軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第14話 治療と自身の立ち位置と

回収された薬瓶が数本、簡易テーブルの上に並べられている。光を受けて赤や琥珀に淡く反射するそれらは、

まるで宝石のように場の視線を集めていた。

タケウチが立ち上がると、隊員たちのざわつきが自然と収まる。

吐息をひとつ吐いた彼は、表情を引き締め、静かに告げた。

「状態異常回復薬は……2本か」

小さくうなずいた彼は視線を巡らせ、続ける。

「まずは、一般参加者に使う。隊員ならともかく、

巻き込まれた市民にまで手遅れの事態は許されん」

その言葉に誰もが納得し、次に並ぶ回復薬へと視線を移す。

「それと……こっちの回復薬、重症隊員に試してくれ。望みがあるなら、賭けてみる価値はある」

「了解!」

掛け声と共に、それぞれの薬を手にした隊員が駆け出していった。

自分もまた、ふらつきながら壁際で横たわっているクスノキのもとへと足を運ぶ。

彼女は、荒い息を繰り返しながら、まぶたを薄く開けてこちらを見た。

焦点が定まっていない。目の下にはうっすらと青い影が浮かび、さきほどまでの快活な面影は見る影もなかった。

「クスノキさん、大丈夫です。これを飲めば、きっと……」

薬瓶を手にした隊員が、彼女の背をそっと支え、口元に瓶を傾ける。

とく、とく、と。薄赤い液体が、震える唇からこぼれながらも、少しずつ喉の奥へと流れ込んでいく。

「……っ、ゲホッ、ゴホッ!」

クスノキが激しく咳き込むと、彼女の体からふわりと淡い光が漏れた。

しばらくすると、彼女の頬にうっすらと紅が戻り、目に少しずつ生気が戻ってくる。

「……あれ……? 私、今……」

困惑したように辺りを見回す彼女に、隊員が微笑みながらうなずいた。

「効いたようですね。もう少し安静にしてください」

隣に寝かされていたもう一人の一般参加者も、同じように薬を与えられ、

数分後には呼吸が落ち着き、青ざめていた顔にわずかながら赤みが差していた。

その様子を見届け、自分はそっと視線をずらす。

少し離れた位置では、重症の自衛隊員2名の治療が行われていた。

足を噛まれた隊員に、別の隊員が慎重に回復薬を飲ませている。

数分の沈黙の後、白く乾いた皮膚が、じわじわと赤みを取り戻していく。

露出していた骨が薄い肉と皮膚で覆われていき、血の流れも落ち着いた様子だった。

(……あれだけの傷でも、ここまで回復できるのか)

もう一人の隊員──内臓をやられていた方も、今は浅いながらも規則的な呼吸を取り戻していた。

顔色はまだ冴えないが、先ほどのような命の灯が消えかけた状態ではない。

「……よかった……」

誰かが、思わず漏らしたように呟いた。

周囲の緊張が、ほんの少しだけ、緩んだように思えた。

(最下級、とは言っても……十分な効果じゃないか)

瓶に残った光の名残を見つめながら、自分は胸の内で静かに呟く。

* * *

「……よし。ひとまずは効果があって良かった」

深く息をつきながら、タケウチが静かに言葉を発した。

先ほどまで顔をしかめていた彼の表情には、わずかに安堵の色が浮かんでいる。

薬が効いた。少なくとも、巻き込まれた一般人たちに、これ以上の被害が及ばずに済みそうだという確信が、

重く張り詰めていた空気をわずかに和らげたのだ。

だが、それも束の間だった。タケウチは視線を巡らせ、改めて現状を見渡す。

薬を使えなかった隊員たち──毒の影響で未だ地面に横たわり、呻き声を漏らす者たちの存在が、その安堵に冷たい現実を突きつけていた。

「……しかし、動ける隊員が少なくなってしまったな……」

その呟きは、独り言のようでいて、全員に届くほどの静けさの中で響いた。

毒の影響を受けた隊員は依然として十数名にのぼる。

回復が望めない者も含めれば、戦闘可能な人員はわずか十名強。

──このままでは、継続的な戦闘どころか、防衛すら危うい。

焦燥が、じわじわと隊員たちの間にも広がっていく。

誰もがその事実を悟っていながら、口にすることを避けていた。

そんな沈黙を断ち切るように、タケウチが口を開いた。

「仕方がない……。ミツイ二尉たちが戻り次第、本格的に“試練”とやらを討伐する方向で作戦を立てる!」

隊員たちが一斉に顔を上げる。

「このままではジリ貧だ。途中で状態異常回復薬が見つかった場合は、そちらを優先して送り返してくれ!

