軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 立ち塞がる試練、自身の強み

「急げ! いつ封鎖が解けるかわからん!

負傷者の受け入れ準備と、戦闘対応班は待機を続行しろ!」

怒号が飛び交う中、三鷹迷宮の入口前は戦場さながらの混乱に包まれていた。

設営途中のテントが次々に張られ、周囲には緊急対応班、医療部隊、自衛隊の車両がひしめき合う。

迷宮入口を中心に、半径百メートルを越える一帯は完全に封鎖されていた。

通行止めのバリケードの外では、集められた民間人たちが困惑の表情を浮かべて並ばされている。

「ちょっと、そっちは報道用じゃないって言ってるだろ!」

抗議と混乱の声があがる。

報道関係者と思われる一団が、警備員と押し問答を繰り返していた。

すでに数台のテレビ局の中継車が路上に陣取り、クレーンカメラが迷宮の入口を捉えようと動き続けている。

空には複数の報道ヘリが、バラバラと不協和音のような轟音を立てて旋回していた。

──これは、ただ事ではない。

そんな空気が、誰の口に出されるまでもなく、辺り一帯を支配していた。

そもそも今日は、“迷宮における一般人同行実証実験”の一環だった。

参加者はあらかじめ選定された民間人。

迷宮の「セーフエリア」、つまり内部での安全が保証された空間に限定された探索だったはずだ。

事前には、政府主導で自衛隊・研究機関・医療チーム・民間協力企業などが集結し、

何重にも確認と調整が行われていた。

万一のための対応人員、衛生班の待機、迷宮出口付近のバイタルモニタリングも完備。

あらゆる安全対策を“整えていた”──少なくとも、そう報告されていた。

実際、最初の三組は問題なく帰還していた。

予定通り、何事もなく“セーフな”データ収集が進んでいたはずだった。

だが。

四組目の進入直後、それは起きた。

モニターから突然反応が消えたのだ。

異変を確認していた司令室はすぐに緊急事態を宣言。

迷宮の出入り口には半透明の壁のようなものが発生し、内部のチームとは通信が一切つかない。

何とか筆談で情報を共有したが、内容はひどいものだった。

「スパイの可能性も否定できない、対象民間人に混じって何者かが……」

「……封鎖です。最悪、迷宮が閉じる危険性もあります!」

「負傷者の状況を優先です! 迅速な医療対応の用意を!」

混乱と判断が入り乱れるなか、誰もが共通して思った。

──これは、最悪の展開だ。

迷宮研究に慎重だった現政権は、世論の圧力と各国の先行事例に押され、ようやく重い腰を上げたばかりだった。

その矢先のこの一件。

いくら言い訳を重ねようが、事態は“失態”としか受け取られないだろう。

安全をアピールしていた政府にとって、この事件は致命傷になりかねない。

野党、マスコミ、そして迷宮を懐疑的に見る国民の視線が、いまこの瞬間も三鷹の空の下に集まっている。

だが、今はまだ追及の時ではなかった。

「中の連中が……無事ならいいが……」

誰ともなくつぶやいた言葉が、周囲のざわめきの中に消えていった。

ただ一つ、今この場で誰もが心の奥に抱いているのは──迷宮の向こうに取り残された者たちが、生きて帰ってくること。

その祈りだけだった。

* * *

びしゃっ、と水飛沫が上がるような音とともに、最後の一撃がモンスターの体を断ち割った。

数秒遅れて、ぷすりと濁った体液の匂いが鼻を刺す。

俺はゆっくりと肩の力を抜き、振り返って歩いてきた道のりを見やった。

(あれから……もう一時間か)

独りになってから、もうずいぶん奥まで来てしまった。

地図なんてものは最初からない。けれど、それでも迷うことはなかった。

道は意外と単純で、分岐はあるものの、大半は袋小路。

引き返して別のルートを選びながら、気づけば随分と深い場所まで進んでいた。

手応え? 正直、あまりない。力任せでねじ伏せてきた、それだけだ。

とはいえ、得るものはあった。状態異常回復薬、目標としていた数はある程度確保できた。

戦闘のついでに手に入った戦利品もなかなか悪くない。

≪現状の回収済みアイテム≫

・状態異常回復薬(最下級)×6

・回復薬(最下級)×15

・ステータスチェッカー ×3

・短剣(下級)×1

・革の脛あて(下級)×1

・革の胸当て(下級)×2

・革の手甲(下級)×1

そして、なによりの収穫が──これだ。

・閃羽の短剣×1

テントウムシ型の個体を倒したときのドロップだった。

赤い刀身に、かすかに光を宿したような美しさを持つ短剣。

刃を試しに何かに当ててみた時、その切れ味に思わず息を呑んだ。

下級の装備とは明らかに別格だ。これは、まさしく“当たり”の一品。

(たぶん、レアドロップ……だな。

ポイントでの数値からして、確率で言えば、1%未満ってとこか)

