軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 報告と処遇

重厚な木製の扉がぴたりと閉じられた部屋には、外界の喧騒は一切届かない。

部屋の中央に鎮座する、重々しい長机。

その周囲を囲むようにして、十数人の人影が深く腰を下ろしていた。

壁にかけられた時計の針が静かに進む中、

空調のわずかな音と、誰かが椅子の位置を直すたびのきしみ音だけが耳に残る。

口を開いたのは、机の中央付近に座る、がっしりとした体躯の五十代ほどの男だった。

やや低めの、しかし腹に響く重たい声が、静寂を断ち切った。

「──で、タケウチ君。彼は、どうしているかね?」

名を呼ばれた男、タケウチは素早く背筋を伸ばし、張りのある声で応じた。

「はっ! 現在、本部にて引き続き事情聴取中であります。

本人は協力的で、対話は円滑に進んでおります」

机の端に積まれた資料の束。

その一部を開いたままのタケウチは、書かれた内容をなぞるように言葉を続けた。

「ただ、彼は戸籍上も私生活上も天涯孤独のようでして。

裏付けを取ろうにも、そもそも接点となる人間が非常に限られております。

勤務先だった企業にも照会をかけましたが、いずれも型通りの返答ばかりで、

具体的な人間関係の情報は得られておりません」

それを受け、重々しい沈黙が部屋に戻る。

ひとりの年配の男性が、手元の資料に目を落とし、重たげに椅子の背に寄りかかった。

──イトウ タケル。二十八歳。

両親は三年前に他界。親族との関わりは希薄。

都内で一人暮らし。恋人、友人など交友関係も確認できず。

犯罪歴もなく、消費者金融や不審な金の動きもない。

いたって清廉、そして──何もない。

「……いたって普通、というのが逆に怪しいな」

男はぼそりと呟き、資料の一枚をひらりとめくった。

「これ以上叩いても、埃すら出てこんか……」

その横から、鋭い目をした細身の老人が口を開いた。

総白髪の髪を丁寧に撫でつけた姿は、刀のような鋭さを思わせる。

「出自はさておき──彼の戦闘能力についてだ。

かなりの実力を持っていると認識してよいのか?」

その問いに、タケウチは小さくうなずきながら、胸元から一枚の報告書を引き出して掲げた。

「はっ。記録にもございます通り、レベル取得済みの隊員と比較しても、彼の数値は平均の十倍近く。

現時点で確認された最大ステータスです」

「……ステータスが身体能力に直結していると?」

「はい。迷宮内に限った話ではありますが、

我々の隊員でもステータスに応じた身体能力の向上を確認しております」

「幸いにも、と言ってよいのか……」

先ほどの白髪の男が目を細めた。

「現実世界では、その影響は確認されていないと?」

「その通りです。ただ、それが“我々のレベルが低いからなのか”、

あるいは“迷宮内限定の制約”なのかは現段階では不明です。今後の検証が必要かと」

沈思黙考するように、数人の参加者が資料をめくり、ある者は顎に手を当てて思案した。

「……では、少なくとも今の段階では、迷宮外で彼が脅威となることはない。そう理解してよいか?」

「現状、はい。ただし──」

タケウチは、少し表情を引き締めた。

「彼がアイテム等を所持している可能性も否定できません。

少なくとも、我々が確認できた限りでは“直接的な破壊力”を持つ装備は見つかっておりませんでしたが……」

「家宅捜索は?」

「すでに、本人の同意を得た上で完了しております。ですが、特段、不審な品は見つかっておりません」

「……」

重苦しい沈黙が室内を包む。やがて、それを破ったのは、最初に発言した男だった。

「もし仮に、彼が暴走した場合……君たちで、それを止めることはできるのか?」

その問いは重く、空気の流れすら止めた。

タケウチは、真っ直ぐにその視線を受け止め、深くうなずく。

「重火器の使用を前提とし、複数人で同時に対応すれば──可能かと存じます。

ただし、これはあくまで推測の域を出ません。

彼の“実戦能力”については、我々も未確認の状態ですので……」

