作品タイトル不明
257
謎のエルフと並んで教会の前を通り過ぎる。
教会は湖を背に通りに向かって扉を開け放っていた。
気になって柵越しに教会の中を覗き込む。
「イリスの方ですか?」
「あ、いえ。教会を間近で見るのが初めてで。中はどんななのかなぁ、なんて」
「見て行かれます? 素朴ですが良い教会ですよ?」
「いえいえ、信者でもないのにそんな」
「大丈夫ですよ」
男は先導するように先に門をくぐり、前庭の石畳みを歩く。
まあ、門も開いてたし良いのか、と俺も続く。
芝生の生え揃った前庭、柵沿いの花壇には花が咲いている。
真っ直ぐ正面にはお御堂。
左手には馬車回し。
ふむふむ、領主もここへ来るのだな。
「やあ、神父。客人に少し教会を見せてやってもらえないか? イリス教徒ではないのだが」
「ええ、どうぞどうぞ。イリスの門は常に開かれておりますぞ」
「ありがとうございます。お邪魔します」
大理石の石組みの外観から煌びやかだったのだが、中は更に白みが強い白亜で統一され、それが時間の経過のせいなのか意匠なのか全ての角に若干の丸みがある。
明かり取りの窓は全て跳ね上げられ、太陽の光が差し込んでいる。
祭壇の後ろのイリスのシンボルも木製でなんとも温かみがある。
素朴だけどもなんともありがたみのある聖堂だ。
壁面には四角い木の版画のような彫り物がぐるりと並んでいる。
神父が説明をしてくれた。
「これは経典を書いたとされる聖人たちのイコンです。みな世界を旅し教えを広めてくださった方々です」
「ははあ、見事なものですね」
「失礼ですが、イリスの教えはご存知で?」
「イリス湖の水を飲むと神の国へ招かれるのだと、、、」
神父の表情が一瞬固まり、改めて微笑みを浮かべた。
あ、しまった。
ここは北部なのだった。
「それは最近流行り出した世俗的な教えですね。この教会が建てられた頃は、博愛と自己犠牲こそがその教えでした」
「おお、素晴らしいですね。博愛と自己犠牲。世界が平和になりそうです」
「ご理解いただけてよかった。もしご興味がおありでしたら歓迎しますよ」
「参考までにお聞きしたいのですが、入信はすぐにできるものなのですか?」
「二週間ほど勉強の期間をいただきましてその後に礼拝の中で洗礼を受ける形になります」
ずっと黙って見ていたエルフが口を挟んだ。
「残念ですな」
うん?
どういう意味だ?
、、、あ、断る口実を振ってくれたのか。
「ええ、残念です。ちょっと僕には時間が足りませんね。すぐに主人の元に帰らねばなりません」
「そうですか。では神とご縁があるよう、ささやかながらお祈りさせていただきます」
深々と礼をしてその場を辞させてもらった。
門から出てエルフがクスリと笑った。
「入信したいのかと思いましたよ」
「すみません、あれこれ興味があって色々聞いちゃうんですよね。期待させちゃいましたかね?」
「そうかも知れませんね。こちらです」
導かれるままに街を抜けて森に入った。
暫く森の中の道を歩く。
そして岩場を避けるように道が曲がったところで道から逸れた。
そして大きな茂みの後ろに岩場を抜ける切り通しの通路が現れた。
こんな風に道が隠されてたのか。
「このままでは暗くなってしまいますから、ここからは馬で先にお向かい下さい」
「え、あの、、、」
「私は大丈夫ですからお先へどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございました」
「駈歩で一刻ほどで里に着きます」
二時間か、結構あるな。
俺はフルミネに跨って走り出した。
登りになっているので駈歩だとフルミネも辛そうだ。
途中二度ほど休憩を挟みおやつと水を与える。
少し森の中が暗くなってきた頃に突然また別の男が現れて獣道に誘導された。
そこからは僅か十分ほどで山小屋に到着した。
ぱっと見は普通の山小屋。
しかし空が開けておらずとても暗い。
どうすれば良いのだろうか。
特にお出迎えとかはない。
人っこひとり居ない。
「あの、こんにちは、、、」
馬から降りて小屋に向かって挨拶してみる。
すると小屋の中から返事があった。
「ようこそ。何者だ?」
姿は表さない。
歓迎の言葉が空虚に感じる。
「ポリオリのリサ・バルゲリスから手紙を預かりまして参りました。オミクロンと申します」
沈黙。
長く待たされるならフルミネにおやつをあげたいんだけど、どうだろうか。
すると小屋から男が出てきた。
やはりフードを被っている。
「こちらへ」
小屋の後ろの藪に案内されると薮が曲がりくねった通路になっており、うっかり人が迷い込まないようになっているのだと思わされる。
馬が通るには少し狭い通路をガサガサと抜けると、そこにはエルフの里があった。
残念なことに巨木のツリーハウスとかではない。
ログハウス的な家が建ち並ぶ普通の里だ。
やはり空が開けてないのでとても暗い。
フードを被ったひとりの老人が近寄ってきた。
「やっと来たか。こっちだ」
結構急いで来たんだけどな。
やっぱ暗くなってからお邪魔するのは失礼だったかしら。
「あの、、、」
「馬はこっちだ。鞍を下ろして身体を拭いてやったらあの家じゃ」
「あ、はい」
馬房は広々としていて、敷き藁は敷いてあるし桶に飼い葉と水も用意してあった。
フルミネが喜んで入ったので荷物を下ろし、鞍を外して身体を拭いてやる。
鞍を置く台もあるし毛布を干せる紐も渡してある。
高級な宿のようだ。
ブラシもかけてやり、ハミを外すとフルミネは飼い葉桶に鼻を突っ込んだ。
こんなにフルミネが落ち着いてるんだから危険はないのだろう。
俺は馬柵棒をかけて馬房を出た。
指定された小屋へ向かう。
中には明かりが灯され、思いの外良い雰囲気だった。