軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の森と小人さん ~ななつめ~

「あれかーっ!!」

背後から白々と朝日が昇るころ、爆音をたてて突き進むフロンティア騎士団の正面に、ようやく小さな影が見えてきた。

地平線スレスレに蠢く一団は、間違いなく西北を目指して逃走している。

それを視認し、ロメールは馬車から上半身を乗り出すと、共に追ってきた蜜蜂らに向かって大きく叫んだ。

「ポチ子さんは居るかっ?」

その叫びに呼応し、一匹の蜜蜂が馬車の傍をホバリングする。

ポチ子さんらしき蜜蜂の背中には、麦太と呼ばれるカエルも乗っていた。

戦場に似つかわしくない長閑な姿に、思わず緩む口許をひきしめ、ロメールは二匹に向かって厳めしげに囁いた。

「チィヒーロの乗る馬車が分かるか? 分かるなら、こちらが仕掛ける前にチィヒーロの護衛について欲しい」

しばし、ロメールをじっと見つめ、ポチ子さんは心得たとばかりに軽く旋回すると、前を行く一団へ真一文字に翔んでいく。

それを見送り、ロメールは各騎士団に伝令を飛ばした。

小人さんの確保を第一とし、立ち塞がる者は容赦なく倒すようにと。

「二度とフロンティアに手を出そうなどと思わないくらい、完膚無きまで叩き潰せっ!!」

おおおっ、と雄叫びを上げる騎士達。誰もが獰猛に眼を剥き、王家の身中深くに寄生していた毒虫に怒り心頭である。

しかしカストラート国境まで、あと半日ほど。

相手の軍もこちらへ向かってきている可能性がある。

それが到着する前に小人さんを取り返しておきたい。

逸る心を抑えて、じりじりと間を詰めるフロンティア騎士団。

すると、追われていた前方の一団に動きがあった。

後方を駆けていた馬車らが、騎士らを伴い三方に分かれたのだ。

どれにも比重は偏らず、キッチリ三分割。

綺麗に分かれて散開していく相手に、一瞬戸惑ったフロンティア側だが、そこは魔物らが一枚上手だった。

散開し始めた馬車の悉くが馬に引きずられるように停止する。

ガシャガシャとけたたましい音をたてつつも、馬車は車輪が外れたようで、ズルズルと僅かに引きずられるのみ。

そして三方に散った相手の左手一団。そこを目掛けて蜜蜂達が突進していく。

あれかっ!

人間の眼は誤魔化せても、魔物の感じる魔力は隠せない。

左側の一団に小人さんが乗っている。

もはや逃げおおせる事は不可能だと覚ったのだろう。

辺境伯騎士団は踵を返して、迫り来るフロンティア騎士団に突撃してきた。

ここに、アルカディア有史に残る、最後の戦が火蓋を切る。

「何が起きたっ?」

激しく揺れる馬車に苦戦しつつも、辺境伯はシリルの抱える千尋を庇うように椅子を支えた。

中の人間が思う間もなく馬車は停止し、慌てたかのように周囲の騎士達が馬車の扉を開ける。

「車軸が折れました、馬車は使えません、金色の王を連れて馬でお逃げ下さい!」

思わぬ言葉に狼狽えつつも、辺境伯は馬車から降りて現状を確認した。

馬車の車輪は完全に外れている。吹っ飛ぶように折れたらしい車軸を見ると、無数の深い傷がついており、それが原因で折れたようだった。

整備に手抜かりはなかったはずだ。なのに何故?

訝る辺境の耳に、鋭い風切り音が聞こえる。それと同時に上がる悲鳴。

振り返った辺境伯の眼に映ったモノは、シリルに群がる蜜蜂らと、地面に横たわる幼女。

その幼女を抱き上げようとする息子らは、彼女に触れる事も出来ずに右往左往していた。

見れば、チィヒーロの周りに煌めく膜が張られている。

なんだ、あれは? 何が起きた?

