軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45.転生王子、釘を刺される

こうして近くで改めて見ると、ローレンツは派手ではないが整った容姿をしていた。清潔感があって、人に嫌われなさそうで、夢の中の世界で言う所の「特別イケメンじゃないけど何か一番モテてる」タイプだ。

背もベディより低いけれど、スラリとしていて足が長い。

かと言って貧弱にも見えない。夢の中の世界で女の子が一番好きな体型だと思う。

それでいて、こちらをにこやかに見ている目の奥は笑っていなくて、こういう所も女の子的には「影があってステキ」となるやつかもしれない。

「ローレンツが、ボクに用事があるの?」

確認するために聞くと、ローレンツはさらに目を細めてもう目の奥も見えなくなる。

「はい。よろしければ上の階で、おやつに美味しい焼き菓子もご用意しているんですよ」

え、行くわけなくない?

上の階、というのはナターリエ様の階のことだよね?

ヴァルテ王宮では、王と妃とその子供たちは主塔に、側妃とその子供たちは側妃棟に住んでいる。その中で階数ごとに分けていて、フロア丸ごとが各陣営のものとなって管理されている。

そして階によって序列付けというか、上下が決められており、上の人ほど上の階だ。

もちろん、アルダ国のお姫様であるナターリエ様の陣営は、田舎男爵のうちよりも上の階だ。ローレンツはそこに来いと言っているのだ。

うん、行くわけがないよね?

「おやつはいらないかな~。今食べたら夜ごはんが食べられなくなっちゃう」

ボクはとぼけながら断ると、ローレンツの眉がピクリと動いた。

「それでしたら、アルダの本を見に来ませんか? アルダの文化にご興味がおありだと聞きましたよ」

「ううん、ノエル兄様からいただいた本をまだ読んでいるから大丈夫」

ニコっと笑って言うので、ボクもニコって笑って返した。

「何か用があるなら、今ここで言って。ボクそんなにヒマじゃないんだ」

どうもボクをナターリエ様とノエル兄様の階に連れて行きたいみたいだけど、あんまり良い予感がしないからボクもてこでも動かない。そもそもボクの事を嫌っているだろうアルダの人がたくさんいる所になんて、行くわけがないよね。

あと忙しいのは本当だし。

「リエト王子は、まだ幼くていらっしゃるからそんなにご予定もないでしょう?」

「そんな事ないよ。家庭教師も付いてるし、鍛錬も始めたし。図書室でお勉強したり、温室で植物観察でしょ、それにお昼寝もあるし」

夜はメリエルとベディとお勉強もしてる。

それに。

「そんなこと、ローレンツに言われる事でもないと思うんだけど?」

別の王子の陣営の騎士が、ボクをどこかに連れて行けると思ってるの含め、おかしな話だね。

ボクを上の階に招待したいなら、エアハルト兄様みたいに“ノエル兄様が”招待するか、ナターリエ様が招待しないと。

じっと、同じ色の目と目が合う。

と思ったら、また、ローレンツの目が細められ、口元もへらりと歪む。

「これは大変失礼いたしました」

困ったように笑う顔は、見た者が許してしまいそうな情けない顔だ。

こういう顔をしたら、もしもケンカをした女の子であっても許してくれそう。

「言葉が過ぎました。リエト王子が 色(・) 々(・) と(・) 頑張っておられる様子は、私も存じております」

ピりついていたベディの気が緩んだのを確認する様に、視線を向けてまた微笑み、ボクに戻して続ける。

「だからこそ、だからこそですね、ノエル王子とも交流を深めていただきたいたいのですよ」

「ノエル兄様も?」

ボクが未来のお嫁さんのためにがんばる事が、どうしてノエル兄様との交流に繋がるのだろう?

分からなくて首を傾げるが、ローレンツはボクがとぼけていると思ったのか言い募る。

「兄殿下たちと交流をなさっているでしょう? ノエル王子とも交流していただかないと、釣り合いが取れないではありませんか」

「つりあいって何?」

ディートハルト兄様にご本を読んでもらったり、エアハルト兄様とおしゃべりしたりする事を言っているのかな。オリヴィエーロ兄様たちからのお手紙が来たのは今日だから、そこまでは知らないと思うけど……どちらにせよ、つりあいって何と何のだろう?

「他の王子たちと同じ様に、ノエル王子と交流していただかないと困ります」

「誰が困るの?」

交流も何も、ノエル兄様はボクの事を嫌っているし、目が合っても大体フンってされる。ディートハルト兄様とは図書室で、エアハルト兄様とは温室で会うのでほぼ必然的に交流を取る様になっただけなのだから、ほとんど会いもしない目も合わせないノエル兄様にも同じようにと言われても、ボクこそ困ってしまう。

「この城の者みんながですよ」

わお、思ったより広範囲できた。

王宮の人みんな?

それって父様や他の妃たちも入るのかな?

それこそ、ボクのことが眼中に無い方ばかりだろ思うけど、ローレンツは何でそんな事を思っているのだろう?

「おや、聡い子だと思っていましたが、ご自分の立ち位置をご理解無いのですか?」

自分の立ち位置と言われても……王家の血筋かどうか確証が無い、いない方が良いみそっかす王子、だとは理解している。

でもローレンツはボクを見て、見下ろして、目元を歪めた。

「貴方は生贄ですよ」

「イケニエ?」

イケニエって、神様へお供えするものだよね?