「なるほど」

男は椅子に身を預け、苦い表情を浮かべながら天井を仰いだ。

「……引き続き、監視と調査を強化するように」

その声に対して重く頷くタケウチ。

「さて──では、キノシタの件だ」

会議を主導するがっしりとした体躯の中年男性が、

書類を置いて前のめりに身を乗り出すと、低く、よく通る声でそう言った。

「はっ。こちら、ある程度見えてきた部分がございます」

そう答えたのは、官僚然としたスーツ姿の一人。

タケウチよりやや若く見えるその男は、素早く別のファイルを開いて、読み上げを始めた。

「キノシタ・タダシ、三十七歳。関東の地方都市出身。

高校卒業後、海外で約四年間の就労歴あり。

その期間中に現地で結婚し、二児をもうけています。

……が、数年前より家族とは音信不通の状態が続いているとのことです」

ざわめきは起きなかったが、何人かの眉が動いた。

「どうやら、某国の政党関係者との繋がりが深まった時期と、家族との断絶が一致しており……

おそらく、指令ないしは契約のようなものに基づいて行動していた可能性が高いと推測されます」

彼は淡々と話しながら、さらに一枚の資料を提出した。

「続いて、使用されたアイテム──『神々の試練』についてです。

こちら、公式記録にて一点、アメリカでの発見が確認されております」

その言葉に、ざらついた空気が場に満ちた。

全員が資料を見ずに報告者へと視線を向ける。

「報告によれば、発見者は登録のある探検グループ。

たまたま未踏洞窟に足を踏み入れ、内部で該当のアイテムを発見。

その一部が好奇心により使用し、迷宮に閉じ込められた……という流れです。

なお、入場したメンバーは全員、試練に敗れ、死亡した模様です」

「模様? 状況ははっきりしていないのか?」と、白髪の鋭利な男が眉をひそめて問う。

「はい。使用が確認されたのは、今からおよそ二か月前。

それ以降も迷宮は開かれておらず、内部の詳細は依然不明のままです」

「……二か月も封鎖されたまま、か」

沈痛な驚きが、誰の口からともなく漏れた。

資料に記載されていた『一定期間の封鎖』という語句が、

いかにあいまいな意味を持つかが今、明確になった。

「なぜそのような重大情報が、国際会議の場に上がっていなかったのだ」

重々しい問いに対し、報告者は渋い顔で言葉を選んだ。

「はい。現地からの回答によると、死亡者が一般市民であること、

またこの件を公表すれば各国の過剰反応を招く恐れがあるとのことで……

黙殺に近い対応が取られています」

「……確かに。他国で使用されたら、封鎖・混乱・非難と、いいことは一つもないからな」

誰かが低く唸るように言った。

「アメリカでは、迷宮探索にあたっての事前身体検査を徹底しているようですが……

効果がどれほどあるかは不明です」

場が再び沈黙しかけたそのとき、別の男が口を開いた。

「スキル、の問題だな」

その言葉に、資料が一斉にめくられた。

「はい。今回、我が国で初めて確認された<スキル>のうち、

イトウ・タケル氏が所持する『アイテムボックス(下級)』ですが……

<識別の石板>を使用しても、内部の詳細までは把握できませんでした」

報告者は無念そうに肩をすくめた。

「つまり、どんなものを隠し持っていても、現状では完全に見抜けない……ということか」

「そういうことになります」

薄く張り詰めた空気が再び冷え込む。

「……にもかかわらず、アメリカは探索を続けていると?」

「はい。ロシアも中国も同様です。理由は、これでしょう」

報告者がテーブルに並べた二つの物体──

<識別の石板>、そして<万能継ぎ布>。

「これら、『アーティファクト』と呼称される品々。

既存の物理法則を超えた機能を持ち、現実に変化をもたらす存在です。

金では買えない力がそこにあります」

誰もが、それに見入った。無言のまま、息すら浅く。

「……たった一度の探索でこれが出るなら、そりゃ飛びつくだろうな」

誰かが皮肉のように呟いた。

実際、今や有力者たちは競うように探索者を集め、