非常に低確率でのドロップアイテム。

けれど、それでも──俺には特別な手段がある。

(……ポイントさえ貯めれば確定で手に入れることができる)

未練はあるが、持ち帰っても間違いなく没収され、“出所”を問い詰められる羽目になる。

だから、泣く泣くポイント化する予定だ。

(試しに適当な装備を壊してポイントにできるか、確認もしたけど……問題なかった。

いざとなったらその場で壊してごまかせる。うん、確認して正解だったな)

また、荷物の整理をしながら、ふと頭をよぎるのは、ここのモンスター出現率の異常さだ。

(それにしても、数が……多すぎる)

他の隊員たちと一緒にいたときは、これほどの頻度ではなかった。

いくら奥に進んだからって、これは異常だ。

(この数……普通だったら、まず進めないぞ)

倒したモンスターは、すでに百体近い。もはや殲滅戦の様相だ。

(しかも、経験点は……400ちょっとか)

アイテム「経験値変換球」のありがたみを実感する。

あれがなければ、まともにレベルを上げるのは至難の業だ。

(現在の必要経験値……およそ一万。ここ一層だけでのレベルアップは期待できそうにないな)

ふぅと息を吐き、少しだけ頭を空にした。

タケウチ隊長たちの姿は、いまだ見つかっていない。

彼らがこの先にいる可能性はある。だが、この異常な数の敵を相手にして、生存している保証は……ない。

「……考えるな、今は進むことに集中しろ」

そう、自分に言い聞かせる。

幸い、状態異常回復薬の在庫は増えた。

仮にこれから“試練”とやらが現れても、俺の力なら対処できる。

根拠はないが、今のところこの“力任せ”でどうにかなっているのだ。

「……よし、行こう」

再び足を踏み出そうとした、そのときだった。

ゾクリ、と。肌の上を冷たい風が這ったような錯覚。

(なんだ……?)

何かが、いる。

直感でその場を飛び退いた。咄嗟の回避行動。

背中を守るように転がりながら体を起こすと、そこには──

俺の三倍はありそうな巨体のカマキリが、黒く光る外骨格を軋ませ、

さっきまで俺がいた地面を、刃のような鎌で粉砕していた。

「……っ、マジかよ」

キリキリ、キリキリ、と甲高い関節の音が静かな迷宮に反響する。

その音は、神経を逆なでるように耳へと入り込む。複眼の奥からは、感情の読めない視線が俺を貫いていた。

息を飲んだ。

──これは、これまでの“雑魚”とは、明らかに違う。

* * *

(な、なんだコイツ……!)

脳が警鐘を鳴らす。

あの異様な外殻、鋭利な双鎌、そして何より、その気配。

今まで相対してきたモンスターとは明らかに違う。凶暴性の密度が段違いだった。

カマキリ──というにはあまりに禍々しい。

全身を覆う黒い外骨格は、金属のように光沢を帯びていて、まるで装甲車のようだ。

細い脚は不気味なほど関節が多く、今にも異常な角度で俺に襲いかかってきそうな圧を放っている。

(おいおいおい……強さのスケールが一気に跳ね上がってんぞ!? なんだこれ、ゲームバランスぶっ壊れてんだろ……!)

舌打ちしたい衝動を押さえ込む間もなく、突然──目の前に、見慣れたシステムパネルが浮かび上がる。

【試練との接触を確認しました】

【接触者が固有スキル保持者と確認】

【試練の難易度を調整します】

【対象者のレベルを基に試練のレベルを上昇します】

「っざけんな……!」

思わず、声が漏れた。

冗談じゃない。

「クソがっ!」

パネルを殴り飛ばしたくなる衝動を胸に押し込んだその刹那

──カマキリの巨体が、ぶれるように視界から消えた。

速い!

いや、見える。ギリギリ、目だけは追いついてる。だが──

「っぐおっ!」

体が、追いつかない。

斜め後方からの斬撃が、まるで風そのもののように襲いかかってくる。

とっさに身をひねり、右手の短剣を突き出した。

その瞬間、刃と刃が火花を散らした。が──

衝撃が全身に走る。短剣が、震えるほどしなった。

衝突の衝撃で、体ごと吹き飛ばされる。

肩が、背中が、石床を転がり、硬い地面に激しく打ちつけられる感触が連続する。

「ぐっ……あ……っ」

歯を食いしばりながら、転がる勢いを殺して何とか体勢を立て直す。

肩口がジンジンと痺れている。もし、あの一撃をまともに食らっていたら、きっと右腕ごと切断されていただろう。

(……やばいな)

あの“調整”という言葉が脳裏にこびりつく。

そうか。これが「試練」か。

俺の“固有スキル”を感知して、難易度を自動で引き上げる、だと?

