軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98話 逃走

「走れ走れ走れぇぇ!」

「ムッムー!」

「キキュー!」

「クマクマー!」

「――!」

「ガオオオオォォォ!」

広場で巨熊に遭遇してしまった俺たちは、必死に走り続けていた。後ろからは熊が追ってきている。

「ガアアァァ!」

「ひぃ!」

俺の真後ろで巨熊――鑑定してみると、ガーディアン・ベアという名前だった――の咆哮と、ガチンという、顎が噛み合わされた硬い音が響いた。その音を聞くだけで、ゲームの中だというのに凄まじい恐怖心が湧き上がってくる。絶対にこのシーンを夢に見るんですけど!

「ガオオォォ!」

やばい、もう追いつかれる!

「何か、何かできないか?」

オルトの土魔術は戦闘に使えない。リックの攻撃でどうにかできるとも思えない。クママは瞬殺されるだろう。となると――。

「サクラ! 何かできないか?」

「――?」

「そうだ。例えば樹魔術で……ぎゃぁ!」

ゴバアァン!

ブゥンという重い風切り音が聞こえた。その直後、熊の爪によって俺の斜め後ろの木の幹が派手に砕け散る。と言うか、風圧で後ろ髪が揺れたぞ!

「やばい、死ぬ死ぬ!」

「――!」

「ガァァッ?」

ドンガラガッシャーン!

おお? 大きな音に驚いてチラリと後ろを振り返ると、巨熊が急にコケていた。サクラが樹魔術で何かしたのか? 木に衝突して動きを止めている。

ガーディアン・ベアが転んだ辺りをよく見ると、木と木の間にロープのような物が張られていた。サクラが樹魔術で蔦を操って作った即席の罠のようだ。熊は全速力で走っていたため対応できず、前足が引っかかってバランスを崩したんだろう。

ほとんどダメージは無いようだが、起き上がるまで数秒は時間稼ぎができた。

「よし、岩場に逃げ込めたぞ!」

俺たちのサイズならともかく、奴の大きさだと岩が邪魔して全力じゃ走れないはずだ。実際追ってくる速度が一気に落ちた。

「はぁはぁはぁ、とりゃぁ! ぐえ」

岩を悠長に降りている暇なんかない。行きは必死に登った大岩を、俺は決死の覚悟で飛び降りる。

足にジーンと来る! だが、痛みはそれほどでもないな。傷薬やポーションで回復すれば、落ちた勢いで怪我して走れなくなるという最悪の事態にはならないだろう。

「ガルオオォォン!」

まだまだ近い距離から、ガーディアン・ベアの咆哮が聞こえる。

「あきらめないか! 皆、休憩はまだできそうにないぞ!」

「ムー!」

「クマー!」

「――!」

「キュ!」

リックだけはちゃっかりとオルトの頭の上に張り付いているな。振り落とされない様に頭にビタッと張り付き、まるで犯人の車の屋根に必死にしがみ付く刑事のような格好だ。

「サクラ! もう一度蔦で転ばせられないか?」

「――……」

サクラが申し訳なさそうに横に振り、両手でバッテンを作った。どうやら無理らしい。そうか、ここは岩場だった。操る蔦自体が無いのだろう。

「ガアアァァ!」

ズシン!

巨熊が岩の上から飛んだ。くそ、少しは時間が稼げるかと思ったんだがな! 俺が飛び降りることができる程度の高さ、奴にとっては踏み台くらいの高さなのかもしれない。

ガーディアン・ベアのテリトリーがどれほどの広さなのかは分からないが、釣り場まで行けば何とかなると思うんだよな。マルカたちのパーティが逃げてきたときも、そこまでは追ってこなかった。

あの時は単にマルカたちに振り切られて諦めただけで、釣り場もテリトリー圏内だったら詰むけどね! 今の俺たちにはそれしか希望がないのだ。

サクラの樹魔術が使えないとなると、あとは何かガーディアン・ベアを足止めできるようなアイテムはないか?

とは言え、ポーション類や調合の素材、あとは食べ物ばかりなんだが……。いや、食べ物でやつの気を引けないか?

「とりゃ!」

俺は、インベントリから取り出したウサギ肉を熊に向かって投げつけてみた。どうだ? おいしそうな生肉だぞ?

「ガオオオォ!」

「ダメか! じゃあ、これならどうだ!」

次に投げたのはハチミツだ。熊と言えばハチミツだろう。あんな怖い顔をしていても、きっとハチミツが好物なはずだ! なにしろ、俺が手に持っているハチミツの瓶を、隣を走るクママが凝視しているくらいだ。こんな時くらい自重しなさい! だが巨熊は、地面に投げつけられたハチミツに見向きもしなかった。その場で立ち止まってペロペロしてくれると思ったのに! くそっ! 本当に熊なのかよ!

「なら、こいつだ――ダメか! じゃあ、こっちは――ダメなのか!」

熊と言えば鮭。鮭と言えば魚。ということで、俺は小魚の煮干しを投げたが、熊は興味が無いらしい。俺たちの方が美味しそうに見えるんだろうか? その次に取り出した木の実のクッキーも全く効果はなかった。

やはり、食べ物で気を引こうという作戦自体がダメなのか? 次でダメなら諦めよう。

俺は最後に紫柿と緑桃を取り出して、熊の前に投げてみた。リアルだと、熊は木の実や果物も好きなイメージがあるからだ。葡萄や桃が熊の被害に合うニュースなんかも見るし。

とは言え、ダメ元って感じだけどね。ハチミツや肉がダメだったのに、果物で足止めができる訳が無い――と思ってたんだけどね。

「え? マジか?」

なんと転がる果物を追って、巨熊のやつが脇に逸れていった! 本当に? 果物が好物なのか……。これは良い情報だぞ。もしかしたら戦闘にも役立つかもしれない。

「よし、この間に逃げるぞ! もう一息だ!」

俺はいつでも投げられるように紫柿を手に持ちつつ、モンスたちと共に全力で走り続けた。

「ぜぇはぁぜぇはぁ……!」

「ムッム!」

「――!」

体力の限界に達しつつあった俺の両手をオルトとサクラが掴み、引っ張ってくれる。ええ子たちやで! だがリックは頭から降りろ! 尻尾がたまに首筋を撫でて、メチャクチャくすぐったいんだよ!

「ああああ……水……」

なんとか釣り場まで逃げてきたところで一旦足を止めた。と言うか、これ以上は走れない。俺は水を取り出してガブ飲みしつつ、後ろを振り返った。

熊の姿は見えないが、どうだ? 気配察知なども使ってみるが、熊が追ってきている気配はない。どうやら逃げ切れたらしい。

「た、助かった……」

「ムー」

「クマー」

オルトとクママがその場にへたり込む。

「キュー」

「――♪」

リックとサクラも安堵の表情だ。うちの子たちも限界が近かったんだろう。

「……とりあえず、村に戻るか」