒代も魔境門衛隊の予算を圧迫している。

「兵曹、前方に山賊ウルフらしき群れがいます」

魔力察知が使える兵士が声を上げた。部隊の中には、魔力制御が水準以上なのに魔術士になれなかった兵士が居る。魔術の実技は得意だが、筆記試験で点数が足りずに魔術士になれなかった者たちだ。

そういう者は、魔力察知を鍛えるように命令されていた。

「よし、始末するぞ」

魔功銃を装備する兵士たちが、構えながら前に出た。

山賊ウルフの数は十三匹、以前なら部隊全員で迎え撃たねばならなかった数だ。しかし、今は魔功銃を装備する四名だけで十分だった。

襲ってくる山賊ウルフが、魔功銃から発射された衝撃波により次々に倒れていく。

「いいぞ。その調子だ」

ベリザリオ兵曹が声を掛けた後、最後の一匹が地面に倒れた。

「以前は、山賊ウルフが相手でも怪我人が出ることもあったんだがな」

ベテラン兵士の一人が、昔を懐かしむように声を上げた。それを聞いたジラルドが笑いながら言い返す。

「今、山賊ウルフ相手に怪我でもすれば、兵曹から怒鳴られますよ」

その瞬間、魔力察知を得意とする兵士が、ハッとした表情を浮かべ兵曹の方に顔を向ける。

「分隊長、今度は大物のようです」

「大物だと……斑大猪か」

「いえ、もっとデカイ」

ベリザリオ兵曹の顔が曇る。

「砲杖兵、準備しろ」

彼らの前に現れたのは、巨大な馬のような魔獣だった。頭は竜、胴体と足は馬だが、深緑の鱗に覆われている。そして、額には鋭く長い一本の角。

「 独角竜馬(どっかくりゅうば) ……」

この化け物は、双角鎧熊より手強いと言われている魔獣である。しかも魔術防御力が高く、並みの魔術士では歯が立たないと言われていた。

「よりによって……王太子の言葉を信じるしかないか」

ベリザリオ兵曹は黒震槍の先端に被せてあった鞘を外し、パイプトリガーに指を掛ける。黒震槍と一緒に送られてきた説明書には、この槍こそが魔獣に対する必殺の武器になると書かれていた。

兵曹の周りで、同じように黒震槍の準備をする兵士たちの動きが広がった。その一人であるジラルドは、独角竜馬を睨みながら黒震槍を握りしめる。

「分隊長、こんな化け物が何で門近くに現れるんです?」

「俺に訊くな。分かるはずがないだろ」

独角竜馬が地面を這いずる虫を見下ろすような目で、ジラルドたちを見ていた。ジラルドの背中に悪い汗が浮かび、ツツーッと流れ落ちる。

いきなり独角竜馬の背後に土煙が上がった。一瞬遅れてドーンという地響きが響く。化け物が突進を始めたのだ。

「魔砲杖を撃て!」

ベリザリオ兵曹の号令で、雷鋼魔砲杖の引き金が引かれた。

雷光を纏った鋼鉄片の渦が、独角竜馬に向かって飛翔する。魔砲杖から発射された雷渦鋼弾が、巨大な魔獣に命中した。深緑の鱗に当たって弾け散る雷光。そして、鋼鉄片の渦が金属音のような甲高い音を立て独角竜馬の突進を押し返す。

何枚かの鱗が剥がれ飛び散った。だが、雷渦鋼弾の威力もそこまでだった。独角竜馬の魔術防御力が上回ったのだ。

「真正面に立つな。まず足を狙え」

ベリザリオ兵曹が指示を出した。ジラルドは気を抜けば逃げ出したくなる気持ちを抑え、黒震槍を巨獣に向ける。

独角竜馬の突進を左に跳んで避けながら、黒震槍を突き出しパイプトリガーを引く。出現した空震刃の先端が鱗に覆われた巨大な足を 掠(かす) めた。

ジラルドの身体は跳んだ勢いを制御できず、地面を転がる。その横を巨獣が地響きを立てながら走りすぎた。運が悪ければ頭を踏み潰されていたと思いながら、ジラルドは起き上がり、目だけで巨獣の行方を追った。

独角竜馬は軽い傷を負っていた。しかし、それを感じさせない動きで向きを変え、ジラルドを炎のような目で睨む。ゾッとするような目だ。

「槍で傷を負ったようだぞ」

兵士の一人が声を上げた。普通の槍なら、硬そうな鱗で弾かれていたはずだ。

「砲杖兵!」

ベリザリオ兵曹の声で、また魔砲杖が発射された。だが、結果は同じ。

独角竜馬が再び突進してくる。その真正面に立つのは、ベリザリオ兵曹だ。兵曹は横に跳び、後ろ足に黒震槍を突き出す。空震刃が深緑の鱗を粉砕し、分厚い筋肉を削り取る。

巨大な足から大量の血が噴き出す。巨獣の動きが止まった。

「今だ!」

四本の黒震槍が突き出され、独角竜馬の足と胴体に空震刃が食い込む。その後、兵士たちは狂ったように槍の突きを放ち続けた。

兵士たちの息が切れ始めた頃、独角竜馬は血まみれになっていた。

ベリザリオ兵曹が首を狙って、もう一度突きを放つ。空震刃が首の筋肉を抉り、太い血管を断ち切った。

この一撃が止めとなって、独角竜馬が倒れた。

一瞬、辺りが静かになる。聞こえるのは兵士たちの呼吸音だけ。

「俺たちが、あの化け物を倒したのか?」

兵士の一人が呟く。

次の瞬間、魔境に大きな歓声が響き渡った。

黒震槍で独角竜馬を仕留めたことが魔境門を守る兵士たちに知れ渡り、大きな話題となった。独角竜馬ほどの大物を魔術士ではなく、普通の兵士が仕留めた事例は過去にない。歴史的な事件なのだ。

魔境門衛隊の兵士は、自分たちが強力な武器を手に入れたことを悟った。

魔境門衛隊の戦力が増強され、魔境の偵察任務が強化された。その御蔭で新たな神珍樹が何本か発見され、王太子の管理下に置かれた。

それらの神珍樹から収穫された実は、大きな利益を生んだ。その利益を受け取ったのは、ガイウス王太子と魔境門衛隊の兵士、それにリカルドである。リカルドは紫玉樹実晶と碧玉樹実晶を買い取り、収納紫晶と収納碧晶に加工し売る事で利益を上げたのだ。

ちなみに、収納碧晶は王太子が買い取り、魔境門衛隊に貸し与えた。魔境で回収した多くの素材を、王太子が居なくても持ち帰れるようにという配慮である。