作品タイトル不明
scene:104 戦いの終焉
侯爵の側にいた魔術士ルティーニは、【空震槍破】を見て驚きの声を上げた。侯爵の魔術士部隊が一斉に魔術を放っても破壊されなかった炎滅タートルの甲羅が、一人の魔術士が放った魔術により破壊されたのだ。
驚くのも無理はなかった。
「侯爵様……あの魔術士は何者なのです?」
ボニペルティ侯爵も驚きの表情を浮かべながら、ルティーニへの答えを探す。だが、その答えは見付けられず。
「私にも分からんよ。……だが、彼は王太子殿下のお気に入りだ。それだけの何かを持つ魔術士なのだ」
侯爵はリカルドが作り出した突破口に兵士たちを突撃させた。動揺しているクレール王国軍は対応が後手に回る。陣地内部に侯爵軍の侵入を許してしまったのだ。
オルランドも王家派遣軍の兵士に突撃を命じる。陣地内部では激しい戦いが繰り広げられた。
一方、リカルドは魔術を放ち終えると、大盾の兵士に守られながら後方に下がる。安全だと思われる位置まで後退したリカルドは、少し青褪めた顔で戦場を見つめる。
リカルドの顔に暗い表情が浮かぶ。目の前で大勢の人々が死んでいく。戦場なのだから当たり前なのだが、リカルドの心中には納得できないものがあった。
この世界は地球以上に厳しい世界である。しかし、未開発の土地や資源は豊富に残っており、人類が発展する余地が大きい。他人の領土を手に入れようとしなくとも、努力次第で発展可能なのだ。
リカルドは多くの血が流れる戦場を見て、唇を噛みしめる。
(あんな銀山一つに、これだけの血を流す価値があるのか? クレール王国の連中も、何故国民の命を犠牲にしてまで欲しがるんだ)
時間が経つに連れ、リカルドの混乱した心は少し冷静になる。
銀山から手に入る資金が、領地経営の重要な資金源となっているのは事実。だからこそ、侯爵は銀山の経営に膨大な資金と多くの労働力を投入していたのだ。リカルドが考えている以上に、銀山の存在は重要だった。
この戦争の原因は弱体化したロマナス王国にある。クレール王国はロマナス王国が分裂し国力が落ちているのに気付き、イレブ銀山を手に入れようと欲を出した。
その点に気付いたリカルドは、国王や貴族たちに呪いの言葉を吐き出す。
「きちんと領地経営ができない国王や貴族なんか……」
リカルドは途中で言葉を飲み込んだ。反逆罪とも取られかねないからだ。
戦いは夕方まで続き、クレール王国軍の総大将が撤退した時点で終結した。
戦争の終わりを見届けたリカルドが、すぐに王都へ戻ると言うと、戦勝の宴があると侯爵が引き止める。
「一番の功労者である君には、参加して欲しいのだが……」
「すみません。魔術士協会の承諾を取らずに、この戦いに参加してしまったので……すぐに戻らないとまずいのです」
「そうか。残念だが仕方ない」
侯爵は報酬として用意してあった金貨入りの袋をリカルドに渡す。その中には金貨三〇〇枚が入っていた。
「これは?」
「少ないが、今回の戦いに協力してくれた礼金だ」
傭兵の報酬として考えるなら、破格の報酬だ。魔術士部隊でも不可能だった突破口を開いた報酬なのだろう。リカルドは遠慮せず受け取る。この世界では、それが当たり前だからだ。
今後どうするのか、侯爵に尋ねた。
「戦後処理だな。捕虜のこともあるし、クレール王国と交渉することになるだろう」
「大変そうですね」
「ああ、王太子殿下にも協力を頼むことになる」
侯爵は王太子に大きな借りを作ってしまったと、溜息を吐く。
リカルドは王都へ戻った。
王都ではクレール王国とボニペルティ領の戦いが終結したことが伝わっていないようだ。最初にグレタの所へ向かう。戦争が終わったことを知らせるためである。
王都にあるボニペルティ侯爵の屋敷。その応接室で、リカルドはグレタと叔父アルフィオに戦争が侯爵軍と王都派遣軍の勝利に終わったと知らせた。
「本当に終わったのですか」
グレタは嬉しさのあまりリカルドに抱き着いた。リカルドは一瞬困ったような顔をしたが、その背中をポンポンと叩き落ち着かせる。
グレタは顔を真赤にしてリカルドから離れた。
王太子への報告は、オルランドが報告書を提出すると言っていたので、必要ないだろう。残るは魔術士協会のイサルコへの報告である。
魔術士協会へ行き、イサルコの部屋へ向かう。イサルコの部屋は大きな本棚が四つもあり、そこに本や資料が並べられている。
「ムナロン峡谷から帰ったばかりだというのに、どこへ行っていたのだ?」
「ボニペルティ領へ」
イサルコが『困った奴だ』というような顔をする。