目の前の現状に言葉を失う辺境伯。

彼等が小人さんを拐取し、邸から逃走した時、多くの護衛蜜蜂が馬車裏に潜み張り付いていた。

潜んでいた蜜蜂達は、ロメールらが追い付き、ポチ子さんが来た事を察知し、そこにある車軸へ、ナイフのような針と風魔法を駆使して、滅多打ちに傷を入れる。

あとは加速する馬車の負荷と振動で勝手に車軸が折れ、全ての馬車が停止したのだ。

そして馬車から降りてきたシリル目掛けて攻撃し、シリルから小人さんを引き離すと、即座に麦太が守護を張った。

抱かれている状態だと守護がシリルにも掛かってしまうが、一度でも離れて守護を張れば、もはや付け入る隙はない。

麦太のガードにポチ子さんら蜜蜂の護衛。

慌てふためく辺境伯らを余所に、ポチ子さんは小人さんを抱え上げ、麦太を背負ってぶい~んと大空に舞い上がる。

「待てっ! 待ってくれ、王をかえしてくれっ!!」

恥も外聞もなく叫ぶ辺境伯。

盗人猛々しいとは、よく言ったモノだ。

自分達が拐ってきた子供を返せと喚く理解不能な男達が、ポチ子さんを馬で追ってきたが、空を翔る蜜蜂に追い付けるはずもない。

わあわあと大騒ぎで蜜蜂らを追う辺境伯達に気づいた別動隊は、大急ぎで引き返して、辺境伯らと合流する。

一目散に飛び去る蜜蜂の進行方向には、土煙を上げて押し迫るフロンティア正規軍。

数百しかいない辺境伯騎士団を優に上回る軍勢に、辺境伯は凄まじく懊悩した。

これに失敗すれば、後はない。破滅に向かってまっしぐらだ。

曾祖父の受けた勅命を果たせもせずに、一族郎党が人生を賭けて開いた血道を、己の代で全て無駄にする事になる。

このまま王女がフロンティア側に帰還すれば奴等は追ってこないかもしれないが、逆に猛烈な追撃を受けて犬死にに終わる可能性もあった。

自分達の失敗を祖国は許しはしないだろうし、このままカストラートへ逃げ延びたとしても不名誉な断罪が待つだけだろう。

苦悶を浮かべて思考する辺境伯を悔しげに見つめる息子達。周囲に集まる騎士らや侍従らも同じく、痛ましげな瞳で主君を見つめていた。

ここまで来て......

まさに絶望を体現する辺境伯一家を清しく一瞥し、辺境伯騎士団隊長が大きく剣を振り上げる。

「もはや、これまでっ! 行くも地獄、戻るも地獄ならば、奴等に一矢報いて華々しく散ってやろうではないかっ!!」

辺境伯の心を察したのだろう。

壮年の隊長は、凄みのある笑みで己が主君を見下ろした。

「馬上から御無礼つかまつる、我等はカストラートに義理はなく、アンスバッハ閣下にこそ多大な恩があり申す。フロンティアにおいて、我々を庇護し、他と分け隔てなく頂いた平等な待遇を忘れはしませぬ。時間を稼ぎます、何とぞ落ち延びてくだされ」

辺境伯は瞠目する。

目の前の男性は数十年ほど前に祖国から来た罪人だった。

フロンティアに送られてきた間者の八割は、カストラートを追放された罪人達。

身分があるか、知識があるか。とにかく罪人として処罰しにくい貴族とかが、起死回生のチャンスとして、フロンティアへ送り込まれていた。

これを好機と取り一攫千金を目論む者や、追放され自暴自棄になる者。

総じて共通するのは、捨て駒として放り出された絶望感。貴族としての矜持もズタズタにされ、それでも祖国に残してきた家族のために、汚名をすすぐ努力をしてきた。

そんな有象無象の手綱を操り、辺境伯家は裕福な領地を運営する。

西の森の恩恵もあり、祖国にいたころよりも豊かな生活を与えられ、残してきた家族への仕送りなども出来、罪人らは心からの感謝をアンスバッハ辺境伯に抱いていた。

祖国に蔑ろにされてきた彼等は、己を救い真っ当な人間らしい暮らしを与えてくれたアンスバッハ家にこそ忠誠を誓っていたのだ。

そうとは知らぬ辺境伯は、大きく頭を振り、息子らを見つめる。

「ならぬ、正体がバレた以上、もはや我が家の行ける場所はない。そなたらこそ逃げ延びよ。甲冑を脱ぎ、市井に紛れ込めば逃げられよう。よいな? 犬死にはならぬっ!!」

それには息子らも含まれる。

父親の眼差しから言外の言葉を感じ取り、キシャーリウとアウバーシャは狼狽えた。

「何と申されましょうっ! 父上を見捨てまつりて我等のみ生きよと言われますかっ!」

「何とぞ、死出の旅に御伴つかまつりたく存じます。アンスバッハ家の終焉に立ちあえた誉れ、神々に感謝いたしましょう」

虚勢でもなく、強がりでもなく、酷く柔らかな自然体で薄い笑みをはく二人の息子達。

「さすが主君の御子息様。その旅路への花道は我等が必ず開きましょうぞ。主君が決めたのならば、それに沿うのが騎士の誉れ。お先に天上でお待ち申すっ!!」

言うが早いか、辺境伯騎士団はフロンティア騎士団を攪乱するため駆け出した。

その数は、ただの一騎すら欠けていない。

非戦闘員であれど、間者としての技術を学んだ家令達も、辺境伯一家の周囲を固め、殺気をみなぎらせている。

逃げろと許可したにもかかわらず、誰も戦場から離脱はしなかった。

信じられない光景に、思わず辺境伯の視界が潤む。

思い内にあれば、色外に現るる。

如何に冷淡で辛辣に見えようとも、家族や部下には辺境伯の気持ちが伝わっていた。

人でなしなアンスバッハ家であっても、その内にしのぶ溢れるほどの愛情。

歪な家系であるからこそ、その根元には外部に分からぬ絆があった。

玉砕覚悟で猛攻に出た辺境伯騎士団。最後の一人まで殉死覚悟な家令達。

その一瞬まで、供にありたいと願う息子ら。

「父上一人に汚名を被せはしません」

「そうですよ。一蓮托生でしょう?」

従者らに護衛されながら後退するアンスバッハ辺境伯。

騎士らの心意気を無駄にすまいと、カストラートへ馬で向かう彼等の視界に、立ち上る砂煙が映った。

遠目に見える無数の軍勢を、辺境伯らは驚嘆の面持ちで見据える。

地平線を埋め尽くすかの如く進軍してきたのはカストラート正規軍。

間者による早馬で、アンスバッハ辺境伯の逃亡とフロンティア正規軍の侵攻を知ったカストラートは、それを助けるため、即座に軍を派遣した。

その数なんと一万五千。

フロンティアが魔法国家な事を熟知しているカストラートは、国防を担う兵士以外、全ての兵を投入する。

援軍の編成にも抜かりはなく、今世紀最大の戦が、虚無の荒野に血華を咲かせようとしていた。