作品タイトル不明
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おお、バーゼルよ。
霊峰の麓に抱かれし一粒の真珠のごとき湖よ。
その清らかな雪解け水が旅人の疲れを癒してくれるでしょう!
バーゼルの観光案内パンフがあったらそんな風に書いてあるかも知れない。
美しい。
とても美しい。
アーメリアの名峰十二選としてカレンダーの七月の写真に入れたいくらいだ。
だけども俺が思ってるのはこうだ。
「あの山越えなきゃエルフに会えないんじゃね?」
天を突くトンガリ山。
その鋒は白いよ。
今はもう夏なのに。
馬でも行けますか?
いや無理でしょう。
雪山登山とか全く知識がないんだけど!
絶対死ぬ自信がある!
雪崩に呑まれてお陀仏だ。
まあ、ひとまず街に入るか。
宿がなかったら後のことは考えよう。
今日くらい宿で休んで良いよね。
風呂に入って洗濯をして温かい飯を食べて平たい清潔な寝床で寝るんだ。
なんなら毛布も洗いたい。
「お前も久しぶりにハミを外したいよな」
流石のフルミネも疲れてきているようで、昨日は休憩の時に横になっていびきをかいて寝てたもんな。
五分程度だったけど珍しい。
立ったままうつらうつらしてるなと思ったら猫の香箱座りみたいに膝をついて、そのまま横になったので驚いたのだ。
まあ馬にだって横になりたい時があるよな。
そんな訳でエルフの元へ向かう前になんなら二日くらい寝たい。
馬も人間も横になりたいのだ。
バーゼルまで二十日ほどと言われたが、今日は七月十九日。
予定よりも二日ほど早い。
バンバン街を抜けてったからな。
だから俺には寝る権利があるのだ。
バーゼルは城郭都市ではなかった。
湖になってしまったドームの廃墟に沿って三日月型に広がっている。
中心には高い鐘塔を持つ教会が鎮座し、領主の居城は湖から離れた高台で街を見下ろしている。
これまたどこを取っても絵になる美しい街だった。
家々の屋根は勾配がキツく雪国である事が窺え、その屋根には必ず煙突が見られた。
暖炉がないと冬が越せないのであろう。
城郭都市の街並みというのは揃って五階建ての建物でみっちりと埋められている印象であるのに対し、ここは一軒家が多い。
そういう意味ではカイエンと似ている。
家の大半が斜面に建てられているので坂道と階段が多い。
地形に合わせて作られているのか、道が曲がりくねっているところがカイエンとの大きな違いだ。
散策したら面白い小道が沢山ありそうで胸が躍る。
王都からずっと続いてきた石畳の街道は湖に向かって沈んでいった。
ここも見逃せないフォトスポットとしておすすめしたい。
バーゼルを舞台にドラマかアニメかを作ったらここも人気の聖地になるに間違いない。
水の透明度が高いので湖に沈んだドームの廃墟が薄っすら見えるのが大変エモい。
この街は観光地としてもっと知られるべきだと思う。
アルトマンたちは貧しいことばかりを強調していたが、何かのメディアでバーゼル特集が組まれたらバーゼルの教会で結婚式を挙げたいカップルの予約で挙式は三年待ちみたいな事になるだろう。
元手があれば土地を買っておきたいくらいだ。
紙と印刷技術と交通網が発達したらここは化けるぞ。
あの辺の高台の何軒かを買い取って新婚カップル用のホテルに改装すれば濡れ手で粟だろう。
湖には船が浮かんでいるところを見ると魚か何かがいるのだろうし、草原には羊の群れが見えるので特産品にも事欠かない。
さて出資を誰に持ち掛けようか、、、
妄想に耽っているところにロバで荷車を引いているご老人に出くわしたので声を掛ける。
「お忙しいところすみません、この街の宿屋はどの辺にありますでしょうか?」
「宿屋? あー、、、、そんな洒落たものはねえなあ。お前さん旅の途中かい?」
「ええ、ちょっとお使いで」
「そんなら領主さまのお館に泊めてもらえるだろうよ」
あ、この街に来るとしたら領主のところ以外はあり得ない前提で話してるな。
そっか、それ以外は不自然なのか。
ヤバい。
実はエルフに用があって、なんて言ったら通報されてしまうかもな。
「ああ、そうですよね。ではそうさせてもらいます。ありがとうございました」
俺は頭を下げ、馬から降りたついでに手綱をひきながら歩き出した。
ずっと馬上だと疲れるのでこうしてたまに歩くとリフレッシュされる。
このまま城に向かわずにいるとさっきのご老人に不信感を与えてしまうかも知れないので大きめに独り言を言う。
「そうかあ。じゃあ先に教会に行っとくかなあ」
これでばっちりだ。
このまま道を進んでも不自然じゃない。
俺、冴えてる。
気づくと前方の小道からこちらを窺っているフードを被った男性がいる。
「こんにちわー」
俺は笑顔で挨拶をした。
田舎では会うひと全部に挨拶。
これ常識。
「おや、あなたはウチのお客さんのようだね。お待ちしてましたよ」
え?
「早かったですね。私も早めに来ていてよかった」
「え、あの。どなたかとお間違えでは、、、?」
「これは失礼。どちらにご用で?」
「えっと、あの、、、」
男は薄く微笑むとフードを軽く横に開いた。
するとそこに見えたのは普通の人間とは明らかに違う尖った耳だった。
「こちらですよ」
導かれるまま俺は男に並んで歩き始めた。
どうやって俺が来るって知ったんだ?