「あそこは戦争中だぞ。危ないだろ」
「戦争は終わりました」
「……まさか、戦争に参加していたのか?」
リカルドがどう返答しようか迷っていると、イサルコが察したようだ。
「グレタの実家だからな。放って置けなかったのは理解する。それで……結果は?」
「侯爵軍が勝利しました」
「そうか……どんな活躍をしたのか、教えてくれ」
リカルドは仕方なく、新しい魔術で炎滅タートルの甲羅を破壊したことを告げた。イサルコはそれがどれだけ凄いことなのか理解しているようだ。そして、どんな魔術で破壊したのか聞いた。
「【空】の魔術だと!!」
イサルコが珍しく大きな声を上げた。新しい系統の魔術が発見されたことに驚きを隠せなかったようだ。
「言っておきますが、論文は書きませんよ」
「何故……そ、そうか。自分用の切り札にしたいのだな」
「そういうことです」
イサルコが残念だという顔をする。理性ではリカルドが秘密にする理由を理解しているのだが、魔術士の本能により【空】の魔術について知りたくて 堪(たま) らないという気持ちを抑えられないのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アプラ領の領都ブレルでは、アプラ侯爵軍のグロッソ将軍と参謀のパガニンが登城し、アプラ侯爵の執務室を訪れた。
「兄上、お呼びですか?」
アプラ侯爵の弟でもあるグロッソ将軍が声を掛けると、豪華な机の上に置かれた通信文を見ていた侯爵が顔を上げる。そして、グロッソ将軍とパガニンを見て、不機嫌そうに声を上げた。
「これを見てみろ」
通信文をグロッソ将軍に渡す。グロッソ将軍は一読して舌打ちした。パガニンは将軍の持つ通信文を肩越しに見て眉をひそめる。
「どういうことだ。ボニペルティ領に勝ち目はないと言っていたではないか?」
モラド砦が陥落した場合、アプラ侯爵軍はボニペルティ領に侵攻することも考え準備をしていた。クレール王国軍がボニペルティ領の全てを手に入れる前に、アプラ侯爵軍がボニペルティ領の半分を手中に収めようと計画していたのだ。
グロッソ将軍はこれまでに手に入れた情報を整理しながら、
「我らが放った密偵の報告によると、ボニペルティ侯爵軍と王家派遣軍は、クレール王国軍が築いた陣地を攻めあぐねていたはず。そこにクレール王国軍の増援が到着すれば、攻勢に転じてモラド砦を攻略。その勢いでボニペルティ領の内部に侵攻するだろうと、予測していたのです」
突然、アプラ侯爵の拳が机に振り下ろされ、ドンという音を響かせた。
「だが、クレール王国軍は敗北した。何故だ?」
パガニンが躊躇いながら、自分の意見を言う。
「ボニペルティ侯爵が作らせた砲杖兵部隊が、大きな戦力となっているのではないでしょうか」
グロッソ将軍は納得できないという顔をする。
「それもあるかもしれん。しかし、五〇丁の魔砲杖だけで戦況をひっくり返せるとは思えん」
グロッソ将軍もアプラ侯爵に進言し、魔砲杖三〇丁を手に入れている。その射撃訓練を何度も行っているが、そこまで威力のある武器だとは思っていなかった。
「ですが、ボニペルティ侯爵が手に入れた魔砲杖は、王太子が開発させた特別なものだと聞いています」
「ああ、中級魔術に匹敵する威力があるらしい」
「我々が所有している魔砲杖は、初級上位の魔術を模倣し組み込んだもの。その威力の違いが大きいのかもしれません」
二人の会話を聞いていたアプラ侯爵は、目を吊り上げ。
「だったら、ボニペルティ侯爵が持つ魔砲杖を手に入れてこい!」
無茶な命令にパガニンが沈黙する。グロッソ将軍は溜息を吐き。
「兄上、無理を言わないでくれ。大事に管理されているはずだ。盗み出すのは難しい」
「だったら、金を出して作らせろ」
グロッソ将軍は渋い顔をして、パガニンの方へ視線を向けた。パガニンは仕方なく返事をする。
「分かりました。王都の魔導職人に交渉してみましょう」
この時点では、クレール王国の町が海賊に襲われたという情報も、炎滅タートルの甲羅が魔術により破壊されたという情報も、アプラ侯爵の所には届いていなかった。
また、ボニペルティ侯爵はリカルドに関する情報を広めなかった。他の貴族に知られたくなかったのだ。知られれば、他の貴族がリカルドに手を伸ばすだろう。そうなるのを侯爵は恐れたのだ。
「これでボニペルティ領に対する戦略を練り直さなければならなくなった。忌々しいことだ」
パガニンが口を挟む。
「ですが、ボニペルティ領がクレール王国に占領されれば、今まで以上に東側に兵力を回さなければならなかったはず。それを考えれば……」