回復を最優先だ!」

その声に、周囲がわずかに活気を取り戻す。

タケウチの中で、迷宮攻略への決意が固まったのだろう。

逃げ場のない現実の中で、生き残るために進む道を選んだ。

時間を確認する。あと数分もすれば、先遣隊が戻る頃だ。

「それと……今のうちに、さっきのアイテムも確認しておこうか」

タケウチは、近くのテーブルに置かれていた残る一本のアイテムを手に取った。

──《ステータスチェッカー》。

彼の手に収まるそれは、まるで名刺のような大きさで、

片面が白、もう片面が黒の極めてシンプルなデザインだった。

タケウチはそのカードをひっくり返しながら不思議そうに眺めていた。

「これは……“ステータス”が見られるのか? 薬もそうだが、まるでゲームみたいだな……」

冗談めかした言葉を漏らしながら、何度か白面を見つめ、ひっくり返す。

しかし、彼の手では何も起こらない。

「……何も出ないな……。おい、お前!」

何かに気づいたように、先ほど“パネルが出た”と報告した隊員の一人に声をかける。

若い男性隊員が近づき、カードを受け取ると、白面をそっと見つめた──その瞬間だった。

スッ──と、白面に文字が浮かび上がる。

「で、出ました! 文字が……!」

タケウチが目を細め、近くにいた数名も肩越しに覗き込む。

そこに表示されていたのは、明確な“能力値”の数々だった。

【種族 :人間】

【レベル:0 】

【経験点:4 】

【体力 :8 】

【魔力 :0 】

【筋力 :5 】

【精神力:9 】

【回避力:4 】

【運 :1 】

「……これは……」

表示された数値に、誰もが息を飲んだ。

「まるで……本当に、ゲームの世界に入り込んだみたいだな……」

そうつぶやく顔に苦笑が浮かんでいた。

* * *

(さて……どうやら、いよいよ本格的に“迷宮攻略”が始まりそうだな)

静かになった一角で、俺は一人、腕を組みながら思案に沈んでいた。

負傷者のうめき声も今は薄らぎ、隊員たちの間には緊張と焦燥が入り混じった空気が漂っている。

タケウチを中心に、数名の隊員が今後の進行ルートや装備の再確認をしていた。

(……この後の動き、どうするか)

結論を出しかねたまま、頭の中で何度も同じ問いを繰り返す。

ついていくべきか、それとも残るべきか──

(ひとまず、タケウチたちについていく方向で考えてみるか)

もし“試練”なるものが、物理的な戦闘で突破できるものであれば、俺の戦力でも十分対応できるだろう。

少なくとも、先ほどのアリや蛾程度であれば、相手になるほどの脅威ではなかった。

問題は、“俺がどう動くべきか”ではない。

“俺がどう動いてもらえるように仕向けるか”だ。

(……ただの一般人が、「ついていきたい」なんて言って、簡単に通る話じゃないよな)

彼らから見れば、俺はあくまで「巻き込まれた民間人」。

これ以上の危険区域に踏み込ませるわけにはいかない、という判断を下されるのは目に見えている。

加えて、自分が同行すれば、残された一般人や負傷者の保護が手薄になるという懸念も生じる。

(残るというのも、悪くはない……。ばれるかどうかはさておき、何かあっても対処はできるしな)

しかし、それでは今後の動きが制限される。

情報も、アイテムも、状況も、すべて彼らの手を通さねば得られない。

(できることなら、単独行動が理想だが……さすがに無理があるな)

腕を組み、深く息を吐いたその時──

(……いや、待て。ひとつ……手があるかもしれない)

思い浮かんだのは、“同行の目的”を変えること。

直接戦闘に関わらずとも、補助的な役割であれば彼らも受け入れやすい。

少なくとも、戦力としての存在ではなく、“協力的な一般人”という立ち位置なら、うまくはまりそうだ。

俺は静かに立ち上がり、まだ作戦の擦り合わせをしているタケウチたちに近づいた。

「……あの、すみません。ちょっと、よろしいですか?」

声をかけると、タケウチを含む数名が振り向いた。

怪訝そうな表情。だがそれも当然だ。今この場において、一般人が話しかけてくるのは不自然だろう。

「先ほど、奥へ進むって話をされてましたよね?

その……自分たちも、なにもせずにいると、かえって不安で」

言葉を選びながら、俺は慎重に話を続ける。

「さすがに武器を持たせろとは言いません。

でも、たとえば──現地で拾ったアイテムの運搬とか、

そういう簡単な作業なら、自分たちにも手伝えると思うんです」

タケウチの眉がわずかに動いた。

後ろに控えていた隊員の一人が小さく反応し、互いに目配せをする。

「……お前、名前は?」

「イトウです。イトウ タケル」

静かに名乗ると、タケウチは俺をじっと見つめ、短くうなずいた。

「気持ちはありがたいです。……ですが、我々の任務は本来、民間人を守ることにある。

前線に近づけるわけには──」

「わかっています。だから、戦闘には関わりません。

あくまで、回復薬とか、ああいうアイテムを後方に届けるだけの役割でいいんです」

少しだけ言葉に熱を込めた。

“あくまで非戦闘員”であることを前提にしながらも、現場の助けになりたい、という誠意を滲ませる。

沈黙。タケウチは腕を組み、視線を床に落として考え込んだ。

やがて──

「……ふむ。あなたの判断を全面的に肯定はできませんが……確かに、人手は足りていない」

そう言うと、背後の隊員に小声で確認を取り、数秒後、再び俺を見据えた。

「いいでしょう。イトウさんには、補助班として同行していただきます。

ただし、決して独断では動かないでください。危険を感じたら即座に撤退をお願いします」

「ありがとうございます。ご迷惑にならないよう、気をつけます」

俺は深く頭を下げた。

口元に浮かんだわずかな笑みは、誰にも見えないように、そっと隠したまま。

(……何とかなったか)

ほっとする心と、迷宮に向けての興味がない交ぜになった気持ちで、暗闇に顔を向ける。

高揚する心と身体を押さえつけて、この先の探索に気持ちが逸っていくのが自分でもわかった。