迷宮発見情報が流れると、その土地ごと高値で買い上げようと動いている。

正式な発表がなされる前に“押さえる”ために。

「国に知られたところで、“ただ土地を買っただけ”と主張されれば、強くは出られん」

ある初老の議員が、苦々しげに鼻を鳴らした。

「すでに野良の迷宮もいくつか発見されているが……公式な報告はほんの一握りだ。

把握していないものの方が多いかもしれん」

誰も否定しなかった。

「……犠牲が出るとわかっていても、誰かが手を出す。

ならば、我々がそれを制御しなければならない」

そう呟いた男の言葉に、全員が静かに頷いた。

* * *

会議の熱気がわずかに冷め、部屋の空気が落ち着きかけたそのときだった。

「──そこでだ。タケウチ君」

不意に低く響いた声は、静まり返った会議室に鮮やかに落ちた。

声の主は、最初に場を仕切っていたがっしりとした体躯の男だった。

分厚い唇がにやりと歪み、まるで獲物に牙を見せる肉食獣のような笑みを浮かべている。

タケウチの背筋に、ひと筋、嫌な汗が伝う。

「はっ!」

反射的に立ち上がり、姿勢を正して敬礼する。

だが、その目はわずかに揺れていた。胸の内に芽生えた不穏な直感が、警鐘のように鳴り続ける。

「君と、部下のミツイ君だが……今回の件の責任、分かってもらわないとな」

重々しいその言葉に、タケウチの肩がわずかに落ちた。

「迷宮内での一般人への危害。そして、危険物の持ち込みを未然に防げなかった点。

さらには、一般人を任務に同行させた件──

いずれも事情があったとはいえ、処分がないとはいかないだろう?」

語気を荒げるわけでもなく、淡々とした口調。

だが、その実質は重く鋭く、まるで静かに沈められた刃だった。

「……心得ております」

タケウチは、言葉を絞り出すようにして答えた。

「うむ。君たちには、それぞれ一階級の降格処分を科す。そして──」

その瞬間、男の顔がまた笑みに変わった。

「新設される『迷宮探索補助協会』。

そこへ、こちら側からの“探索者”として、君たちを送り込むことになった」

「……探索者として、ですか」

タケウチの眉がぴくりと動く。

降格のことよりも、その人事の異例さに驚いたのだ。

「そうとも。協会はどうにも、守銭奴どもが仕切ることになりそうでね。

国家の利を度外視した連中が、好き勝手やりかねん。

我々としても、内部に目を光らせておく必要がある。

……まあ、言ってしまえば“スパイ”のようなもんだ」

こともなげに語る口調に、周囲の者たちは目を伏せるか、

薄く笑みを浮かべていた。誰も反論などしない。

「それに──」

男の指が机の上の資料をとん、と叩いた。

「イトウ・タケル。彼と友好関係を築いておけ」

その名に、タケウチの背筋が再び伸びた。

「彼は現時点で、我々が把握している中でもっとも“迷宮”に適応している存在だ。

未知の環境下で生き延び、力を得、さらに交渉の余地を持つ者……

その価値は、これから先計り知れん」

資料の中から、イトウのプロフィール写真がのぞいている。

どこにでもいるような青年の顔──だが、その裏には誰も測りきれぬ可能性があった。

「協会の連中に変な唾を付けられないよう、見張っていてくれたまえ。

……ま、お手並み拝見といこうか」

肩をすくめて男が立ち上がると、重ねていた資料を丁寧に束ね、卓上のクリップで留める。

その所作の一つひとつに、場慣れした権力者の余裕があった。

「辞令は後ほど正式に下る。よろしく頼むよ」

それだけを告げ、彼は椅子を引いて立ち上がった。

続いて他の官僚たちも、手短な挨拶を交わして部屋を出て行く。

重厚な扉が、音を立てて閉じられる。

──静寂。

長机の端、ただひとり残されたタケウチは、背もたれに身を預け、大きく深いため息を吐いた。

肩にのしかかる処分と使命。

だがそれ以上に、胸の奥に巣くうのは、言いようのない「不安」だった。

(……本当に、俺たちは“彼”を管理できるのか?)

その問いは、答えのないまま、タケウチの心に重く沈んだ。