それを聞いて、アプラ侯爵は不機嫌になる。
「ふん、クレール王国の連中などより、ボニペルティの奴らが問題だ」
ボニペルティ侯爵家とアプラ侯爵家の確執は、八〇年ほど続いていた。その原因は魔境から溢れた魔獣を、アプラ侯爵が魔境に撃退するのを諦め、ボニペルティ領に逃した事件から始まる。
パガニンはクレール王国の方が脅威だと思っているのだが、それは言わずに王太子から抗議のあったムナロン峡谷の件について対応をどうするか尋ねた。
「フェドル村の村長を捕らえ、縛り首にしろ」
グロッソ将軍とパガニンは、仕方ないというように溜息を吐く。村長はアプラ侯爵の命令に従っただけで、何の落ち度もないのだ。それなのに殺せと命令する侯爵の冷酷さが、恐ろしいとパガニンは感じた。
イレブ銀山の戦いが知れ渡ると、他の貴族もボニペルティ侯爵が編成した砲杖兵部隊を注目した。その結果、王都の魔導職人に魔砲杖の注文が殺到することになる。
一方、魔砲杖や魔功銃が製作可能な魔導職人を育てているメルビス公爵は、自分の判断が正しかったことを実感した。
メルビス公爵は密偵部隊の長、ヴァルガスを呼んだ。
「お呼びですか、公爵様」
ヴァルガスは浅黒い肌をした三〇代の男である。鋭い目をしていた。
「ボニペルティ侯爵が、どんな魔砲杖を使っているのか、詳しい情報を集めなさい」
豪華なドレスを身に着けたメルビス公爵は、女王のような気品と鉄のような意志を持つ女傑である。それは命令する声にも含まれており、ヴァルガスは自然に頭を垂れ承諾した。
「報告はありますか?」
「クレール王国の港町ルクセブとダブロッタが、海賊に襲われたようです」
メルビス公爵は微かに唇を歪め。
「このタイミングで……有り得ないわ。ガイウス王太子の仕業かしら。確かめなさい」
「承知しました」
ヴァルガスが去ったのを見送ったメルビス公爵は、一枚の報告書に目を落とす。そこにはリカルドについて調べた情報が列記されていた。
「この少年、王太子にとって特別なようね。興味深いわ。一度会ってみようかしら」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
メルビス公爵が会ってみたいと言ったリカルドは、ユニウス飼育場でアントニオと話していた。
「兄さん、影追いトカゲの飼育はできそう?」
「ああ、卵は孵化して黒いトカゲが生まれた。肉でも穀物でも食べるようなんで、餌に困ることはないだろう」
「問題は逃げ出さないように、飼育するのに必要な設備か」
「影追いトカゲには厄介な能力があるからな。ロマーノ棟梁と相談して作るしかないだろう」
アントニオは影追いトカゲの飼育が採算に乗るのか心配になる。
「リカルド、影追いトカゲから取れる触媒は、幾らくらいで売れるんだ?」
「たぶん、一匹分が金貨二枚ほどになると思う」
当分は販売するつもりはなかった。だが、飼育場で育ててもらうには、触媒の価格を決めておかなければならない。リカルドは飼育場が十分な利益を得られる価格を提示した。
アントニオとの話が途切れ、リカルドは飼育場を見回す。飼育場で働く人間は、二七人に増えていた。新しく増えたのは、タオル生地を織っているミケーラの下で働く機織り娘たちと周囲の村から集めてきた若者たちである。
「機織り娘は、何人くらいまで増やすんだ?」
アントニオの質問に、少し考えたリカルドが、
「まずは、一〇〇人ほどかな」
アントニオが目をむく。
「お、多すぎないか」
「いや、タオル生地を王都の特産品にするには、まだまだ少ないよ。少なくとも五〇〇人ほどにしないと輸出に回せないと思う」
アントニオは、その数を聞いて驚く。故郷であるユニウス村の総人口より多かったからだ。
「おいおい、ここを町にでもするつもりなのか?」
リカルドは今気付いたという顔をして。
「そうか、町か。そうだね……規模的に町になるのか」
機織り娘だけ五〇〇人に増やせば済む話ではなかった。事務をする者や警備をする者も新しく雇わねばならない。そうなれば、近くに店も必要になるだろう。
リカルドの顔に笑顔が浮かぶ。
「何を笑ってるんだ。大変なことになるんだぞ」
「でも、何だかワクワクしてくるじゃないか」
その時、冷たい風が二人の兄弟に吹き付けた。リカルドは一瞬だけ目を閉じる。その目蓋の裏に、町となった飼育場周辺の風景が幻となって浮かんだ。
何故だか、胸がドキドキして、心の中から新しい力が湧き出るのを感じる。
絶対に実現させてやる、そうリカルドは心に誓った。