(まったく厄介な……)

第一層だぞ、まだ。

だが──

俺は、生きてる。

あの一撃を防げた。受けきれた。

心臓はバクバクと荒れ狂うように鳴っているけど、体は動く。

短剣は折れてない。装備もまだ無事だ。

だったら──

「……やるしか、ないだろうが……!」

吐き捨てるように言って、俺はもう一度短剣を握り直した。

あの黒いカマキリは、ゆっくりと体勢を整えている俺を、ジリジリと追い詰めてくる。

* * *

ギンッ!

鋭い金属音が、耳の奥を刺すように響いた。

手に握っていた「閃羽の短剣」が、小さく軋みながら、ヒビを刻んでいく。

刃の根元から、細かい亀裂が走り、赤い刀身がわずかに軋んでしなった。

「……マジかよ……」

思わず呟く。

一撃。二撃。

俺は必死だった。

攻撃を重ね、鋭い連撃をどうにか受け流し、どうにか逸らしてきた。

それだけで、もう体力も集中力も限界寸前だった。

だが、それ以上に限界を迎えたのは、武器の方だった。

いくら「閃羽の短剣」がこの階層のレアドロップだとしても、所詮は“第一層”で手に入る武器。

パネルが言っていた通り、この“試練”は、俺のレベルに合わせてチューンアップされているらしい。

つまり──適正レベルの装備じゃない。

攻撃を繰り出すたび、刃が外骨格に当たるたび、

まるで削れるように“耐久値”がすり減っていくのが、手の感覚から分かる。

キン、キンと耳に残る金属音が、不吉な予感を煽る。

カマキリは無表情だ。

当たり前か。昆虫に表情なんてあるはずない。

けれど……いや、違う。

斬り込むたびに、ヤツはわずかに顔を傾け、動きを見極めているようだった。

まるで、俺の手札が尽きる瞬間を見計らうように。

その後も、何度か斬撃を交わしあった。

──が、もう、限界だった。

やつの巨大な鎌が、下から勢いよく振り上げられる。

俺は咄嗟に、短剣を構えてそれを受け止める。

ギギ……ギチチ……。

「くっ……!」

全身にかかる圧力に、歯を食いしばった。

そして、次の瞬間。

パキン──!

いやな音が、鼓膜を震わせた。

刃が折れた。

俺の手に残されたのは、柄の部分だけ。

赤い刃は砕けて宙を舞い、まるで夕陽の欠片のようにきらめいて、そして落ちた。

「……あ……」

瞬間、目の前のカマキリが、にたりと口角を吊り上げたように見えた。

いや、そんなはずはない。

複眼の昆虫に、そんな表情はあるはずがないのに──

なのに、その“顔”には、たしかに「余裕」があった。

(ちくしょう、間に合え──!)

反射的に、手を振り下ろす。

空間にパネルを強制展開。

【ポイント交換】

滑るように表示されるアイテムリストを、即座にスクロール。

目当ての品があった。

【閃羽の短剣 : 9,500P】

「交換ッ!」

叫ぶように、タッチ。

瞬間、手のひらに熱が集まり、空気が渦を巻く。

次の瞬間には、あの赤い刃が再び俺の手に戻っていた。重さ、質感、温もりすら同じ。

それは、まるで希望が“再生”したような感覚だった。

「……返してもらったぜ」

握り直し、呼吸を整える。

カマキリの動きが、わずかに変化した。

警戒か、予感か。それとも、俺が何か“異質なこと”をしたのを察したのか。

そんなのは、どうでもいい。

今、俺は──生きている。

そして、ここからが俺のターンだ。

「オオオオォォッ!」

吠えるように叫び、地面を蹴る。

足元を砕きながら、一気に間合いを詰めた。

カマキリが鎌を振るうよりも速く、俺の短剣が先に赤い閃光を描いた。

翼を裂く。関節を砕く。鋭い刃が、幾重にも敵の急所をなぞる。

一撃、また一撃──!

「喰らえええええッ!!」

渾身の回転斬りが、ヤツの背を貫いた。

羽根が砕け、赤黒い液体が散る。

巨体が揺らぎ、カマキリの膝が地に落ちる。

静寂。

次の瞬間、巨体が──崩れた。

ズシン、と地を揺らす重み。

その場にへたりこみ、俺は肩で息をする。呼吸が荒く、汗が頬を伝って垂れていく。

だけど、その胸には……確かな実感があった。

(……勝った……)

足元には、光を放つドロップアイテムがいくつか転がっている。

そして──

【“試練”の討伐が確認されました】

【迷宮の封鎖が解除されました】

【“試練”が討伐されたため、本迷宮での「神々の試練」の再使用が許可されました】

パネルの文字が、祝福のように空中に浮かんでいた。

俺は、無言のまま空を仰ぐ。

ただひとつ、心の底から湧き上がったのは、

「……まだ、生きてる」

それだけだった。