ヴァルテは宗教に関してはけっこう自由だけど、イケニエを要する宗教なんてあったかな?と思い出そうとしていたら、ローレンツが膝を折ってボクの目前にいた。

「貴方はこの多種多様な思惑と感情溢れる王宮内の、はけ口のために 王宮(ここ) に置かれているのです」

ローレンツの青灰色の目が、まるで絡め捕らえるみたいにボクを見る。

ひゅ、と小さく息を吸ったら喉に引っ掛かって変な音が出た。

ビュンッと目前を何かが駆け抜けたと思ったら、ローレンツが三歩ほど離れていた。

ボクの前に、見慣れた足があって見上げると、鞘に入ったままの剣を構えたベディが全身から怒りを湧き上がらせてローレンツを睨みつけていた。

「お前……っ、坊ちゃんに何てことを!」

「ああ、こわい。さすがクバラ随一の戦士だ」

ローレンツは、あの人好きしそうな笑顔のまま、ベディから距離を取っている。

「ベディ」

ボクが声を掛けると、ベディはピクリと肩を震わせたけど、こっちを向かない。

「ベディ」

ボクはもう一度ベディを呼んだ。

少しの迷いの後、ベディは僕を振り返る。

その顔に浮かんでいる感情は怒りではなかった。何かを我慢している様な顔。

何でベディが泣きそうなのかね。

「よく躾けされてますね」

ローレンツの茶化す様な言葉は、その通りで、ベディは剣を抜かなかった。

別王子の護衛騎士に剣を抜いたとなれば、それがどんな理由があっても問題になる。ベディだけではなく、主人であるボクや母様に責任が問われる。

「うん、よく剣を抜かなかったね。えらいぞベディ!」

ボクが褒めると、ベディは一瞬嬉しそうな顔になった後に顔を引き締めていた。

「クバラの番犬を怒らせたみたいなので、おいとましましょう」

「ですがリエト王子、貴方は贄として、オラフ男爵の孫として、ノエル王子の事を受け入れる義務があるのです。その事を努々、お忘れなきように」

言い終わると早々に踵を返し去っていくローレンツの後姿を見送った。

(そう言えば、おじいさまに教えてもらっていた事もあるんだっけか)

「ぼ……坊ちゃん……」

顔を上げると、ベディが目を潤ませていた。

「坊ちゃんは生贄なんかじゃねぇです! はけ口なんかじゃねぇです!」

「え、でもそう言ってたよ?」

ローレンツがわざわざ言いに来るという事は、そうなんだろうなと思ったんだけど。

「あんな奴の言う事聞く事ねぇですよ!!」

ベディはすっかりローレンツに敵対心を持ったらしい。まぁそれはいいんだけど。

「うーん、でもボク、ローレンツに言われて納得したんだよね」

「へ?」

てっきりボクは『王家の恥』として一部から処分対象なのだと思っていた。

でもローレンツが言うには、『王宮のイケニエ』らしい。

たしかに、先日の毒殺未遂事件では死にかけたと思っていたけど現に今生きているし。色々嫌がらせはあるけど、死ぬに至っていない。

いくらボクがラッキーボーイでも、王族の本気を出せば亡き者にするのはそこまで難しくないのかもって薄々は思っていたんだよね。

ボクが存在する事で、色んな不平不満のある人たちのはけ口にして、ストレス発散させていると考えると、なるほど~って感じだ。

「それに、これってさ、考え方を変えたらいい事だよ」

「ど、どこがすか!?」

王宮内の人達のストレス発散のためのイケニエ。

「つまり、その役目がある限り殺されないってことだよ!」

いや~いつ殺されるかヒヤヒヤして色々頑張ってたんだけど、命の危険はなさそうだなんて、良かった~!

これで未来のお嫁さんのための努力に集中できるね!

やったー!

ボクがほくほくでこれからの事を考えている間、ベディは涙目で決意を新たにしていたらしい。

「坊ちゃんの体と心は、俺が守る……!」

リエトを招待する事は叶わなかったローレンツだが、彼に自身の立場を自覚させることは出来たのでやるべき事は済ませた。

これでリエトも明日以降はノエルに対して接し方を変えればいいが。

(まだ五才とは言え、あのオラフ様の孫なのだから)

考え事をしていたので、騎士ともあろう者が反応が遅れてしまった。

いや、近付いてきている気配と音には気付いていたのだ。

ガラガラという金属音は隠せるものではないし、一定の音、そして時間と場所を考えれば夕食用の配膳ワゴンを運んでいる者がいるのだろう。

しかし、そのワゴンの音はある場所から急に変わった。

ガツッ!

「イッ……!」

太もも横に勢いよくぶつかって来たワゴンに思わず声が出かけるが、騎士たるものこんな事で痛がっていてはいけない。ローレンツは歯を食いしばって耐え、ワゴンが放たれた方に視線を向けた。

一人のメイドが、立っていた。

「申し訳ございません、手が滑りまして」

淡々と、メイドは表情一つ変えずに抑揚のない調子で言い放った。

年の頃は十三、四くらいのまだ少女だ。黒い髪を二つに結んでいて、黒目がちな瞳でじっとこちらを見ている。

少しも申し訳なさそうにも、物怖じすらしていない。

「いや……大した事ない。気を……」

付けるように、そう言おうとしたが被せる様にメイドは言葉を発した。

「そうでございましょうね。騎士様ですもの、この程度痛くも痒くもございませんよね」

「…………」

いや、痛かった。油断していた上に何の防具も付いていない箇所に思わぬ勢いで金属が当たったのだ。痛くないわけがない。

思わずひくりと口元が歪んだが、メイドはじっとこちらを見て何の感情も読み取れない。

「……ああ、気を付ける様に」

「はい、申し訳ございませんでした」

やたらとキレイな礼を背に、ローレンツは再び歩き出しその場を去った。

「ああ、いたいたメリエル! どうしたのさ急に配膳ワゴンだけ貸してって!」

駆けてきたビアンカに礼を言って配膳ワゴンを返したメリエルは、主人の夕食前の湯浴みの手伝うために部屋に戻っていった。